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『ドルン博士の人生チェンジリングプリーズ!? 〜第1回〜』

作者:うめだ

「ドルンさん、ジムリーダーになってエッセイ書きませんか?」
 お世話になった編集さんから連絡があったのは、毎朝の日課を終えてからだった。
 ポケモン民俗学者の僕の朝は早い。散歩がてら空が明るくなり始める時間帯に、ジョウト地方・ヒワダタウンはウバメの森に行く。
 早朝だから暗いのか、元々暗いのかわからない森の中で祠にお参りをする。
 セレビィに会えますように。
 物心ついた少年時代からしている、何千回目かのお願いだ。祈る度に、会える日が近くなっているような、不思議な直感がするのだ。毎日、毎回そうなのだが。
 祠のそばにいたキャタピーと目が合い、なんとなくお供物の余りのチーゴのみをあげた。一口だけ食べて気に入らなかったらしく、きゅぷきゅぷ文句を言って去ってしまった。
 悪いことをしたなと思っていたら、ビードルが足早にやってきた。「んびー」と鳴いて、残されたチーゴのみを美味しそうにたいらげ、ご機嫌に尻尾を振るようにして去っていった。良いことをした。
 お誘いがあったのは、足取り軽く帰ったその日のことだった。

 ポケモンの研究は時間もだが、お金もかかる。読者のみなさんは、ポケモンの研究といえば進化学を思い浮かべるかもしれない。正直な話、僕もそうだ。
 進化学を支援してくれる企業や組織は数あれど、僕の研究分野である民俗学はなかなか支援されない。
 民俗学とは、たとえば僕の場合、ポケモンに関する「おとぎ話」を研究して、どの地方ではどういったポケモンが主に人々に寄り添っていたのだろうかとか考えるのだ。おとぎ話は身近にいるポケモンたちが題材になることが多く、なにかしらその地域に起こった事件などが「おとぎ話」という形になって口伝されてゆく。
 僕はこういった各地の「おとぎ話」を収集し、研究している。
 正直、趣味の延長線にあるといわれたらぐうの音も出ない。なにしろ、僕自身がやりたいことが見つからなかったから、趣味だった民俗学の研究を始めただけなのだ。
 しかし、民俗学を研究するにはフィールドワークと、その地にしかないであろう資料を探すのも重要だ。つまりお金がかかる。
 僕は、そのとき行われているポケモンバトルの大会で勝ち取った賞金を、生活費や研究費にあてていた。とても不安定な生活だ。読者のみなさんにはオススメできない。
 なので、編集さんからのお誘いを受けたときは、詳細も聞かず脊髄反射で「やります」と答えていた。
 ジムリーダー! 安定収入の花形職業!
 編集さんは以前『ポケモンおとぎ話全集』を刊行させていただいた際に、お世話になった方だ。刊行祝いのささやかな打ち上げのときに、お酒も入っていたからか、ちょっと研究費について愚痴を言ってしまったことがある。
 もしや僕の発言を覚えていてくれたのかもしれない。嬉しいやら恥ずかしいやら。

 ジムリーダーの枠が空いているのは、ジョウト地方から遠く離れたデメルン地方だ。カロス地方のお隣さんで、実は前から僕が行きたいと願っていた地方でもある。
 この地方にもセレビィの伝説があるのだ。僕が民俗学の世界に足を突っ込んでしまったのは、地元のウバメの森のセレビィの伝説がキッカケでもある。
 編集さんの知人に、ジムリーダーの後任を探されている方がいたこと。そこが僕が行きたかったデメルン地方であること。編集さんが新企画に悩んでいたこと。幸運にも、たくさんの偶然が重なっていた。
 また、ジムリーダーの後任を探されていた方も、地方の知名度を少しでも上げてほしいと人脈のある編集さんにお願いしていた。
「デメルン地方って、実はあまり知られていないんです。知る人ぞ知る、って感じで」
 僕はデメルン地方でジムリーダーをしてエッセイを書き、安定した収入を得ながら、地方に伝わる「おとぎ話」やセレビィの研究ができる。
 こんなうまい話があっていいのか。夢じゃなかろうか。何回かつねったせいで、その日の僕はほっぺだけピカチュウみたいだった。
 その後は編集さんづてで、ジムリーダーを探してほしいとお願いしてきた方と、ポケモンリーグデメルン地方支部の方と話し合う段取りをした。テレビ電話を切って、あのご機嫌に尻尾を振ったビードルのように、僕も腰を横に振って小躍りした。
 翌日、体のあちこちがちょっと痛くなった。

