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氷蛾は太陽に溶けてゆく

作者:鱗粉

 しんしんと音もなく降る雪により、白銀色に化粧された野山。一年中雪が降りしきるそこは、多くのこおりタイプのポケモンの生息地であった。例を挙げるとすると、ユキハミやユキワラシ、カチコール等。他にも、クマシュン、ツンベアーの親子等も生息している。特にこの野山には、最初に挙げた“いもむしポケモン”のユキハミが多く生息していた。どのポケモンも大きな争い事などは起こさず、平穏な暮らしをしている。そんな中、1匹だけ野山の奥深くにぽつんと佇むポケモンがいた。それは、“こおりがポケモン”のモスノウであった。
 モスノウはユキハミの進化系のポケモンだ。この野山に最終進化系がいることはそう珍しくない。しかし、この山にいるモスノウはこの1匹だけだ。理由としては、ユキハミからモスノウになる進化条件にある。ユキハミがモスノウに進化するためには、トレーナーへの信頼――なつきが必要となる。それを満たした上で、夜でないと進化できない。そのため、ユキハミ自体はたくさんいるが、どの個体も進化していないのである。
 じゃあ、1匹だけいるそのモスノウはどうやって進化したのだろうか。その1匹のモスノウは、どこか遠い目で空を見上げている。母親の帰りを待つ子供のように。何か、誰かを待ちわびているように――。
 その目に映るのは、ただただ白銀の景色だけであった。しかし、彼女が求めているのはそれではない。何を求めているのかって? それは、上で述べた彼女が進化した理由とも重なる。

 ――少し時を遡って、彼女に何があったのか、見てみよう。


* * * * *


 数ヶ月前。1匹のモスノウがまだモスノウではなくユキハミだった頃。彼女は野山に住む他のユキハミ同様、雪を食べて毎日を生きていた。少し違うところは、他の仲間よりちょっぴり好奇心が旺盛なところだろうか。その日、そんな彼女は他のユキハミが群れで固まっている場所ではなく、少し離れた山の奥、薄暗い辺りに居た。はみはみという効果音が似合うように、雪を頬張るユキハミ。そんな当たり前の、日常的な食事をしていたその時。日常が非日常になったのは、空から何かが降ってきたからであった。地面の方を向き、黙々と雪を食べていたユキハミはそれに気づかず、その何かはユキハミのちょうど真上に落ちてきて――。
 ゴツン、と鈍い音がして、ユキハミと空から落ちてきた“それ”はぶつかった。「きゃ」とユキハミが短い悲鳴をあげる。そして、自分とぶつかった“それ”を見る。雪か、もしくは岩かと思われた“それ”は、その2つのどれでもなく、なんとポケモンであった。6枚の赤い羽を持つ蛾のようなそのポケモンは、ぐったりと横たわる。衰弱しているようだ。ユキハミがそれを見て最初に思ったのは、心配や困惑ではなく。

「……綺麗」

 思わず声が出る。彼女が抱いた感情は、どちらかというと憧れに近いものだった。真っ赤な羽が、彼女の目には太陽のようにうつった。
 と、数秒後、ユキハミはっと我に返り、やっとそのポケモンの心配をする。

「だ、大丈夫ですか……っ!」

 小さな身体でそのポケモンのことを揺さぶるユキハミ。そのポケモンは「うぅ……」と小さく呻き声をあげる。どうやら生きているようだ。それがわかって、とりあえずほっと胸を撫で下ろす。でも、これで安心してはいけない。衰弱しているのは変わらない。

「木の実取ってきます、ここで休んでいてくださいっ……!」

 そう言い残し、ユキハミは彼女が出せる最速で走っていった。


* * * *


「持ってきました! 食べて……って言ってもこの状態じゃ無理ですよね……どうしよう」

 木の実を取ってきたユキハミがそのポケモンの元に戻るも、ぐったりとした様子の彼は木の実を食べられそうな様子ではない。頭を抱え悩むユキハミだったが、「そうだ!」と何か閃いたようで。近くにあった手頃な石と葉っぱを持ってきて、木の実を潰し始めた。葉っぱの上で石を使って木の実を潰し、液体状にする。それを衰弱した彼の口元へ持っていき、飲ませた。彼女は、それを何回か行った。
 ぜえはあと息をして、疲れた様子のユキハミ。ユキハミの小さな身体では、木の実をすり潰すのも一苦労だ。だが、その一苦労のおかげか、衰弱したそのポケモンはゆっくりと目を覚ました。

「あれ……ここは……」
「雪山です。大丈夫ですか、あなた、いきなり降ってきたんですよ……?」

 彼ははっと向き直る。「貴方が私を助けてくれたんですか」と彼は訊く。「はい、そうです……」と小さい声で答えるユキハミ。すると、彼はペコペコとお辞儀をし、精一杯の感謝を彼女にした。


