「誰かー! いないロトー?!」
“ニンゲン”の言葉が聞こえる。私は周りを見渡して、そしてため息を吐いた。
誰も、こんな言葉聞き取れないのだ。私を除いて、他に誰も。そんなに難しくないはずのニンゲンの言葉を、である。
「助けてロトー!」
ん、助けて? いきなり不穏なワードだ。だが、こんな森の中で危険な目に遭っていたとしても、それは自業自得というものだろう。
……私みたいなお‟人”よしじゃなければ、だけど。
私はくさむらから顔を覗かせる。そこに、人はいなかった。
「……もしかして、罠?」
私は慌てて顔を引っ込めた。が、その割には何かが起こる気配がない。恐る恐るもう一度顔を出すと、
「誰かいるロト!?」
と、何かの板が飛び上がって来た。
「うわっ!」
「よかったロト……僕もここで死ぬのかと思ったロト……」
「ちょ、ちょっと!」
「じーっ、君は……ゾロアーク、ロトね」
「その他の何かに見える?」
「見えないロト」
「発言が無意味」
「ロロっ?! し、辛辣ロト……」
「ところであなたは? ポケモンには見えないけど」
「ふふーん、聞いて驚くなロト! ボクはスマホロトム! どーんな情報もお任せロト!」
「……どんな情報でも?」
「ロ? 偉く食いついてくるロトね」
どんな情報でも、と言われると、知りたい情報は、ある。
「……ポケモンと人の距離が近い町、知らない?」
「知らないロト」
「役立たずね」
「いや待ってほしいロ! 今はエネルギーが足りないから調べられないロト……何か、ご飯が欲しいロ……」
「ご飯を食べたら調べられるってこと?」
「ロト」
「発言が意味不明」
「ロロっ?!」
「だって、口もないのに」
「あー、そういうことロトね」
そう言うと、スマホロトムから何かが飛び出してきて、板がごとりと地面に落ちた。
「そういうことか」
「ロト。お腹空いたロト~」
「……木の実をあげたら、調べてくれる?」
「もちロト!」
「……ついてきて」
「え、いいロト?!」
「うん。調べて欲しいことがあるから」
「ありがロト!」
スマホロトムは板の中に戻って、私に尋ねる。
「それにしても、君はどうしてニンゲンの言葉を喋ってるロト?」
「静かにするって知らないの?」
「ロロロ~っ?!」
――
そんなこんなで静かにしてもらいながら、私の巣までやって来た。
「生き返るロト~」
板から抜け出したロトムは、ポケモンの言葉でそう喋った。
「それでさっきの質問の答えだけど」
「あ、答えてくれるロトね」
「いらないなら言わないけど」
「気になるロト」
「あなたが話してたから。私、生まれつき、ニンゲンの言葉を理解できるし、使いこなせるの」
「へー」
「あなたこそ、どうして?」
「ボクはスマホのデータを使いこなしてるんだロト!」
「スマホ……って、あなたのその板のことよね」
「そうロト! ニンゲンはこの板でいろいろ調べるんだロト! 僕はその力を使ってどんな情報でも調べられるんだロト!」
「なるほど。凄いのね」
「えっへんロト! でも何もなしでニンゲンの言葉を話せる君の方が凄いと思うロトよ」
「……別に凄くないよ」
「ロ?」
「ここに来る時、聞こえなかった? 『また変な言葉で話してる』って」
「……聞こえた、気がするロト」
「ま、なんでもいいよ。あなたに調べて欲しいのは……ニンゲンとポケモンの距離が近い所」
「なるほロ……調べるロト!」
ロトムがスマホに入り、スマホロトムがぐるぐる回って、「ロロッ!」と声が上がる。
「調べてみたところ、ミアレシティって所が該当しそうロト!」
「ミアレシティって、どこ? ここから近い?」
「うーん、遠い、ロトねえ……」
「そっか……」
「でも、お金さえあれば行けるロトよ」
「発言が意味不明。私に稼げると?」
スマホロトムがくるくる。
「キノコやハネを集めれば稼げるロトよ」
「……へ?」
「君はイリュージョンでニンゲンに化けられるロト。それで集めたものを売れば、お金は稼げるロト」
「……そんなんでいいの?」
「少なくとも、行くことができるお金は稼げると思うロト」
「……そうなのか。ホントに調べるのが得意なんだね」