 ポケモンリーグの偉い方と話したときは久々に緊張した。
 いつだったか気まぐれに取得したジムリーダーのライセンスが、まだ有効期間内であること。研究費その他諸々のために、バトルの大会で何度か優勝経験があるのが活きて、話し合いという名の採用面接は無事に合格した。
「なんでジムリーダーをやってこられなかったのですか?」
 不思議そうに尋ねてきた偉い人に、
「やる気がありませんでしたっ」
 緊張のあまり口を滑らせたときは、この話はおじゃんだなと覚悟したのだが「正直な方ですね」とかえって好印象だった。なぜだろう。
 僕は手持ちにフェアリータイプが多かったので、フェアリータイプ担当のジムリーダーに正式に任命された。
 ジムも兼ねた住居は、地方内のどこか好きな街にある城を提供してくれるという。
「城!? 城ってあのお城ですか?!」
「はい、あのお城です」
「え、あのお城?!」
「はい」
 驚愕する僕に、偉い人は「資料を後で送りますので、担当される街を選んでくださいね」と冷静だった。
 やっぱり夢じゃないかしらん。
 いきなりほっぺをつねった僕を見て、ようやく偉い人が慌てた。
 送られてきた資料は、現在ジムリーダーがいないデメルン地方の主要な街の概要。ジム兼住居となる街ごとにあるお城の詳しい歴史がまとめられたものだった。民俗学者の僕としてはとんでもなく興味をそそられた。
 デメルン地方は中世から各地に小国が多くあり、その国々の王様たちが建てたお城が現在も綺麗に残っている。更に、小国が一つの国にまとめられたときもお城ができて、その国が滅んでまた別の国になってお城ができて……を繰り返してきた地方だ。
 地方の長く複雑な歴史を、数々のお城が静かに物語る。
 毎朝の日課を終えてから資料を読み始めて、全部読み終えたときは夕方だった。資料から顔を上げた瞬間、パートナーのサーナイトがサイコパワーを使って、口の中に栄養ゼリーを流し込んでくれた。ありがたい。
 それからは忙しかった。まず研究資料等々を整理して、引っ越し先に持っていかなければならない。
 この整理という作業が実に大変で「あ、この資料探してた」「この資料のこの記述、今読むと研究のヒントに……」とついつい資料を読んでしまう。その度にサーナイトがサナサナ小言を言って、取り上げては段ボールに詰めてくれる。
 引っ越し作業の合間に、実家や研究者仲間に挨拶して、また作業をしていたら出発日はあっという間にやってきた。

 太陽が登りきっていない時間の森は相変わらず暗く、涼しかった。日課の祠へのお参りも今日が最後だ。
 お供物のきのみや、ポケモンが食べる手作りのお菓子をたくさん持ってきた。野生の虫ポケモンたちがすぐに集まってきて、宴会場みたいになった。
 引っ越すことを祠に伝えると、虫ポケモンたちがじっとこちらを見ていた。僕がもうここには来ないことを感じ取ったのだろう。少年時代から毎朝きているから、顔見知りとなった子も何匹かいる。
 出発の時間が迫る中、お参りを終えて背を向けたときだ。
「ビィ」
 虫ポケモンたちとは違う鳴き声が聞こえた。振り向くと、青い目に黄緑色の小柄なポケモンと目があった。
 幻を追いかけ過ぎて、幻覚でも見たのかもしれない。
 その手にきのみとお菓子を持って、そのポケモンは消えた。直後、珍しく、強い風が僕の背中を押した。その風の行先にはヒワダタウンへ続く道がある。
 僕の妄想かもしれない。応援してくれているのかも、という都合の良い解釈かもしれない。
 それでも僕は「今までありがとう! またね!」と叫んだ。

