お恵みをお与えください
Gr
ミアレシティに向かう電車の席で、名刺の裏に書かれたボス手書きの筆跡を眺める。
もしも生活に困ったときに街に潜む同志にこれを見せればいろいろと助けてくれるそうだ。
名刺の表には「ヌーヴォカフェ 1号店」の印字とその地図が書かれている。
5年前、自分の人生は壊れた。
フレア団が実行した事件はカロス全域を震撼させた。
恐怖する人々はフラダリおよびフレア団に関連するすべてを排除しようとしたが、カロスのすべての大企業は何らかの形でフラダリおよびフレア団に繋がりを持っており、自らの保身のために地獄のような責任の押し付けと擦り付け合いが行われた。
発言権のない何も知らない末端がモトトカゲのしっぽきりに遭い、夜には川に飛び込む音がよく聞こえ、朝には数多くの首が吊られた。
ここの国の人々はあの革命の頃からあいも変わらずに、ギロチンに列を作らせて端から首ちょんぱにすればみんな解決すると信じているようだ。
そうして家族も住居もすべてを亡くした自分は"なんにも関係がなかったはず"のフレア団の生き残りたちに拾われて、ポケモンを持たずに野生ポケモンに立ち向かう技術や戦闘訓練をはじめとする、この世界で生きる術というものをたくさん教わった。
そんなフレア団ヌーヴォにはたくさんの恩義があって、それに少しでも報いたい。
ミアレ消滅の危機を止めるためにミアレ行きを決断したのはそういうわけだった。
ただ、「ミアレを救う!」と威勢のいい啖呵を切って決行したものの、手元にはボールが一つもない。
フレア団とのつながりを隠すためにポケモンを一匹も持ちこむことができず、検問対策でほとんど手ぶらでのミアレ入りになった。
ポケモンは自力で現地捕獲することになりそうだった。
ほぼ唯一持ち込めたスマフォで暇つぶしにSNSを眺めて、最近のミアレのニュースを巡っていると、ハブネークを縦に伸ばしたような長身の老人を写した画像があがっていた。
いまだにフレア団ヌーヴォは草葉の陰で身を隠して生きなければならないというのに、彼は出会えればラッキーなミアレ在住のオモシロ名物おじいさんとして、ミアレの人々から市民権を得られていることに、強い憤りを覚える。
老人の名はAZ。
あいつはミアレ消滅の危機を黙認していた、戦犯だ。
ミアレ消滅の危機の話は3000年前の出来事までさかのぼる。
3000年前、AZは生命エネルギーを動力にする『キカイ』を作り出した。彼は怒りに支配されてそれで死んだ愛する者に永遠の命を与え、多くの命を奪った。
そしてAZは『キカイ』を起動した代償に死ぬことができなくなった。
蘇ったその愛する者は、AZに失望して彼の元から去った。
残されたAZは不死の身体で世界中を放浪することになる。
その1000年後、ミアレにてAZは時の権力者に新しい都市の象徴の一部としての『キカイ』の製作を依頼される。
誤解されやすいが『キカイ』は魔改造して過剰出力で悪用したから惨事を引き起こしただけで、本来は集めた生命エネルギーで良いことに使うものだ。
そこでAZは同じ過ちを繰り返さないように平和目的で『小型化したキカイ』を新たに製作して寄贈し、権力者はそこに外装を加えてシンボルタワーにした。これがミアレの象徴、現在のプリズムタワーである。
『小型キカイ』は、ミアレに住む人間とポケモンの生命エネルギーを少しずつ収集し、貯蔵して、メガシンカエネルギーとして増幅、ミアレ全域に放出する。――設計図から読み解くとそのような機能だと思われる。
【ミアレ住民の元気をちょっとずつもらって稼働し、ミアレ住民がみんな健康で病気になりにくくなる】
そんな、ミアレを見守る存在として、プリズムタワーは2000年間稼働し続けた。
今から5年前のこと。フラダリ氏はセキタイにて3000年前にAZが作り出した『キカイ』を掘り起こして復元を着手した。同時にミアレのプリズムタワー内部の『小型キカイ』の存在も確認したが、小型なので目的に対して出力が足りず、消滅するのはせいぜいミアレ全域程度、そもそも起動キーが手に入らなかった。
しかし起動キーが手に入る可能性と、何かに使えるかもしれないという念のためのサブプランとして、装置を温めておくことになった。
その後は有名な事件である、セキタイの『キカイ』は突入した少年少女の手によって暴発、計画は大失敗となった。
観念したフレア団はプリズムタワー内の『小型キカイ』を元通りの状態にしておこうとしたのだが、証拠隠滅を疑うカロス警察に速やかに差し押さえられて、できなかった。
タワー内の『小型キカイ』は、いわばログイン画面が表示されていつでも起動できる状態で5年間も放置されることになった。
起動キーの認証もされておらず通常ならば誤作動するはずが無いが、何しろ2000年も稼働し続けていればガタがきてもおかしくない、セキタイのキカイの起動に影響を受けたのか、周囲の生体エネルギーを過剰に吸収してメガシンカエネルギーとして溜め込み始めた。
2年前の時点でミアレの一部にメガ結晶の発生が確認されているため、この段階でタワー内のエネルギーがオーバーフローして、不良エネルギー塵がばらまかれ始めたと思われる。