「えっへんロト!」
「で、どのぐらい売ればいいの?」
くるくる。ロトムの答えに、私はため息を吐いた。
「無理があるでしょ」
「でも、僕の中にお金が入ってるから、それを含めると全然なんとでもなるロトよ」
「え?」
「キャッシュレス決済ロト」
「きゃっしゅれす……?」
「ざっくり言うと、スマホにお金が入っているようなものロト」
「ふーん、ニンゲンの技術もどんどん進歩してるのね」
「それにしても、君も結構ニンゲンのこと詳しいロトね」
「……まあね」
私はため息を吐いた。
「で、あなたの中にあるお金は、どのぐらい?」
「検索するロト……ロト! 安い服とかばんを買って、ミアレシティまでの交通費を払って、ちょうど1万円ぐらい残る計算ロト!」
「1万円はどのぐらいの価値?」
「ポケモンがしばらく生きていくには困らないぐらいの金額ロトね。食費をその辺のきのみで賄って、野宿してればなんとでもなるロト」
「なるほど……ありがとう。でも、そのお金って私が使っていいものなの?」
「……気にするなロト」
「そ、あなたにも何か事情があるのね。わかった。深くは詮索しない。使っていいのね」
「ロト」
「……私でいいの?」
「いいロト。君と一緒にどこかに行けば、なんだか退屈しなそうロト!」
「そう?」
「ロト。君にとっても悪い話じゃないと思うロトけど」
「それはそうね。わかった。ありがたく、あなたの力を借りさせてもらうわ」
「交渉成立ロト! それじゃ、腹ごしらえロト!」
「え?」
「そんなにたくさんのきのみ、持っていけないロト。一緒に食べるロト~」
「ま、それもそうか。でも、ある程度は持っていこう」
「ロト」
「んじゃ、食べて、寝て、起きたら出発しよう」
「ロト~! あ、そうそう。写真撮っていいロト?」
「別にいいけど、何に使うの?」
「お空に向けて送信するんだロト」
「言ってる意味がわからない」
「ロ~?! ずっと辛辣ロト……。まあ、気を取り直して、撮るロトよ!」
構わずオレンのみを口に運ぶ私を、ロトムは何度か、ぱしゃりと撮った。
「見てみロト! よく撮れたロト~」
「凄いな、こんな風に現実を切り取れるんだ」
「えっへんロト! それじゃ、送信するロト~」
「……お空に?」
「ロト」
相変わらず説明する気はなさそうだけど、まあ別に構わない。私は寝転がった。
――
「ぽ、ポケモンが喋ってる……怖っ」
違う。そんなつもりじゃ。
「ニンゲンの言葉なんて喋って、なんか気味悪いぜ」
私はただ。
「喋るポケモンとか、キモ」
みんなと。
「ニンゲンのフリして、気持ち悪り」
仲良くなりたい、だけだった。
――
「……大丈夫ロト?」
「……ロトム。うん、よく見るの、悪夢」
「それは辛いロトね……」
「別に平気。そりゃ、寂しい気持ちにはなるけど。ま、うつむいてても始まらないし。行こう、ミアレシティ」
「ロト!」
――
こうして私は、森を抜け出し、久しぶりにニンゲンの町に向かった。もちろん、イリュージョンで姿を隠して。
「ロトム、あなたは隠れたりしなくていいの?」
「僕はスマホロトよ、もはや公共インフラロト。みーんな持ってるロト!」
「そうなんだ……」
「それじゃ、到着! ブティックロト! ボクが安くていい服を見繕ってあげるロト!」
「ありがと」
ロトムはシンプルな服を見繕ってくれた。試着室でイリュージョンを解いて袖を通す。うん、動きやすいし悪くない。この体にもちゃんと合う。
イリュージョンで誤魔化せるとは言え、旅するとなると、なるべく本物に近い方がいい。
そして、大きなカバン。これだけあれば、拾ったものを入れるのにも困らないだろう。
「えっと」
レジの前でまごついていると、ロトムが何やら機械に触れて、音が鳴って、それで支払いが終わったらしい。
「すごっ」
「えっへんロト!」
――
道に落ちていたきのみをシェアして食べる。ロトムはふと、こぼした。
「あの人とも、こんな風にご飯を分けてたロトなあ」
「あの人?」
「……僕の元持ち主ロト。ポケモントレーナーになりたがってたけど、ゲットすらできないポンコツだったロト」
「ふーん。あなたは?」
