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異説ポケットモンスターソード・シールド 第1話『パルスワンの号哭』

作者:勇者ロト

 砂嵐の吹き荒れる中、女は汚れたケープを羽織り、歩いていた。砂塵を誤飲しないよう口を覆ったスカーフも、眼を保護するゴーグルも土埃で汚れている。
 足元のパルスワンも砂塵を鬱陶しそうにしていた。割かし平気そうではあるが、好んで滞在したくは無いだろう。
「ごめんね」
 女が金色の毛を撫でてやるとパルスワンは甘えた鳴き声をあげる。
 人間と異なり、ポケモンは自然環境に対して強いが、長居してはいられない。

 砂塵に薄ら見えるのは積み重なった瓦礫だ。中世の美観を遺す美しい街並はもはや見る影も無かった。城塞都市ナックルシティは廃墟と化し、女とパルスワンの他に生き物の気配も感じられない有様だ。
 元スパイクタウンだった廃墟から、ルートナイントンネルを西に抜けてきたが、ここに近づくにつれて野生生物の気配も無くなった。
 砂塵のせいかもしれない。道中、七番道路で拾った「防塵ゴーグル」が存外役に立った。

「パルスワン」
 女は相棒に声を掛けた。相棒は匂いを嗅ごうと試み、くしゃみをした。
「やっぱりこの砂嵐では無理か」
 何か感じたのだ。気配ではなく、もっと物質的な動きを。
「イヌヌワン!!」
 気のせいかと思った瞬間、パルスワンが吼えた。女は同時に右へ地を蹴る。弾みでバランスを崩し、尻餅をつくが怪我はない。
「パルスワン!」
 叫びを闘いの狼煙と捉えた相棒は、金色の毛を逆立て、敵――鳥が翼を拡げたような形で固定化された物体に向け、頑丈な顎に生えた牙を突き立てる。

 かみなりのキバ。
 電気タイプのアドバンテージと、パルスワンの持つ特性により得たバフにより、パルスワンは敵ポケモンを一撃で仕留めた。飛行していたそれは、攻撃すら繰り出せぬまま地に落ちる。
「ありがとう、パルスワン」
 女は瀕死の状態で横たわる鳥の形を模したポケモンに目を向けた。とりもどきポケモン、シンボラー。
「野生ポケモンか。ワイルドエリアからここに流れ着いたわけね」
 南のワイルドエリアも今や砂漠と成り果て、かつての自然の豊かさは原形を留めていない。ブラックナイトと称された厄災の遺した爪痕は今なお濃かった。

 分析しながら女はパルスワンのケアも怠らない。軽く手櫛で毛並を溶かしてやるとパルスワンは嬉しそうに喉を鳴らした。
 それでも相棒は金色の毛並についた砂が気持ち悪いようで、しきりに前足で払う仕草を見せている。
「グルルルル」
「どうしたの」
 口腔を見せ、牙を剥き威嚇する相棒に、女が問うと同時だった。砂塵の隙間に無数の影が揺らめくのが見えた。
「まずい、シンボラーの群れだ。逃げるよ、パルスワン」
 大量発生したシンボラーが無機質な動きで追いかけて来る。あまりの多さにパルスワンの体力が保たないと判断した女はパルスワンと共に廃墟と化したナックルシティの中心部の方角にひた走る。

 かつて古城だった外壁は倒壊しており、その外周の遊歩道は瓦礫と砂で埋もれ、どこが道なのかわからない状況であった。
 幸いにも砂塵に上手く紛れ、シンボラーの群れを撒くことには成功した。
 しかし、迷った。
 おまけに風向きも悪い。考えた矢先、視界にポケモンセンターだった建物が見えた。七番道路側にもあったが屋根が抜けており素通りしたのだが、ここは幸いにも砂塵を防ぐことは出来そうだ。
 今夜の寝床にしよう。そう判断し、女は扉を強引に開け、建物の中に踏み込んだ。


