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最弱ドラゴン奮闘記

作者:ぬめらんど

 お腹に氷を押しあてられている。体温が抜け出していくのがわかる。このままだと風邪をひくな。ほら現に、今にもくしゃみが。
「ぶ、ぶえ、ぶえええええっくしょい!」
 目が覚めた。なんだか酷い夢を見たような気がする。やけにお腹も冷えてるし。でも布団は、今のこの感じだと被ってたんだよな……というか、偉くお腹が盛り上がってるし、何か重みを感じるような。
 お腹の上に、何かいる? そう考えて、布団をめくる。
「……え」
 見覚えは、あった。ありまくりだった。薄紫の丸っこい体格にちょっと伸びた角。そして何よりこのぬめぬめ。でもありえない。そんなこと。
「え、な、なんで?」
 『ポケットモンスター。縮めてポケモン。この星の不思議な不思議な生き物』とはよく言うけれど、この星、というのは俺が今住んでいるこの星ではありえない。だって、ポケットモンスターシリーズってゲームなんだから。ゲームフリーク、株式会社ポケモン、そういうところが生み出している、フィクションの存在。
 なのに今、俺のお腹の上で、すやすやと寝息を立てているのは一体なんだ。なんで、ヌメラが俺のお腹の上で寝ているんだ? ぬいぐるみ、とかならわかる。だけどこのぬめぬめとした質感は、一体なんなんだ。まるで、まるで本物じゃないか。
 あまりに驚きすぎると、一周回って冷静になるらしい。俺はぬめぬめに侵された布団を干さなきゃな、なんて的外れなことを考えた。とりあえずヌメラを抱きかかえ、風呂場に移す。どう考えても風呂場が一番湿度が高く、居心地がいいだろう。それなりに重かったけれど、お米を買う方がもっと重い。このぐらい男子大学生なら全然なんとでもなる。ヌメラはまだ寝息を立てていた。それからパジャマを洗濯機に突っ込み、洗剤を入れてボタンを押す。それから布団をベランダに干した。それから、スマホを立ち上げ、SNSを開き、
「起きたら、腹の上にヌメラがいたんだけど……」
 送信ボタンを押そうとして、立ち止まる。そんなバカげたこと言ってもどうしようもない。普段からポケモンを愛でる楽しみ方をしているフォロワーならともかく、あいにく俺はそういうタイプではない。ポケモンは好きだが、ポケパルレなどでポケモンを愛でるよりも、厳選して対戦をやったり、ポケマスやらポケスペなどトレーナーメインの物語に触れたりする方が楽しいと思っているし、明示こそしていないがきっとそういう態度はフォロワーも伝わっているだろう。そんな俺がいきなりこんな、ハッシュタグポケモンと生活みたいな発言をしても滑るのがオチだ。それよりも、同じようなことが起こっていないかを調べる方が先決だ。もし他にも同じような事件が頻発してれば、その時に送信すればいい。俺は書きかけたメッセージを下書きに突っ込み、検索窓にヌメラと入れて検索する。ポケモンGOのスナップショットだとか、ヌメラのBOTだとかが引っ掛かり、全然参考になりそうなツイートがない。ミニリュウ、ヨーギラス……と600族のたねポケモンの名前を打ちこんでいった。ミニリュウ、ヨーギラスなどユナイト参戦ポケモンは序盤が弱いというユナイトの愚痴が出てくるなどちょっとずつ違いはあれど、情報は得られなかった。
「なんで、ヌメラがここにいるんだ……」
 諦めて、テレビを付ける。結果として、初めからこうしてればよかった。もしくは、もっと広くタイムラインを漁るとか。
「……なんだよ、これ」
 海外のとある場所……俺は地理には疎いので、名前を聞いても知らない場所だったが……に、すべてを食らう化け物が現れたとの情報。カメラ越しに見たあのシルエットは、間違いない。じゃれつくで消し飛ぶことで有名なウルトラビースト、アクジキングだ。
「街のすべてを食らいつくしており……」
 めまいがした。なんだよ、何が起こってるんだよ。通話アプリの通知が鳴った。俺もそこに顔を出す。
「ニュース見た? ヤバいよねあれ」
「アクジキング……やんな」
「信じられないけど」
