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かぼちゃポケモン友の会 第一話:夕暮れの体験入部

作者:ボクレィオーロッタ

 高校生。
 それは多感な青春時代。

「うーん」

 とある春の日の放課後。
 高校一年生の女の子「ユウコ」は、高校の廊下の掲示板にずらりと貼られた部活動勧誘ポスターを眺め歩いていた。

―初心者歓迎 バトミントン部
―美味しいお菓子あります 茶道部
―共に高校生活を奏でよう! 吹奏楽部

「そうだなぁ……」

―新しい貴方に出会おう 演劇部
―青春に一筆入魂 書道部
―アクアリウムの世界にようこそ 水槽楽部

 入学式を終えてから、早数日。
 中学時代は帰宅部であったユウコは、折角なので高校では部活に入ろうと考えていたのだが、彼女の目の前に広がる選択肢は多い。

「運動部も文化部も面白そうだけど」
 
 ポスターを眺め見ながら、ユウコはある掲示板の前で足を止める。
 そこは、不思議な生物ポケットモンスター……通称「ポケモン」に関わる部活動のポスターが貼られるスペースであった。

―友情・努力値・勝利! リーグ団体戦出場実績あり ポケモンバトル部
―来たれ若きコーディネーター ポケモンコンテスト部
―戦術を磨け! ポケモンが居なくても入れます レンタルポケモンバトル施設同好会

 この国では、10歳以上の人間には「ポケモン取り扱い免許」の取得が許可されている。
 ユウコはその昔にポケ免自体は取得していたのだが、ペーパー免許であり、これまでにポケモンの飼育経験は無い。

「…………」

 今やポケモン同士をトレーナーが戦わせる「ポケモンバトル」は国の威信を賭けた世界的競技と化しており、ポケモンの魅力をステージで競う「ポケモンコンテスト」も連日テレビで放映されている。
 ユウコは今更そんな競技や職業に憧れるつもりはなかったが、彼女は心のどこかで「いつかはポケモンと関わってみたいな」という漠然とした想いを持っていた。

「まぁ、私にポケモンの部活は無理か。バトルどころか、モンスターボールすら使ったことが無いんだもの」

 ポケモン部は止めておこう、と歩を進めようとしたその時、彼女の視界に一枚のポスターが映る。

―きっと貴方も好きになる かぼちゃポケモン友の会

「……?」

 それは掲示板の隅に貼られていた、同好会のポスターであった。
 ポスターには、猫のような蝙蝠のようなポケモンらしき絵が色鉛筆で描かれている。
 
「かぼちゃポケモン。とは」
「もしかして、そこの君。バケッチャに興味があるの?」
「!?」
「それともパンプジンに?」

 背後から声を掛けられたユウコが振りかえると、そこには長身の女性が立っていた。
 制服のバッジの色で判断する限り、どうやら二年生の先輩であるらしい。

「え。えぇと?」
「新入生の子だよね。入る部活を探しているの?」
「そうですけど、あの。貴方はどなたです?」
「私はツルベ。そのポスターの、「かぼちゃポケモン友の会」の部長!」
「あぁ……」

 ユウコは困ったな、と視線を泳がせる。
 入部希望者と思われてしまったようだが、自分はそもそも「かぼちゃポケモン」が何なのかすら、わからないのだ。

 しかし、そんな彼女の気持ちを見抜いたのか、ツルベはにっこり笑って頷いた。

「かぼちゃポケモンを知らない人に、彼らの魅力を教えるのも私の務め! 見学して行かない?」
「ええと、いきなり言われても……」
「まぁまぁ! 見ればきっと入りたくなるよ!」

 ユウコはツルベから、「おいでませ」「お願いだから一目だけでも」「実は部員がいなくて」と、半ば頼まれる形で校庭に連れて行かれる。

「部室は外にあるんですか?」
「うん。ほら、あそこの畑の隣の」

 ユウコが在学するこの高校には、園芸部所有の畑がある。
 その畑の隣には小さな部室棟があり、「園芸部」の部室の隣に、「かぼちゃポケモン友の会」の部室はあった。
 ユウコを部室に案内したツルベは、部屋の電気を点けて、どうぞどうぞと彼女に椅子を進める。

「さぁ、早速だけど。君の名前は?」
「アキカゼ・ユウコです。あの、私ポケ免は持っているんですが、一度もポケモンを飼ったことが無くて」
「ユウコちゃん。だーいじょうぶ! そんな君だからこそ、この同好会は楽しめる……はず!」

