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1曲目 笛吹き男とお菓子の家

作者:夏祭りのチョコバナナ甘熟王

 むかしむかし。
 100年、200年。いえいえもっとむかしの話。
 人間とポケモンがいっしょにくらすどこかの国に『笛吹き男』とよばれる男がいました。
 男は町のたて物をかじったり、食べ物をぬすんだりするポケモンのたいじをしながら、いきていました。
 ところがある日、いらいで立ちよった町で、笛吹き男はポケモンたいじのごほうびをもらえませんでした。
 男はごほうびをもらえなかった腹いせに、笛のおとで人間とくらしているポケモン達をあやつって、森のおくふかくへとつれていってしまったのです。
 さらわれたポケモンたちは、とうとう人間のもとへは帰ってきませんでした。



 それ以来、その国では「笛吹き男がやってくるから、ポケモンには優しくしましょう」という教えが広まったのである。



 202X年・現代。
 笛吹き男の伝説は今もなお、おとぎ話や伝承として語り継がれている。しかし、元号を何度も飛び越え科学が発達したこの時代に、笛吹き男をはじめファンタジックなものの存在を信じる者はほとんどいなくなっていた。
 それでも笛吹き男も人間だ。歴史の偉人と同じように、子孫が今でも代々続いている。しかし、人間やポケモンの心を操れる笛吹き男は、その能力から国の人々からは恐れられ忌み嫌われており、今はどこにいるのかハッキリしていないという。







「どうした、ニコ。困っている声が聞こえるのか」

 1匹のミブリムを従えている青年・ジャンは、こんな晴れた日には不釣り合いな格好をして森の景色と同化していた。一言で言うなら「明るくはない」。深く被ったチロリアンハットに、太陽の光を吸収してしまいそうな闇色のジャケット。差し色の焦げ茶色は、使い古されてぼろぼろになったショルダーバッグだ。チロリアンハットの奥からは、伸ばしっぱなしの銀髪が垂れている。
 ニコと呼ばれたミブリムは、ジャンとは対照的に人懐っこくよちよちとついてきている。とんがり帽子みたいな頭の突起は、ジャンの行く先を示してくれるアンテナ代わりでもある。
 
「案内してくれないか」

 こくりと頷くと、ミブリムはててててて、と歩くスピードを速め、ジャンの前を歩きだす。こんなに明るいのに元気な奴だ。ジャンは肩をすくめて、ミブリムの行く先へと進んでいった。



 森を抜けたところに、それはあった。
 熱で溶けることを知らないチョコレートの屋根、ビスケットでできた壁、キャンディのドアノブ。どれをとってもお菓子で作られている。もしお腹が空いていたら、ぺろりと食べてしまいたい。
 もちろん、化学が発展したこの時代だ。家が本物のお菓子で作られている、なんてことはない。これらは全て、本物のお菓子そっくりに作られたオブジェである。

「さぁみんな、おやつの時間だよ」

 捨てられたポケモン達を引き取り、生活させる愛のボランティア・ポケモン養護施設『スゥイートハウス・リーベ』としている表札。この施設の主と思われる老婆の一声で、ポケモン達が嬉しそうにウッドデッキに群がっている。
 ペロッパフ、チェリンボ、ヤナップ、アメタマ。小さなポケモン達に差し出されたのは、焼きたてのクッキーだ。ガツガツ、むしゃむしゃ、ガツガツ。よほど飢えていたのだろう。ポケモン達は食べかすが飛び散るのもお構いなしに、クッキーを頬張っている。
 今日のポケモン達の食べっぷりも絶好調。おいしそうにクッキーを食べる彼らの姿に、老婆はご満悦だ。

「……ここから聞こえるのか、困っているポケモンの声が」
「ミブッ!」

 ミブリムはジャンの足元で、大きく頷いた。
 愛くるしいミブリムの鳴き声が耳に届いたのだろう。老婆の目がジャンへと向く。始めこそ物珍しい何かを見るような目でジャンを見ていた老婆だったが、すぐに嬉しそうに目を細め、ジャンとミブリムを施設の敷地内へと招き入れてくれた。







 入れたてのダージリンティーとバターの香りが心地よいマドレーヌを差し出され、ジャンはありがたくいただいている。ミブリムはミブリムで、おいしそうにクッキーを頬張っているように見えた。
 ロベリアと名乗る老婆は、ありったけのおもてなしの心でジャンをもてなす。