 当然話題はそのことだった。俺は、風呂場で眠るヌメラの写真を撮影して、アップした。
「え、急にどしたのスライくん」
 スライ。俺のハンネだ。
「目が覚めたら、お腹の上にいたんだ。あのアクジキングと何か関係あったりするのかもしれないなって」
 沈黙が下りた。それからしばらく、え、マジ? みたいなざわざわが続いた。
「凄いよそれ! アクジキングと戦ってきたら?」
「は? ヌメラで? 無理に決まってんだろ! いくらアクジキングの種族値が終わってても、ヌメラじゃ無理だっての」
「せやなあ。でもさ、アクジキングとヌメラと……ってことは、もしかしたら他のポケモンもこっちの世界に来てるかもしれへんのちゃう?」
「あ、それありうる! ちょっとツイートしてきたら?」
「情報求むって感じで?」
「そうそう」
「んー、そうする、しかないかなぁ……」
 と、ヌメラがあくびをして目を覚ました。
「ヌメラが起きた。ちょっと様子を見てみるわ」
 と言って通話を離脱し、風呂場に向かう。ヌメラは、浴槽の壁をはいずり登ろうとして、滑り落ちていた。お腹がぐうと鳴っている。
「……腹減ったのか?」
「ぬめ……」
 ヌメラは小さくうつむいた。あんまり自炊をしないので、家にご飯はないはずだ。どうしたもんか。
「リンゴでも買って来ようか?」
「ぬめ!」
 リンゴは伝わるらしい。シャワーで軽く湿らせてあげた後、俺はスマホと財布を手に近所のスーパーへ向かった。

「うまいか?」
「ぬめ!」
 あっという間にリンゴを平らげたヌメラ。俺も俺で総菜パンを頬張り、そしてようやく今の状況をツイートした。先ほどのツイートに、「他にもポケモンが現れたって人とか、何か知っている人がいたら情報ください」と添えて。
「ま、そんなフォロワーが多い訳でもないし、たいして拡散もされずに終わりそうだけどな」
 なんて苦笑いしてスマホを閉じた。幸い今は夏休みで、大学生の夏休みなんてバイトと遊びを除いて暇なもんだ。課題もないし。この突然現れたヌメラの処遇もしばらくしたら決めればいい。それまでうちで飼ってみても悪くはないだろう。ヌメラ側にも害意もないし、ポケモンと過ごすというのはポケモン好きとしては悪いもんではないらしい。
「とりあえず」
 と俺はさっきついでに100均で買ってきた洗面器に水を張る。
「この中に入ってくれ。そして、この部屋以外で絶対ここから出るなよ」
「ぬめ!」
 ヌメラは力強く頷くと、洗面器に飛び込んだ。俺はそれをリビングまで運ぶ。
「ま、しばらくよろしくな、ヌメラ。それじゃ……ポケモンでもするか」
 何をすればいいのかわからず、とりあえず俺はSwitchを付けて、シールドを立ち上げた。しばらくヌメラに見守りながらランクマに潜って、それからスマホを見た。通知は切っていたのだが、気付いたらSNSの通知がエグイことになっていた。
「おいおい、マジかよ」
 よくよく精査してみると、「このタイミングでそれは悪質なデマ」だとかの批判意見もあれば、アクジキング倒しに行けよ、なんて気楽な意見も。でも、やっぱり情報を持っているという人は現れなかった。どうしたもんかと思案していたそんな折、インターフォンが鳴った。
「ん?」
 一旦は無視したけれど、また鳴った。2回以上鳴らされたら出る、と決めていた俺はそれに答える。
「はい」
「スライさん、ですか?」
「……は? え、あんた、一体誰?」
「申し遅れました、わたくし、公安の白妙(しろたえ)と申します」
「こ、公安?!」
 ドラマとか漫画でしか聞いたことがないフレーズが、今、俺の目の前にある。
「ええ。ポケモンが現れたということで、お話を伺いたいのですが……」
「わ、わかりました……」
「ご協力感謝します」
 俺はドアを開く。白妙さんは警察手帳を見せ、そして俺の許可を取ると家に入り込んだ。家に女性が上がりこんだという意味では初めての経験だが、ロマンスのかけらもない。白妙さん自身は黒い短髪に高い鼻、きりりとした目など力強く魅力はあるけれど、そういう意思をかけらもこちらに向けていない。まあ、当然だが。
「それでは、お話をお聞かせください」
