コンテストのページへ戻る

原始回帰のメランコリーChapter-1 あこがれへの再接触

作者:カエンジシ天道説

 この世界にはいくつかの大陸。
その名を即ち、疾獣の地ウイング、マサゴフーレン、ミストムーバス、アオバスバス、その他エトセトラエトセトラ。

マギアナが『あと5分寝る』って言ってから、8分は経ってる。UMAとかはちゃんと心配したよ。ギラティナさん…はどうしたか知らないけどさ。

 そんな大陸の一つ、せせらぎのアクエリアの波打ち際に、生物10人ほどが集まって何事か呟いていた。
遥か昔、生物が他者の奴隷だった頃に天界で繰り広げられた会話として記録されているものだ。
その"言葉"ひとつひとつに神聖な力が宿っているとされ、海を越え村々から詐欺や暴行で金品を奪うことで生き永らえる"まっさら派協会"たちや、それに拾われた身ということになっている齢14の少女、エインジェは週に一度身を守るためそれを唱えるのが常だった。
けれど、その思考は遊離する。その"言葉"の記録法、スピログラフを彼らに授けた生物たちについて。
 傲慢なんだ、何もかもが。
いくら毒づいても、その死によって自分らから失われた能力、ひいては豊かさがある現実は変えられず。

…そうしたエインジェの思考を害するように、ドータの声が響き渡る。
「はい、それではドータ君が鳴いたから帰りまチョう。まあワシが殴ってるんですけどね。」
 あらゆるこの世に作られし者とは、総体として海だというのが今しゃべるまっさら派現社長、パモテの教え。だが、エインジェがそれを実感するのはこういう時だ。ドータの痛そうな悲鳴を見てさざなみのようにまっさら派構成員に笑いが広まるのが面白いとも面白くないとも未だに分からないが、今笑うべきときなのだ、というのは経験則から理解した。
「さあ、迷妄にある大陸を、すべて神の啓蒙の光に導くのです。森の林檎の種一つまで。きみらは、その為に生まれてきたのでツから。」
わかってても、長話を聞かされるとどうしても足元のウミディグダの家の中を見つめてしまう。
 そう。闇こそが、自分にはただ相応しいと感じる。その闇の中で一際ひかる輝きこそが――
「それが、愚かな二足生物、アンテス・ポテトの罪を濯ぐことにもなりましょう。…聞いていますかエインジェ?しっかり。望まぬ親に育てられ、それを殺し、いま確かにきみヒトリの足で立っている。今やきみこそが旋法継承者なのでツァから。」
足元を眺めながら、ありもしない耀きを思い浮かべ口元を醜く歪める自分を見咎めて、パモテは叱責した。そう思って顔を上げると、これもあり得ない物が目に映る。
 口元を歪める自分を見て、パモテは確かに笑っていたか?
なぜ?
疑問を悟られないよう、苦悶を演じる。今から独り立ちの日が延期されたら一生後悔する。
「まあ、ツァいでツァう。旅支度はできていますね?…お元気で。」
あるいは、あの自警団気取りに命まで取られるかもしれない、それで全然いい。
 それでも望みを捨てられぬ事など、彼女は何度も自覚した。それこそ、今まで手助けしてきた拷問の痛みに負けぬくらい強く。
だから、――オリーブの収穫を。一路フーレンに飛ぶ。

 一方、「真砂フーレン大陸」中央部。そこには珍妙な、蔑称『二足生物』の群れが未だ居座っていた。
多くのように二足で立つが、体毛はてっぺんにしか無く、炎も電気も吐けないどころか、ノーマルタイプのように技マシンでそれを覚えることも一生無い。
 そしてその中でもヒラクは、後ろ手の籠にチリ紙を投げ入れることも、他の群れの子のようにはままならない。
 なのに、図書館に毎日入り浸って、今日は偉そうに同種のヨミという少女に説教をしていた。
「だからさ、やりたいなら自分らだけでやればいいだろ、花火。村長にだまってさ。」
「ヒラク、あんたが作戦に入らなかったら、そのバカでかい頭はなんのためにあるっていうの。」
「その言葉、そっくりそのまま返すんだよヨミさん。君が望むなら方針は自分で創ればいい。君と僕は、別の生き物なんだから。」
実りない口論を終え、公衆図書館から出てきたヨミは、腕で×の印を作る。
「…ヒラクは元々そういういけ好かない奴だったろ?」
「トア。」
淋しそうに話すトアとヨミ、先程のヒラクはすべて、この群れの15年ほどの青年だ。
「そりゃ私は前のヒラクのことよく知らないけど、同期で一人だけ仲間外れってのも違うでしょ。そう思って誘ったげたのに、何あの態度。」
少女はトア少年に二の句を継ぐ。
「本当、8年前ヒラクたちが柵の外に出て、あんなものと出会わなければさ、」
その失言に顔を紅潮させたトアは、どこかへ走り去って行った。

