列車に揺られながら、窓を眺めている。透き通った青空が、飛んでいるヤヤコマ達が、まるで応援しているかのような、そんな気がした。
『当列車は間もなくミアレ駅に到着します』
ああ、もうすぐ目的の地「ミアレシティ」に着くのか。長いようであっという間の数日間だったな。生まれ育ったガラル地方から別の地方に行くのは初めてだったけど、何一つ不安な事なんてなかった。何故なら――
「もうすぐだよ、ミアレシティ」
手に持った唯一の荷物――大きな茶色の鞄から1つのドールを列車の窓際に置く。可愛らしいそのドールはガラル地方ではよく見かけるかんじょうポケモンのイエッサンだ。姿はオスとメスの二種類いるが、持ってきたのはメスの方だ。もちろんこれにはちゃんとした理由がある。
「行きたかったところだもんな」
目を瞑り「彼女」との思い出を振り返ってみる――
ガラル地方有数の都市「シュートシティ」に僕は生まれた。幼少期、両親には色んな事を学ばされ、6歳の頃にはポケモンバトルの勉強もするようになった。両親は厳しい性格だったけど、褒める時は褒めてくれる優しい両親でもあった。
その頃、両親がとある事情であるポケモンを家に住まわせるようになった。それが僕にとってミアレシティに行く事を決めてくれたポケモン、イエッサンだった。
父親は昔シュートシティにある大きな宮殿、言わばガラル地方の王族が住んでいる場所の近衛兵でその職業柄、王族の関係者をよく知っていて、特に王族に従事しているたくさんのイエッサンの名前を一匹ずつ覚えているぐらいだった。
その中でもよく父親に懐くイエッサンが一匹いた。それが後に住まわせるイエッサン、ベッシーという名前のメスだ。
本来王族に従事するイエッサンが一般の家庭に引き取られる事はまず無い。しかしこの子はあまりに仕事が出来なかったから引き取られたのだ。もちろんあまり良くない理由ではある。しかし父親は言った「この子は確かに王族の世話には向かないかもしれないが、一般家庭の世話係には向いているんじゃないか」と。
その頃は初めて見るポケモンにワクワクしていた覚えがある。ある程度は勉強していたものの、イエッサンはまだ知らなかったポケモンだった。家族はベッシーを歓迎し、可愛がった。なんていったって家族が増えたのだから。
ベッシーは最初こそかなり緊張していて辿々しいところがあったけど、次第に慣れていって家事もそつなくこなしていった。話に聞いていた「仕事が出来ない」という事はまるで嘘だったかのようで、両親もかなり喜んでいた。
そうして数年間、ベッシーは僕達と一緒に暮らしていった。だけど半年前の事だ。ベッシーが体調を崩してしまい、寝込んでしまった。その頃僕はガラル地方で行われる予定だったパルクールの大会に出る為に、夕方まで練習ばかりしていた。故にベッシーとはあまり遊んだり話したりしてなかった。
その時は楽観視していた。ただの風邪だって思っていて、すぐに良くなるだろうって思っていた。けど事態は深刻になっていった。日に日にベッシーは弱っていく一方だった。両親がポケモンセンターに連れて行って検査もした。だけど原因は分からず、治療方も分からずにいた。
結局僕達はベッシーが早く良くなるように身を案ずる事しか出来なかった。しかしベッシーは強かった。身体が万全でないのにも関わらず、家事を手伝ったりしようとしていたのだ。流石無茶だと思ったのか、両親が止めはしたものの、ベッシーはそれでも僕達の役に立ちたい想いで何か出来る事を探し続けた。
それから何日かして、ベッシーの体調も少し良くなったように見えた。前よりもご飯を食べていたし、少しだけど家事もこなしていた。僕は少しだけ安心をした。
その日の夜、普段は両親と一緒に寝るベッシーが、珍しく僕と一緒に寝たいと言うから、一緒に寝る事にした。そうしたらベッシーはある一冊の本を持って僕に見せてくる。それは「ミアレシティの名物カレー:クロワッサンカレーについて」と書いてある。どうやら「ミアレシティの観光ガイドブック」の中に書いてある特集らしく、ベッシーはとても目を輝かせていた。そういえば、ベッシーはカレーが大好きだったな……両親が飽きるぐらいには作ってくれていたけど、毎回おかわりしていたんだっけ?
