常夏の冬の嵐(現代編)

著者:月夜の団子は兎の物

1.忍び寄る影


「艦長!! 獲物です!!」

 先任からの呼び出しに起こされた私は艦長帽をかぶると発令所に急ぐ。

 狩りの始まりだ!!


「艦長。ピースケが船団を発見。方位045。距離約10km。推定速度8ノット。西へ向かっています」

 私は時計を見る。もうすぐ日没だ。

「日の入りと共に浮上、先回りして待ち伏せるぞ。総員戦闘配置」

「戦闘配置。艦内静粛に」

 伝言ゲームで発令所から艦首へ、艦尾へ配置命令が伝えられる。休んでいた乗組員たちは音もなく飛び起きると配置まで走っていく。

「1〜4番発射管通常弾頭魚雷装填。5番6番、時限榴弾弾頭魚雷装填。7番8番通常弾頭魚雷装填」

 伝声管で艦首、艦尾の魚雷発射管室に弾種を伝える。


 数分後、魚雷発射管制盤に各発射管が装填済みを示すランプが点灯した。

「発射準備完了」

「戦闘配置完了。ハッチ閉鎖。日没まで1時間」

 先任からの報告に頷く。あとは日の入りまでしばし待つ。ただ、今日は満月なのが玉に瑕だ。月光に航跡が照らされると厄介この上ない。

「聴音より艦長へ。船団進路変わらず。ただ、之の字航行を始めたみたいです」

「気付かれましたけね?」

 心配性の通信長が不安げに訪ねてくる。

「さて? 月夜だから警戒しているだけだと思うが……。しばらく様子見だな。10kmあれば不測の事態は起こらないだろう」


 一時間後、潜水艦伊号6潜は紫色に染まった西の空へ艦首を向けて浮上した。

 東の空には星々が瞬いているが、月明かりで見える星座は少ない。ここは南国アローラ近海。私達の故郷とは星の位置が違う。そして何より、常夏のこの暑さは身にこたえる。特に北国出身の機関長は「冷房が出力不足です!!」と言って、最近勝手に改造をしている……。

「天測完了。予想通りの位置です」

 六分儀を操作する航海長が手にする海図に位置を記入する。船団は相変わらず右斜め前方をジグザク航行している。ただ、浮上してしまうと、自艦エンジン音でソナーは使いものにならない。時々潜って、音を拾って進路を修正して、浮上して追跡して潜ってを繰り返して目標の船団に徐々に近づく。

「最後の聴音だと、少し距離を離されていたからな……。ギャロップで行くぞ。機関長?」

 伝声管で機関室を呼び出す。

「はい、艦長」

「ご機嫌なナンバーを聞かせてくれ」

「了解です」

 テレグラフが全速に切り替わる。そして、単調だったディーゼルエンジンが唸り声をあげて存在感を示す。

「いい響きだ」

「襲歩ですね」

「ブルーホエルオーが襲歩か!! いいな!!」

 航海長とくだらない冗談を言い合う。

「さて、真面目な話。月を背負って走りたくないからな。適宜進路変更は任せる」

「了解」

 夜間襲撃は、月を背にすると自分だけ目立ってしまうので、月と自艦の間に目標を挟み込むように艦を持って行かないといけない。




 3時間ほどの追跡行で船団を視界に捉えた。

「護衛はいるか?」

「ピースケの話だと2隻。ただ、見える範囲にいないですね」

 見張りの一人が呟く。

「水上襲撃といくか……」

 伝声管の前に立つと発令所に声をかける。

「先任は上へ」

「了解」

 船団は統率のとれた動きで右へ左へジグザグと乃の字航行を続けている。

 先任が測距儀を抱えて艦橋に上がってきた。

「照準開始します。目標は?」

「戦闘の小型船に1番管、船団中央部の大型船に2〜4番管を扇状に。中央部の大型船のすぐ後ろの、マストが多い中型船に7番管。8番管は待機」

「了解……」

 先任はそれぞれの船までの距離、船の速度と進路を計測して発令所に伝える。発令所からは1隻づつ「標準よし。捕捉」の返事が返ってくる。


「艦長。準備完了」

「よし!! 各発射管。外扉開け。魚雷発射のタイミングは任せる」

「了解。……。各発射管斉射!! 各魚雷命中まで3分」

 先任が測距儀を片付け始める。長居は無用だ。私はストップウォッチを懐にしまう。

「潜行!! 潜望鏡深度!!」

 ハッチに顔を突っ込んで叫ぶ。艦内ではベルが鳴り、手空きの乗組員とポケモンが艦首に走っていく。艦橋では、測距儀を抱えたまま先任がハッチに飛び込み、続いて見張りが飛び込む。私は、誰も残っていないことを確認してハッチに飛び込もうとした時。

「雪? いや? 霰?」

 急激に気温が下がり、海上に霧がかかり霰が降ってきた。ここは、アローラだぞ?