 見慣れない記録法で手間取ったが、あれはスピログラフ。手の使えない生物の為にかつて他大陸の支配層であった二足生物が生み出した最新の記録法で、足型で書かれた文字だった。
――そんな本を棚に戻し、ヒラクは紺の人を近所の遺跡に連行していた。
「しょっぱい悪事。」
「何が?」
「『ガバイト』、君は林檎の種なんて食べないんだろ。もう腹ペコなんですー、とか泣き落として雑貨やさんに恵んでもらって、代わりに置いていったのがこの役に立たない石コロ?…まあそれは本で読んだんだけどさ。」
最後だけ恥じらう乙女のように、彼が黒色の球体を懐から取り出して見せた相手はエインジェ。紺の鮫肌が直立して鎌を携えたような生き物だ。
「言うことはそれだけか?」
「あとズタズタにした図書館の本も返してもらうよ」
「面白ェ、一思いに殺してやるよ!」
鋭い切っ先が首筋ぎりぎりへ飛び、ヒラクは避けない。
「…へぇ、避けないんだ?」
「言う義理は言ったからさ、」
「殊勝なこった。ほんなら、さいなら?」
「それにほら、ここに思い残しもないからさ。」
「そうかよ、ニンゲンの言うことはみんな同じだ、な!?」
次の瞬間ふたりの眼に飛び込んだのは、ヒラクを木の葉ごと巻き上げる疾風。
それを組み上げつつある、翠色の羽虫とも竜とも付かない何者か。
「…間に合って良かった!」
その中に宿る橙の、見間違えようもないような優しげ気な目。大地を蹴り上げる、枝木のようにしなやかな脚。
オリーブが、目の前で生きて、あまつさえ、言葉すらも交わしている。
こんなことが、あっていいのか。
「でもほら、僕たちのことが嫌いになったからいなくなったんじゃないの?」
「嫌いですよ。今もね。」
「…だよな。」
「ボクがいるから死のうとする癖に、ボクのいない所でも死のうとするヒラクのことは、キライです。」
穴が空くほど羽虫を見つめる二足生物に、エインジェもあっけに取られていた。
「友達なのに信じなくてごめんね、」
謝る羽虫に、ヒラクはかぶりを振る。
「やっとわかったんだ。僕には謝られる資格も謝る資格もないって。なぜなら、方程式の左辺に入れる変数も把握していないんだ。
オリーブがどんな生き物なのか知らない。何をされると辛いのか知らない。僕がオリーブにどうして欲しいのか知らない。ただ、これだけはわかるから、大切な友達としてお願いする。」
肩の荷が降りる。どうしようもなく降りてしまう。これを伝えられることを歓喜している、7歳頃の彼がそこにはいた。細胞を支配していた。
「もう一度、友達になって欲しい。」
手を差し出す。万人が使うような言葉。
その向こうに、あの日の瞳がなかったとしても。
「イチャついてやんの!」
 襲いかかるエインジェに対して、その愛に、あるいは答えようとするのか。
突如ヒラクの手の中の輝く漆黒の『ボール』に天上の昼が吸われるように
空が空いた。
 そう。旋法とはかつてのニンゲンが『おしえわざ』として伝えてきた技術。
ある者は空手の王と呼ばれ、ある者の名は『究め』と。人間がポケモンに伝授してきたそのバトルスキルが、黒玉を通して強化発現したのだ。
「『『旋法十五夜、"竜星群"!』』」
光弾が爆風を巻き起こし、その先に翅応えはない。
(あぁ、『オリーブ』ってあいつが付けた名前かよ。エインジェさまが目の前にいながらイチャつきやがる。ほんっと、妬けちゃうよな。)
鎌鮫は姿を消し、大技を撃ったふたりの前には大きなクレーター跡が残されるのみだった。
「倒しちゃったの?」
「"穴を掘る"で逃げたのか…?」

