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ひとりぼっちのお星さまたち

作者:パルデラのチンアナゴ

 一等星が、きらりと瞬いた。空に敷き詰められた宝石達は、その輝きで黒の空を照らし出す。中でも一際眩い光を放つもの、それは一等星と呼ばれる。
 時に導きの印となり、見るものを魅了する。美しい輝きに惹かれ、それらを結びつけて名を冠する事で「星座」として昔から記録に残されてきた。一時の煌めきを望遠する影が大地に二つ、星の淡い光に照らし出される。
「あれがヒメグマ座で、隣がリングマ座でしょ! あっちが確かミロカロス座かな」
「ふむふむ。──は、本当に星が好きで、物知りなんだね」
「キラキラ大好きだから! どうしてお星さまは、あんなにキラキラしてるの?」
「きっと、君に見つけてもらうためだと思うな」
「真っ暗だと、何も見えないもんね。こうして近くにいても、光がないと君の事も見えない。ぼく、夜が怖いよ」
「うん。だから暗い中にこそ、輝き続ける光が必要なんだ。導きがあれば、大事なものも見失わずに済むからね」
「ぼくも、あのお星さまみたいにキラキラになれるかな? 誰かを導いたり、みんなに見つけてもらえたりできるかな? なら、ぼくもお星さまになりたい! そんなのなれないって、笑われちゃうかもだけど」
「お星さまになるのが、君の夢なのかい? 大丈夫。君ならきっとなれる。だって君は──」

 暗い渦の中にいた。全てを飲み込む闇。伸ばした足も朧げにしか見えない。少なくとも太陽の昇る時間帯でない事は確かだった。光のない空間に浸っているだけで、心まで黒い影が染み込んできそうになる。
「どうして、こんなところに? ぼくは確か、確か……あれ? 頭がぐちゃぐちゃしてて、何も思い出せない」
 目が覚める前の記憶に、靄がかかっていた。この場にいる理由が浮かばない。何より自分が今どこにいるのかさえわかっていない。ごっそり何かが抜け落ちたような空虚感が、不安な心を支配していた。せめてもやもやを紛らそうと、現状把握に感覚を研ぎ澄ます。

 足元を撫ぜるくすぐったさ。風に揺れてかさかさと擦れ合う音。若葉と湿った土の入り混じる匂い。目が暗闇に慣れてきたところでぐるりと見渡してみれば、草原や林のように深緑に囲まれている事はわかった。相変わらず視界が不明瞭なせいで、景色はほとんど拝めない。
 断崖絶壁や火山口のような、危険な場所にいるわけではない。周囲の安全が分かっただけでも、前後不覚の状態からは抜け出せた。だが、闇に囲まれた環境からの脱却は未だ望めそうにない。このままうずくまっていても仕方ないと、その歩みを前へと進める。
「ぼくは、綺麗なかけらを探してたんだ。ここ、暗くて、光も何もないと思ってたけど。あれが、もしかして」
 暗中模索で歩き続ける内に、遥か遠くに明かりが灯っているのが見えた。明確な何かとして認識出来るものではなく、太陽や月のように遠くで光を放つ存在であった。ただ、木々や茂みが周囲に多いせいで、その実態までは見通せる位置ではなかった。遠くの明かりを頼りにして、ふらふらと木々の間を縫って歩いていく。