 だが、疑問は後だ。ハッチに飛び込んでハッチを閉める。

「ハッチよし!!」

 と叫んで、発令所まで梯子を滑り降りる。

 艦体は前かがみになって水中に没する。私は発令所に飛び降りると潜望鏡に飛びつく。モーター音がして潜望鏡が海面に上がる。私の錯覚ではなく、海面は霧が漂い、霰が降っていた。そして波が出てきて一荒れ来そうな天候でした。

「先任。霰が降っているよな?」

 私は目をこすりながら先任に潜望鏡を譲る。先任は目をぱちくりして、潜望鏡を覗き込んでから先任も目をこする。そして、航海長も潜望鏡を除いてレンズを拭き始める。

「艦長?」

「霰だよな? 霧も出てる」

「聴音? 何か変化は?」

 ヘッドフォンを被る聴音員とピースケは、艦の全周の音を探る。

「波が出てきてます。後は、何かポケモンが泳いでいると思う音が」

「天候が荒れてきた? しかも急に?」

 この暖かいアローラ近海ではたとえ寒気が侵入してきても、兆候はかなり前から察知できるし。付近を哨戒中の僚艦からの天候報告が何かしらの天候変化を教えてくれる。しかし、今日の天候報告はどこも概ね晴れだし。司令部からの今後3日の天気予報も晴れだ。

「よくわからないが、ひとまず命中まで後1分……」

「嫌な予感がしますね」

 通信長が心配そうにウロウロしている。

「先任。各発射管再装填急がせろ」

「了解」

 私は聴音員の側に行くと、予備のヘッドフォンを耳に当てる。


 魚雷が馳走中のモーター音が微かにしている。その先には船団が立てるスクリュー音が聞こえる。他に、ごく近くをホエルオーの群れが泳いでいるのか、エコロケーション。鳴き声での会話が聞こえる。

