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汗と涙と理不尽と。〜探検大学校物語〜

作者:プロキシマ・ケンタウリ

「総員起こし!」

 早朝、0630時。爽やかな曲調の起床ラッパと共に上がる声は野太い。僕はさっさとベッドから起きていつものように宿舎前に整列するためささっとスカーフを巻き、テールナー特有の尻尾の毛並みをとかし身だしなみを整えて居室から駆け出す。他の学生達も僕と同じように廊下を駆けていく。このカラフルな光景も既に見慣れた。

 探検大学校。それが僕のいる学校の名前。草の大陸にある探検隊連盟と風の大陸にある救助隊連盟が合同で運営しているとのことだ。因みに、この学校名が決まるときも色々と揉めたらしい。"救助大学校"とか"探検救助大学校"とかそういう案もあったらしい。 最終的には今の校名に落ち着いたそうだが。

 まぁ今はそんなことどうでもいい。早く整列して教官を待たねば"制裁"されかねない。僕はいつもの区隊ごとに決められている定位置に向かい、その場所で直立不動で待つ。他の学生達も整列していく。今日はいつもより早めにできたようだ。

「気を付け!敬礼!」

 主席の学生の号令が朝礼の始まりを告げる。いつもながら気合いが入っている。朝からあれだけの大声を出せるというのは素直にすごいと思う。少なくとも僕はあそこまで声は出ない。

「学生隊整列完了!本日欠員なし!」

 いつもは誰か彼かが体調不良で居なかったりするが今日は全員いるようだ。300名みんなが揃っているとはなかなか珍しい。

「よし!お前ら今日は全員居るようだな。良いじゃないか。さて今日でお前らの入校から丁度1ヶ月だが……」

 そして相変わらず大隊付教官の長話の訓示だ。どうせいつも大した事は言わないのだから適当に聞き流す。大事なのはこの後に僕たちの区隊付教官殿がどういう言動をするかだ。



「くそ……何でこんなことに……。」

 同期がぼやく。僕も同じ意見だ。今、僕たちは区隊付教官殿から命ぜられて校庭をマラソンしている。その理由というのもハチャメチャなものだ。教官殿が言うには"気合い不備"で"バツとして5分間走り続けろ"とのことだ。ムリ偏にゲンコツとはまさにこのことか。

「ちくしょー……こうなったら脱柵してやろうかな。さすがにこの学校嫌になってきたぞ。」
「滅多なこというんじゃないよ。それこそ区隊付に聞かれたらどーすんだ。」

 僕たちは小声で会話しながらマラソンを続ける。ガチガチに規則に縛られた僕たちのささやかな憂さ晴らしだ。

「そういえばさ脱柵といえば、おとつい7区隊から出たらしいぞ?」
「まじかよ。俺たち8区隊の隣じゃねーか。」
「それでどうなったんだ?」
「すぐ確保されたらしい。で、連帯責任だって大隊付から区隊全員"反省"させられたらしい。」
「"反省"ってなんだよ……。」
「分かんねえ。だけど昨日7区隊の奴とすれ違ったらめちゃくちゃ死にそうな顔してた。」
「怖っ……。」
「だから脱柵なんて勘弁な。この学校ありとあらゆる事が連帯責任になるから……。」
「それを聞いたらやるわけにはいかないな。まぁ脱柵なんて冗談なんだけどさ。」
「是非ともそうしてよ。」

 愚痴混じりの会話をしているとマラソンはいつの間にか終わっていた。区隊付教官から許されて僕たちは食堂に向かう。ご飯はこんな学校の唯一の楽しみだ。最も一学年たる僕たちは上に控えてる二学年から四学年の後にしかご飯を食べられないから若干冷めてるし主食も副食もあんまり美味しくないところしか残ってないけど。

 僕はさっさと受け取り口で食事を受け取って空いてる席に座って食事を摂り始めた。今日も一日ハードワークになるだろうからしっかりと食っておく。ここでエネルギーを補給しておいてがんばろう。

 食事を素早く終えて、僕は一度居室に戻って教科書とノートと筆記用具を持って講義室に向かう。朝一から外での演習でなくてなによりだ。僕はいつも座っている席につく。他の学生達も同じように座っていく。そうこうしているうちに講義を担当する講師が入ってくる。それを見て僕たちは一斉に立ち上がる。

