レーティング: 全年齢対象
今や国民の生活の一部となっている動画配信サイト、ニヤニヤ動画。そのサイトには生放送というコンテンツもあり、そこでは生放送主(通称「生主」)と、視聴者(通称「リスナー」)との間でリアルタイムでやり取りできるのだ。
俺もその生主で、名前はオレモモンというのだが、人気はあまり良くない。リスナーの奴らは、俺のすごさを全く分かっちゃいない。俺は勉強とか就職なんかよりも、人を楽しませることを優先しているっていうのに、奴らは何のありがたみも感じていないのだ。
毎日の面白トークに対しても、「つまらん」だとか、「で?」などと煽るばかりで称賛するコメントは皆無と言ってもいい。俺のトークに対して支援をしてくれる人もいない。芸能人みたいに皆を楽しませているんだから、支援なんてするのは当然だろうに? 恩知らずな奴らばかりだ。
「おい、おまえらさぁ。分かってるの? 俺のパソコンがもう劣化して使い物にならないわけ。だから、誰か新品のパソコンの支援とかさぁ、そういうお金持のリスナーはいないわけ?」
372コメ:新品のパソコン先週買ったよー。快適快適wwww
374コメ:新車一台買えるくらいの貯金あるけれど嫌
376コメ:いるわけないじゃん
385コメ:古事記ktkr
「うっせーな! 乞食じゃねーよ! 支援は正当な対価だろうが!? 誰が放送してやってると思ってるんだ!!」
楽しませてやってるというのに、支援をしてもらおうと思っても、リスナーの奴らは乞食だ乞食だと暴言を吐いてくる。
390コメ:誰も頼んでませんけれど?
394コメ:有料放送にすればいいんじゃない? 見ないけれど
395コメ:誰がコメントしてやってると思ってるんだw
397コメ:こら、大声出しちゃだめでしょ、ふみ君!
「うっせーな! 本名で呼ぶんじゃねーよ!! きちんとニックネームで呼べよ!」
それだけじゃない。奴らは俺が過去に放送した外配信や、つぶやきを投稿するミニブログサイト、通意他に書きこんだ内容から俺の家を特定し、本名や家族構成までばらしてネット上の掲示板に載せてしまっている。これのせいで俺の本名をネットで検索すれば、俺の生放送主の情報に飛ぶことが出来るようになり、妹や母親が文句を言ってきている。
そのせいで家では居心地が悪くなるし、ネット解約したいだとか言い出すし、もう最悪だ。なんでみんなのために放送している俺がこんな目にあわなきゃならないんだ!
411コメ:石*崎*文*也くん、大声出したら妹さんやお母さんに怒られるよ?
413コメ:クチバシティ ヤマネ区 オオノキ3-4-5
「だから住所書くんじゃねーよ! あぁ、もうお前NGだわ! コメント二度と書き込むんじゃねー! あぁ、むかつく。お前らのせいでストレスが溜まりっぱなしだ!」
418コメ:じゃあ放送止めればいいじゃん
419コメ:効いてるwww効いてるwww
425コメ:NGしても無駄でーす。いくつもアカウント持ってまーす☆
「あぁぁぁぁぁぁもううざってぇ! どいつもこいつもクズは俺の配信を見るんじゃねーよ!」
430コメ:と、ニートが申しております
432コメ:屑って無職のこと?
どれだけ俺が怒りをあらわにしても、奴らはずっとこんな調子だ。畜生、どうして俺は生放送で金を稼げるスターみたいになれないんだ? 生放送で年収1千万円を超えているあいつらとどう違うっていうんだよ、どうせ卑怯な手段でリスナー集めたんだろ。
「あーもう! 今日はもう配信やめる! ばいばい、皆さんお疲れ様でした!」
450コメ:逃げた逃げたw
452コメ:結局 君が 一番ダサくて弱いんだね
455コメ:もっと話そうよw アンチが話し相手になってあげるよ?
叩きつけるように俺は放送を止めて、大きくため息をつく。どうして誰も俺を助けてくれないし、俺の言うことを何一つ聞いてくれないんだ……はぁ、鬱になる、死にたい。
「あーもう。どうすればいいんだよ。支援ないと新しいパソコン買えないし、今だってただでさえカクカクで他の動画すら見るのも難しいのに……こんなんじゃ初見さんも呆れて帰っちゃうよ……」
頭を掻きむしり、歯を食いしばる。最近はこればっかりだ。母親は妹のためにネットを解約しないでいるが、妹がいなければ今すぐにでもネットを解約したいと言っている。実際、妹が寝てしまっても放送を続けているのであれば、あの糞ババアはブレーカーを落として放送を強制的に切りやがる。親なら子供のやることを応援することくらい当然だろうに、どうしてそれを理解してくれないんだ。
俺はいつか大手生主になって、支援者にお金をもらって贅沢に暮らすんだ。そのためには質のいい放送機材や配信環境が必要なのに(配信機材程度で面白くなる人は元から面白い)、そんなものいらないととか言いやがって。
「視聴者増やすにはどうすればいいのかなぁ……もうどうすればいいか分かんねえよ。働けとかうざったいリスナーしか来ないし荒らされるし、何だよ、俺なんにもしてねーのにどうしてこんな目にあわなきゃならないんだよ。くっそ、皆うざったい、死ねよ本当に……」
俺の邪魔する奴らは本当に死んでほしい。大して面白くもないくせに人気のある奴ら(それはこいつが他人が面白いと思うことを自分が楽しめていないだけである。そして自分の放送を客観的に見られていないだけ)も、どうせ裏で何かやってるんだろ。
「あー、どうすりゃいいんだよ。なんで誰も俺の良さ(視聴者はこいつがすぐに怒るのが面白い。つまり、怒らせるためには支援もせず、ひたすら馬鹿にするのが有効なため、支援をしたら逆につまらなくなる)を分かっていないんだ? なんかないかなぁ……」
人気生主はどうして人気があるのか、その秘密を探って俺も人気者にならなければ。そうじゃないと、いつまでたってもこの家から抜け出せない。
「あ、フォッカちゃん生放送やってる。見なきゃ」
フォッカちゃん。もちろんフォッコにちなんだ名前なのだが、名前の割に格好はテールナーに近く、赤い耳毛の出たヘアバンドや、木の枝の刺さった尻尾飾りなどが萌え萌えキュンな女の子。もちろん、俺も大ファンだ。
『えーとねー。今日の私は、重大発表があるんです』
いつもの挨拶を終えたフォッカちゃんが、今日は何事かをもったいぶりながらそう言って、もじもじとしながら机の下を漁る。何かと思ってずっと待っていると、彼女が取り出したのは紅白の球体、モンスターボールだ。まさかと思ったらそのまさかで、彼女は得意げにボールのスイッチを押すと、中からフォッコを繰り出すではないか。
「私、彼氏が出来ちゃいましたー」
元気にそう宣言すると、フォッコは尻尾を振りながらフォッカちゃんへと擦り寄り、体を撫でてもらう。あぁ、もうそこのフォッコ俺と代われよ。フォッコはすでにかなり懐いているのか、フォッカちゃんの傍を離れようとはしない。その光景を見て、『羨ましい』とか、『そこかわれ』というコメントの他に、『可愛い』『癒される』などのコメントも見られるではないか。
そうだ、これだ! 俺もポケモンを手に入れれば、人気生主になれるはずだ! そう、俺の配信にはかわいらしさが足りなかったのだ!