 電気系統は死に、暗闇が広がっていた。
「リザードン」
 扉を閉め、別の相棒をボールから呼び出す。その尻尾の炎が暗闇の廃墟を照らす。
「きゃあ」
 明かりに照らされた壊れた回復装置やパソコン等の機器の散乱する室内に、急にぼんやりと男の顔が浮かび上がり、女は短く悲鳴をあげ、すぐに主を守ろうとパルスワンが身を踊らせる。
「待て、怪しい者ではない」
 男はそう言うと両手をあげ、武器の類を持っていないことを示した。
 まだ若く、整った顔をしている。二十歳あまりか。女は自身より十歳ほど若く男の年齢を見積もる。男は丸腰ではなく、ボールを腰につけていた。それに手を伸ばさないということは敵意は無いという意志の表れだろう。
「出しているポケモンにも命令しないのね」
「そこまでお見通しか。おおい、ゲンガー」
 男は笑うと、ゲンガーを呼び寄せた。暗い闇の色に似たポケモンが姿を表す。
「何で灯りをつけていないの?」
 悪意を持つ略奪者にこちらの場所を知らせる恐れもあるが、この廃墟の灯りは外には漏れないはずだ。
「僕は夜目が効く方でね。それに相棒はこんな連中ばかりさ」
 ゲンガーを指して、男は言う。
「ゴーストタイプの使い手ね。見たところ強そうだけど、どうやって生きてきたの」
「こんな時代だ。人に言えないことの一つや二つ、誰もがしているだろう。だが、ぼくは悪党じゃない」
 直感的に男が悪人ではないと判断し、女は自分の悪い癖だと、思わず苦笑いする。
「どうした」
「いえ、特に何も」
 そして自己紹介する。
「あたしはソニア。世界がこうなる前は見習い博士をしてたの」
 ソニアはそう言うとパルスワンと共にリザードンを背もたれに腰を下ろした。
「ぼくはオニオン。こうなる前はマイナーリーグのジムリーダーをしていたよ」
 オニオンもその場に座ると、ゲンガーが後ろからその背中を抱える。
「そのゲンガーよく懐いているのね」
「きみのパルスワンもだ。リザードンは誰かからもらったのかな。まだまだって感じだな」
「よくわかるのね」
 ソニアはパルスワンを左手で撫でながら、リザードンの橙色の鱗をそっと右手で撫でる。
「あなたは行先はあるの」
 ソニアは話題を変えた。かつての想い人から受けとったリザードンの事から話題を逸らしたかったのだ。
「特には。ただ、そろそろ疲れたし、終わりにしたいと思ってる。きみも来たことだしね」
 オニオンは言った。
「きみの旅の終わりは?」
「あたしの旅の終わりは何だろう。思い出と別れることかな」
「ひどく抽象的だ。旅の始まりは?」
「大好きな人が居たの。凄く強くて。百獣の王のようで。底抜けに明るくて、タンポポのように無邪気な笑い方をする人だった」
 回答になっていなかったが、オニオンはリザードンに視線をやり、短く頷く。
「その人の弟は、ジムチャレンジに出て……決勝まで行って。妙ないざこざに巻き込まれて死んだの」
 ソニアは思い出しながら、胸の奥が締めつけられるような感覚を抱いた。溢れた涙をパルスワンが静かに舐める。

「ああ、神様は居ないんだって。神話なんて意味ないんだって。あたしも思ったし、彼も同じように思ったんだろうね。神様が居たら、物語は変わっていたのかもしれない」

 たとえば。
 チャンピオンの弟が一人で旅立たず、世界の危機を救おうと一人で立ち上がらなければ。
 この世界には。この世界の物語には、世界を救う主人公が居なかった。

「神様なんて居ないんだ。だから、ダンデは、世界をリセットしようと、出来もしないことに翻弄されて。“今”が結果として横たわってる。彼は未来へ進めないでいる」

「あのさ」
 オニオンは少し考え、静かに言葉を選んだ。
「ここにかつて住んでいた王族の紋章って、双竜の紋様なんだよ。“古来”より過去を司るコライドン。“未来”へ進む道標となるミライドンという二対の竜を模しているそうだ。足りないのは何か分かるかい」

「今?」

「そう。今。ここにいる、この現代だ。それこそ、ムゲンダイナだ。彼を今に縛りつけている諸悪の根源。世界をこうした厄災、ブラックナイトそのものだよ」

 コライ、ミライ、ゲンダイ。
 三体の竜にの話はよくわからないが、彼は話を続けた。

「感覚的な話になる。ぼくも、こうなって初めて理解した。ぼくらは“今”に縛られている」

 それは呪いだ。
 ソニアは黙ってオニオンの話を聞いていた。

「この先の、かつてのナックルスタジアムの地下に、入る度に地形の変わる迷宮が広がる。変化を“今”に固定したせいで、時間と空間が歪んでいるんだ。古い伝承には“不思議のダンジョン”と記録もあり、別次元の世界に通じてるとも言われているらしい。その先で、ぼくは見つけた。世界を救う剣をね」

