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EXPLORERS EPISODE~変幻自在のトリックスター~ Chapter-1

作者:ロザリンド


 大陸中を揺るがした星の停止事件がかのチーム"ポケダンズ"によって食い止められてからはや数年。

 大事件の解決という快挙により探検家や探検隊といった者達の活動はより一層人気を博し、それがまた新たなる探検隊の結成や未知のダンジョンへの挑戦を無数に惹き起こす。
 各地では探検隊をとりまとめるギルドが新規に設立されたり、他の大陸へ足を伸ばし救助隊や調査団といった別組織との連携を始めるなど、ダンジョン探索事業はこれまでにない大盛況を見せている。
 いまや探検家は大衆の憧れの的であり、トレジャータウンの賑わいも日に日に大きくなっていた。

 ……そんな中、各地のダンジョンで怒涛の活躍を見せる、あるチームの噂が多くの探検家の間に広まりつつあった。


 *



「うわああっ!」


 ウォーグルの巨躯から次々と繰り出される空気の刃、"エアスラッシュ"が、疲弊しきったガバイトの身体へ容赦なく襲い掛かる。雲のような不安定な真白の床を飛び退き、身を翻し。多少は風の刃が身体を掠めていったものの、どうにか今の一撃は凌ぐことができた。
 だが、劣勢を覆す術はない。ガバイトは自らの鞄を逆さにするが、木の枝や粘ついた道具のような使い物にならないものしか出てこない。その他は、ただ鞄につけられた探検隊バッジが光るのみだ。対するウォーグルは高空から雄々しく咆哮を轟かせ、既に次の攻撃への準備を整えている。


「くそ、こんなところで……!」


 近頃発見されたばかりの天空のダンジョン『不可侵の空域』。この未開の地に探検家であるガバイトはいち早く挑み、踏破を目前としていた所だった。だがこの地に住まうダンジョンの主、ウォーグルに襲われ、必死の応戦も虚しく体力の限界まで追い込まれている。彼にもう後はなかった。
 ウォーグルがもう一度"エアスラッシュ"を放とうと翼をはためかせる。疲労から足取りもおぼつかない今、攻撃を避けることは叶わないだろう。ガバイトは目を細めて爪を構え、ただ必死に耐えようとしていた。そんな彼目掛けて、今まさに空気の刃が無慈悲にも浴びせられようというところ。

 しかし、すんでのところで翼から風が消え、大鷲の身体は鈍い打撃音と共に更に上空へと打ち上げられる。
 勢いを失い消滅する空気の刃。助かったのだろうか?その時ガバイトが目にしたのは、ウォーグルの背後から強烈な"ふいうち"をお見舞いするフライゴンの姿だった。首から灰色のスカーフを巻いており、彼も探検家であることはすぐにわかった。
 ウォーグルは暴れ狂いながらも、崩れた態勢を立て直そうとする。だがそこへ更に別の影が凄まじい速度で飛来してきて。


「最高速でぶっちぎってくれよ、ブル!」


 超速で宙を駆けるピジョットと、その鳥の上に乗って叫び、手を前に突き出して構えるチラチーノ。


「任せてよ、ダモン!」


 ブル、と呼ばれたピジョットは身体の上のチラチーノへそう呼び返し、二匹は迷いなくウォーグルの方へと突っ込んでいく。そのやり取りに、ガバイトは驚きを隠すことができなかった。ガバイトは彼らの呼び名に聞き覚えがあったのだ。
 ウォーグルは何とか態勢を持ち直して飛行し、二匹を迎え撃つことを試みる。だが"ピジョットの"ブルが急旋回でその反撃をいなし、"チラチーノの"ダモンが"ロックブラスト"による岩石で大鷲を滅多打ちに。一端の探検家でも息をのむ程の戦いぶりに目を奪われるガバイトだったが、先程"ふいうち"を仕掛けたフライゴンが我関せずという様子で近づいてきていることに気付き、また爪を構えて警戒を強めた。


「お、お前達、まさか……!?」


 ガバイトは今の一連の光景から、フライゴン、ピジョット、チラチーノの三匹が何者かをある程度は察していた。もし推測が合っているなら、他にもまだもう一匹──────
 ──────だからこそガバイトは警戒し、自分を救ってくれたはずのポケモンへ強い口調で言い放つ。だがフライゴンはそれもお構いなしという様子で、ガバイトとの距離をどんどん縮めて。