「僕らスマホロトムは、スマホと一緒にお買い上げされるロト! だから、あの人にとって僕は、唯一のポケモンだったロト!」
「そうなの。……ねえ、その人って」
「……死んじゃったロト。昨日、森で」
「……やっぱり」
「君が通りがかってくれなかったら、僕も充電切れで倒れてたロト」
「それは、よかった」
「……あの人は、僕に、『お前だけでももっと広い世界を見てくれ』って言ってくれたロト。だから……お空に向けて、いっぱい旅の思い出を送信したいんだロト」
「それが、あなたの望みなのね」
「ロト」
「……ごめん、意味不明なんて強い言葉使っちゃって」
「気にするなロト。知らなかったんだから」
「……あなたが話してくれたから、私も話してあげる。私はね……ポケモンでも、ニンゲンでもない。中途半端な存在」
「ロ? でもどこからどう見てもゾロアークロト」
「種族はね。でも……ニンゲンの言葉を喋るこんな私のことを、ニンゲンも、ポケモンも、気味悪がって」
「あー……」
「だから、ちょっと嬉しかった。あなたみたいに、ニンゲンの言葉を喋るポケモンと出会えて」
「それならよかったロト」
「……そしてそれが、私がポケモンとニンゲンの距離が近い町に行きたかった理由。中途半端な存在でも、受け入れてくれるんじゃないかって。夢物語だけど」
「……きっと大丈夫ロト! なんたって、この僕が一緒にいるロト!」
「そうね。私をまた外に連れ出してくれたお礼に、私もいっぱい、いろんな景色を見せてあげたい」
「ありがロト! 一緒に頑張ロト!」
「ええ、頑張りましょ」
私たちは、また立ち上がった。
「それで、次はどっちに行けばいい?」
――
飛行機には、正体がバレないかひやひやしながらもなんとか乗りこむことに成功した。
「それじゃ、僕はしばらくお休みするロト」
「なんで?」
「飛行機の離着陸の時はスマホの電源オフロト!」
そう言うとロトムはいきなりうんともすんとも言わなくなった。寝ているのだろうか。
しばらくするとアナウンスが流れ、飛行機はぐんと空に浮き上がった。ほのかに感じる、重力。耳の中に感じる異物感。窓の外を見ると、町が、森が、どんどん小さくなっていった。
「これが、飛ぶ……ってことか」
そう呟いて、私はしばし、窓の外を食い入るように眺めた。
――
気付けば眠っていたらしい。ロトムが「着いたロト!」と起こす声で目が覚めた。
「ここが……」
「カロス地方ロト! ここから電車に乗ってればミアレに着くロト!」
「なるほど。案内お願いね」
「ロト!」
私たちは電車に乗り込んだ。その中で、もう少しミアレシティのことを調べる。
クエーサー社とかいう会社が、都市開発に乗り出したらしいこと。ワイルドゾーンというポケモンが暮らすエリアがあることなどなど。
「楽しみロトね~」
「そうね。あれ、何かに見られた?」
「何言ってるかわからないロト~」
口笛みたいな音とともに、ロトムはそう言った。
実際、あたりを見渡しても、特に何もいない。
「気にし過ぎロト。あ、プリズムタワーロト! 写真撮るロト!」
「おかしいな、気配を感じたんだけど……」
なんてことを言っているうちに、ミアレシティに到着した。
肩には大きなカバン。スマホロトムには1万円。
さあ、準備は整った。
「行こう、ロトム」
「ロト!」
私たちは改札を出た。
立ち並ぶビル。小さな植え込みに、街路樹。そして町のシンボルと言われる、プリズムタワー。なんだかあそこから快いエネルギーを感じる気がするのは、新たな旅立ちへの祝福か。
「ここで、どんなことが起こるかな」
「わかんないけロ、めいっぱい楽しむロト!」
と、いきなり声をかけられた。
「おーい、そこの人! ミアレ駅に着いたばかりだろ!」
ピンクの髪に、古びたジャケットの少年。彼はこちらに駆け寄ってくる。
この出会いをきっかけに、私たちはたくさんの人やポケモンたちと関わりを持ち、最高の町で、愉快な仲間たちとともに、最高の冒険を繰り広げることになるのだけど。
「ちょっと協力してくれよ! 本当にちょっとでいいから!」
今はそんなこと、知る由もなかった。
Pokémon LEGENDS Z-A Début