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嵐を巡る冒険譚

作者:鮭走


巨木が折れた。
村のどこからでも見ることのできる巨木が折れた。
小高い丘から村を見下ろすように立っていた巨木が折れた。
祖父母のそのまた祖父母の、そこからもう何百代と前の祖先のときから同じくらい立派であったであろう巨木の幹が中ほどからぼきりと折れた。
それはひどい嵐の中のことだった。
丘からそれなりに距離がある村でもその吹き荒ぶ風に、野良仕事を諦めてみな家の中に籠り飛ばされないよう祈った。
家屋がギシギシと鳴り外からは常に轟々と風が蠢いている。
そんな中でもその音はハッキリと聞こえた。
大きな生き物の声だった。
危ないから近づくなと言われた窓へこっそりと向かい外を見る。
そこにはその鳴き声から想像できる通りの巨大な影が見えた。
大きな大きな生き物。
すぐに気づいた母親に窓から引き離されたが、あの影はまごうことなくポケモンだった。

嵐が去った後の村は大変という言葉では表せない程の荒れようだった。
荒れ果てた畑、ひどいところは家や納屋が崩れていた。
村の人たちはその様に途方もないやるせなさを感じながらも片付け始めた。
どうしようもなさからくる疲労と虚無感、けれどもそうするしかないのだ。
荒れた田畑を整える者、炊き出しをする者、建物の補修をする者、足りないあれこれを工面するために動く者。
村人総出で嵐の後片付けをしている。
みな、村のために何かをしている。
それなのに、あの時見た巨大な影のことが気になって仕方がない。
あのポケモンはいったい何だったのか。
何故この村に来たのか。
どうしてあんなに荒ぶっていたのか。
そもそもあの嵐はあのポケモンが原因なのか。
村中に散らばった飛来物を拾い集めながらも、あの巨大な影を思い出して手が止まる。
心ここに在らずと言った風でも、あんな嵐の後だからか誰にも咎められることはなかった。

幸いにも自宅は嵐の被害を免れていたので眠る時は自宅に戻る。
明日もまた今日と同じように村の片付けをしないといけない。けれども瞼の裏にあの強大な影がよぎってしまいどうにも眠れなかった。
湧き上がる衝動、他を跳ね除ける好奇心。
あのポケモンに会いたい。
あの強大な力を持った生き物がどんな姿形をしているのかを確認したい。
ベッドから起き上がり、リビングの窓に向かう。
上弦の月の明かりでもわかるほど巨木は存在感があったが、やはり中程から折れている。
その力によってあの巨木を折るほどのポケモンのことを思う。
翼があるのだろうか、どうやって巨木を折ったのか。
「早く寝ないと明日辛いわよ。まだまだやることはあるんだから」
耽っていると母親に声をかけられ現実に引き戻される。
そうだ、明日も村を元に戻すよう働かないといけない。
でももう自分の中に灯された気持ちを無視できない。
「お母さん、あの嵐を引き起こしたポケモンを探しに行きたい」
ぴしり、と母親が固まった。
それから険しい顔になる。
「探してなにになるってんだい。そんなことするよりもやらないといけないことは沢山あるんだよ」
「それでも、それでもどうしても知りたい。あのポケモンを見つけたからどうにかなるなんて思ってない。けれどもどういうポケモンなのか知りたいんだ、どうしても」
厳しい目をした母親の目をしっかりと見つめ返す。
窓からは小さく鳥ポケモンが鳴く声が聞こえるほど、お互い静かに睨み合った。
朝までずっとこうすることになるのか、と思った瞬間だった。
母親がため息をつきながら目線を外した。
「あんたはぼうっとしてるところがあるけれど、そういう目をしたときは一歩も引かないんだよね」
やれやれと頭を振り、さっきまでの厳しさから一転した優しい顔を向けてくる。
「探しに行くというなら止めないよ。ただ条件がある。
村に避難してきたポケモンの中から、一緒に旅をしていいって子を見つけて相棒にするんだ。一人旅は無謀だからね。
それが条件だよ」
あの折れた巨木で生活していたポケモンが何匹か村に逃げてきて、村の人たちで世話をしている。
今日、枝葉や小石を拾い集めている時にそういったポケモンを確かに目にした。
どのポケモンも棲家を追われて悲しく不安に襲われていた。
そんなポケモンたちの中から、果たして自分についてきてくれる子はいるのだろうか。
だがどうしてもあの嵐のポケモンに会いたいのだ。だから答えは決まってる。
「わかった、絶対に仲間を見つけてみせるよ」
強い決意が胸に灯り、身体に熱く血が巡る。
どんなポケモンがあの嵐を起こしたのか、それをどんなポケモンと探しに行くのか。
これからの旅に思いを馳せながら眠りについた。

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