 小さな林を抜けた先は、崖のようになっていた。樹木もなくなった開けた視界の中、それは姿を現す。高台に根ざした一本の大樹、光の正体はそのたった一本の植物だった。遠くにいても届く神々しい輝きが、目の前に広がる世界を占拠する。一度見たら目を離せない。そのくらいに美しく、神秘的で、魅力的であった。
「きれいだ……キラキラしてて、遠くにあるのに眩しい。まるで、お星さまをいっぱい集めたみたいだ」
 光に当てられて、銀色の体毛を輝かせていたイーブイは、思わず息を呑んだ。同時に、記憶ではなく、感覚で分かった。ここは自分の知る世界ではない、と。美しさの裏側に見える儚さと異質な雰囲気を肌で感じ取って、世界の違和感に改めて身震いすらする。だが、その身震いが世界に対してだけではないと、直後に実感した。
 背後に気配を察知し、イーブイは振り返る。鬱蒼と茂る木々の奥に、その正体を認識した。ギラギラとした目つきの獣。赤く鋭い眼光を放つ個体は、間違いなくイーブイを視界に捉えていた。獲物を見付けた狩人の如き視線に、当の獲物はビクッと縮こまる。
「なんで、ぼくを? いや、ここで怖気づいちゃダメだ。逃げちゃダメなんだ。怖いものには、戦って立ち向かわなきゃ」
 必死に自ら鼓舞して、恐怖に抗う。震える四足で構え、曲がりなりにも攻撃の姿勢を作ろうとする。しかし、本能的なものには逆らえない。相手が向ける殺意は気弱な小動物など一呑みにしてしまうもの。蛇に睨まれた蛙のように、硬直して動けなくなってしまった。
「何か大事なものを、ぼくはなくした気がする。それを見つけるんだ。こんなところでやられるなんて、そんなのやだぁああ!」
 怯える獲物の慟哭。暗闇に冴える煌めきが一閃。鋭利な得物が狩りの対象に振るわれ、それが寸前で弾かれた。間に割って入った、堅牢で大きな甲羅によって。行く手を阻まれた狩人は、跳躍と共に一度身を引いた。
「良かった、間に合ったみたいだ」
 イーブイに向かってニッコリと笑いかけるそれは、大柄でありながら優しい雰囲気を漂わせていた。上から見下されるような体格であっても、不思議と安心感を抱く。かと思えば、敵対する方に向き直る時の顔つきの変化は顕著そのもの。睨みを利かせ、威圧感を与える強者のそれであった。鎧と甲羅を持つ背中は、怯えていたイーブイにとって頼もしさの具現化そのもの。
「さて、その目と姿、絶望に囚われた成れの果てだね。災いを知らせてくれる存在が、本当にもたらす存在になっちゃうなんてさ。同情こそしても、容赦はしないけど」
 ジリジリと距離を詰め直すアブソルの標的は、攻撃を阻んだブリガロンへと移る。今度は不用意に迫る事はしない。振りかざした頭部のツノから、三日月型の刃が空を斬って迫りくる。
 ブリガロンは両腕を合わせて盾を作り、サイコカッターを防いでやり過ごした。防御の技と違い、ただ耐える事に特化した形態を取ったに過ぎず、傷を負わなかったわけではない。その姿を目の前で見せられ、イーブイの安堵が立ち所に焦燥へと変じる。
「君は、どうしてぼくの事を?」
「この技はちょっと分が悪いかな。場所も良くないし、ここは一旦逃げるよ。詳しくは走りながら説明する」
「逃げるって、ぼく──わわっ、待って!」
 ブリガロンはイーブイを小脇にひょいと抱きかかえ、甲羅の棘を輝かせる。アブソルに背を向けて走り出すと同時に煌めきを解き放ち、準備していた針の雨──ミサイルばりを一帯に降らせた。弱点を突いた攻撃とその弾幕に足が止まった隙に、林に逃げ込むようにして一気に距離を取る。
「何なのあいつ! ぼくは何もしてないのに、本気で襲いかかってきたぞ!」
「ここはね、皆が希望を求め、飢えるがあまり、絶望に食われた世界。あるいは希望を失くし、絶望に染まったものの溜まり場。だから、力なきものはああやって、絶望に飲まれて自我を失うんだ」
「でも、ぼくみたいなのを襲ったところで、餌くらいにしかならないよ。それはどうして?」
「君が希望に満ちた存在だからさ」
「ぼくが? そんなはずない! だってぼくは──」
 二の句が継げなかった。助けてくれた相手に真実を話せば、見捨てられる恐怖が先に過ぎった。今も狙っているアブソルから守られる形で逃げている最中。下手な言葉で一時の味方を失うのが怖くて、勇気を出せずにいた。臆病なイーブイを腕の中で見つめて、ブリガロンは優しく微笑みかけた。
「言ってごらん。ちゃんと君の声に、耳を傾けるから」
「──ないんだ」
「えっ?」
「ぼくは、自分が何者なのかも、どうしてここにいるのかも、わからないんだ。例え君がぼくの事を知っていても、ぼくは君の事を知らない、もしくは覚えてないんだ。だから──」
「だからって、僕が君を守らない理由にはならないよ。君が戦いたくないなら、逃げるなら、君が勇気が出るまで僕が守り続けるよ。だから、君はどうしたいか、教えて欲しいな。大丈夫、君は強いの知ってるから」
 目の前に広がる笑顔が、先程見た大樹より眩しいと、イーブイは感じた。あまりにも真っ直ぐで、嬉しいはずの言葉が、力なき胸に突き刺さる。それに応じる余裕も勇気も湧いてこない。心にずきずきと痛みを覚えている間に、素早い追手はすぐそこまで迫っていた。ブリガロンの足では振り切る事は叶わず、遂には二度目の思念の刃が飛ぶ。