「気を付け!敬礼!」

 いつものように講師に挨拶。最初はぎこちなく揃って無かった一連の動作も今では完璧でないにせよ練度は確実に向上している。

「直れ!着席!」

 講師の答礼を見て、号令がかかる。これもいつもの光景だ。

「それでは講義を始めます。前回からの続きをしますので教科書の……」

 講師が講義を始める。今受けてるのは不思議のダンジョンに関する概論だ。僕はこの学校に入校する前に郷里の学校でダンジョンについては学んでいる。でも一応講義は真面目に聞く。他の学生達も同じようだった。

 聞くところによるとこの講師というのはかつて名門として知られていた高名な探検家の元で活躍していたらしい。噂によれば時空間の崩壊を未然に防いだとも言われている。真偽の程はわからないが。けれどその実力は胸元に光る滅多に見ない色をしたバッジを見ればわかる。

 思えば僕もあのバッジに憧れてこの学校の門を叩いたのだ。あの色を自分の色とするためにも全力を尽くさねば。

「……さて、この部分に関して答えて貰いたいのですが……。ロタ学生!」

 僕の名前が呼ばれる。ちょっと集中力が切れていたのがバレていたか。

「はい!」
「不思議のダンジョンについて、その内部構造はどのように構築されているか述べなさい。」
「はい。一番有力な学説によれば空間ひずみによって次元平面がいわゆる"絡まった"状態となり本来3次元空間において存在しえない立体になることにより構築されると考えられています。」
「その通りです、ロタ学生。着席して大丈夫です。」

 どうやら僕の答えは少なくとも間違いではないようだ。予習をしていて良かった。間違えたらまた区隊付に走らされるところだったから少しばかり安堵だ。

 授業はこの後もつつがなく行われた。



 昼前、初夏の力強さをつけ始めた太陽がさんさんと降り注ぐ演習場に僕たちはいた。戦闘訓練を受けるためだ。

「さぁて!今日一番の楽しみだぜ!」

 同期がうきうきとした声で言う。ルカリオ特有の尻尾をぶんぶんと振り回してるあたり本当に楽しいみたいだ。

「僕は座学の方が好きだけどね。戦闘訓練は嫌いじゃないけどさ。」
「おいおい。戦闘が好きじゃなくてなんで探検大学校来たんだ?」
「まぁ僕は純粋に不思議のダンジョンを冒険して世界の不思議を解き明かしたかっただけだから。」
「うひゃー、志高いね!俺みたいに腕っぷしがあるからみたいな理由とは大違いだ!」
「別に僕はそういう理由は否定しないよ。お互い試験に合格してこの学校に来たわけだからさ。」
「ははは。そりゃどうも。でも世界解き明かす、かぁ。憧れるなぁそういうの。」
「探検隊員になったらいくらでもできるさ。僕はそう思っているよ。」
「確かにそうだな!」

