「ロトム。俺がもし人気配信者のカナリィに勝負を挑まれたら何と答える? 3パターン例を出せ」
ミアレシティ行きの列車の中で、一人の少年がスマホに話しかける。
スマホの中のロトムは、少し考えて3パターンの答えをスマホに文章で表示した。
【人気配信者カナリィに話しかけられた、あなたの返答はこのようになります】
1.「よし、受けて立つぜ!」
2.「ふっ、面白そうだな。勝負だ」
3.「カナリィの配信は見てるから対策はバッチリだぜ!」
その答えを見た少年は、一度にっこり笑ったあとスマホを鷲掴みにした。
「俺にこんなアホそうな台詞をいわせる気か? もっと皮肉を交えるなり知性を出せ知性を」
【知性のある人はスマホを鷲掴みにしません】
「黙れ。もう一度だ」
スマホロトムが震え、また少し考える。
そして、今度は先ほどとだいぶ気色の違う返事を生成した。
【あなたの皮肉と知性ある返答はこのようになります】
1.「配信でマジのガチといいつつFランク止まり?」
2.「カナリィぬい集める暇があるならじめん対策しろよ」
3.「お前のファンサービスはつまらない」
少年は、スマホロトムをデコピンで弾いた。
「誰がミアレの人気配信者に喧嘩を売れと言った? あくまで友好的に接しろ」
【理不尽、やはり無茶です。あなたの発言を完全に代理するなんて】
なぜ少年はスマホロトムに己の返事を任せようとしているのか。
少年はため息をつき、答える。
「仕方ないだろう。俺は一度記憶を消してまっさらな観光客としてこのミアレで過ごさねばならないのだから」
その言葉に答えたのは、ロトムの文章ではなく少年の脳に響く声だった。
{本当に、やるの?}
少年が己のカバンを見た。その中には、小さなラルトスが入っている。
「ああ、頼む。この列車からミアレシティのプリズムタワーが見えたら……俺の記憶は完全に消してくれ」
{そこまでしなければ、いけない?}
「でなければ、やつの目は誤魔化せんからな」
{AZが知ったら驚くでしょうね。3000年生き続ける人間とポケモンが他にもいるなんて}
少年は、まだ10代の子供が浮かべるにはあまりにも老獪な笑みで笑った。
「俺のは歪な進化をもたらす最終兵器とは違う、原始の怪奇だがな。それに、記憶を戻す目処もついている」
少年はスマホを操作し、ミアレシティ一番の探偵マチエールを表示する。彼女の相棒が、ポケモンの中で強力な催眠術を操るカラマネロであることは把握していた。
「記憶を失って少年の心を取り戻した俺は、必ずミアレシティの異変に首を突っ込むことになる。そして必ず解決するだろう。そうなった場合、あの探偵は俺の身元を調べるためにカラマネロの催眠術を使うはずだ」
少年はスマホを操作し、ミアレシティ最高の探偵と言われるマチエールの姿を映す。
彼女が国際警察のハンサムの後を継ぎミアレを守っていることを少年は把握していた。
「『あなたは何者?』そう尋問した時、俺の記憶は、カラマネロの催眠術によって取り戻される」
{……未来予知では、記憶を取り戻したあなたはへラクロスのミサイル針でカラマネロを串刺しにしていたわ}
「ほう、よほど強いへラクロスを捕まえるのだろうな。さしずめ……」
ラルトスの未来予知はあくまで少年には見えていない。だがその状況で自分がなんと口にするかは推測できた。
「俺の素性を調べてくれてご苦労、だがこれ以上深入りすると……このイカのようになる。と言ったところか」
{……ええ。一言一句違わずその通り。ただそのセリフは、探偵ではなくヤクザのボスに言っていたけど}
「ヤクザまでいるのかあの街は」
苦笑する少年。再びロトムに命令する。
「さて、そういうわけでお前には俺の返事のシミュレーションをしてもらわねばならん。ミアレヤクザの連中とも上手くやれるよう、会話パターンを練っておけ」
【恐らくヤクザではなくサビ組という治安維持組織です。グレーゾーンではありますが、悪の組織ではありません】
「なーんだ。思ったより良心的な連中だな。さしずめ善にも悪にもなれん半端者の集まりか」
適当な感想をぼやき、少年は次の指示を出す。
