「ホロキャスターを持つ、ポケモントレーナー達よ。心して聞いて欲しい――
――フレア団以外の皆さん。
残念ですが、さようなら」
あの一言から、ぼくはどれ程のショックを受けたのだろうか。
ホロキャスターを開発し、ポケモンの研究とトレーナーへの支援に分け隔てなく尽力された、今でも恩人に等しい御方だ。
プラターヌ博士だけでなく、傷薬やおうじゃのしるし等々……
会う先々で渡してくれた、旅の助けとなる道具の数々。忘れられる訳が無い。
どうして、いや……
どこで、というべきなのか。
あなたとぼくの思う価値観が、こんなにもすれ違ってしまったのか。
その答えは今も、宵闇の彼方に沈んだまま。
彼は、見知らぬ子ども達―― あのホロキャスターでの宣言から、抵抗の為に立ち上がったトレーナー達との戦いに敗れたと聞いている。
同時に、遠方に光の柱が空高く立ち上っていたのを、ぼくはこの目で確かに見ていた。
あの光景を、忘れられるはずがない。
当時、その光の柱の意味は分からなかった。
世界は守られた。けれどその裏で、何かが切り捨てられ、犠牲となったものも確かにある。
壮絶な現場だったと推察しても、言い過ぎではないだろう。
あの時のぼくには、覚悟なんてものを持ち合わせていなかった。そもそも、足りていなかったんだ。
彼の抱えていた、苦しみとやるせなさ。
ぼくが、ほんの少しでも緩和に導ける手を差し伸べていたのなら…… 苦悩を、小さくても変えられたかもしれない。
今となっては、ただの理想にしかならないのが、率直な想いに尽きる。
フラダリさん。
例え周りがどれだけ、“許されざる事をした人”として忌み嫌うとしても。
ぼくは、あなたに対する印象を変える気にはなれないよ。
理解して、くれなくても良い。
ぼくの中で、尊敬していた人物は…… 紛れもなく、あなた本人なのだから。
「……ぅ… んん…っ…… ほぇ?」
唐突に揺れた風景と、微かに擦れる車輪と鉄の音から、ふと目を覚ます。
変に間の抜けた声が出てしまっていたのに気付いたのは、数秒後の事である。
やだな、いつの間にかうたた寝しちゃってたか。
斜め前の客席の方から、小さく笑い声が聞こえるのは気のせいではないかもしれない。
よ、涎なんか出てないぞ。幾らぼくがのんびり屋かつグルメ通だとしても。
どうにか体裁を保つ様に咳払いを一つすると、ぼくはズレていた帽子を直してからスマホロトムを取り出す。
これから向かう先の都市のレストラン、建設予定とされている施設の視察も兼ねて。
電車から見える、温もりある陽射しの差す窓からは、スクウェア状かつその街のシンボルともいえる塔がポツリと見える。
木々と草原の織り成す風景が、風と共に流れていくのが分かる。
赤と黒の外壁の建物が、車窓から流れる風景の中に一瞬だけ紛れて来た。
……やはりというべきか、その施設は粗末な看板が掛けられているだけで空白同然になっていた。
いわゆる、“打ち捨てられた過去の栄光”だろう。
あれから5年、かぁ。
率直に言うと、ぼく自身はカロス地方のポケモントレーナーではない。
イッシュ地方の生まれにして、サンギタウンの出身。
元は没落貴族の家系だったといわれる家族の元で育ち、貯めたお金を持って単身カロスに渡っていた者である。
そう、カロス地方に来ていたのは“初めて”ではないのだ。
実を言うと、ぼくにはカロス地方で特に思い入れ深いと感じる場所がある。
コボクタウン近く、森に囲まれたきのみ畑だ。
自給自足という言葉が似合う程の素朴な環境ではあれど、きのみを育てていてやりがいと共にポケモンと同じ様に気持ちを温めさせていた、宝物の様な地点。
イッシュ地方では、きのみこそ珍しいものとして認識されている為、滅多に御目に掛かれなかった代物。
カロスの地に恩恵をもたらしている、土壌と水にも適性と称される場所―― 一時本来の目的を忘れるまでに、きのみの栽培のノウハウに脳を働かせていたのが、たまらなく懐かしい。
その経緯から、カロス地方がぼくにとって、心の故郷とも言える“もう一つの大切な場所”なのだ。
『当列車は、まもなくミアレ駅に到着します』