そうと決まれば、ポケモンを手に入れて人気を得ないと。そうだよ、可愛いポケモンさえいれば人気なんてのは簡単に集まるんだ。そのためには人気のあるポケモンがいい。かと言って、ピカチュウなんかだとあまりに他の配信者と被りすぎていて面白みがない。もっと、可愛げがありつつも、俺にふさわしいような格好良さもあるポケモンがいい。
可愛さと気品を備えたポケモン、と言えば何がいるだろう。トリミアンやキュウコンならばもってこいだ、グラエナもいい。アブソルなんかも悪くない。どれもこれもいいじゃないか。だけれど、ゲットはどうしよう。十年以上前の話ではあるが、俺も十歳になった時にポケモンを持って旅に出たことがあり、トレーナーズカードは身分証明書代わりに持っている。車の免許が難しすぎるから((もちろんこいつの頭が悪いだけである))、いまだにこれくらいしか身分証明書がないから、奇跡的に手元にあるのだ。
だけれど、一個目のバッジが取得できずに面倒くさくなった俺は、さっさとポケモンを親戚に返して家へと帰ってしまった。家族からは、こんなに早く帰ってくるなんて情けないと叱られたが、そんな事を言われたって、ポケモンが全然うまく動いてくれないし、懐いてもくれないのだから仕方ないじゃないか。そのくせ、妹や親戚にはすぐに懐くのだから気分が悪い。
でも、今の成長した(なお精神の成長は劣化してる)俺ならばきっとポケモンもなついてくれるはず。とりあえず、何はなくともモンスターボールなければ捕まえられないわけで、近所のスーパーまで足を運ばねばならない。全く、かれこれ一週間も外に出ていないから面倒で仕方がない。そんな時、目に入って来たのがポチエナの里親募集の張り紙である。
「そうだ、赤ん坊のころから育てれば捕まえる手間も省けるし、俺を慕ってくれるじゃん。楽勝だぜ」
トレーナーカードは持っているから、俺が引き取るといっても断られないはず。よし、早速連絡だ。俺は携帯電話を取り出しポスターに張り出された連絡用のSNSのアカウントにダイレクトメッセージを送る。そうして電話番号を教えてもらい、俺は電話をかける。
「はい、相田です」
電話の向こう側にいたのは、女性の声である。別になんてことのない声ではあるけれど、ただ話を聞き流すだけならともかく会話するとなると物凄い久しぶりで。
「あ、あの……その……電柱の広告見て……その、さっきダイレクトメールして……それで」
俺も上手く言葉が出なかった。
「はい、石崎さんですね?」
俺がたどたどしく説明しているうちに、じれったくなったのか相田が尋ねて来た。くっそ、お前結論を急ぎすぎなんだよ。
ポチエナを可愛がっていただけるのでしたら、ぜひお願いしたいのですが……ポケモンの飼育に関する知識とかはありますでしょうか?」
ち、そんなことどうでもいいからさっさと寄こせよ。里親が見つからなくって困ってるんじゃないのかよ。そう言ってやりたいところだが、これで気でも変えられたら困る。全く、心配性な奴ほどウザい奴はいない。
「え? あ、はい……その、私はポケモンを持っていないんですけれど、その……俺の妹がオオタチを持っていまして、俺にもよくなついてくれています(嘘である)。ポチエナ自体はまだ飼ったことはありませんが、資料を調べながらなんとかしていこうと思います」
「絶対ですよ? きちんと躾もして、可愛がってあげてくださいね?」
「分かってるよ、うるさいなぁ」
「うるさいって何ですか? あのですね、ポケモンを飼うってことは命を預かるってことですよ? ちゃんと幸せにしてあげられないようなら、私はそんな人にポケモンを譲りたくないのですが?」
「あ、いや……すみません」
全く、あまりにしつこいからつい本音が出てしまった。くっそ、ポチエナの幸せなんて人間様に比べればどうでもいいだろうに。いい子ぶってるんじゃねーよ全く。
「すみません、早くポケモンを欲しい気持ちでいっぱいで……」
「分かりました。それじゃあ、選んでいただきたいので、予定の確認をしたいのですが……」
「それなら、私は今は……仕事が暇なので、いつでも大丈夫ですよ」
「でしたら、明後日の昼頃。土曜日にうちへいらしてほしいのですが」
「分かりました、お願いします……」
ふぅ、なんとか連絡は取れたぞ。さぁ、土曜日が楽しみだ。
その日の夜、俺はリスナーの皆にニヤニヤ動画で生放送を行い、明後日に重大な出来事があることを告げる。
「皆さん、なんと……二日後の土曜日に重大発表がありまーす!」
13コメ:で?
16コメ:どうせ口だけ
重大発表って言ったのに、なんでこいつらの反応はこんなに薄いんだか。でも、俺がポケモンを連れてきたらあいつら絶対に驚くはず。見てろよ見てろよ!
そうして、二日経った。アンチの罵倒コメントにも負けずに、俺の放送を待ってくれるリスナーのために放送をしていたが、重大発表を期待してくれる人はあまり(『あまり』ではなく『まったく』)いない。だが、俺がポケモンを連れてきたら奴らは絶対驚くはずだ! 見てろよ!