「怪我は大丈夫?可愛い坊や。うふふ……」

「な、なんだよっ……!?」


 笑みを浮かべながら、フライゴンはガバイトの腰へと手を回す。ぞくり、と何かが背筋を走る感覚。甘い香りにも包まれて。……だが、これは罠。フライゴンによる技"メロメロ"であることに気付くことまではできたものの。それでも尚一瞬にして心を奪われてしまいそうになるのに、ガバイトは僅かな体力と理性で抵抗しようとしていた。

 片や止まぬ連撃に悲鳴を上げ、ついにウォーグルは力尽きて地へと墜ちていく。


「っしゃあ!一丁あがりぃ!」

「このまま突っ走るよ、ダモン!」


 主を撃破し勢いのままにダンジョンの奥へと駆け抜けていくピジョットとチラチーノ……だがその姿も、夢心地のガバイトの視界には映らない。
 まるで人形遊びのようにガバイトを弄ぶフライゴンだったが、隣に一匹のパチリスがいつの間に現れていることに気付き、自然と意識はそちらに向いていった。


「ミュート、何よその不満そうな顔は……あ、もしかしてこの坊やが羨ましいのかしら?」


 目を細めるパチリスへ、フライゴンはそう語り掛ける。多少茶化して喋ったつもりだったのだが逆効果だったようで、ミュートと呼ばれたパチリスははぁーっと溜め息をついて首を横に振った。


「何油売ってんのって思っただけ。アークってばほんとにバカ。……ダモンとブルはもう先行ったし」

「え!?」


 パチリスが冷たくあしらうと、"フライゴンの"アークはハッとしたように辺りを見回して。ウォーグルはもう倒れているし、一緒に来たはずの仲間の姿も見当たらない……出遅れた、完全に。


「あ~ん、待ってよ~!」


 つい数秒前までガバイトに詰め寄っていたというのに、フライゴンは興味を百八十度変えてダンジョンの奥へと走っていく。……そう、あるはずの翼を使わずに、わざわざ足で不器用に。普通に考えれば疑問を持つ光景なのだろうが、だが思考を遮られていたガバイトはそこまで意識がまわらなかった。
 残されたパチリスとガバイトの間に、しばしの沈黙が流れて。しかしそれはパチリスによって打ち切られることとなる。


「ねえ、キミ探検家でしょ」

「……え?あ、ああ。そうだけど」


 突然のパチリスの問いかけに、ガバイトは遅れて言葉を返して。するとこれまで無表情だったパチリスがクスリと笑い、蔑むような瞳をガバイトへ向けて。


「いいの?こんなとこで突っ立ってて。このダンジョンのお宝、ボク達が貰っちゃうよ?」


 "パチリスの"ミュートは少女の声でそう言い残し、あろうことか"テレポート"による転移でガバイトの目の前から姿を消した。
 こればかりはガバイトにもその異様さが伝わる。彼の知識から言って、パチリスがテレポートを使うなど普通では考えられないのだ。

 ……呆気に取られて硬直していたガバイトだったが。先のパチリスの一言が頭をよぎり、彼はハッと正気に戻った。自分が一番槍としてダンジョンに切り込んだはずなのに、手柄が先の四匹に奪われてしまうのでは?このままではいけない。


「あ~っ!」


 ふらつく足取りのまま、ガバイトは歩き出す。倒れたウォーグルを越え、ダンジョンのその先へ。

 ダンジョンの終着点、天空の頂の宝物部屋。しかし探検家ガバイトがそこに辿りついた頃には恐らく山程あっただろう財宝は影も形もなく。ただ中身のない空の宝箱だけがそこに残されていた。


 *


 "さて、いくつか紹介させて貰ったが。以上が現状確認されている全ての、彼ら四匹の目撃情報だ。今や探検隊の諸君なら知らぬ者はいないだろうが、今一度彼らの特徴をおさらいしておこう。

 一つ、彼らは常に四匹のチームを組み行動している。いかなる場合でも、これは変わらない。
 二つ、彼らは挑むダンジョンに合わせ、攻略に適した種族で毎回違うチームを組む。更にその全てが例外なく、並外れた実力の持ち主でもあるということだ。しかし、それだけ多くのポケモン達を抱えられる程の大規模なギルドの存在は未だ大陸にはなく、あろうことか探検隊連盟への登録申請すらされていない。拠点の目撃情報もゼロの、神出鬼没の探検隊である。
 三つ、彼らはどんな編成のチームでも、チームメイトのことを『ダモン』、『ミュート』、『ブル』、『アーク』というニックネームで呼び合う。呼び名によって持ち味や長けている能力に偏りがある為、彼らを派遣する組織で役割毎に振り分けられるコードネームなのだろうと推測されている。我々は彼らのダンジョン内での立ち回りを分析し、それぞれ『蛮勇のダモン』、『穎才のミュート』、『疾風のブル』、『幻惑のアーク』と名付けた。
 四つ、彼らは狙った獲物を逃がさない。古くから馴染みのあるダンジョンでも、未開のダンジョンでもどこにでも噂を聞けばいち早く現れ、必ず財宝を手中に収めている。