「突然呼び止めるような形になっちゃってごめんなさいね。旅のお方?」
「あ、まぁ。各地を旅、というか、目的があって……」
「まぁステキ。どんな目的なの?」

 それは__ジャンは口ごもりながら、ミブリムに視線を移す。まだ口をモグモグと動かしているミブリムだが、じっと慎重に辺りを見回すさまは、警戒のサインだ。ミブリムはようやく、壁に隠れている2匹のポケモンをマークする。ピンと頭の突起を天井に伸ばし、それをジャンへのサインとして示した。
 その様子を確かめたジャンは、再びロベリアおばさんに向き直った。

「困っているポケモンを、助けること……だろうか。それで旅しながら助けてるって言うか。上手く言えなくてすまない」
「いいじゃない、すごくカッコいいわ。やり方は違えど、私と同じね」

 ロベリアおばさんは、しわくちゃになった手でぎゅっとジャンの手を握りながら、無邪気にぶんぶんと振り回す。穏やかさと豪快さを併せ持った、個性的な人だなぁとジャンは頭の片隅で考えていた。



 その日の夜、ジャンとミブリムはロベリアおばさんのご厚意で、施設内の一室で寝泊まりさせてもらうことになったのだが。
 深夜を過ぎ、施設内のポケモン達が寝静まった後、ジャンはミブリムと共に施設の裏庭に足を運んでいた。見た目からは想像できなかったが、この施設は老朽化が進んでおり、歩く度に床がきしむ。足音が立たないように廊下を歩くのは一苦労だったが、誰にも見つからずに済んだ。
 既に裏庭には、2匹の先客がいる。周りに誰かいないかを過剰に気にするそのポケモンは、2匹のマホミルだった。ミブリムが昼間に、壁に隠れていた2匹にテレパシーでここに来るよう指示したのだ。

「お手柄だぞ、ニコ」

 ジャンに褒められ、ミブリムはご満悦のようだ。一見微笑ましく見える人間とポケモンのやり取りだが、マホミル達は警戒を解かない。
 さて、ここからが本番だ。まずは証拠を吐き出させるところから。ジャンは下げているショルダーバッグの中から、1本の笛を取り出し、構えた。特に長い曲を奏でるワケではない。ほんの一節、フレーズをひと吹きしただけで、マホミル達の心は刺激される。

「悪いようにはしない。あなた達のご主人が何をしているのか、私達に教えてくれないか」

 マホミル達は導かれるようにこくりと頷き、ふよふよと浮遊しながらジャンとミブリムを案内し始めた。







 マホミル達がジャンに見せたものは、信じがたいものだった。
 施設にいるポケモンやロベリアおばさんを起こさないようにそっと忍び込んだ部屋は、そのロベリアおばさんの書斎だった。
 机の上に積まれていたのは、何枚もの見積書。そこにはポケモン達の名前やレベル、推定年齢など細かなプロフィールが記されていた。ここまでならよかったのだが、続けられていた内容は、ある意味で決定打になる。
 売ったポケモンの部位、その価格。そして、売られたポケモンの収容先や遺棄した場所だった。

「ミツハニーのハニーミツ、ヤドンのしっぽ、アマカジの汗、チュリネの葉っぱ……。どれもポケモンの食べられる部位ばかりじゃないか」

 ここから導き出される答えはこうだ。この施設は、食用として使われているポケモンを飼育しており、ある程度のレベルに達して成長した頃に、食べられる部位を売られる。身体の一番おいしい部分を奪われたポケモン達は、収容されるか放置されるか。そもそも、今この時に生きているのかも分からない。

「あなた達はどうやって、この事実を知った?」

 ボソボソした声でジャンに問われ、マホミル達は困ったように互いの目を合わせる。その様子だと「たまたま知った」「偶然」といったところだろう。いずれにしても、こんなに辛い思いを2匹だけでよく抱えてきたものだ。ジャンは2匹の小さなポケモンをねぎらうように、そっと撫でてやる。

「大丈夫。私達はあなた達を傷つけやしない。だから、一緒に__」
「勝手に何をしているんだね?」

 ジャンやミブリム、マホミル達から血の気がサーッと消えた。書斎の扉の向こうで、寝間着姿のロベリアおばさんが仁王立ちしていたからだ。ギロリと嘗め回すように、ロベリアおばさんがジャン達をにらみつける。それでもジャンは、ミブリムやマホミル達を守るようにロベリアおばさんに立ち向かった。