「さぁ、皆さんこんにちは。リスナーの皆様にひと時の楽しい時間を届ける、オレモモンの面白大放送の時間でございます! さて、みんな! 見てくれる方は『乙』弾幕してください!」
乙、都はお疲れ様と言う意味で、こうして枠を取ってあげた俺をねぎらうためのコメントを、弾幕のように撃ってくれるのが理想なんだけれど。だが今は、アンチたちによる『死』や『呪』の弾幕ばっかりである(むしろそれしかない)。いつかビッグになるためには、こうしたアンチとの戦いも必要なことだろうと諦めるしかない。
「では皆さん。今日はお待ちかねの重大発表についてです! さぁ、皆さん『8』弾幕をお願いします!」
8弾幕とは『8888888888888888』のように連続して8を並べることで、拍手の擬音である『パチパチ』を意味する弾幕だ。
120コメ:4444444
145コメ:44444444444444444
「4弾幕やめろよ! 空気読め!(こいつを馬鹿にする空気なので、視聴者は空気を読んでいる。文也が読んでほしいのは空気ではなく自分の欲求。もちろん視聴者は察した上で欲求の真逆の行動をしている)」
アンチの『4』弾幕のせいで一般のリスナーが驚いてしまって『8』の文字なんてほとんど見かけられないが、それでも応援してくれる人がいる(律義に『8』を打ってくれる者もいるが、それはお世辞というよりは嘲笑である)のはありがたいことだ。
「じゃじゃーん! 取り出しましたるはこの紅白に分かれた球体! そう、モンスターボールです。さてさて。この中に入っているのは一体? ダダカダンダカダンダカダンダカ……ダーン! はい、可愛いポチエナでし……くっさ!」
ボールから出したポチエナはようやく2レベルになったところで散歩に連れて行ったり、離乳食を始める目安となるレベルである。当然、まだ躾など完了しておらず、そいつは糞まみれ小便塗れである。ボールの中には糞尿を処理できるスペースがあるのだが、そこで排泄しなければボールの中といえどこうなることは当たり前だ。
「なんだよこいつ、うんことションベン付いてやがる……くっさ! ふざけんなよ、なんで空気読まねえんだよこいつ!」
ポチエナは俺を見ると近寄ってこようとしたが、そんな状況で抱き着かれでもしたら匂いが移る。俺はすぐさまそいつをボールに入れて臭いものには蓋をした。
170コメ:うわ、こいつ最低
178コメ:子供が空気読めるわけねーだろ、頭湧いてるのかお前?
182コメ:トイレの躾も出来てないポケモンをボールに閉じ込めるとかお前、ポケモン飼う資格ねーな
「うるせーよ! トイレの躾なんてもんは産ませた奴が譲る前にうっておくべきだろうがよ!」
189コメ:貰い物のポケモンにこの態度とか
197コメ:躾が出来てないな……文也の
「うっせーな! とにかく、これからこいつは俺の配信に出るからな! 名前も募集するから考えとけよ!」
226コメ:こいつポケモンの事を配信の道具としか思ってねーな
229コメ:ニートのくせにポケモン飼ってるんじゃねーよカス
「俺はニートじゃなくって配信で食って行くんだ(今の状況じゃ食べられません)って言ってるだろうがよ! お前らこそニートだろうが(何の根拠もない煽りであるため効果は薄い)糞が!」
242コメ:配信業wwww 年収一万以下のくせにwww
250コメ:じゃあお家を出でママのご飯を食べないでも生きて行けるようになったら言ってくだちゃいねー、ボク?
「年収一万じゃねーよ! ちゃんとバイトして(配信では稼げていない)二十万稼いだっつーの! 見てろよお前ら! 俺は一年以内に(と、去年も言っていた)有料配信(配信サイトに認められれば、有料にて生放送を配信することが可能になる。が、こんな有様では……)始めて、お前らみたいな貧乏人は見れない放送でリスナー楽しませてやるからな! ニートアンチどもは有料放送の料金も払えずに指咥えて見てろよ!」
273コメ:うん、そうする。有料配信できたらね!(出来るとは言ってない)
284コメ:去年も同じこと言っていたじゃん。お前が言う『一年以内』ってどういう意味なの?
あー畜生! ポチエナのせいで今日も荒れ出してきた。最悪だもう……くっそ、とにかく体洗って部屋も掃除しなきゃ……
「あ、お前抱き枕に噛みつくな! 振り回すな!」
いつの間にかポチエナは勝手にボールの外に出て、床に置いてあったアニメキャラの抱き枕に噛みつき振り乱す。ポチエナを蹴り飛ばしてやると、こいつはキャインと悲鳴を上げる。ざまあみやがれ、俺の大切なものを傷つけようとするからだ。
304コメ:うわ、最低。ポチエナなんてなんにでも噛みつくのが仕事みたいなもんだろ
「黙れよアンチども! ポケモンが悪いことをしたら叱るのは当たり前だろーが!」
313コメ:その叱り方が間違ってるんだよks
「じゃあどうやって悪い事をしたってポチエナに理解させるんですかー? 暴力以外にないでしょ? はい、論破!」
320コメ:論破ってよくいう奴ほど頭が悪い法則
333コメ:論破って言葉は言ったもの勝ちの魔法の言葉じゃないよ?
「じゃあどうすりゃいいか言ってみろよ! どうせ言えねーんだろ?」
あーもう、イライラする。こんな論破しても(出来てない)しつこく言ってくるような奴は無視していいよな。
349コメ:どうすればいいかって……叱る時の言葉を統一して『ダメ』とか『やめなさい』みたいに決まった言葉で叱るのと、叩く場合は……
「はい、長すぎ。短く纏めることもできないくせに偉そうな事を言うんじゃねーよ」
あーもう、ウザったい。俺のやり方で間違ってねーんだよ! 俺がアンチの話をぶった切ると、コメントには『最低』だとか『死ね』だとか、悪口がたくさん集まっている。知るか、アンチどもが勝手にわめいているだけだ。
「ちょっと五月蠅いんだけれど。黙っててくれない?」
390:あ、妹来た!