 のどかなホエルオーの声が聞こえる中、殺戮を始めると言う気分に罪悪感を覚える。だが任務とあらば仕方ない。


「艦長。敵船団大転進!! 魚雷が気づかれたようです」

「バカな……。この濃い霧の中で気がつくなんて……」

 動揺が走る。

 どうする。

「聴音? 回避運動、なんだな?」

「艦長も聞いてのとおり、機関最大の全速回避です」

 発令所の視線が私に集まる。襲撃に際してミスはなかった。気がつかれていたのなら、事前に妨害行為があるはずだ。


「ん? 鮫? いやサメハダー?」

 突然聴音員が呟く。私の耳にもヘッドフォンを通してサメハダーの鳴き声が聞こえた。ピースケが私の袖を引っ張る。

『違う!! 魚雷!!』

 ピースケがジェスチャーで知らせてくる。耳をすませると、サメハダーの鳴き声がした方角からモーター音が近づいてくる。

「先任。時限榴弾弾頭魚雷発射!! 発射10秒後に爆破だ!!」

「りょ、了解」

 シュッと言う音がして魚雷が飛び出す。

「各魚雷室。装填弾種変更。全弾時限榴弾弾頭!!」

 各伝声管に叫ぶ。

「航海長。深深度潜行。艦内静粛に」


 しばらく経つと、爆発音と衝撃波が伝わってきた。

 艦は前屈みになって深海を目指す。

「仕切り直しだ」



2.月下の敵


 艦は機関を停止して深度200メートルで静止している。

 船団はなぜか逃げ去ることはせず、頭上で旋回しながら我々が動き出すのを待っている。

 そして、その周りにはおこぼれを頂戴しようというのかサメハダーが待ち構えていた。


「10時間経ちました。そろそろ日の出です」

 先任が時計を確認して報告してくる。発令所の海図台の前に機関長以外の士官が集まっている。

「二酸化炭素濃度は?」

「上昇中。あと20〜30時間で我々は意識を失います。冷房も止めたので、室温35度、湿度80%です」

 航海長が報告をしてくれる。

「機関長、バッテリー残量は?」

「……。90%です」

 伝声管越しに返事が返ってくる。


「さて、ピースケの報告だと、我々が微速で移動しても、海流に乗って移動しても。音を聞きつけてか敵船団は頭上から離れない。しかし、攻撃も今のところない」

「大船団で移動しておきながら、我々が立てる音を聞きつけるのは不可能では?」

「相手にピクシーの聴音員がいるとか?」

「としても、騒ぎ続けるバクオングの群れの中で落とした小銭の音に気がつくような状況だ」

 振り返ると、ピースケと聴音員も同意するように頷く。

 私は額の汗を拭くが、すぐに汗が垂れてくる。艦内にいるみんな同じようなものだ。あとは湿度が高いせいで、ありとあらゆるものが濡れている。


「ひとまず、酸素節約に努めよう。手空きの者は眠るように。軍医長。眠れないとほざく奴がいたら睡眠薬を突っ込んでくれ」

「了解」

「と、眠る前に全乗組員にサイダーの配給をしておいてくれ。温いかもしれないが……。戦闘配置解除」

 艦内で静かに人々が移動する。主計科の軍曹がサイダーの瓶を配って歩いていた。


「さて、今後どうするかだ……」

 士官はひとまず会議の続きだ。

「まず、対潜水艦用魚雷という物がこの世に存在するかだ」

 通常、水中に身をひそめる潜水艦に魚雷を当てるのは不可能に近い。潜水艦が水上艦を発見する前に水上艦が潜水艦を発見する確率はほぼ0な上に、三次元行動できる潜水艦は魚雷を潜ってかわす事ができる。

「我が軍では技研が研究中と聞きますが、深度変更を制御する方法が難しいようですね。あとは、魚雷が潜水艦を捕捉し続けないと、潜ってしまったら終わりという根本的問題がありますが」

 科学技術に詳しい通信長が答える。

「敵が開発済みであれば、我が軍の潜水艦部隊の損害は跳ね上がっているでしょう」

「実戦初投入かもしれない」

 先任と航海長の発言を聞きながら、私は温いサイダーを開けると一気に飲み干す。実戦初投入。とすれば、第一被害者か……。

「とりあえず、敵が諦めてくれるのを待つしかないか? しばらく無音を貫けば、我々が立ち去っと思っていなくなるかもしれない」

 あとは、下手に動くと透明度の高いこの海域では全長100メートルを超える本艦の影が水上からも観測されてしまう。じっとしているに限る。

「先任。とりあえず、日の入りまで様子を見よう」

「了解しました」

 当直の士官以外は解散した。私は艦長席に座ると足を組んで眠りにつく。




「……長。艦長」

 呼ばれた気がして、顔を上げる。あまりの暑さに眠れた気がしないが、うとうとしていたようだ。聴音員が呼んでいるようだ。

「船団に動きが」

「具体的に」

 私は立ち上がって聴音員の所に向かう。

「何かを投下している船がいます。その船の周りには、サメハダーとホエルオーが集まってきています」

 餌付けでもしているのか? そんな訳はないだろう。とすると何だ?

「念のため聞くが、爆雷ではないな?」

「はい。……ただ、重量物ではあるようで、水面を叩きつけるような音がしています」

 何を落としているのだろう。浮上できれば潜望鏡で確認できるのだが……。

「ところで、海上の嵐はどうなっている?」

「波風は変わらずです。ただ、霧が出てるかまでは」

「そこまでは期待してないよ」

 そう言って、笑いながら聴音員の肩を叩く。


 何をしているのだろうか? 日没まであと6時間。

 それにしても、なぜ本艦から船団は逃げないのだろうか? ただの輸送船団ではないのか?