 同期は、にかっと歯を見せて笑う。毒気をカケラほども感じさせない表情だ。

「しかし、お前良い奴だな。名前なんていうんだ?」
「僕はロタ。君は?」
「俺はガイラルってんだ。よろしく!」
「うん。よろしく。」

 僕たちはがっちりと握手する。握り込まれた手からは力強さをとても感じる。この力強さは眼の前に居るポケモンが僕の親友となるであろうことを確信させるものだった。

「区隊整列!」

 区隊付教官が来たようだ。僕たちは素早く整列する。

「これより戦闘訓練を開始する。定例どおり俺が選んだ組み合わせでやってもらう。まず最初だが……ロタ学生!ガイラル学生!配置に付け!」

 早速僕たちが指名された。素早く配置に付く。

 やや広い石畳の演習場の両端に僕とガイラルが向かい合う。

「ルールは例によって急所への攻撃の禁止、徒手空拳のみ、及びどちらかの撃破判定、場外、若しくは降参で訓練終了だ。では……始め!」

 戦いが始まった。僕の種族であるテールナーは近接戦闘に向かない。工夫しなければ。

 早速ガイラルは仕掛けて来た。素早く距離を詰めて鋭く右腕で拳を繰り出してくる。僕はそれを避けつつ下半身に素早く体当たりを仕掛けた。

 目論見は上手く行った。こちらは攻撃を受けず、逆に僕の体当たりはクリーンヒットした。ガイラルはその場で倒れこむ。

「やるじゃねえか!」

 しかしガイラルは不敵に笑い、すぐ起き上がった。教官は撃破判定を出さない。つまり、まだ戦闘は続いている。

「そっちこそ。」

 体制を崩さず僕は返す。

「しかし楽しいな!こういうの。俺もっとお前と戦いたいぜ!」
「奇遇だ。僕もだよ。」

 お互い向き合い、距離をとっては相手の動きを探る。訓練とはいえ真剣勝負。

 青空と太陽の元で勝負は続く───。



 今日も一日充実していた。自信を持ってそう言える。そんな事を考えながら夕日に照らされた探検隊連盟旗と救助隊連盟旗の降下を敬礼しながら見ている。

 両連盟旗掲揚の時と降納の時は終わるまで敬礼していなければいけないのは面倒だけど、この後は待ちに待った夕食の時間だと思えば我慢できる。まぁ、夕食の後も自主学習の時間だったりとかまだまだ忙しないけれどそれはそれだ。

 連盟旗降納が終わって僕は早速食堂へと向かう。夕食に関しては朝と昼とは違い一学年である僕たちもそれなりに美味しい飯にはありつける。ありがたいことだ。

 食事を朝の時と同じように受け取って例によって空いてる席に座りさっさと食べ進める。食事の後もやることは沢山ある。体には良くないかもしれないけれど早食いをするしかない。

 そんな風にしていると僕の隣に座る者が居た。

「よっ!景気はどうだい?」

 ガイラルだ。

「この学校の中にいる限り良いもクソもないでしょ?悪くないけどさ。」
「そうだったそうだったハッハッハ!」

 ケタケタとガイラルは笑う。

「そうそう、こんな噂話聞いたか?今朝に7区隊から脱柵が出たって話あったけどさ、その時に使われた脱出ルートがまだ残ってるって話」
「いや、聞いてないね。それがどうしたっていうの?」
「いや、な。なんか7区隊の奴とは別な奴なんだけどそこから脱柵しようとしてる奴がいるらしいんだ。」
「それ僕たち8区隊じゃないよね?」
「多分違うな。俺もお前もそんな話は聞いてないだろ?」
「確かにそうだね。」
「で、話がそれたけど、そこのルート俺たちで塞いじゃおうってこと。」
「なんでまた?」
「その手のモノがあると使いたくなるのが心理じゃん?間違いが起こる前に使えなくしてしまおうって事さ。まーた連帯責任だーとか言われてこっちに火の粉がかからないようにするためにもね?」
「まぁ……わからなくもないね。その話。やるにしたっていつする?」
「今日の自由時間にやろうぜ。宿舎からこっそり抜け出してさ。」
「自由時間にしたって宿舎から抜け出したら怒られるよ。悪巧みだなぁ。」
「それしかないじゃん?今日中にやろうとするならさ。次の休日待ってられないし。学校側の対応にしたって期待できないからさ。脱柵した奴が手口について口を割らなかったらしいしさ。」
「まぁ、そうだね。脱柵しようとしてる誰かが居ないならともかく居るかもしれない現状ならそうするしかないか。場所はわかってるの?」
「一応聞いてメモっといた。1930時にお前の居室に向かうから一緒に行こうぜ。」
「わかった。こっちも一応バレないで出てくる方法考えておく。」
「頼むぜ!」

 そう言っていつの間にか僕より先に夕食を食べ終えていたガイラルは席を立ち足早に去っていった。

 僕もさっさと食べ終えて片付けて宿舎へと向かった。

 宿舎の居室に戻り僕は1930時までバレない外出方法を考えつつ自主学習をしながらガイラルを待つことにした。まぁ、宿舎は監視そんなにキツくないから隣室の者と口裏あわせて、居るフリでもしておけば良いか。2100時の点呼までに戻って来ればなんとかなるだろう。

 そんな事を考えていたら僕の居室の戸が勢いよく開かれた。

 驚いてその方向に振り向くと、血相を変え、息を切らしたガイラルが居た。時間はまだ1900時。約束の時間にはまだ早い。

「ど、どうしたんだ?そんなに慌てて……。」

 僕がそう言い切るか言い切らないかというところで、ガイラルは言った。

「ヤベェ……!!俺ら……8区隊から……脱柵だ!!」

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