 ツルベは腰からモンスターボールを取り出し、中央のスイッチを指で押し込む。

「出ておいで、ちゃちゃ丸!」

 そして開いたボールから飛び出し二人の前に現れたのは、ずっしりとした一体のポケモン。

 焦げ茶色の跳ねた毛。
 小さな足と丸い身体。
 身体の穴から漏れる明かり。

「かぽろん」

 召喚されたかぼちゃポケモンのバケッチャは、何事だ? と二人を見上げる。

「これが、かぼちゃポケモンのバケッチャ!」
「同好会のポスターに描かれていたポケモンですね」

 「近くで見て良いよ」とツルベに勧められたユウコは、バケッチャに顔を近づける。

「かかぽん?」
「…………」

 バケッチャからは、土の臭いがした。
 そっとその身体に指を触れてみると、ざらりとした感触がある。それは動物のものと言うよりは、植物のような身体であった。

「草タイプのポケモンなんですか?」
「当たり! 正確に言うと、草とゴーストの二重属性のポケモンだね」
「ゴーストタイプも?」
「身体の穴から明かりが漏れているでしょう? これは成仏できない魂が入っているから、なんて伝承もあるね」
「ええ~」
「ただ可愛いだけじゃ無くて、そんなミステリアスなところも、バケッチャの魅力なんだよ」

 ツルベがカーテンを閉めて照明を落とすと、バケッチャから漏れる明かりが、まるでランプのように暗くなった部室を照らす。
 
「私はバケッチャが大好き。もっともっと彼らの魅力を知りたいし、共有したい! そう思って去年、この同好会を立ちあげたんだ」
「なるほど」
「でも、誰も来なくてさ。まだ部活を決めていないなら、どうかな。ユウコちゃん」
「…………」
「きっと後悔はさせないよ」

 暗い部室の中、ユウコはバケッチャの明かりを眺める。
 それはユウコにとって何とも穏やかな明かりで、優しい暖かさで。これが伝承通りの「魂の灯」なのだとしても、バケッチャの中にいる魂は、きっと悪い魂では無い筈だと思えた。

「そうだ。そろそろ時間帯も良さそうだし、体験入部ということで、野生のバケッチャを探してみない?」
「野生の? 近くに居るんですか」
「うん。まだ季節が早いかもしれないけれどね」

 バケッチャをボールに収納したツルベはユウコを手招きし、彼女を部室の外へ案内する。

「タチバナちゃん。園芸部の畑に入るね~」
「どうぞ~って。あれ、ツルベ。ついに部員が!?」
「いや、まだ体験入部だよ」

 ツルベがユウコを連れて行った先は、部室のすぐ隣の園芸部の畑の一角であった。

「畑?」
「そうそう。かぼちゃ畑。園芸部の好意で、このスペースを共用で使わせて貰っているんだ」
「何もいないみたいですけども」
「それを確かめてみようか。棒が立っているところは種が埋めてあるところだから、踏まないようにね」

 ユウコはツルベの後に続き、畑に足を踏み入れる。
 足が沈む中、ゆっくりと畑を回るが、特に何も見つからない。

「うーん。やっぱりまだ春だし、時期が早かったかなぁ?」
「時期ですか?」
「バケッチャが見つかりやすいのは、夏から秋なんだ。でも、時間帯としては今が丁度良いよ」
「時間帯……」

 ユウコは天を見る。
 紅の、夕焼けの空が広がっていた。 

「暗くなると、明かりが漏れて見つけやすくなるとか?」

 その時、ユウコは足元に何かを引っ掛け、姿勢を崩した。

「うわっ、ととと!」
「おや」

 ツルベが身体を支えたことで転倒は免れ、何に躓いたのだとユウコが地面を視ると、そこにはちょろんと伸びる謎の突起が生えていた。

「ごめんなさい、足元を良く見ていなくて……!」
「いやいや、ビンゴだよ!」
「ええ?」
「ユウコちゃん、あれを良く見てごらん」
「?」

 ツルベが人差し指で示す先には、先ほどユウコが足を引っ掛けた突起がある。
 ユウコがしゃがんで観察してみると、それは見覚えのあるものであった。

「かぽろ~ん……?」 
「わ」

 突起の奥から声がして、同時に土が盛り上がり、大きなあくびをした小さな身体が現れる。
 それはバケッチャ。突起の正体は、畑に埋まって寝ていたバケッチャの毛だったのだ。
 だけれども……