397:妹さん、文也君がポチエナをいじめていますよ
「さっきから騒がしいと思ったら何この匂い?」
なんでこんなタイミングに来るんだよ、この糞野郎! こいつが来るとアンチの奴らが『妹の声を聞きたいから黙れ』とか言いやがるんだよ……妹のせいでどれだけ放送が荒れたことか。
「今配信中なんだよ、邪魔すんな!」
「は? 知らねーよ。配信中だろうと何だろうと静かにしろよ。ってか、何か変な匂いと思ったらなんでポチエナがいるのよ? ちょっと、怯えてるじゃない……どうせ、あんたの八つ当たりで傷つけたんでしょ」
「ポチエナに傷なんてついてねーだろ? 血も出てねーんだ」
なのにピーピー喚きやがって。ポケモンなんて体が丈夫なんだから適当に扱っといてもんだいねーんだよ。
「じゃあ、私があんたを蹴り飛ばしても血が出てなければセーフね? 蹴るよ」
「そ、そうは言ってないだろ?」
いつもこうだ。俺は配信に忙しくて(せいぜい一日2~3時間程度である。他は別の生放送を見ていたりアニメを見ていたりAVを鑑賞している)体を鍛える時間もないのに、こいつはバレー部で体を鍛えているのをいい事に暴力を振るいやがる。
俺は説教(という名の八つ当たり)で妹を殴ったことはあっても、こいつみたいに理不尽な(真っ当な)暴力を振るったことなんてないのに。
「喧嘩でも私に勝てない引きこもりニートが偉そうにしてるんじゃねーよ……君、大丈夫? おいで」
妹はそう言って身を屈めると、ポチエナは妹に喜んで掛け寄って行った。
「あーあ、君はボールの中でうんちしちゃったんだね……おいで、体洗ってあげるから」
妹は俺を見て大きなため息をつく。糞野郎、俺より頭がいいからって偉そうにしやがって。
「ってか、おいクズ。お前ペット用のトイレシートはないのか?」
「そんなもんねーよ! オオタチだって使ってないだろ!?」
あんなもんを使うのは金の無駄。ボールに入れておけば済む問題だろうが。
「マフマフはボールの中でトイレが完璧に出来るからね。それが出来るようになるまではボールの外でちゃんと躾してたんだよ! なんも知らないんだなお前は、目の前の箱は何のためにあるんだよ、お前がオナニーするためだけか?」
「女のくせにそんな下品なこと言ってんじゃねーよ!」
「論点すり替えんな! 今度は殴るぞ? いいから答えろよ、ポチエナを飼うために必要な情報を、本でも何でもいいから調べたか?」
「……何にも調べてねーよ! そんな事しなくたってポケモンなんか育つんだよ!」
俺が言うと、妹は俺に近づいてきて拳を振り上げる。俺がとっさに顔を庇うと、妹はわき腹に拳を叩きこんできた。俺は思わず悶絶する。
「何も調べないお前にポケモンを持つ資格はないから」
そうして妹は立ち去って行く……くそやろう、いつか殺してやる。死ねよ本当。
画面には『ざまぁぁぁぁぁぁwwww』だとか、『自業自得乙』だとか、『妹GJ』だとか、そんなコメントばっかりで俺の事を心配する声はほとんどない(全くない)。糞野郎め、妹さえいなければ俺はもっとアンチが少ない放送が出来るのに……。
「もういい、ポチエナがいなくなったから今日はもう放送止める!」
544コメ:どうぞ
548コメ:で?
「どうぞじゃねーよ! 乙でも何でもいいから労いの言葉くらいかけられねーのかよお前らはよー!!!?」
556コメ:無理
559コメ:土下座して頼めば考えてやるよ(労うとは言ってない)
「うるせぇ、もうやめるアンチは消えろ!!」
くそったれ。俺の人生何もかも誰かに邪魔されてばっかりじゃないか。何で俺がこんな目に合わなきゃならないんだよぉ……俺は何もしてねー(仕事もしていない。ついでに配信して家族に迷惑をかけている)のに。
あれから一ヶ月。ポチエナはリスナーの皆からミラという名前を貰って、名前もついた。驚いたのは、こいつが男ではなく女だったという事だ。ポチエナとその進化形のグラエナは生殖器を一目見ただけでは男女の違いを見分けるのが難しいらしく、リスナーの奴らは『ポチエナで童貞卒業?』だとか、『雌ポチエナにセクハラとか、ついに雌なら人間じゃなくても良くなったか……』などと、いらつくような発言が飛び交っていた。
こいつはオスだと俺が主張したら、性別すらわからないのかと嘲笑の嵐。あいつら人を馬鹿にする時だけは生き生きしていて、人間としておかしい。股間にチンコがぶら下がっていて(ポチエナのクリトリスはペニスよりも大きい)男だと思わないわけがないじゃないか(ポチエナについて調べればすぐにわかること)。
そうして笑われて、うぜーんだよと叱り飛ばす(ただ怒鳴っているだけ)と、ポチエナは怯えてきゅんきゅんと鳴き声を上げて、うるさいと文句を言っても一向に泣き止まないし、リスナーが俺の事を罵ってくる。挙句の果てに、妹がマフマフを連れて部屋に突撃してきて。俺を殴った挙句にミラを奪って行って、結局配信らしい配信なんて出来やしない。
季節が夏休みに突入したせいで妹はいつも家にいて、それだけでもイライラするというのに、ミラもずっと妹と遊びたがって、すっかり懐いてやがる。なんでミラは俺の言う事を聞かずに妹の言う事を聞くんだ!? 俺が飼い主なのに……あぁもう、イライラする。
「それではみなさんおはようございます。今日は、昨日の予告通り、ミラちゃんと一緒に外配信でーす」
ともかく、ミラには俺が主人であるということを早急に理解させなければならない。そのためには、やっぱりポケモンバトルだろう。ポケモンバトルで見事勝利すればミラだって俺の事を主人と認めてくれるはずだ。とりあえず、マフマフとじゃれ合っているうちに噛みついたり引っ掻いたりということは出来るようになっていたから、それでバトルは出来るはず。
21コメ:お前いくら特定されているからって玄関出るところから配信するなよ……
26コメ:臭いから外に出ないで
「はいはい、ポケモン持ってない奴らの嫉妬乙。ポケモンと遊ぶことも出来ない寂しい奴らは家で寝てオナってろよ」
鬱陶しいコメントなんて無視だ無視。さぁ、ポチエナと一緒に外に出よう……
「おい、逃げるな! 俺と一緒に散歩するぞ!」
しかし、ポチエナは俺とは決して一緒になろうとせずに逃げてばかり。
「おら、動くな!」
だけれど、こんな狭い室内でなら逃げ回る場所なんて少ない。ミラは頭が悪いので台所の袋小路に逃げてしまっており、ここまで壁際に追い詰めてしまえばあとはどうにでも……
「いってぇ!!!」
と、油断していた俺が馬鹿だった。ポチエナは生意気にも俺に噛みついてきた。しかもそのまま首を振って俺の手を噛みちぎろうとしてくる。殴ってもやめろと命令しても、ポチエナは離してくれず、抵抗していると階段を勢いよく降りる音ともに後ろから声が。
