そのコラッタは、普通とは違った。
コラッタとは、丸い耳と尖った前歯、くるりと先端が渦巻いたしっぽが特徴のねずみポケモンだ。アローラ地方、特にメレメレ島では多く見られ、通常黒い色をしている。ところがハジメが見かけたそのコラッタは、黒と表現するには繊細すぎる青色というか藤色というか、例えるならば太陽の沈んだ空のような、深くつややかな紫紺の毛皮をまとっていた。
ハジメがそのコラッタに出会ったのは、島巡りを始める一か月ほど前だった。
島巡りはアローラに古くから伝わる風習だ。子供たちはアローラの四つの島をポケモンと共に巡り歩き、各島の首長――島キングまたは島クイーンが与える大試練を全て乗り越えて一人前になる。
ハジメが生まれ育ったリリィタウンは古い習慣が色濃く残る地で、メレメレ島の島キングの居住地でもあったから、周りの子の多くが島巡りに意欲的だった。もちろんハジメもだ。
「ハジメくんは島キングにどのポケモンをもらうの?」
「まだ決めてないんだ。なかなか選べなくて」
「僕はもう決めたよ! モクローにするんだ」
同年代の子とのそんな会話が本格的に熱を帯びてきた時期だった。
その日の夜、ハジメは自室で窓を開け、ぼんやりと外を眺めていた。旅立ちの相棒にどのポケモンを選択すべきか、もう何度目か分からない思考のループに入っていたが、やはり答えは見つからない。
昼間の暑さがけだるい湿気に変わった空気の中で、草木が風に揺れる音や野生ポケモンの寝言みたいな鳴き声が、ゆっくりと夜を紡いでいた。そこにがさりと数匹のコラッタが乱入する。村はずれの草むらにはコラッタのねぐらがあり、夕刻から夜にかけて狩りに出かけるコラッタの群れが時々見られた。夜闇の中、黒い獣が転がるように現れては消え、消えては現れるいつもの景色をハジメはぼーっと見ていたが、その時ちらっと、視界に青い光が走った。
(なんだ、今の?)
不思議に思ったハジメは外に出て群れを追いかけた。すると夜に吸い込まれていく黒い毛玉たちの最後に、そのコラッタがいた。黒の中で青い光と間違うほどの、見たこともない色をしたコラッタ。そいつは一瞬振り返ってハジメを見ると、すぐに群れの仲間に続いて去っていった。
ハジメはしばらく呆然と立ちすくんでいた。心臓がどくんどくんと大きく脈打ち、上ってきた血で耳たぶがかあっと熱くなるのを感じていた。
なんだ、あのコラッタは。あんなの、初めて見た。
また会いたい。あの青いコラッタをもう一度見たいと、強く願ったハジメの思いはあっけなく成就した。次の日の夕方、同じようにリリィタウンを進んで行くコラッタの群れの中に、そいつはいた。慌ててハジメが群れに駆け寄るとコラッタたちはとても驚いて、イトマルの子を散らすように四方の草むらに飛びこんでしまった。その時もまたあのコラッタが最後まで残って、ハジメのほうをちょっと振り向いてから消えていった。
青じゃないな、とハジメは思った。昨日は月明かりの下だったけれど、今日はほとんど沈んでいるとはいえ太陽光の中だったから分かる。そのコラッタの毛色は、青みを帯びた紫だった。体つきも普通のに比べてややほっそりしていて、鋭い目つきでハジメをにらみつけていた。
「なあ、紫色のコラッタって見たことある?」
それのことは、本当は自分の胸の内だけに隠しておこうと思っていた。あのコラッタからは何か特別な気配を感じたからだ。しかし続く数日、ハジメはコラッタの群れに会うことすら出来なかった。もう一目見たいという憧れ、あれは一体何なんだろうという疑念、二度と会えないのではという不安がもやもやと腹の中に積もり、あまりに苦しかったので、ハジメは一度だけ同い年の幼なじみにそう問いかけた。
「なんだそれ。聞いたことないぜ」
返ってきた答えに、ハジメはやっぱり、と確信する。紫色のコラッタは、誰も見たことがない特別なポケモンだ。
次にハジメが紫色のコラッタに会ったのは、二度目の遭遇から一週間ほど過ぎた頃だった。
コラッタたちはいくつかの餌場とそれに対応する往復ルートを持っているらしく、毎日リリィタウンを横切るわけではない。それでも辛抱強く毎晩窓の外を眺めて待っていると、ある日の夕暮れ時、先端のくるりと丸まった黒いしっぽがひょこひょこ連なって進むのがハジメの部屋の窓から見えた。
ハジメは急いで外に出て、今度はコラッタたちを驚かさないよう静かに後を追った。紫色のコラッタはすぐに見つかった。夜へと移り行くあの空のわずかに太陽が残る部分から織り出したようなその毛皮は、闇をまとった他のコラッタたちの中で淡く光を放っているようにすら見えた。今日もそいつは群れの一番後ろを歩いていて、時折ちらちらとリリィタウンの村人の様子を伺っていた。
しんがりだな、とハジメは思った。皆の中でひときわ優れた力を持つ者は、あのようにあえて群れから一歩離れた所を歩き、後方から襲ってくる敵を撃退する役割を担うのだ。群れを守る強い眼差しがあちらを確認し、こちらを見渡し、はたとハジメの上で止まる。