 怒涛の活躍を見せながらも正体が謎に包まれている彼ら四匹のチームが"トリックスター"の名で広まっていることは諸君もご存じだろう。彼らの探検隊としての活躍はめざましいものであり、それ故我々探検隊連盟でもその全貌が見えていない現状が非常に惜しい。探検隊諸君は彼らの情報を入手し次第、迅速に連盟に報告して頂きたい。以上だ。

 (ペリッパー新聞号外、探検隊連盟の項)"


「……何?今俺らって世間だとこんなことになってんの?」


 大陸のとある場所にある、人目を避けた薄暗い森中の洞穴で。薄茶色のザラ紙を眺めながら、メタモンがそう言う。


「"トリックスター"か。だっさ……聞いてるボクの方が恥ずかしくなる」

「え~、そうかしら?私は格好いいと思うけれど。幻惑のアーク、ですって!うふふ……」


 呆れ顔で吐き捨てるミュウと、それとは対照的にご満悦な様子のゾロアーク。


「ま、何はともあれ、僕達も知名度が上がってきてるみたいだね。……こんなお尋ね者紛いの取り上げられ方してるのは不本意だけど」


 床に置かれたザラ紙を改めて覗き込み、ドーブルがそう呟く。各地の探検家に向けて配られるこのペリッパー新聞に、自分達四匹が似顔絵付きで大々的に載せられているのだ。今しがたドーブルが言ったように、その様は掲示板に貼り出されるお尋ね者のポスターと瓜二つである。正直な所、あまり気分の良いものではないというのが彼の感想だ。
 とは言っても、この似顔絵も各地のダンジョンで自分達が"へんしん"や"イリュージョン"によって擬態した姿であり、全くの的外れなものであるのだが。


「でもよ、確かにこんだけ暴れまわったら目つけられるかもな。……なあミュート、最近俺らどんだけダンジョン探検してたっけ?」


 メタモンは身体をうねらせながら、"ミュウの"ミュートに問いかける。


「ダモン、いつもボクに聞いてないで少しは自分で考えて。……『銀星石の祠』、『ゼロの島北部』、『不可侵の空域』、『劫火大空洞』。ここ一か月で四つ攻略済み。二十三回は連続で攻略に成功してる」


 ミュートは淡々とそう答える。惚れ惚れするほどの圧倒的な成果。"メタモンの"ダモンは堪らず「うひょお」と声をあげ、隣で聞いていたゾロアークもうんうんと頷く。


「流石は私達、そろそろファンがついてきそうな頃じゃない?これで私もモテモテね~ふふ~ん」

「ほんと、アーク姉さんったら逆ナンすることしか考えてないんだから」

「何よブル、クール気取っちゃって。あんたもカワイコちゃんには目がないタチでしょう?あんた、今日はパッチールのカフェで何匹引っ掛けてたかしら」


 "ゾロアークの"アークが肩を竦めて言葉を返すと、"ドーブルの"ブルはアハハと高笑いして。


「確かにあのキルリアちゃんとクチートちゃんの可愛さといったら僕も久々にキたけどね。でもその前に、僕には新たな宝の情報を得るっていうれっきとした目的があるんだ。女の子は二の次!……そうだ!次の探検の話、今日もしっかり持って帰ってきたからね!」


 得意げに笑うブルと、「それは最初に言えよ!」とツッコミを入れるダモン。彼らの何気ない、いつも通りのやり取りだ。

 彼らは四匹でチームを組む探検隊。各々が持つ擬態能力を駆使して探検に挑み、ダンジョンの財宝をものにする。そしてその正体は、いまだ他の探検家達には一切明かされていない。
 ……まさに、変幻自在のトリックスター。さあ、彼らの次なるターゲットは一体どれほどの大物になるだろう?

 これはとある一つの探検隊の、妖しくも華々しい探検の物語──────

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