「またミラをいじめてる……」
妹の声だ。姿は見えないが、どうやら後ろにいるらしい
「おい、彩音! 早く助けろ! 見てわからないのかよ!」
「ん? じゃれ合ってるだけでしょ? ミラってばお兄ちゃんと遊んであげて偉いでちゅねー」
「ふざけんな! 噛みつかれてるの見てわからないのかよ!?」
「だーかーらー。じゃれついているだけでしょ? 何か問題でもあるの?」
「いいからオオタチを出せぇぇ! 俺が死んだらどうする!?」
「私あんたが死んでも何も困らないし、あんたのポケモンがあんたを殺しても、法的には事故扱いだからね。ウンコ製造機を廃棄出来るいい機会逃すわけないじゃん。ってか、ミラちゃんまだ7レベルだよ? それに勝てないってやばくない?」
「うるせー助けろ!」
「助けてくださいでしょ? 人に頼むときはどうすればいいかって、同じお母さんに育てられたのにどうしてわからないの?」
「知らねーよ! いいから助けろって言ってるだろうがぁぁぁ!」
「あ、いっぱいコメント来てるよー。みんな、ミラに応援のメッセージ送ってあげてねー。このクズの指を噛みちぎってもらえますようにってさ」
妹は俺に対して全く関心を示さず、それどころか配信中のスマートフォンのカメラで俺を撮影しつつ、コメントを見て笑っている。ミラは俺が腕を持ちあげて、宙ぶらりんになっても俺の手から離れてくれず、唸り声を上げながら首を振っている。気が遠くなるくらいの痛みのせいでまともに歩くことも出来なかったが、台所の水道から冷水を浴びせてやると、ミラは驚いて手から離れて、水しぶきを立てながら妹の方へと逃げていった。
「おーおー。かわいそうに。ミラはまたいじめられたの?」
「いじめられたのは俺の方だろうがよ! 何で俺が噛みつかれなきゃならないんだよ!?」
俺は痛みに耐えながら、台所の水道で傷口を洗い流す。糞ったれ、どうして俺がこんな目に合わなきゃならないんだ。こんなはずじゃなかったのに。
「躾とか言ってグーパンで子供を殴ってる奴がよく言うよ。結局、お手もお座りも私が覚えさせたくせに、芸を覚えたとかって生放送していたりもしたよねー? まぁ、あんたの言う事なんてまるで聞く気がなかったみたいだけれど」
「お前がそうさせたんだろうがぁ!」
「は? 私、『兄の命令を聞くな』、なんてミラに命令してないんですけれど。ミラは私がそんなことを言わなくっても、あんたが従う価値のない人間だってことを理解しているってことなんだけど?」
「くぅぅぅぅ……あーもー! 黙れ黙れ黙れ! お前に俺を批判する権利なんてねーんだよ! 俺は兄だってのになんで尊敬しないんだよ!?」
「あんた父さんも母さんもを尊敬していないじゃん?」
「それは関係ねーだろ!? あんな『働け』としか言わない親をどうやって尊敬しろって言うんだよ」
「じゃあ、あんたのどこを尊敬すればいいの? 年上だろうと尊敬できる要素ないよ? あんたのせいでウチは砂や砂利を着払いで送られたり公衆電話から深夜に電話があったり、警察を呼ばれたりとんでもない目にあってるんだよ? そんな奴をどうして尊敬しなきゃいけないの?」
「夢を追いかけてるだろうがよ! 配信で食っていけるようになりたいっていう壮大な夢を!」
「じゃ、その夢を追った結果、得られたお金はいくら? せめてリスナーから着払いで届けられた砂利ぐらい買えるよね?」
「土下座したらリスナーがくれた……2000円だよ」
「それじゃ千倍にしてもやっと一年生活できる程度だね。千回土下座したら?」
妹はミラを抱き上げながら俺を見下ろしている。
「こっちは血がだらだら流れてものすごく痛いのに、こいつばっかり楽をしているくせに、ポチエナは妹ばっかり懐きやがって不公平すぎるだろうがよ! どうして主人でも何でもないお前が好かれてぇ! 主人の俺がないがしろにされるんだ!? 理解できない、ポケモンは意味が分からねーよ!!」
「『オオタチの散歩に行っているんだからポチエナの散歩も任せた』とか言ってたの、どこのどいつだったっけ」
「散歩程度なんだって言うんだよ!? 理解できねーよ! 俺の方が年上だぞ、偉いんだぞ!?」
「ポケモンにとって年上かどうかなんて意味ないし。強いか弱いかなら私の方が強いでしょー? それに、あんたベッドにおしっこしたとか言って叩いてたじゃん」
「当り前だろうが人間の物を汚すんじゃねーよ!」
「汚したその時に叱るならともかく、何時間も前の粗相を怒ったところで子供は理解できないよー。ポチエナにとってあんたは理不尽に暴力を振るうだけの存在なの。分かったらさっさと部屋に引きこもってな」
「外配信するってリスナーと約束したんだよ、ミラを寄こせよ!」
「は? いいよ、あんたのポケモンだし、好きにすれば? また噛まれても知らないよ」
妹はミラを床に置くが、ミラは妹に甘えて、足に縋りついてじゃれついている。一歩近づけば気配でこちらに気付いて威嚇をしてくる。牙をむいて唸り声を上げて、もはや完全に敵視をされている状態だ。
「俺が拾ってやった恩を忘れやがって……」
「はぁ? あんた、里親募集から引き取ったって言ってたじゃん? 何で拾った事になってるの? 頭おかしいんじゃない?」
「うるせーよ! 口答えするな! 言い訳すんな! 同じようなもんじゃねーかよ! 俺のおかげで、飯食えてるってわからないのかよ!?」
「他の飼い主に引き取られても飯は食えたでしょうね。はーあ。予防接種代もノミ避けシャンプー代も払えないくせに、無計画にポケモンを飼い始めるとか本当に頭悪い。ほら、ミラもあんなのは放っておいていきましょう」
そう言って、妹はミラを引き連れて部屋へと戻って行った。
412コメ:お、ようやく画面見やがったか
415コメ:妹テラ正論
420コメ:ミラちゃんがお腹壊さなければいいけれど……心配だなぁ
コメントを見ると、ファンは言葉も出ない(ファンなんて元々いない)ようで、アンチばっかり発言が目立つ。
「あのさー……ちょっとみんな聞いてよ。妹がさ、もうトイレの躾を完ぺきにしたと言っててさ。ミラを部屋に入れても大丈夫だとか言ってるんだよね。俺の部屋じゃペットシーツひいてても全然従ってくれないのに。それに、俺の部屋じゃ何もかも噛みつくから全然遊ばせられないのに、あいつは噛みつかれそうなものは非難させたから大丈夫とか言っているんだよ。なんだよそれ? なんなんだよそれは? 部屋にものが少ない妹にしか出来ないことで偉そうに言いやがって。そんな事を言って優越感に浸る妹は本当に性根が腐ってやがる! 死ね! 死ね! あー畜生」
444コメ:妹正論じゃん
445コメ:じゃあ物を捨てれば?
