所有する媒体にインストールした覚えのない不審なアプリケーションがあるとの通報を受けた場合、当該の媒体を起動せず最寄りの拠点へ持ち込むように指示し、それが不可能な場合、局員を通報者の元へ向かわせ、媒体と媒体の所有者の回収を行って下さい。
アプリケーション#147179を確認した場合、所有者への説得の上で当該の媒体は回収し、専用の機器を用いてデータを媒体から完全に削除してください。所有者及び周囲の人物に対しては、検査の上で認識災害が認められた場合、管理局下の携帯獣立入禁止の施設に収容し、管理局の一般的な携帯獣非接触収容が推奨されます。検査の結果異常が見られなかった人物は解放され、アプリケーション#147179が完全に削除された媒体は所有者に返却されます。
アプリケーション#147179は研究用にスタンドアローンの記憶領域に保存したデータ以外は完全に削除され、アクセスはレベル2以上の案件担当者に限定されます。また、当該アプリケーションを通常の方法で起動する事はあらゆる局員に許可されません。
アプリケーション#147179の影響下にある人物のは、その認識災害の特性上、現代社会での生活はほぼ不可能なものです。認識災害の回復への研究が続けられていますが、その目途は未だに立っておりません。
また、アプリケーション#147179が「媒体の情報を抜き取り、ハードごと破壊する悪質なウイルスソフトである。」というカバーストーリーの公布を警察、および各種地方自治体と連携の下、継続的に適用してください。詳細な計画は付属文書に記載されています。
案件#147179は不明な手段でスマートフォンなどの媒体にインストールされるアプリケーションとそれに付随する認識災害に掛る一連の案件です。
アプリケーション#147179の存在は、2016年7月末から8月にかけてカントー地方の複数の都市において「外を歩かせていた手持ちの携帯獣が帰ってこない」「目の前に居た携帯獣が突然消失した。」との通報が急増したことを受けて局員がそれぞれの都市にて調査を行っている最中に発覚しました。
2016年8月18日、トキワシティの北部森林、通称「トキワの森」にて、調査中の局員が野生のピカチュウの消失現象に偶然遭遇した際、近くに居た男性がスマートフォンを操作しながら歓喜の声を揚げていたため、不審に感じた局員が男性に事情聴取を行いました。その結果、男性が所持しているスマートフォンに、ピカチュウを含めた、この近辺で消失の報告があったポケモンの画像が表示されていた為、参考人として男性を最寄りの拠点へ連行しました。
以下は連行を行った局員(以下「局員A」と表記)が参考人(以下「参考人#147179-1」)に対して実施したヒアリングについて、局員の許可を得てテキストへ書き起こしたものです:
---------- 録音開始 ---------- 局員A: 始めてもよろしいですか。 参考人#147179-1 はあ、何で自分ここに連れてこられたんですか。 局員A: あなたはこの近辺で多発している携帯獣消失現象との関係が疑われています。 参考人#147179-1 携帯……。すみません、ちょっと意味が分からないんですけど。 局員A: まず、あなたがあの森で何をしていたのか教えて頂けますか。 参考人#147179-1 まあ、いいですけど……。といってもゲームしてただけですよ、ホントに。 局員A: わざわざ外に出て、森の中でですか。 参考人#147179-1 いやほら、知りませんか、「Pokemon GO」ってゲーム。外に出て実際にポケモンを捕まえられるゲームなんですけど、それでピカチュウを見つけて……ああ、ポケモンって分かりますか。 局員A: 携帯獣の事ですよね。「実際に捕まえる」というのがよく分らないのですが。……あなたがそのゲームをしていた時、近くに居たピカチュウが消失した件については何か心当たりがありますか。 参考人#147179-1 携帯獣……変な言い方しますね。あと、近くに居たピカチュウって何ですか。ゲームに出てたピカチュウを捕まえたから画面から消えたって事ですか。 局員A: いえ、あなたの近くで実在するピカチュウの消失現象が起こったんです。