このままいけば、あふれ出るメガシンカエネルギーに誘われて野生ポケモンが大量発生、やがてその野生ポケモンが大量のエネルギーを吸収して次々とメガシンカして暴れまわるようになり、最後にはタワーが爆発するか、エネルギーを射出してミアレシティ全域を焦土にするだろう。
これがミアレ消滅の危機だ。
あのまま放置した件に関して、警察も政府を責める気はない。
犯罪者に手出しを禁じるのは当たり前だし、警察の手におえるものじゃないから手出しできない。素人が変な触り方をして惨事を引き起こさなかっただけマシと言える。
そしてフレア団もまさか後始末が許されないとは予想外だった。これに関しては責めるべきじゃないだろう、なんでもかんでも悪者扱いされてはフレア団はたまったものじゃない。
だが、AZは違う。
あいつは『キカイ』の開発者であり、設計者であり、製作者だからそのすべてが分かっていた。
しかも知名度も権力もあって政府や警察にも顔が利いて、プリズムタワー内部に好きに入れる身分。
2000年前のことなので当時の保守点検の責任者はもうとっくに死んでいる。
でも、あいつは何もしなかった。
「あのジジイは耄碌(もうろく)してんだよ」
かつて、ヌーヴォカフェのあねさんはかえんほうしゃローストのコーヒーを片手にそう毒気づいていた。
「3000年も生きているから歳月感覚が狂ってるんじゃねぇかな? 『腰が痛いしダルい…… うーん、ちょっとだけっ、そうだな……よーしあと10年くらいしたら動き出そう』とか言ってるに決まってる ……ふざけんじゃねぇ! なめてんのかっ!!」
永遠の命を持つ彼は時間の感覚が全く違っていて、愛する者と3000年ぶりに再会できたので、しばらくゆっくりとふたりで静かに過ごしたいとも思うだろう。
気持ちは分かる。
よく分かるけど。
時間は一刻を争うというのに、あいつはよりにもよってクエーサー社に丸投げして、しがらみが多くて時間がかかる大企業の官公庁案件にしてしまった。
動き出した時にはすでにプリズムタワーがクエーサー社の管轄になっていたためだと思うが、時間が経てば経つほど内部エネルギーは多くなって、対処が困難になる。
もしもこれが裏稼業に通じたサビ組や、タワー内部構造に詳しいラシーヌ工務店あたりに持ち込んでいれば、フットワーク軽くうまいこと裏から手を回して早期解決できていたはずだったと、あねさんは語っていた。
5年前のフレア団事件の直後も
3年前のプリズムタワーがクエーサー社の管轄になった時も
2年前のオーバーフローの時も
そして今も……
AZは何もしない。
「あいつは死にたいんですよ」
かつてボスは飲み終えたコーヒーカップを洗いながらそう言っていた。
「3000年間ずっと死にたくて死にたくて……、死に場所を求めて彷徨い続けていた。それでも愛する者に再会するまでは死ぬわけにいかないの一心で生き永らえていましたが、それと再会を果たした今、生きる理由など無くなりました。
彼の価値観は人間のものとは全く違います、ミアレの街も住民も心底どうでもいいのです。
かのホテルは彼が用意した終の住処で、タワーが大爆発してミアレが消滅することで愛する者と一緒に死ねるなんて、最高の人生のエンディングだ! とでも考えているのではないでしょうか?」
そして、眼をうっすら細めて開けて、言い捨てる。
「ああ、ヘドがでる。 そんな死にてぇんだったらふたりだけで死ねよ くそったれ」
暴走を止めるためのプリズムタワーの制御方法は、フレア団ヌーヴォの研究成果を統合すると、プリズムタワーを一匹のポケモンに見立てて、キーストーンでキズナを結び、疑似的にプリズムタワーのメガシンカを行うことでその制御を行うと思われる。
現在クエーサー社はなんとかロワイヤルを開催して、その最強のメガシンカ使いとかいうものを探しだそうと躍起になっているらしい。
最強のメガシンカ使い――つまりどんなポケモンともキズナを結び、あらゆるメガシンカを使いこなせる人物ならば、前代未聞の[非ポケモンとのメガシンカ]も可能かもしれない。
電車はミアレ駅に到着した。
プラットホームに降り立って、改札を抜けると
ポケモンセンターと、奥に見えるのはプリズムタワー!!
やってきたぞ、懐かしのミアレシティ!!
まずはヌーヴォカフェ1号店に顔を出してボスに挨拶しに行こうか、と足を踏みだしたところ、
右側にチコリータ・ポカブ・ワニノコの3匹をボールから出した灰色ジャケットの子を見つけて、思わず顔をしかめた。
「いい感じの観光客いないかな……いたっ!」
あの子はホテルZを盛り立てようとSNSでしきりにホテルZの宣伝を繰り返していた。AZが余生をすごすホテルZには最近若者たちが住み着いたそうで、そのうち一人なのだろう、つまりあのAZの関係者。
「駅から出てきたそこのあなた! しかもその大きな旅行カバン、観光客でしょ?」
何を言い出すのだろうかこの子は。だが同時によこしまな考えがひらめく、これはチャンスかもしれない、と。
自分の出自をうまく隠して何も知らない観光客を演じて、うまく接触し続ければAZとのコネクションが得られるかもしれない。これからの目標のためには間違いなくAZと仲良くなることが必要だから……。
「そうです」
「よかった! 違っていたらメンタルブレイクしていたよ」
物語がはじまる。