* * *


 彼は、“たいようポケモン”のウルガモスであるとユキハミに話した。どうして空から降ってきたかというと、住処である洞窟に他のポケモンが群れで押し寄せてきて、やむを得ず出なければならなくなったらしい。それで、彷徨っているうちにだんだん体力が減っていき、気がつけば倒れてしまっていた、と言う。

「それは……大変でしたね。これからどうするんですか?」

 ユキハミが訊く。ウルガモスは、「何も決まっていない」と答えた。

「それは困りましたね……」

 困った、と悩むユキハミ。少しして、「それなら……」と口を開けた。

「ウルガモスさんが良ければですが、ここでわたしと一緒に暮らしませんか?」

 彼女は、こう彼に言った。思い切った提案だとわかってはいる、けれど、彼女は思い止めずに言った。どうしてか自分でもわからないけど、彼ともっと一緒にいたいと思ったのだ。
 しばし無言になり、考えるウルガモス。少し経って、「よし」と言ってから。

「お言葉に甘えて、そうさせてもらいます。よろしくお願いします、ユキハミさん」

 やったあ、という嬉しい気持ちが、胸いっぱいに広がる。彼女はとてもとても嬉しかった。

「ありがとうございます。これから、よろしくお願いしますね」

 にこっと微笑むユキハミ。こうして、ユキハミとウルガモスが一緒に暮らす日々が始まった。


* *


 そこからは、あっという間だった。彼と過ごす時間は、一瞬で過ぎ去って行った。憧れの彼と一緒にいられて、ユキハミは本当に嬉しかった。しかし、問題が一つだけあったのだ。それは――ユキハミの身体が、日に日に重くなっていくのだ。
 原因はわかっていた。彼だ。彼はほのおタイプを持っている。そのため、身体は熱い。それは、こおりタイプを持つユキハミにはしんどいものであった。ユキハミはその上で彼と一緒にいたいと思い、それを隠していたが、日に日に具合が悪くなる様子のユキハミのことをウルガモスが気づかないはずがなかった。
 ユキハミとウルガモスが一緒に暮らすようになって数日が経ったある日の夜。2匹は一緒に月を見上げていた。

「ねぇ、ユキハミ」
「なに? ウルガモス」

 初めて会った時から進展し、お互い敬語がとれた2匹。仲はかなり縮まっていた。そして、ユキハミもウルガモスもわかっていた。お互いが、お互いを好きであるということを。ユキハミは、自分の身体が悪くなるのをわかった上で、ウルガモスと一生を共にしたいと考えていた。

「好きだ」

 そんな中、ウルガモスからのプロポーズ。両思いなのかなとは思ってはいた。それでも、こうやって直接想いを伝えてもらえて、嬉しくないはずがなかった。

「ウルガモス……! わたしも、です」

 涙を流し、にこりと笑うユキハミ。その時、ユキハミの身体が光り出した。ユキハミのことを優しい光が包み込む。そして、その光がふわりと散ったその後には、そこにはユキハミはもう居なかった。そのかわり、煌びやかな羽を持つ、1匹のモスノウがそこに、佇んでいた。

「……綺麗だ」

 ウルガモスがそう一言零す。そのまま、2匹は示し合わせたかのようにひらりと飛び上がった。
 月明かりに照らされ、2匹はそれぞれ炎と氷の鱗粉を振り撒きながら、舞う。混じり合う2つの鱗粉が、きらきらと光っていた。なんとも美しい光景が、そこにはあった。2匹だけの空間。彼は、彼女はとてもとても幸せだった。この時間が一生続いていればいいのに、そう思った。





 その翌日。彼――ウルガモスの姿は無かった。何処を探しても、居なかったのだ。告白された翌日に、彼は消えてしまった。モスノウは心が空っぽになったような気持ちだった。

 そして、今に至る。彼女の胸には、1つの想いしかなかった。
「また、彼に会いたい」、それだけだった。自分の身体が粉々に消え去ってもいい、跡形もなく溶けてしまってもいい、それでもいいから、わたしはまた彼に会いたい、彼女は、そう思っていた。
 彼女は、通常ならトレーナーへのなつきでないと進化できないものを野生のポケモンで成し遂げるほど、彼に恋していた。彼のことを愛していた。
 今日も1匹、野山の奥深くで彼のことを待ちわびる。

 そんなとある日、彼女は決心した。「待っているだけじゃ一生会うことができない。なら、わたしから彼に会いに行く」、と。
 その氷の羽を羽ばたかせ、彼女は空へと飛び上がった。その目は、一点を見据えていた。

 ――これは、太陽の化身に恋焦がれたある1匹の氷蛾が、彼に会いたい一心で、あちらこちらへ旅をする物語である――。

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