そろそろ到着か、荷物に忘れ物が無い様にっと。
ぼくが指し示す目的地は、カロス地方随一の主力都市―― ミアレシティだ。
今回は、数日限りの観光。
気分転換も兼ねて古き良きパートナー達には、御留守番を御願いするに至る。
帰って来てもぼくには、5年前に共に旅していたポケモン達がいる。
今は無き、フレア団の壊滅以降から。
ぼくは何か途方もなく心の一部が砕けた様になり、思い描いていた夢の一つを投げ捨ててしまった。
冒険を一時取りやめて、家に帰って来たのはあの出来事から9ヶ月後の事だった。
家族には本当の事を打ち明けてはいない。
分かってくれるのは、いつだって一緒にいてくれていたパートナーポケモンだけなのだから。
チャンピオンになるなんて腕前ではないし…… かといって、親の言いなり通りに家業を継ぐというのも引っ掛かるものがある。
結局、ぼくはぼく自身の逃げていた、取りこぼしていた夢を見つめ直す為に……
観光を建前代わりにしてカロス地方に、此処ミアレシティに再び降り立った訳である。
ただそれだけの気持ちなら、此処まで燻ぶる気持ちの正体に説明が付かない。
まだ、諦めた訳じゃない。ぼくの夢を間接的に…… 後押ししてくれていた、あの御方。
フラダリさんに会うまでは、何が何でも折れる訳には行かないのだ。
「……どんなに見渡したって、あの人はもう」
カロス地方のどこにも、見当たらないんだね。
そう言い掛けた言葉を、胸の中へ引き戻す。
現在も尚、行方知れずとされている彼は…… 志半ばに力尽きた、訳では無いと、信じているから。
気付けば足取りが早まっていた。
プラットホームを行き交う乗客や連れているポケモン、駅員達がそれぞれ、驚いたように此方を見ていたのは…… 此処だけの話。
ミアレシティの駅を出ると、広場の外縁には柔らかな陽射しが差し込んでいた。
既に何人かの人達が、ポケモンと並んで待ち合わせをしている様子。
約束なのか、偶然なのかは分からないけれど……。
5年前と比べて、この街も少しずつ変わってきている気がする。
平穏な空気に油断せず、まずはレストランや、建設予定の施設をゆっくり見て回ろう。
ホテルには、目的を果たしてから向かえば良い。
「駅から出て来たそこのアナタ!」
不意に、右斜めから声が飛んできた。
これは…… まさかの狙い撃ち?
「しかもその大きな旅行カバン―― 観光客でしょ?」
「そ、そうですけど?」
面食らった気持ちを隠しつつ、ぼくは声の主に目を向ける。
茶革のジャケットと白のホットパンツ姿の、快活そうな少女だった。
えっと…… へそ出しルック、ってやつなのか? この季節に、寒くないのかな。
あ、彼女のスマホロトムがふよふよと宙を浮いている。
「よかったぁ! 違ってたらメンタルブレイクしてたよ」
少女は胸を撫で下ろした様子で近付いてくる。
まぁ、自分探しといった目的が主だけど、観光客として見られるのは間違いではない…… か。
“メンタルブレイク”という言葉には一瞬“?”が浮かんだものの、あえて口には出さなかった。
彼女の足元には、どうやら進化前と思しきポケモン達が集まっていた。
はっぱポケモン――チコリータ。おおあごポケモン――ワニノコ。
そして、ひぶたポケモン――ポカブ、か。
「可愛いな、そのポケモン達」
無垢な顔ぶれに、思わず胸の奥が温かくなってきた。
目線を低く―― なるべく怖がらせない様に注意しながら、ぼくはその子達に優しく微笑み掛ける。
最初に旅立った、イッシュ地方のパートナーポケモンとの出会いが、ふと脳裏に蘇る――。
「チコッ!」
チコリータがぼくを見つめ、負けじと笑顔を見せた。
首の周囲の突起からツルを伸ばし、そっと握手を求めてくる。
不思議と温かみのある繊維質の器官と、ぼくの掌が触れる瞬間。
少女は暫くの間、目を閉じて微笑ましそうにその光景を見守っていた。
――これが、ぼくの織り成す冒険譚のはじまり。
ただの観光という“逃避のつもりだった”旅が、まさか苦難の多い戦いの記録へと変わって行くなんて…… その時のぼくには、知る由も無かった。