「小さい!」

 そのバケッチャは、とても小さいバケッチャであった。
 ツルベが見せたバケッチャと比べると、二回りほども小さく、両の手のひらで持てるほどの大きさなのだ。

「これは赤ちゃんバケッチャ?」
「いや、小さいけれど成体だね。バケッチャは、個体のサイズ差が大きいポケモンなんだ」

 ツルベは、小さいバケッチャを両手に乗せる。

「かぽろ~」

 バケッチャは特に警戒することも無く、ツルベの手のひらで再び大きなあくびをする。
 どうやら、眠たいらしい。

「野生のバケッチャは、夕暮れの時間帯から活動するんだ」
「だから今が探しやすい、と?」
「そうそう。だけどこの子は、まだ眠いみたいだね」
「…………」

 ツルベの手のひらでうとうとする小さなバケッチャを、ユウコは眺める。

 どうして、サイズが大きく違うのか。
 どうして、生き物なのに植物のような身体を持っているのか。
 どうして、土の中で眠るのか。
 どうして、あんよがこんなにも小さいのか。
 どうして、優しい明かりをその身体に灯すのか……?

 ポケットモンスターとは不思議な生物であり、バケッチャもまた不思議な生物の一匹である。
 そしてユウコは、ツルベの手のひらの小さなバケッチャに、ある感情を抱いていた。
 とても可愛い、と。 
  
「あ、あの。ツルベ先輩」

 ユウコはポケットの中に入れていた財布から、あるものを取り出す。
 それはビー玉サイズに圧縮された、ポケモン捕獲装置モンスターボール。かつてユウコが購入したが、共に過ごすポケモンを見いだせず、使うことなく長年財布の中に仕舞っていたものである。
 だが、ユウコは初めて、一緒に過ごしたいと思えるポケモンを見つけたのだ。
 
「私、心の中で、いつかポケモンと関わりたいなってずっと思っていて」
「……もしかして」
「あの。一緒にやらせてもらっても良いですか? かぼちゃポケモン友の会」
「もちろんだよ! 育て方も教えるよ!」

 ツルベの言葉と同時にユウコはモンスターボールの圧縮を解除し、手のひらサイズになったボールを、バケッチャの身体にそっと押し付ける。

「かぽ?」

 ツルベの両手の上の寝ぼけバケッチャはモンスターボールへと収納され、やがてボールからロック音が鳴る。
 半眠り状態であったため、容易に捕獲できたのだ。

「やった……捕まえた!」
「おめでとう!」
「名前を付けないとなぁ」

 ユウコは捕まえたばかりのバケッチャをボールから召喚し、ツルベもまた自らのバケッチャを召喚する。
 ツルベのバケッチャが、ユウコが捕まえた寝ぼけバケッチャをつついて起こす中、二匹のサイズを比べるツルベはほうほうと頷いた。

「こう並べてみると分かりやすい。ちゃちゃ丸は標準サイズだけど、この子は珍しい極小サイズだ!」
「小さいバケッチャ……だったらこの子の名前は」

 ユウコは屈んで、小さいバケッチャを両の手のひらで掬い取る様に持つ。 
 彼女はバケッチャに視線を合わせて、にっこり笑った。

「"ちびっちゃ"!」
「かぽっぽ?」

 安易な命名に対し「ちびっちゃとは何のこっちゃ」と小さいバケッチャが身体を傾げる中、ユウコはツルベを振りかえる。

「先輩。部室で教えてくれますか? この子の世話の仕方とか」
「勿論良いよ! うふふ。メンバーが出来て、私の高校生活も、やーっと楽しくなりそうだ!」

 バケッチャを伴いながら、ユウコとツルベは部室に向かう。
 日が沈んで暗くなりつつあるが、バケッチャがいれば、明かりに困ることは無い。

「バケッチャ道は深いよお。癖っ毛品評会。灯コンクール」
「おお」
「サイズ別世界大会、超特大バケッチャの伝説、そして進化!」
「おおっ!?」
「文化祭では「ばけっ茶」を提供しちゃおう!」
「何ですかそれ」

 こうして「かぼちゃポケモン友の会」創立以来の初メンバーとなったユウコは、バケッチャが照らす道を歩きながら、ある予感を覚えていた。

「かぼちゃジュースだよ」
「お茶要素は?」
「うーん。だったらこうしようか。スパイスを入れて、「ばけっチャイ」!」
「それは美味しそうですね! でもやっぱりお茶要素は」

 この先輩とちびっちゃとの出会いが、自分の人生に何を与えるのかは、今はわからない。
 けれどもきっと、忙しくも楽しい高校生活になりそうだと!

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