あなたはその件で重要参考人として連行されました。 参考人#147179-1 実在するピカチュウってなんですか。ゲームじゃないんだからポケモンが実在するわけないでしょう。 局員A: ……どういう事ですか。 参考人#147179-1 だから、どういう事も何もゲームのキャラが実際に消えたってのがよく分らないんですけど。 局員A: ……すみません。ちょっと失礼します。 (局員Aは近くにいた携帯獣の局員(エビワラー)を参考人#147179-1の前に立たせる) 今ここに立っているのが何か、答える事は出来ますか。 参考人#147179-1 何かって……あなた以外いないじゃなですか。さっきから一体何なんですか。 局員A: ……すみません、これでヒアリングは終了させていただきます。申し訳ありませんが少々お待ち下さい。 ---------- 録音終了 ----------
このヒアリングにより、局員はこの男性が認識災害、もしくはそれに類する症状に罹っていると判断し、カントー地方本部の認識災害担当チームに応援を要請しました。その後の検査の結果、男性が携帯獣を認識できず、実在しないと思い込む重篤な認識災害に罹っている事、その原因が男性のスマートフォンにインストールされた「Pokemon GO」というゲームアプリケーションであることを突き止めました。
その後、この情報を元に携帯獣の消失現象があった地域で調査を行った所、そのゲームをプレイしており、同等の認識災害に罹っていた被害者6名を捕捉しました。被害者はそれぞれ、アプリケーションに対して「いつの間にかスマートフォン内に入っていた」「プレイしてみると面白かったので続けていた」と証言しました。アプリケーションが出現する詳細な条件、共通点は分かっておりません。
このアプリケーション(以下「アプリケーション#147179」と表記)は、カントー地方全域に対応した詳細なマップデータとリンクして、プレイヤーが実際に歩き回ることで携帯獣を探し出しゲーム内アイテムを用いて捕獲し、収集や戦闘を行うという内容のゲームアプリです。
マップ画面及びAR画面には実在するポケモンの種類と位置が3Dデータで表示され、それに対してプレイヤーが捕獲を成功させると、実在する携帯獣は即座に消失します。アプリケーション#147179のデータを検査したところ、ゲーム内の携帯獣のデータが、データ化された携帯獣と完全に一致しており、捕獲により何らかの手段で媒体内に転移させられていると考えられます。本来スマートフォンなどの媒体に携帯獣のデータを格納することは容量の観点からいって不可能ですが、不明な手段により媒体内に問題無く格納されています。アプリケーション#147179内のデータの実体化及び他の媒体へのデータ移送の試みは、全て「データプロテクトが掛かっています」という表示による失敗で終わっています。
アプリケーション#147179は、起動したプレイヤーに対して「携帯獣はゲーム・アニメのキャラクターであり実在しないという認識」「携帯獣を実際に視認出来ない」といった認識災害を植え付けます。この認識災害は不可逆であり、記憶処理などによって取り除くことはできません。この認識災害により、手持ちに携帯獣を認識できなくなる、周囲とのコミュニケーションの齟齬、野生の携帯獣に気付かないまま攻撃を受けてしまうなど、日常生活に重大な影響を及ぼします。また、「アプリを不審に思って削除した」「起動したが、結局捕獲せずにアプリを落とした」といった証言者は認識災害に罹っていないため、「ゲーム内で携帯獣を捕獲する」という行為が認識災害のトリガーであると見られています。
アプリケーション#147179のゲーム性は本来高いものではありませんが、認識災害によりプレイヤーは「幼い頃ゲームやアニメで親しんだキャラクターが現実に存在しているよう感じられる」という認識のもとにプレイするため、携帯獣をテーマにしたゲームやアニメなどの作品に慣れ親しんだ者ほど熱心にプレイし、その結果周囲の携帯獣へ大きな被害を及ぼす傾向にあります。
本案件には、1件の付帯資料があります。適切なセキュリティクリアランスを持つ局員のみが、付帯資料を参照できます。