「あなたのしていることは今は分かった。ポケモンを食い物にして生き延びるなんて、なんて身勝手なんだ」
「黙れッ! 私はそうしなきゃ、この経営難の中生きていけないんだよッ!」

 眉間をシワでぐちゃぐちゃにしたロベリアおばさんの顔は、昼間の優しそうな老婆の面影が残っていなかった。秘密がバレて頭に血が上り、カッカしているのだろう。ロベリアおばさんは、ミブリムの頭の突起を鷲掴みにしてナイフを突き立てる。最初から自分達を怪しみ、いざという時のためにこうするつもりだったのだろう。
 さすがのジャンもこれには冷静さを欠き、ロベリアおばさんに掴みかかる勢いで迫る。

「ニコに何をするんだ!」
「こいつの命が惜しければ、そのマホミル達を解放しな! 困っているポケモンを助けるために放浪しているヤツが、パートナー1匹も守れないのかい!?」
「それは……」

 パートナーを人質あらぬポケ質に取られ、ジャンは手も足も出ずに立ちすくむ。こんな時のために用意されるべき、いざという時の言葉が、何も思いつかない。
 ジャンの背中に守られている2匹のマホミルは、互いに決意を固めるように目を合わせると、ロベリアおばさんの前に立ちはだかる。2匹は頭から何かを噴射する構えを取ったと思いきや、本当に技を繰り出した。1匹のマホミルは『アロマミスト』、もう1匹は『あまいかおり』。

「あなた達……さっきまであんなにオドオドとしていたのに!」

 畳みかけるような香りは、ジャンですら顔をしかめるほどキツいものだった。当然ロベリアおばさんも嗅覚を刺激され、へなへなとその場に崩れ落ちる。その拍子に手放されたミブリムは解放され、ジャンの元へとぴょんぴょこ戻っていく。
 マホミル達は小さな勇気を振り絞ることで、自分達を売り飛ばそうとしているロベリアおばさんを懲らしめただけでなく、ミブリムを助け出したのだ。

「ありがとう、勇気あるマホミル達。今こそ最後の仕上げの時だ」

 ジャンは再び笛を構えると、今度は長いひとつの曲を演奏し始めた。すると笛の音に反応したのか、マホミル達を筆頭に、施設のポケモン達がぞろぞろとジャンの周りに集まって来るではないか。
 書斎の勝手口を開き、ジャンとミブリムはポケモン達を引き連れて『行進』を始める。ポケモン達はというと楽し気に、ジャンの後ろに続いてステップを踏みながら進んでいく。ミブリムも一緒になって、ポケモン達と並びながら季節の歌を歌うなどしていた。
 ロベリアおばさんはよろよろと立ち上がりながら、最後の負け惜しみと言わんばかりに勝手口の扉から声を張り上げる。

「あんた! こんなことしてタダで済むと思ってんのかね! この極悪人めッ!」
「あなたに言われたくない」

 うぎぎぎ、と真っ赤な顔で歯ぎしりをするロベリアおばさんは、最後にひとつだけ、と前置きして続けた。

「せめてあんた! 名前だけでも名乗っておゆき!」

 ぴたり、と一旦笛の音とポケモン達の行進が止まる。北風で飛ばされそうなチロリアンハットを抑えながら、ジャンは踵を返す。闇のように深く、ひどく落ち着いたその瞳に捉えられ、ロベリアおばさんは息を呑んだ。
 ジャンは一言も発さない。それが俗世間に対する、彼の答えだった。圧倒されているロベリアおばさんを後目に、ジャンはその場を後にする。笛の音色と、愉快に踊るポケモン達と一緒に。

(私はジャン。笛吹き男の末裔なり)







 ポケモン養護施設の施設長がポケモン売買の疑いで逮捕された事件は、新聞やインターネット、テレビを通して一斉に広まった。
 ロベリア容疑者の話では、笛を吹く怪しい男がポケモン達を連れ去ったなどと供述しており、警察は詳しい事情聴取を進めているのだという。
「ありえねー」「笛吹き男ってあの伝説の?」と人の海が波音を立てる中、1人の少年は愕然としていた。この世にはいないものだと思っていた笛吹き男が、存在していることが分かったのだから。

「生きてたんだ。兄さん……」

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