448コメ:整理整頓してるんだね、偉い妹さんだ
「うるせぇぇぇぇぇぇ! どうして妹が正論なんだよ!? 俺が出来ないことで自慢しやがって! 車いすの人間に『俺って走れるんだぜ』って自慢するくらいありえねーよ!」
456コメ:そっか、文也君頭に障害があるから、確かに自慢しちゃかわいそうだね……
460コメ:ひらめいた、ホームレスになれば部屋という概念がなくなるからいくらでも遊ばせられるじゃん!
465コメ:ホームレスなら死んだ時に骨まで食べてもらえるし、一石二鳥だな
「あぁぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉ! あーもー、スマホ叩き割りたい。アンチ殺してやりたい! もう死ね! 喋るな! 自殺しろ! 消えろ!」
スマホを叩き割りたい衝動を堪えて俺は放送を終了する。
「なんで誰も俺に優しくしてくれねーんだよ……俺は何も悪い事してない。俺は悪くないのに……あぁぁぁぁぁ!」
テーブルの上に置いてある花瓶を床に叩きつけて、俺は逃げるように自分の部屋へと入り込んだ。畜生、何で上手くいかないんだ……
あの日の夜、俺の手はブクブクに腫れあがり、高熱に苦しんだ。病院に行きたかったが、親は『お金ならあげないよ?』と冷たい態度をとってくる。子供が怪我をしたら金喰らいだすのが親の義務じゃないのかと説教したら、親は『働くのが成人の義務じゃないのか?』とこちらを冷たく睨んだ。親の義務も果たしていないくせに俺ばっかりに義務を負わせようとしやがって、何様のつもりなんだ!? 本当に俺の親はクズだ、早く死んでしまえばいいのに。
今度こそだ。今度こそ外配信に行く。ポチエナに俺を主人と認めさせるにはこれしかない。
今日は平日……なのだが、夏休みだから妹は昼でも家にいて、現在は朝の部活を終えてシャワーを浴びている。今はミラに何をするか分からないからと、あの野郎は常にミラが入ったボールを持ち歩いているため手出しが出来なかったけれど……シャワーを浴びている今なら大丈夫なはず。妹は脱衣所にボールを二つ置きっぱなしにしており、そのうちの一つを取って俺はスマホを片手に外へと飛び出した。
逃げるようにしてたどり着いた家の近くにある公園は、周囲を林に囲まれ雑草も短く刈り揃えられた景観のいい公園で、面積も広いためポケモンバトルの野試合が盛んに行われている。レベルが高いポケモン同士の本格的な試合から、幼いポケモン達のじゃれ合いまでレベルも様々で、ここでならミラも十分に遊べるはずだ。
「はいみなさん、こんにちは。オレモモンでございます! 今日は、今度こそ外配信でミラと俺によるポケモンバトルを見せたいと思います。見てください、この公園。綺麗でのどかでいいところでしょう? 俺の家の近所にある公園でしてね、いいところなんですよ」
14コメ:クチバ市楓ヶ丘公園ですね分かります
「居場所特定してんじゃねーよ! お前らのせいで家族に迷惑かかっているってのわかってんのか!?」
20コメ:こいつまだ生きてたの?
26コメ:文也君おこなの?
「本名呼ぶんじゃねーよ! お前ら何回言ったらわかるんだよ!」
32コメ:永遠にわかりませーんwwww
35コメ:そんなに叫ぶと不審者扱いされちゃうよ、文也君
「不審者扱いされるのはお前らが叫ばせるからだろうがよ! お前ら自覚ないのかよ?」
42コメ:べつに俺ら叫べとか命令してないし
44コメ:叫ばなければいいじゃん
「お前らそうやって屁理屈ばっかりだな? お前らが叫ばせるから俺が叫んでるってわからないわけ? 意味わかんねーこと言ってるんじゃねーよ! 謝れ!」
57コメ:あーごめんごめん
59コメ:断る
61コメ:すみませーん。僕が悪かったでーす、ゆるしてー
「お前ら謝る気全然ないだろ! 出て行け糞が!」
しょっぱなからイライラさせる奴らだ。本題に入る前にこんなにおちょくりやがって、アンチはファン(重ねて言うようだがファンはいない)に失礼だと思わないのか?