 デメルン地方へは、アサギシティから出航する高速船を乗り継いで2週間ほどだ。
 船旅が終わり、僕と編集さんは年甲斐もなく「せーのっ」と同時に、デメルン地方への第一歩を踏み出した。30手前の男2人が、船の前でキャアキャアはしゃぐ変な光景だったと思う。恥ずかしい。
 だが、そのときの僕は胸を躍らせていた。そばにルンパッパがいたら1日中踊っていたに違いない。
 ジョウト地方とは違う文化の街並み。潮風の香りも、同じ港街のアサギシティとは違うように感じられて、躍り続ける胸いっぱいに吸い込んだ。
 集合場所にはテレビ電話でお話した編集さんの知人さんと、年齢は近いが威厳のある女性がいた。
「ようこそ、デメルン地方へ」
 涼しげなブルーの瞳が印象的だった。握手をして挨拶すると、この港街クラルスシティのジムリーダーだった。早速、同業者と顔合わせである。
 彼女についても、もしこのエッセイの連載が続くようならそのうち書こうと思う。

 高速列車に乗って、地方の南端に近い都市へ向かう。クラルスシティは地方のほぼ北端にあるので、文字通り地方を縦断する。
 列車を降りると、まず人の量に圧倒された。のどかなヒワダタウンとは比べものにならないくらいの人、人、人。地方南部の都市、オリバナシティに到着した。
 近代的なこの街並みのどこに、あの中世の美しい城が……と思っていたら、駅からぼんやりと遠くに見えた。城に向かっていくにつれ、じわじわと街ごと中世にタイムスリップしているような感覚になった。
 やがて小高い丘を登ると、オリバナジムとなる白亜の城にたどり着いた。
 壮観。
 その一言しかなかった。

 バトルとなるエリアは城の中庭で。城の生活スペースはここのエリアを。あとのエリアは保護のため、なるべく使用しないでほしい。
 城の管理をしている、オリバナシティの市長さんがテキパキ説明してくださった。それから、城の管理権が僕に移ったことが記された文書を渡される。
「保護エリアの鍵はこの子に預けてあるから、仲良くね」
 いつからか城に住み着いていたというクレッフィが、僕を品定めしてくる。笑いかけると、鍵束をジャラジャラ鳴らしてきた。打ち解けるのにちょっと時間がかかりそうだ、のんびりやっていこう。

 ジムリーダー就任セレモニーと、オリバナジム開業まで少し余裕があるので、この間に生活をするために日用品等々を用意しなければならない。家具は備えつけだからなんとかなるが、研究資料の新居となる本棚の数が足りそうになかったので、後日買いに行くことにした。
 持ち込んだ衣類などを整理して一息つき、サーナイトたちと改めてお城の探検ツアーをする。元々は王に仕える使用人たちが詰めていたであろう広々としたキッチン。贅沢な調度品が並ぶ食堂。豪華すぎて落ち着かない寝室に書斎。部屋に着く度に、ペロリームとピッピがぴょんぴょん飛び跳ね、サーナイトがサナサナ頷き、僕に抱っこされているマホイップが楽しそうにゆったり拍手する。拍手の度に甘い香りが漂う。
 みんな嬉しそうだ。引っ越して良かったと心の底から思った。
 探検ツアーの締めくくりにバルコニーに出た。広いオリバナシティを見下ろせる。
 夕暮れ時。
 橙色の夕焼けが街を、街の外に広がる森や山も照らした。地方を巡るように流れる川も夕焼けの色に染まって、水面をほのかに煌めかせていた。
 遠くに雲に囲まれた、山頂に聳え立つ城が見えた。沈む黄金の太陽を背負いながら、僕と同じように眼下に広がる世界を見下ろしている。あそこもジムだというのだから、デメルン地方、すごい。
 僕たちは夕陽が沈むまで、ずっと街を見つめていた。
 僕の知らない土地の、知らない人々の営み。近世と中世の街並みが混じり合うこの街と、人々の歴史が、今日まで地続きに続いている。
 そして今日、その歴史に僕たちも加わった。オリバナシティの新米ジムリーダーとして。
 今日から新しい僕の歴史も始まる。ポケモン民俗学の研究者ドルンとして。オリバナジムのジムリーダードルンとして。

 僕がオリバナシティに住むことを選んだ理由は、城が美しかったからだけではない。
 街の紹介文が気に入ったのだ。
《オリバナシティ 色とりどりの夢が集まる街》
 夢見がちな僕にピッタリだ。

 今回は、第1回ということもあり「5000字以内で好きに書いてください」とのことだったので自己紹介も兼ね、節操なく書きました。
 次回から読みやすいよう、なるべく文字数少なめに、テーマを決めて書いていきます。
 それでは読者のみなさん、次号でまたお会いしましょう。

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