 オニオンは床に置いてあった棒を見せる。よく見ると錆びて朽ちた剣だった。それをガラル神話に出てくる剣と言いたいのだとソニアは察した。

「ガラル神話に出てくるザシアンね。でも残念、ザシアンは人間が剣と盾の対を作るため、でっちあげた架空の存在。盾の王、ザマゼンタはここに居るけどね」

 ソニアがボールから赤い盾のような立髪をしたポケモンを呼び出す。世界にはこのザマゼンタしか存在しない。ザシアンは神話に出てくるものの、ブラックナイトを経てもその姿を表すことは無かった。

「これがザマゼンタ。そうか、ソニア。あなたが引き継いでいたのか」
「ホップ――ダンデの弟が死んだ際に継いだの。今は正式にあたしが主」

 オニオンの持つ朽ちた剣の柄には、大きな鳥が翼を広げたような紋様があしらわれてある。かつては美しかったのだろうが、今は出来損ないのシンボラーにしか見えない。

「シンボラーだと思っただろう。ぼくもそう思った。けど思い出してみてほしい。ナックルスタジアムだった古城の外観は、大きなシンボラーに見えなかったかい」

 古い記憶を辿る。
 まだソニアがワンパチと共にジムチャレンジに挑戦していた頃、ダンデや旧友キバナとこの地に来た時のことを。確かに、古城の外観は大きな鳥が翼を広げたような風貌であった。

「シンボラーは、古代ガラル人によって造られたポケモンという説もある。シンボラーや、王家が建てた城のシンボルは、不死鳥が翼を雄々しく広げたものだと言われている。そして、この、オリハルコンで創られた“王者の剣”もまた然りであると」

 オニオンはその剣をソニアに差し出した。

「不思議のダンジョンの先で見つけた時には、ぼくはもう死に瀕していた。ただ、これを、誰かに渡さなきゃいけない。その強い想いが、ぼくを“今”に縛りつけた。だから、お願いだ。この剣を――かつて、暗闇に覆われた世界を救い、光を取り戻した勇者が使ったといわれるこの剣を受け取ってほしい」

 ソニアは受け取れずにいた。
 これは死を受け入れるということだ。あまりに重すぎる。

「お願いだ、頼む。ぼくは役割を果たした。この子たちと同じ世界に行かせてくれ」
「でも」
「頼む」
「イヌヌワン!!」
 パルスワンの号哭であった。応じたのはソニアではなく。
 ソニアの隣に居たパルスワンはオニオンの手にした朽ちた剣を静かに牙で強く噛みしめた。
 この子はいつもそうだった。進化は未来に続く変化だ。後戻りはできない。だからこそソニアが踏み出せなかった一歩だが、ワンパチだった彼は主を守るため自ら進化の道を選び、パルスワンになった彼は世界を救うため今ここで自ら険しき道を選ぼうとしていた。

「イヌヌワン!」
 雄々しく遠吠えすると、パルスワンの咥えた朽ちた剣はみるみる錆を落とし、往年の輝きを取り戻していく。
 オリハルコンの白刃は全てを切り裂く鋭さを取り戻し、不死鳥の紋章のあしらわれた柄はその輝きを蘇らせた。パルスワン自身も若干の姿を変えていく。
 ソニアは古い記憶から、カロスでは進化を超えた進化、メガシンカと呼ばれるものがあると思い出していた。
 そして、同時に神話の剣王の名が浮かぶ。
「――ザシアン」
 この世界には盾の王しか存在していなかったわけではなかった。ザシアンはすぐ近くに居たのだ。
「歴戦の勇者に光あれ!」
 オニオンは叫びをあげ、そして、ゲンガー達と共に光に包まれ消えていった。

 魂は天に昇り、夜が明けた。
 ソニアはパルスワンと共にポケモンセンターを後にした。外に出ると砂塵は昨日のような激しさはなく、迷わず歩めそうだ。
 ナックルスタジアムにダンデは居ない。オニオンがさ迷って見つけられなかったのだ。きっとこのガラルの何処か別の場所にいる。
 王者の剣を頑丈な顎でしっかりと持ち、パルスワンは歩く。まるで歴戦の勇者のようだった。
 ふと古城を見上げる。朽ちているが、かつてのナックルスタジアムには確かに巨大な不死鳥のシンボルが在った。

「ダンデ。必ず見つけるから」
 決意を口にした。
 この世界のどこに居ても必ず見つけ出し、黒き魔王となった最愛の人を、忌まわしき“今”から解き放つのだ。
 そして、ソニアは再び歩き始めた。パルスワンと共に。

 †   †

 これは、我々の知らないソードシールドの世界。数多ある可能性の中で有り得た世界の物語。
 勇者の剣と共に、剣の王は鋭く号哭した。

 続く。

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