「とりあえず、ポケモンを連れて歩けばポケモンバトルを仕掛けてくる人もいるでしょうからね! それでは、ぶらぶら歩きながら対戦相手を探しましょう! さぁ、出てこいミラ!」
さぁ、ミラをボールから出してやる。赤い光を伴って現れたミラは、俺の方を一瞥すると――
「あ、コラ待て!」
そのまま一目散に走って逃げてしまった。
「おい逃げるな! 何で逃げるんだよ、おい!」
80コメ:逃げることも予測出来ないとか想像力が足りないよ
86コメ:あーあ、まだ子供なんだからリードもつけずに制するのは難しいってわかってるだろうに。馬鹿だね
88コメ:はい、雑魚乙
「うるせーよ、今はお前らに構っている余裕はねーんだよ!」
94コメ:じゃあ構わなければいいのに
「あーもー!」
アンチの奴らがウザすぎる! こんな時まで俺を馬鹿にするとか死ね! 本当に死ね! 俺は必死に走ってポチエナを追うが、ポチエナはものすごい速さで走って捕まる様子はまるでない。俺はすぐに疲れて息切れを起こし、ふらふらとベンチに座らざるを得なかった。
「はぁ……何であいつ逃げやがるんだ! 何で俺の言う事を聞かないんだ……本当にどうしようもないポケモンだな、頭おかしいんじゃねーのか? オオタチだって俺の事は嫌がってもあそこまで聞き分け悪くねーよ! あーちくしょー……どーしよう。俺どうすればいいんだよ……絶対に妹怒るだろうな……ミラが悪いのに俺のせいにされるんだろうな……はぁ」
もう、探しに行く気力もない。どうせミラは俺に発見されても絶対に捕まえられてはくれないだろうし。もうさがしても無駄だよな……。
「なーリスナーの皆さん。ポチエナが脱走したから見つけたら捕まえて欲しいってSNSに拡散してくれないか? 俺じゃ多分捕まえられないからさー。あーあ……どうしよ。このまま配信続ける? 探して見つけたところで絶対に捕まらないし、無駄だよね? 配信やめる?」
148コメ:自分で考えろよ
152コメ:今警察がそっちに向かってるよ
「はいはい、警察警察。頼りになりまちゅねー。お前ら警察なんかに通報してる暇があったら働けよニートども。で、どうするの? 放送続けたほうがいいの?」
160コメ:底辺って何でこう優柔不断なんだろう
171コメ:そりゃあんた、優柔不断だからこそ今まで何もやってこれなかったんだろ
173コメ:本人は俺達に選ばせてやってるっていうつもりなんだ。察してやれよかわいそうだろ?
「あーもう……それじゃお前らのために(省略されたコメントを含めて誰も続けろとは言っていない)配信続けてやりますよ。それじゃ、この公園をぶらぶら歩きまーす」
185コメ:人映してんじゃねーよカス
187コメ:盗撮すんな
「公共の公園を映して何が盗撮だよ、うざったいな。別に裸で歩いているわけでもあるまいし、お前ら神経質すぎなんだよ」
神経質なアンチどもの言葉を鼻で笑ってやると、後ろから突如衝撃が走り、俺は前方へふっ飛ばされた。突然の痛みに目を白黒させていると、立っていたのは息を切らせてこちらを睨んでる妹とオオタチであった。
「おい、お前勝手に何やってるんだ?」
まだ髪の毛は乾きかけなところを見ると、シャワー上がりにミラがいないことを気付いたのだろう。片手にスマートフォンが握られているところを見ると、生放送で居場所を探り当てたらしい。
「なんだよお前いきなり蹴るんじゃねーよ!?通り魔かよ」
「黙れ!」
背中の痛みで立ち上がることも出来ない間に、顔を蹴り飛ばされる。耐えがたい激痛で思わず顔を抑えていると、横に回り込んだ妹からわき腹を蹴られた。
「お前は時にをしたのか分かってるのか!? このままミラが戻ってこなかったらどうするつもりだよ? それなのに探すのを一分もせずに諦めようとしやがって……お前に命を預かる資格なんてねーんだよ! ポチエナを探し終えるまで戻ってくるな! さっさと行け!」
「ちょっと待って、まだ痛い……」
「また蹴られたいの?」
「く……くっそ野郎! お前いつか捻り潰してやるからな! 無職なんだから俺には失うものなんてないんだからな!」
「は? あんた配信業やってるんじゃないの? というか、お父さんとお母さんの援助なしであんた生きていけるの?」
「うるせぇ! うるせぇ! 高校にまじめに行ってるくらいで偉ぶってるんじゃねーよ!」
「バイトもまじめに行っているよ? 二ヶ月で怒られるのがいやだって逃げ出したあんたと違ってね」
「……探せばいいんだろ!」
こいつは俺が絶対に反論できないことばっかり口に出して俺を責める。意地が悪くって、容赦がなくって、本当に優しさのかけらもない。
ミラが脱走した(もちろん文也のミスである)あの日、妹はすぐにミラを見つけていて、ボールにミラを入れてすぐに帰っていったらしい。しかし、何の連絡も受けなかった、というよりは放送用のスマートフォンを没収されていた俺は暗くなってもずっと探し続けていて(ほとんど座って休んでいた)、どうしようもなく家に戻ると、もうミラが戻っている事実を聞かされた。
先ほど蹴られた背中やわき腹などは痣になっていて、俺は体を動かすのが辛く、帰ったら風呂にも入らずベッドにごろりと横になる。妹の事がむかつくが、妹が暴力的すぎて面と向かって対抗するのも危険なので、俺はため息しか出なかった。
そうして、夏休みも終了間際。結局、妹はあれから家でミラをボールに入れている時はボールから片時も離れず、風呂もトイレも寝る時でさえも持って行った。そのため、外配信も二度と出来なかった。学校が始まっても、非常時を除いて室内でポケモンを出したり授業中にポケモンを出すなどして授業を妨害しなければポケモンの持ちこみは許可されているため、そうなると絶対に奪うことも出来ず、俺は焦りでイライラしていた。
妹はミラ学校の同級生のポケモンやマフマフと軽くバトルをさせることを夏休み中繰り返していたおかげで、まだ生後三ヶ月くらいだというのにグラエナに進化してしまった。俺がその様子を配信出来たならどれだけ盛り上がったことだろうか? そんなことも考えずにミラと楽しそうにしている妹も、妹と仲良くしているミラも、全部が気に入らない。
「それですねー。今期の戦隊もの、化石戦隊フォシレンジャーってあるじゃないですか? おれはね、えーっとフォッシルユレイドルの女の子が大好きでですね」
256コメ:ポチエナはどうしたの?
262コメ:お前まだ生きてたの?