「ではそのサビ組とやらにバトルを挑まれたら俺はなんと答える? 揉め事にならない程度で3パターン出せ」
スマホロトムは少し考え、文章を生成した。
【サビ組のボス、カラスバにバトルを挑まれたあなたの返答はこのようになります】
1.「サビ組のボスって肩書き、バトルでも通用するのかな?」
2.「威勢はいいけど、実力はどうなんだろうね」
3.「ずいぶん怖い顔をして、素早さでも下げたいのか?」
ロトムのシュミレーションを見た少年は、鼻で笑った。
「これで正々堂々バトルしてくれるなら相当なお人好しだな。カタギ相手には手を出さんタイプと見える」
{あなたがカタギならこの世の人間はみんなカタギよ}
ラルトスのテレパシーを聞いて、少年は手を叩いて笑った。
「何を言う。記憶をなくして一言も話さなければ俺はどこにでもいる普通の少年の姿をしているだろう。人は見た目が9割というからな」
{まぁ、人間なんて見た目を飾り立てても能力はなにも変わらないものね。3000年前から何の進化もない}
その言葉に、少年は針のように鋭く細い声で答えた。
「進化しないのが人間の良さであり、自分達が進化しないからとポケモンに余計な進化を求めたのが人間の愚かさだ」
{そうね。私もサーナイトはともかくメガサーナイトやエルレイドを見ると目が歪みそうになる。不愉快だわ}
「ポケモンや人に余計な進化などいらない。今こそ原始に回帰するときだ」
少年は、ミアレの進化の象徴たるプリズムタワーを苦々しげに見つめた。
「手始めに、あの最終兵器と歪な進化をもたらすタワーを破壊する。それが俺がここに来た目的だ。ただそのために、俺は余計な自我を出すわけにはいかん。ロトム、返答の生成は任せたぞ」
それからしばらく、少年はスマホロトム相手に返答パターンを用意させては文句をいったり注文をつけていた。
端から見れば、最近流行りの生成AIで遊んでいるように見えたことだろう。
「……返事は常に3種類程度用意しておけ。あとは俺が気分で選ぶ」
【了解しました】
そして、ミアレシティのプリズムタワーがはっきり見えてきた。
少年は、ラルトスに目配せをする。
{あなたがZAを終わらせたら、また会いましょう。あなたがどんな行いをしたとしても愛しているわ}
ラルトスは、言われた通り少年に催眠術をかける。進化前のラルトスのそれとは思えないほど強力な術は、少年の記憶を丁寧に{封印}していく。
「ラルトス、もし俺が目的を果たす前にミアレを出ようとしたら、無理やり催眠術で連れ戻して構わない。お前が俺の命綱だ。そして面倒な会話はロトム、貴様に任せたぞ」
{頑張ってね、あなた。あとついでにロトム}
【扱いの差がひどい件について】
「そう言うな。これでも同行を許すくらいには信じてやっている。何故なら━━……」
少年が過去を語る前に、列車はミアレに到着してしまった。
それはつまり。この少年は全ての記憶を失いまっさらな状態になったことを意味していた。
(ここは、どこだ? 俺は、誰だ?)
全ての記憶を失った少年は、キョロキョロと辺りを見渡す。そして目の前のスマホを掴んで画面を表示した。
【あなたは記憶を失っています。この列車を降りて、誰かに話しかけられたら私の生成する文章に従ってその通りに返事をしてください。それが記憶を失う前のあなたの望みです】
少年の目の前に、スマホロトムの画面が表示された。
(ふぅん……? まぁいい。とりあえず言う通りにしてやろう。他人に話しかけられて返事を考えるのも面倒だ)
少年は列車を降りミアレシティに降り立つ。大きなカバンに入った小さな生き物のことなど忘れて。
「準備OK! いい感じの観光客いないかなー……いたっ!」
一人の少女が、記憶を捨てた少年に話しかける。
ミアレの事件を解決し、いつか探偵が少年の記憶を解き明かすまでは少年の英雄譚が続くのだ。
返事を考えるスマホロトムと、もし街を出ようとしたら無理やり街に戻すラルトス。
そして、自分がこの街で動き続ければ最終的にプリズムタワーを破壊することができる。
原始怪奇の少年は、そう確信してミアレに降り立ったのだった。