「は、はい……と言っても、話せることなんて何にもないですよ」
「どんな些細なことでも構いません」
「寝て起きたらなんかヌメラが布団に潜りこんでたんです。俺だって信じられませんでした」
「そうですか。他には?」
「一応、言葉はある程度わかってくれるみたいです、けど……それだけです」
「そうですか。わかりました。それでは私がお引き取りしようと思うのですがよろしいでしょうか」
 公安なんて権力者がそういうのなら、俺に断る理由はない。断ったらどうなるかわかったもんじゃないし。
「わかりました。ヌメラをよろしくお願いします」
 洗面器ごとヌメラを手渡す。
「ヌメラ、乾燥するとヤバいんで定期的に湿らせてあげてください。リンゴは好んで食べるみたいです」
「情報ありがとうございます」
 白妙さんは頭を下げる。しかし、ヌメラは。
「えっ」
 俺の方へとダイブしてきた。
「こら、白妙さんにお世話してもらった方が絶対いいって!」
 ヌメラは頬を膨らませて、ぷりぷり怒っているようだった。
「……今朝会った割に、ずいぶん懐かれているようですね」
「……みたい、ですね。リンゴをあげたから、かな」
 白妙さんはため息を吐いた。
「わかりました。あなたへの害意はなさそうですし、あなたの所でしばらく世話をしてあげてください。その代わり、私たちもあなたの観察はしばらくさせてもらいます」
「は、はあ……まあいいですけど、どうしてですか?」
 ヌメラを洗面器に戻しながら、俺はそう問う。彼女は冷静に答えた。
「アクジキングの騒動は海外の話ですが、他にも世界各地でポケモンが現れたという情報が散見されています。このヌメラがあんな騒動を起こすようにはとても見えませんが、進化すると強いポケモンになるのでしょう?」
「まあ、種族値的には」
「あなたがそれを悪用したりしないかの見張りも必要、ということをご理解ください」
「しませんよ! まあ、でもそうか、そりゃそうか。わかりました。それじゃあこちらからもお願いしていいですか?」
「ものによります」
「ヌメラの世話をいつでもできる訳じゃないです。俺だってバイトもあるし、そもそも生き物なんて飼ったことない。だから……白妙さんも、世話を手伝っていただけませんか?」
「そのぐらいならお安い御用です。その前に、ヌメラの信頼を勝ち取る必要がありますが」
「大丈夫ですよ、たぶん」
 ヌメラは白妙さんに向けて威嚇をしていた。この体形で唸ってもあまり怖くはないのだが。大丈夫、だろうか。白妙さんは真顔で言った。
「だといいですね。では、わかりました。朝波さんが協力的なおかげで話が早く、助かります」
「まあ、歯向かう理由もないですし」
「ふふ、ですね。善良な一般市民で助かります。それからもう一つお願いを。あのアカウントは削除していただけませんか?」
「え?! そ、それは……結構、大事なアカウントなので」
「わかりました。それでしたらせめて、あのツイートの削除とアカウントの鍵をかけていただけると。あなたのアカウントから、本気を出せばこうやって私たちのようにあなたの家を特定できるのですから」
「あ……た、確かに」
 考えてなかった。まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったから。俺は大慌てでアカウントに鍵をかけた。
「でも、警察系の信頼できる方でよかったです、最初に来たのがヌメラを狙った悪い奴だったらしゃれになってなかったのかもしれないってことですもんね」
「ええ。不用意なSNS利用は身を滅ぼしますよ」
 白妙さんは柔らかく微笑んで言った。
「肝に銘じます」
「それではこれからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ぬめ」
 ヌメラも頭を下げていた。ほんの少し、2人は笑う。
「それでは失礼します」
 白妙さんは家を後にした。残された俺は、ポツリ呟く。
「なんか、とんでもないことになったな……」

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