 ブリガロンは足を止める事なく走り続け、甲羅を持つ背で苦手とする超能力の攻撃を受ける。一瞬、苦痛に歪む顔を見せるが、すぐに押し殺して止める事ない足を前へと進める。その懸命さに、イーブイは堪らず身動ぎした。
「離して! 君がこれ以上傷つく必要なんてない! ぼくには何もないんだ。君が手を貸す理由なんて」
「僕がそうしたいと思ったんだ。あいつらに奪われちゃいけないのは、希望の力だけ。それを守れるなら、僕がどうなったところで、大した事はないんだよ」
「大した事なくなんか、ない! それじゃぼくが嫌なんだ。君がぼくを、出会ったばかりの、弱いこんなぼくを守ってくれるって言うなら。ぼくはその思いに応えたい! そのためなら、ぼくだって戦う!」
「そう、君はそう答えるんだね。さあ、もう一度聞くよ。君は何を望むんだい?」

「ぼくは、強くなりたい。そして、誰かを導ける──お星さまになりたいんだ!」

 決意の篭った表情は眩しく、暗闇の世界においても唯一無二の光を放っていた。屈託のない想いを示すイーブイに、ブリガロンは再度柔和な笑みを向け、祈りを篭めるように両手を合わせる。
「よく言ったね。そんな君だから、僕は力を貸すよ」
「──深緑の誓いにおいて、汝と契約を結ぶ。盟友の名の下に、導きとなる力を授けん──」
 漆黒の世界が、煌めきを放った。
 色彩が失われ、自然の光すら途絶えた空間が、鮮やかな輝きで満ちていく。祝詞に応じて葉っぱを模った光の紋章が現れ、イーブイの体に刻まれて溶け込んでいく。
 祝福を示すように眩い光を放つイーブイの体が、耳や尻尾の形を主として変わっていった。成長、殊にポケモンのこの変化は進化と呼ばれる。光が止んだ頃、体のあらゆる部位が葉っぱのような形状をした姿──ちっぽけだったイーブイは、リーフィアと呼ばれるポケモンへと変じた。
「これが、ぼく? 何これ、どうしちゃったの?」
「希望を失くしたこの世界では、進化の力も失われていた。されど、希望を持つ者が現れし時、閉ざされた進化の力によって世界は拓かれん。そんな伝承がこの世界にはあるんだ」
「つまり、ぼくがその進化の力で、変わったってこと?」
「そう、だから──来るよ!」
 光にたじろいでいたアブソルが、急襲を再開した。頭を振ってツノと同じ形状の刃を次々と撃ち出し、正確な狙いのもとにイーブイ──もとい、リーフィアに迫る。気づいたブリガロンが腕を盾状に構えて追い縋ろうと動く。
「大丈夫、任せて!」
 リーフィアの自信満々な宣言に、ブリガロンは足を止めた。足が竦んでいたとは思えない俊足で駆け、狙い来るサイコカッターを全てすんでのところでかわしていく。最後の一投を跳躍で凌いだところで、リーフィアは尻尾に力を込める。深緑の力を集結させて輝く刃が、念の刃を撃ち終えたツノを疾く叩いた。
 衝撃に怯むアブソルだったが、弧を描くように命を刈り取る爪をリーフィアへと向ける。右、左と冴えた斬撃を、軽やかな動きで避け、隙の生まれたところへ突進してアブソルを吹き飛ばす。
 堪えたアブソルがツノを輝かせ、直接リーフィアを狙って飛び込んだ。合わせるようにリーフィアも尻尾を輝かせ、相手の刃に叩き込む。黒と深緑の相克。リーフブレードが対象の武器を打ちのめすと同時に、アブソルは力を失って倒れ、モノクロの大地一帯に緑が広がった。相手が気絶したのを確認するや否や、リーフィアはその場にへたり込んだ。
「や、やったあ」
「ほらね、やっぱり信じて良かったよ」
「うん、ありがと。でも、これって一体どうなってるの?」
「『七つの紋章、願い、姿が導く試練。鐘の音が示す試練を越えた先、八つ目の願いが実を結ぶ』っていう伝承もあってね。君がイーブイだから、姿ってところに当てはまるのかも」
「うーん、それだけじゃ全然わかんない。そもそもこの世界って、何なの?」
「ここは夜が終わらない世界。欲望が蔓延り、絶望が渦巻き、希望が淘汰される世界。改めてようこそ、“とこよのくに"へ──」

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