 日没だ。と言っても、時計上の事でしかない。

 私は艦長席から立つと海図台の前に立つ。

 海図台の前には士官達が集まっていた。

「艦長。相変わらずの状況ですね」

 海図台には頭上の船団のが何回もこの周りを回っているという事を示すように、何周も何周も円が書かれていた。

「今晩中に決着をつけないとこっちの体力が持たない」

「艦内は気温と湿度、二酸化炭素濃度以外は正常です」

「ヴァルター機関で逃げるというのは?」

 今回は機関長もここにきている。

 ヴァルター機関はカロスの東方の国が開発した、過酸化水素水から発生した酸素で燃料を燃やす非大気依存機関で、大出力で水中速力26ノットと引き換えに航続距離が短い。本艦はその試作品を搭載している。もちろん、電池でモーターを動かす推進方法もあるが、こちらは8ノット出ればいい方だ。

「だが、航続距離目一杯の50海里の距離では駆逐艦の足なら、居場所がばれてしまったらすぐに追いつかれるぞ?」

「それに、このまま潜行している訳にはいかない。どこかで浮上しないといけない。浮上速度ではなおの事、駆逐艦に追いつかれる」

 先任と私は、使用に少し懐疑的だ。試作品という事もあって、信頼性という事もある。事故でも起きたら困る。しかし、機関長はこの新しいおもちゃを使いこなしてみたいらしい。

「とりあえずは、改めて状況を確認しよう」

「はい」

 先任が日没までに確認された情報を報告してくれる。


 波が高い。ただし霧と霰は不明。

 船団の駆逐艦は船団の外側を、本艦を中心に周回している。そして、時々見当違いな方向に探針音を発している。

 船団の中の小型船は時々停船して、重量物を投下している。その時にその周りにはホエルオーとサメハダーが集まってくる。

 船団の中心部を占める比較的機関音の大きい2隻は、他の船の動きを気にせずに本艦との距離を一定に保って周回している。


「船団の重要な船は多分、最初に狙った大物2隻だろう。で、小物達が何をしているのかよくわからないな……。あと、駆逐艦が意味不明だ。本艦の位置はわかっているからこそ船団がこう動いているのに、意味不明な方向へ探針音を発している」

「探針音の発した先には、ホエルオーかサメハダーの群れが泳いでいるようですね」

 先任はメモを読み上げる。

「ふん? さて、諸君。忌憚のない意見を聞きたいんだが。良いかな?」

 私はこの数時間考えていた事に対する意見を部下達に聞こうと思った。


「まず、サメハダーとホエルオーなんだが、水族館で芸をしているのを見た事はないか? あれと同じ要領で、群れを統率できるトレーナーがいるとしたら? で、さらにだ。じめんタイプのポケモンに爆弾を持たせて敵陣の地下にに突っ込むという戦法が、中世の攻城戦で頻繁に行われたという。ならば、ポケモンに魚雷を抱えさせて、目標に向かって発射させるか体当たりさせると言う戦法を思いつく奴がいてもおかしくないだろうか? 後はだ、ホエルオーもそうだがクジラ類のエコロケーションの会話は何百キロも遠くに届く。そんな彼らに索敵を担当させたら? 彼らの声は長波だから機関音にそれほど邪魔されない」

「確かに、理にはかなっています。ただ、だとしても効率が悪いです。駆逐艦に索敵と攻撃をさせた方がはるかに効率的です」

 通信長は疑問を呈してきた。

「確かにそうですが、これが試験的実践投入ならばどうだろ?」

 軍医長が口を挟んできた。

「集団統率という課題を今はトレーナーの力量に頼っていますが、エスパータイプのスリーパーなどに催眠術などで大規模に統制を取らせる事ができれば、船団で追いかけ回す必要は無くなります。最悪、小型の哨戒艇にトレーナー1人とスリーパー数匹載せれば、何百のポケモンを統率できます。艦長じゃないですが、中世のある街の攻城戦ではスリーパーを率いた軍勢が、伝説級のポケモンを操って力攻めをした記録があります」

 私は頷く。

「とすると、近代戦争では行われてないだけで、前例はあるというわけですか?」

 先任が聞いてきた。

「人道的じゃないとか、近代兵器の方が火力があるとか。伝説のポケモンなんてそうそういないとかで、近年は使われてない戦法だな。だが、どういう理由かは知らんが、過去に想いを馳せた奴がいたんじゃないかと持ってな」