 少し前の時代の話。ニンゲンだけの力で建って話題になっていた塔は、神を名乗る者の手で壊されてしまったという噂だ。その罰として、ニンゲンは『言葉』を奪われたのだという。今は主もない、場所もわからぬその名を、運命の塔。
「――けれどオラたち、ポケモンとニンゲンはこうして言葉が通じている。」
「その、ポケモンってのやめましょうよ。慣れませんし、ろくな語源じゃない。」
「まあ、君が言うならそうしましょう。で?」
ヒラクが村の教会でしゃべっている相手は、オアシスの神セレビィの神官にして村長、ゴチルゼル。災害から生物を守る為より精度の高い予言者を作り出そうとする一族のひとりで、片手間にニンゲンを保護していた。
「僕は、ニンゲンが奪われたのは『言葉』というより、複雑なそれを使ってた種族としての『誇り』だと思うんです。その正誤、良かったことか悪かったのか、それを塔を探す中で確かめたい。」
「オリーブ少年、種族名フライゴンくん、君はどう思うの?」
「ヒラクが苦しむのは嫌だけど、ボクも…同じことの繰り返しは嫌だから。」
「俺(オラ)は止めませんよ。いずれ愛しい教え子ですからね。」
教会から出て、村の柵を飛び越える。その視界には一人。
「誰かさんがなんと言おうが!わたしは、ニンゲンというポケモンです!
この世界には森に街に、沢山のポケモンが住んでいます。そして、同じ生き物として言います。――行ってらっしゃい。また来てね。」
「ヨミちゃん、だっけか。…ありがとう。」
「『旋法仇夜、熱砂之大地』。アクエリアの者共はそこの翠の竜を良く育てておけ。やがて佳い声で啼くようになる。」
突如大地が悲鳴を上げるように割れ、村外れにあった一軒家が器用にその形を喪ってドロリと吸い込まれていく。熱砂渦巻く穴を開き閉じた、その球形の黒輝石に涎を垂らしながら、降り立ったエインジェはふたりのアクエリアの民に語り掛けた。
「ま、古代のニンゲンもポケモンの棲み家を『開拓』してたらしいし、これはおあいこなんじゃねえの?」
ぶるぶると震え、ピンクの鞄を取り落として姿勢制御を喪ったヨミ、問いかけるオリーブ。エインジェは足元の砂利を、不味そうにジャリジャリ食べた。
「この人、ヒラクは巻き込まないでって、何度も約束したよね、これで2回目だよねエインジェ?」
「あぁ、そんな契約書も書いたっけ?書いたかもなぁ。だが、関係ない奴を壊しちゃいけません、なんてどこにも書かれてないよなぁ!!」
「満足させなかったボクも、アステリアの気持ちもわかって、とは言わないよ。けどアンテスさんが転生したどこかで泣いてるよ。」
「だって師匠二人きりぶっ殺して!マンゾクしたと思う?できねーわそりゃw!」
「本当に、ボクを怒らせたいんだね。」
「…それ見た感じ、無自覚だったんだ。」
「はい?」
嘴を突っ込んだのはヒラク。
「キミと、なぜか今僕の手の中にもあるこの古代名『テラスタルオーブ』にエインジェ、キミが食欲を覚えているのは、無自覚だったんだ。」
「食欲?いやいや、神の力が宿るとされる宝石に何突拍子もないこと言ってんの二足生物くん。本物の野蛮人か?」
「いや、そうなるとこれを掴ませてきたのも計算の内ってことか。ニンゲンとそれ以外のポケモンのコンビが持ってこそ意味があるとされる宝石で、キミが価値を見出してないなら。…でもそうすると、キミがひとりで利用できてるのはなぜ?」
「勝手に自己完結すんじゃねぇ!」
「ふふっ。…ソイツそういうとこありますよ。ポケモンさん。」
少し調子を取り戻したヨミに毒気を削がれたエインジェは、
「クソ、そこで知恵者ぶってるお前。」
「…もしかして僕のこと。」
「そうだよさっさと聞け、絶滅危惧種にしてこの星1996番目の生物ニンゲン!十五を超え十八の旋法が集うと、ニンゲンの原罪、衰退した理由を明らかにする羅針盤が起きる。パモテさまの口癖だ。」
「原罪ってなんだよ。」
「それは知らん。誰も全く知らん。ただ、そうすればその後に、一説によると"ニンゲン"が、絶滅するらしい。…それが悪いことかなんて、オレは知らんがな。」

せかいに秩序を求めるな

ひとに言葉を求めるな

せかいにやがて希望が満ちる



それは、僕らニンゲンが滅ぶ、そのはじまりの話。

Tweet