「うるせえよ、とっくに進化したって言ってるだろうが! 情弱かよおめーはよ!」
最近はどんな話をしていても、こうしてミラの事を聞いてくる奴がいる。
「ミラも妹も俺の事なんていなかったように言ってやがって! ほんと死ねよ! 全員死ねよ!」
271コメ:お前が死ね
277コメ:だってお前は家族にとってはいないほうがいいし……不要だしなぁ
「あーもー! お前らうるせーんだよ!? お前らが俺の何を知っているんだよ! 畜生!」
あまりに苛立った俺は壁を蹴り飛ばす。壁に穴が開いたが、構わず殴り続けた。そうすると、突如俺の部屋のドアが開く。
「うるさいんだけれど」
ドアを開けたのは妹。マフマフとミラも足元にいる。
「配信中に来るんじゃねーって言ってるだろ!? 何万回言えばわかるんだよ死ね!」
「騒ぐんじゃないって何万回言えばわかるの? 殴るよ?」
「やってみろや! 俺もただじゃやられねーぞ!? こっちはリスナーは味方してくれるんだ!(しません。たとえしてくれるとしても画面越しではなにも出来ません)」
「はぁ? あんた頭おかしいんじゃない? リスナーがどうやってこの状況で手助けしてくれるの? 警察でも呼んでくれるっていうの? 頭の病院の救急車でも呼んだほうがいい? とにかく、テレビの音が聞こえないから静かにしてよね。ドラマいいところだったのに、あんたのせいで台無しだよ。もうCM終わっちゃうから行くね」
「俺の心がボロボロなのにお前は家族なんかよりもドラマの方が大事なのか? お前、俺が配信で成功しないのもストレスで暴れるのもお前がストレスを与えるせいなんだぞ? 俺が成功しないのはお前らのせいなんだぞ? わかってるのか彩音!?」
「私の名前出さないでよ。っていうか、あんたの大声と無職で働かないこと、家の住所がばれていることで私もストレスたまってるんだけれど? その事一度でも謝った?」
「配信業の有名税だよ! 俺はそうやって人気生主になるんだ!」
「寝ごとは寝て言えよ。もう付き合ってらんない」
大きくため息をついて妹は部屋を出ようとする。
「ふざけんな謝れ! 俺に謝れ! ミラを奪ってごめんなさいって謝れ! 配信の邪魔してごめんなさいって謝れ! 俺をむかつかせてごめんなさいって謝れ!」
「キモい」
妹は俺を一瞥して、立ち去って行こうとする。
「ふっざけんじゃねぇぇぇぇ!」
もう我慢の限界だ。殺してやる。俺は床に落ちていたカッターナイフを手に妹に襲い掛かる。足音に気付いて妹は振り返り、とっさに腕をかざした。夏だから半袖で、手首のあたりがざっくり裂けて血が噴き出る。妹はたまらず尻もちをついた、いい気味だ。
その時、ダッと駆け出したミラが俺を押し倒し、首元に――
「痛い……ちょっと、お父さん、お母さん? 文也に切られた! 手首切られた! 病院……多分動脈は切れてないけれど、病院……ミラ?」
「どうした!? 大丈夫か? ……おい、文也? ミラ……やめなさい! ミラ! うわっ……」
350コメ:あ、父さんの声かな?
「ミラ、文也を殺しちゃダ……いや、やっぱいいや」
「ちょっと、彩音何言ってるの? このままじゃ文也が死んじゃうでしょ?」
371コメ:おいおい、文也君妹に見捨てられてるしwwwww ってか、殺されてるの?
「だって、私にこんな怪我を負わせて、その他にも色々やられて、しかもニートでしょ? 万が一にでも助かって欲しくないよ!」
386コメ:妹ひっでーww まぁ、文也君に一ミリたりとも同情できないけれど
「とにかく病院連れてってよ! 早く私の止血しないと! 緊急外来の病院あるでしょ?」
「分かった……あぁ、コラ! ふみちゃんを食うな! 首を振るな! あぁ、もう……ダメだ、今は興奮してて聞こえてない」
400コメ:あ、母親の声かなこれ?
404コメ:見てるかどうかわからないけれど、まずは手首を縛って心臓よりも上の位置に腕を持ちあげよう。動脈が切れていないなら慌てなくって大丈夫。直接ハンカチを傷口に当てればおk
412コメ:神☆回☆確☆定!
429コメ:仏回じゃね? >>412
440コメ:ってか、静かになったけれどマジで放置? 警察呼ばないで大丈夫なん?
456コメ:子の場合ミラの所有者の文也君が自分の持ち物で怪我をしたのと法的には同じ。自分が買ったチェーンソーで首を切ったようなものだから妹さんには罪ないよ
470コメ:456コメセンクス
「ミラ、お父さんと病院に行ってくるから、留守番しててね?」
「ガウッ」
541コメ:やっぱこれ警察呼んだほうが良くね?
お知らせ:放送タグに『死んでみた』が追加されました
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1213コメ:今来たけれどどういう状況?
1215コメ:文也君が家族と喧嘩→妹がカッターか何かで切られた→グラエナがブチ切れて襲う→妹は家族と病院に→文也君脂肪
『24歳無職の男性
自身の所有するグラエナに噛みつかれて死亡』
朝のニュースに、彼の名前が出る。
『被害者は、ニヤニヤ動画という動画配信サイトのまま放送中に家族と喧嘩となり、
カッターナイフで妹を切りつけた際に、妹に懐いていたグラエナに襲われたとのことで、
その一部始終は運営の判断で削除されましたが、ニヤニヤ動画でも拡散が続き、
Pikatubeやその他の外国の動画サイトに投稿され、削除もままならない状況となっている』
ポケモンの専門家に話を伺うと……
「グラエナってのは、実際危険なポケモンなんですよね。餌を与えてくれるから人間に従ってくれていますけれど、本来は自分よりも弱い人間にしたがってくれるような都合のいいポケモンじゃないんですよ。なんでも、この生主っていうのは、聞くところによるとこの被害者はあまり外に出たがらず面倒くさがりで、散歩も餌やりも躾もロクにせずに妹や家族に任せていたって話だそうですね。
グラエナは優れたトレーナーには服従するけれど、いわゆるダメ人間には絶対に従いません。グラエナが主人と認めてしまった妹を攻撃すれば、当然のようにトレーナーを守るために攻撃しますよ。流石に殺すまでやるというのは聞いたことがありませんが、毎日配信で騒いだりして、家族も深夜に起こされることが少なくなかったそうです。そういうこともあって家族からもグラエナからも相当嫌われていたのでしょう。
ポケモンを所有している人達は、自分のポケモンが最悪こういう事件を起こすのだって事をきちんと理解したうえで、きちんと責任を持って管理していただきたいですね」
『今回の件で、すぐに適切な治療を行わなかったことや、被害者を殺すようにグラエナをけしかけたのではないかと、家族は警察に事情聴取を受けています。ネット上では「グラエナは悪くない。処分はしないで」や「妹は無罪」というような意見が見られ、グラエナの所有権が被害者である長男にあったことや、被害者が先に妹を攻撃したことなどが今後の裁判の争点になると思われる』