 士官一同腕を組んで考えを巡らす。

「ひとまず、可能性の高いのは事実です。それに対処しないとここから脱出はかなわないですね」

 航海長がまず口を開く。

「ただ、霧の原因はなんでしょう? 最悪ピースケの耳に頼って魚雷の照準を付ける手もありますが、これに関しても敵の何かの策でしょう?」

「霧……。と言うか、霰で隠さないといけないもの……?」

「そうです。艦長。ここに何か、私は引っかかるものがあります」


「霧や霰で船団を視覚的に隠すのは、魚雷標準を基本的に視覚に頼る潜水艦に対しての防護方として有効ですが。煙幕でも用をなします」

 航海長は続ける。

「何かあると思うのですが? ……、その何かまでは……」

 天候を変えるポケモンは何種類か確認されている。霰を降らすことのできるポケモンはいるし、特性として生来霰を降らせるポケモンもいる。しかし、霰を降らせたところで、鋼鉄でできた軍艦には何のダメージもない。もちろん、ポケモンが甲板上にいればそれなりにダメージを受けるが。

「まて、そう言えば。軍医長? 中世のその街の攻城戦で、スリーパーが幻覚を守備側に広く蔓延させてって行がなかったか?」

「ああ、ありましたね。確か? 勇敢な騎士と彼のポケモンが幻覚に悩まされつつも、敵陣に単騎突撃してスリーパー達を蹴散らして幻覚を鎮めたはずです」

「それだ!! つまりだな。船団を隠す目的もあるが、我々は既に幻覚に悩まされているんだ。で、ポケモンに対して一番有効なのはポケモンだ。となると?」

「ポケモン勝負という事態になった時に、アドバンテージを確保するという目的も果たせる天候変化は、霰と砂嵐。でも、海上で砂はない!!」

 方針は決まった。船団の各船の航路を洗い直す。そうすると、小型船は2隻が頻繁にサメハダーとホエルオーを集めている。それに対して他の小型船は、ただランダムに周回しているだけ。そして、大型船2隻の先頭を行く船団で市場の大きな船。これが航路がおかしかった。

 通常先頭を行く船が進路を変えてから後続する船が進路を変えるか、タイミングを合わせて同時に進路を変える。なのにこの2隻は、後続する船が進路を変えてから先頭の船が時間差を置いて進路を変えている。少し怪しい。大型船の幻覚を見せて、船団旗艦と思わせて攻撃を誘っているのだろう。後は、いるのに全く何もしてこない駆逐艦。これもひょっとすると幻覚かもしれない。


