月は出ているか?

著者:サテライトキャノン

 目の前には人類が作り出した至高のポケモンがいる。

 そのさらに先には、万物。いや、神が作り出した、人間の知覚する限り最強のポケモンがいる。ポケモンと言うのもおこがましいかもしれない。目の前のポケモンこそが神であるとも言える。


 私は……。私と私のポケモンは己の力を過信していたのかもしれない。至高のポケモン。神に迫る力を持つポケモンである。目の前のポケモンに挑み、勝ち、越える。それは当然の事だ。そう思っていた。

 実力伯仲。

 しかし、私と私のポケモンには科学という力がある。私は勝つ。それだけしか考えていなかった。


 だがしかし、等き力の勝負というものは私達の奢りであった。私と私のポケモンは神にとって一時の余興。暇を潰す戯れでしかなった。神は飽きた。それだけで、私と私のポケモンの矜持は砕かれた。

 膝をつく。

「ああ、人間の奢りだったのか……」

 悔しくは無く、恐怖心も無く、虚無。

 見上げる空には星々が瞬く。神も同じく空を見る。神の興味はもう私達ではない。満天の空を横切る天の川。そして、空の上。かつて、空の上には神々の座があった所を行き交う宇宙船の光。そして、それでいながら、未だ天空のその上において女神であり続けるルナ。

 人が宇宙を駆け、神々の座を無遠慮に踏み荒らそうとも、神は気にする素振りを見せず泰然自若と我々の営みに無関心だ。


 しかし、人は神を越え、踏み倒しさらなる飛躍を遂げる。

 私と、私を信じて付き添ってくれたこのポケモン。否、このポケモンには神を越えねばいけない。それしか己の存在価値を万物の創造主に示せない。

「まだ、終われないよな?」

 問う。

 私のポケモンは立ち上がる。死しても勝たねば私達は生きている価値はない。

「至高のポケモンと、そのトレーナーとしてみっともないが。泥の中を這いずり回り、灼熱の炎に焦がれ、止まる事を知らぬ激流に阻まれようとも。勝たねばならない。もう一戦、息果てるまでやれるか?」

 ポケモンは無言で頷く。

 月が出ている。

 星が瞬いている。

 宇宙船が太陽光を反射して行き交う。

 遠くの空は不夜城の街がある事を主張している。

 文明が自然を越える日は近い。ならば私は……。

 目の前の自然神に人工神を持って、勝ち、越え、歴史に名を刻む!!

「行くぞ!!」

 ポケモンが最後の力を振り絞り、神に挑みかかる。

 私は無神論者だ。神という抽象概念を理解できない。しかしその時は、過去から未来へ徐々にこの惑星から遠のきつつある月の女神に祈っていた。人の進歩を見届けよ!! そして、人が神を離れて生きる事に安寧の心を抱き、神の庇護から離れた人間の偉大さに感じ入りながらこの惑星を離れるが良い!!

 2匹の荒ぶる神が、互いの存在意義を賭けぶつかりあう。




「はかいこうせん!!」

 私は最後の命令を出した。

 それは最後になると分かっていた。

 なぜなら、私達は神の圧倒的な力量に屈していた。それは死神の鎌が首に添えられ、掻き切られるのは神の気分次第。だが、愚か者と後世誹られようとも己の矜持を高く持ちそして死が来ることを選んだ。

 神は、同じ技で返してきた。

 激しくぶつかり、万物を吹き飛ばしていく2条の光線。




 私達は負けた。

 それは死んだからではない。

 生かされたからだ。

 手を抜かれた。

 私達は、大地に倒れこみ指一つ動かせない。

「暗いな……。星が見えない……」

 私は2条の光の苛烈さに目を灼かれていた。もう物を見る事は叶わない。

「月は出ているか?」

 力なくポケモンは同意の声を上げる。月はこの私を照らしているらしい。

 女神には笑われてしまったのだろう。自然神が勝ち、人工神は負けた。「人の営みはまだ神を越えるには早い」月の女神はそう言って、大地に身を預ける私達を照らしている。