そうしていると、ベッシーは何かを言いたそうにしていた。僕にはポケモンの言葉が分かるわけじゃないけど、言いたい事はある程度分かるような気がした。きっとベッシーはカロス地方の大都市ミアレシティに行きたいんだなって。ここに行ってクロワッサンカレーを食べたいんじゃないのかなって、そう思った。
僕がその事をベッシーに伝えると、にこりと笑い、頷いてみせた。そうだ、いつか僕もミアレシティに行ってみたいなとそう思い、ベッシーと一緒に約束をした。
しかしベッシーは次の日から、再び体調を崩してしまい、寝込む時間も日に日に増えていった。両親も色んな知人を通して様々な治療法を試したものの、一向にベッシーの体調は良くなる事は無かった。
そんな時、僕はベッシーにあるものをプレゼントした。それがこの手作りのイエッサンドールだ。僕がベッシーの為に頑張って作ったドールで、これをお守り代わりに、早く身体が良くなるように……そう思って作ったんだ。
ベッシーにあげると、とても喜んでくれた。少しだけ目にうっすらと涙が溜まってるような、そんな気がした。
それから一ヶ月が経った。相変わらずベッシーの体調は悪いままで、寝ている時間もかなり長くなっていた。このままだときっと先は長くないのだろうなって……そう思う事も増え始めていた。
そんな時、ベッシーが僕にプレゼントがあるみたいなジェスチャーをして、大きな袋を渡してくれた。ずっしりとした存在感のあるその袋を開けると、そこには大きな茶色の鞄が入っていた。頑丈そうな素材で出来ているその鞄が僕へのプレゼントらしい。ベッシーの顔を見ると弱々しくも、凄く嬉しそうにしていた。もしかしてこの鞄、ベッシーの手作りだったりするのだろうか?
ベッシーに聞いてみると、笑顔で頷いてみせる。そうか、こんなに立派な鞄をベッシーが手作りで……。そう思うと少し込み上げてくるものがある。
僕はベッシーを抱きしめ、お礼を言った。そうしたらベッシーも僕を抱きしめてくれる。その表情は弱々しくも力強い腕の力で、僕を抱きしめてくれた。
その日はベッシーと一緒に寝る事にした。夜、ベッシーとベッドで手を繋いで天井を見つめていた。彼女の身体が良くなったら、家族でミアレシティに行こう――そうベッシーに話すと、喜んでくれた。だから早く良くなって欲しい。そう思い目を瞑った。ベッシーの……いや、僕達みんなの夢だから。
次の日、目が覚めるとベッシーはまだ寝ていた。しかし様子がおかしい。いつもなら可愛い寝息を立てているはずなのに今日は全く聞こえていない。その時血の気がさっと引いたような感覚に陥る。まさかそんなの……有り得ないと思い、ベッシーの心音を確認する。
……だけどその音は何も発する事は無かった。どれだけ耳を澄ませても、虚無の空間だけが広がっていく。
彼女は……ベッシーはもうこの世には居ないんだとその時分かった。
両親はベッシーを手厚く葬った。僕達は彼女の死に酷く悲しみ続けた。もっと長く一緒に居られると思っていたのに……。
その悲しみは暫く続いた。彼女の死を受け入れる事が最初は出来ず、参加を予定していたパルクールの大会を辞退する程に、気持ちが沈んでいた。
ベッシーが亡くなって二週間が経った時、両親からあるものをプレゼントされる。それはミアレシティ行きの電車切符だった。
両親は「みんなでミアレシティに行きたかったけど、辛い気持ちがまだ癒えないから、代わりに僕に行ってきて欲しい。彼女の形見と一緒に、思い出を作って欲しいんだ」と言われる。最初は断ろうと思ったけど、ベッシーが生前、ずっとミアレシティに行きたがっていた事と作ってくれた茶色の鞄を思い出し、ミアレシティに行く事を決めた。
今思えば、この茶色の鞄はミアレシティに行く為に作ってくれたのかなって思う。行きたかったんだよな……一緒に。
だからもうすぐ、その夢を叶えよう。夢の続きを、これから叶えるんだ。
目を開けると、大きな街が出迎えてくれる。あれがミアレシティか。一応スマホロトムで調べはしていたけど、ここ数年、再開発が行われてかなり整備されたらしい。再開発のテーマは「人とポケモンの共存」だという。そういえばガラル地方でもそんな話を聞く事があったな……。
大きなブレーキ音と共に、列車がゆっくりと速度を落としていく。暫くして、ミアレ駅に着いた事を告げるアナウンスが車内に響き渡る。
「着いたな、ベッシー。さぁ行こうか、ミアレシティへ」
列車を降り、改札を通り、出口へと向かう。その出口は光り輝いてるような、まるで冒険が始まるかのようなそんな感じた。
「これがミアレシティかぁ」
駅を出るとそこはたくさんのポケモンと人が行き交う姿。ヤヤコマが飛び立ち、ホルビーやメレシー、シュシュプといったポケモンの姿が見える。そして上を見上げると、そこにはミアレシティのシンボル「プリズムタワー」がまるで自分を出迎えてくれているように見えた。
プリズムタワーに見とれていると、横から声を掛けられる。活発そうな女性らしい。後ろにはカロス地方ではかなり珍しいであろうジョウト地方で見掛けるポケモンのチコリータ、ワニノコとこれまた珍しいイッシュ地方で見掛けるポケモンのポカブが居た。恐らく彼女のポケモンだろうか。
「駅から出て来たそこのあなた! それにその大きな旅行カバン。もしかして観光客でしょ?」
僕は彼女の質問にはいと答えた。