「目標は決まった。船団旗艦を沈めて、幻覚を解こう。あとの小型船はただの鴨だ」

 士官一同、頷くと配置に戻る。




「さて、派手に行こう。教本にない戦術ってのを見せてやろう」

 こちらが予想外の行動に出れば、相手は混乱するだろう。

「聴音。相手が混乱すると、船団の陣形が乱れるはずだ。ひょっとすると、幻覚が一瞬解けるかもしれない。機関音消失等に気をつけろ」

「了解!!」

 聴音員とピースケが指を立てる。

「総員戦闘配置!! 機関長? ご機嫌なナンバーを頼むぞ!!」

「了解!!」

 伝声管越しに機関長の返事が返ってくる。

「ヴァルター機関全速前進!!」



3.Moonlight Requiem


「騒音ついでだ!! 通信長、艦内放送でレコードを思いっきりかけろ!! 大音量だ!!」

「了解!!」

 通信長が通信室に走っていく。直後に艦内に大音響で陽気なジャズが鳴り響く。『IN THE MOOD』。

「どんなムードなんだか……」

 先任が苦笑と共に呟く。

「敵船団散開? いや、マークした2隻以外が変な方向にスライドしました。幻覚艦と思われます!! あっ、サメハダーの群れが来ます!!」

 伊号6潜は急角度で浮上していく。敵もこちらの急激な動きに慌てたようだ。

「先任。1〜6番、時限榴弾弾頭魚雷斉射!!」

「了解!!」

 艦の速度に負けない勢いで魚雷が飛び出していく。

「続いて、1〜6番発射管に通常弾頭魚雷装填」

「サメハダーから魚雷推進音!! 本艦の魚雷と交差します」

 爆発音と共に衝撃波が艦を襲う。しかしそれを無視して、急角度で艦は浮上を続ける。

「現在。爆発の騒音で聴音は不可です!!」

 聴音員が報告してくる。

 直後物凄い衝撃が、艦体に伝わる。

「報告!!」

「機関室左舷より漏水!!」

「後部発射管室、同じく左舷より漏水!!」

「ピースケがホエルオーのギガインパクトだと言ってます。左舷からホエルオーの声が微かにしたとのこと」

「了解。各所漏水防げ!! 先任、ピースケを信じてホエルオーを一掃する。後部7番8番発射管、左舷に指向して時限榴弾弾頭魚雷発射。爆破は2秒後!!」

「2秒!?」

「いいから撃て!!」

 先任は魚雷管制板を操作すると、発射スイッチを押す。


 魚雷が飛び出した直後に爆発音がし、本艦は爆圧で浸水があちこちから始まった。

「聴音?」

「聞こえたのは、断末魔のホエルオーの叫び声だけです!! あとは、爆音の渦です」

「海の上に飛び出すしかないな……」

 深度計を見ると、50メートルを切っている。

「このまま浮上する!! 砲員はハッチ下で待機!!」




 ブルーホエルオーはドルフィンジャンプをして海面に飛び出す。

 見張り達が急いで艦橋に立つ。私も続く。

 海上は霰が吹き、波も立っていた。しかし、船団旗艦と思われる船は予想通りに本艦の目の前にいた。

「大きい方には目もくれるな!! 目の前の比較的小さい方に魚雷を撃ち込め!!」

 測距儀で照準を付ける先任に指示を出す

「了解。1番2番発射管、目標補足!! 発射!!」

「艦長、小型船が突っ込んできます!!」

 魚雷が飛び出したかという瞬間に、見張りが霧の中から飛び出してきた2隻の小型船を見つける。体当たりを目論んでいるようだ。

「取り舵一杯!! 砲手撃ちまくれ!! 機銃もとりあえず撃ちまくれ!!」

 前甲板の豆鉄砲のような大砲と、艦橋後部の機銃がけたたましい音で射撃を始める。艦も急角度で左に曲がっていく。ギリギリのところで、こちらの船腹を破られずに済んだ。ただ、本艦の左舷と小型船の右舷が金属音の悲鳴をあげて擦れていく。

 豆鉄砲とはいえ、一隻は無装甲の小型商船だ本艦の塗装をはぎとりながらも、砲弾を数発くらっただけで早くも沈み始めた。もう一隻は、先を行く小型船が急に停止した所に後ろから突っ込んで、行き脚が止まったところに本艦の砲弾が集中して沈んでいった。


「艦長!!」

 今度は目標のマストがやたら多かった、2番目に大きな船から火球が上がり火災が始まった。

「砲手!! 手を休めるな!! 燃えてる船にも叩き込め!!」




 火災にのまれながらも、しぶとく浮いていた敵船団の旗艦は1時間ほどした頃、船尾から静かに沈んでいった。沈む直前、敵船から銃声が何発か響いて、霰と迷走していた幻覚船が消えた。

「生存者を確認しつつ敵船の資料を集める」

 派手に燃えていたから、何か証拠になるようなものはないだろうが、艦を寄せて重油が燃える海面を慎重に進む。生存者達はいなかった、海面は真っ赤に染まって、多数の肉片が浮かんでいた。

 本艦の魚雷が殺したサメハダーとホエルオーに、統制を失って野生を取り戻した生き残りのサメハダーが生存者を食らっていったからだ。

「うっ!!」

 見張りの一人が口を押さえて屈み込む。

 普段こんな風景は見ることはないだけに、耐性のない奴もいる。仕方がない。

「生存者はいなそうですね……」

「ああ……」

 信号灯で海面を照らしながら生存者を探すが生きている者はいなかった。艦橋の後ろの方で「葬送行進曲」が流れ出した。生存者救助のために待機していた軍医長が笛で吹いていた。


「帰ろう……。二度とこんな目に遭いたくはない」

「ええ、戦争とはいえ、後味が悪いです……」

 先任とお互いに呟くように言う。私は懐からタバコとマッチを取り出すと、咥えて火をつけるが湿気てしまったタバコに火はつかなかった。タバコを咥えたままため息を漏らした時、ふと視界に青色のキュウコンが海面に浮かんでいるのが見えた。


「月が綺麗だな」

「ええ……。私たちは何をしているのでしょうか?」