しまった。気付かれた。
ハジメは紫色のコラッタと目を合わせたまま、ごくりと唾を飲み込んだ。コラッタの赤い目が真っ直ぐにハジメを射抜いていた。違うんだ、僕は敵じゃないんだ。
「ア、アローラ」
この地方ならどこでだって通じる挨拶の言葉をとっさに口にしたのは、我ながらまぬけだったとハジメは後になって思い返す。コラッタは眼前の人間が不意に発した言葉に驚いたのか怒ったのか、一拍置いてチュウと鳴き声を上げると、そのまま背を向けて去ってしまった。その尖った音色はどうひいき目に見ても、アローラとは響いていなかった。
島巡りの準備は着々と進んでいた。今回リリィタウンから出発するのは、ハジメを含む四人の子供だ。島巡りの挑戦者を送り出す頃、村は旅立ちの儀式の準備をしながらどことなくそわそわとした雰囲気に包まれる。子供たちの家族はもちろん、他の村人たちも皆、彼らがどんな経験をしどんなトレーナーになって帰ってくるのか楽しみにしているのだ。
けれどもその盛り上がりが前回ほどではないことをハジメは知っていた。前回は島キングの孫の旅立ちだったからだ。物心つく頃にはもう島キングから直々に教えを受けていた彼が選ぶポケモン、四つの大試練を達成する早さ、さらには島キングを引き継ぐ時期まで、誰もが興味津々にうわさした。たった一人の少年に向けられた関心と期待。何の肩書きもないハジメたち四人分のを合わせたところで、その大きさに追いつけるはずもなかった。
彼はどのポケモンを最初のパートナーにして旅立ったんだっけ、とハジメは思い出す。それから自分はどのポケモンを最初のパートナーにして旅立つんだっけ、と考えたがこちらの答えは見つからなかった。島キングの孫と同じポケモンはやめておこうとも思ったが、消極的に残った二択は、かえって三択よりも選ぶのが難しい気がした。
その時、紫色のコラッタのことが頭をよぎったが、ハジメはまだその理由をはっきりとは認識していなかった。ただまたあのコラッタに会いたいと、そう思った。
コラッタたちは餌場とねぐらの往復ルートを変えてしまったのかもしれない。紫色のコラッタと三度視線を合わせて以来、ハジメはコラッタの群れを見かけていなかった。
島巡りへの出立はいよいよ目前だった。ポケモントレーナーとしての旅に必要な物をそろえるため、ハジメはハウオリシティまで買い出しに来ていた。傷薬、虫よけスプレー、強い日差しの下の冒険にも耐える丈夫なキャップ帽、人間とポケモンそれぞれの携帯食料などなど。買い物リストは父親が作ってくれた。
「モンスターボールは父さんの余ってるのが少しあるから、十二個ぐらいでいい」
と父はリストに数字をメモする。
「懐かしいなあ、島巡り。父さん、なかなか強かったんだぞ」
昔を思い出してか、父はずいぶん楽しそうだった。買い出し付いていこうかと言ってきたが、この様子では父さんが二回目の島巡りを始めてしまいそうだと、ハジメは笑って断った。
ハウオリシティはにぎやかな港町だ。リリィタウンよりも圧倒的に多い人、人、ポケモン、人、ポケモン。あっちを見ればショッピング中の観光客、こっちを見れば建設現場で働くヘルメットのお兄さんたちとカイリキー。ライドギアと呼ばれる騎乗装置を使ってケンタロスを乗りこなす人。わいわい固まって人気のビュッフェに入っていく女子学生の群れ。通りすがりにアローラ! と声をかけられたので、ハジメもアローラ! と挨拶した。全然知らない人だった。
常に新しい風が吹き誰かの声が響くハウオリシティは、静かに変わらぬ時を刻むリリィタウンとはまた違った趣があって、ハジメは好きだった。
モンスターボールをまとめ買いしたらおまけで一個ボールがもらえたので、ハジメは浮いたお金で買い食いしようとマラサダショップに立ち寄った。店の扉を開けたとたん、ふわふわの甘い香りに歓迎される。店内は半分くらい人とポケモンで埋まっていて、雑談、笑顔、ポケモンの鳴き声などが飛び交い、ハウオリシティのにぎわいを一部屋にぎゅっと詰めこんだような様相だった。
ハジメは最初、席で食べようかと思っていたのだが「やっぱりテイクアウト用にしてください」と、マラサダの紙包みと共に店を出た。人とポケモンが同じテーブルを囲んで同じ甘味に舌鼓を打っているのがとてもうらやましかった。ハジメだってもうすぐポケモンと一緒にマラサダを食べてくつろぐ人たちの仲間入りだ。けれどもそのためには、最初に出会う三匹のうち誰を隣に置くのか? を選ぶことが避けられない。それを、今は避けたかった。
帰り道をてくてくと歩きながら、ハジメはマラサダの包みをむいてかぶりついた。ふんわりとした生地が舌に触れた後、ほどよい油気がじゅわりと染みて空腹を刺激する。二口目にはハウピアクリームが現れ、濃厚な甘みとココナッツの風味が口の中いっぱいに広がった。これは人もポケモンも種族関係なく大好きに違いない。店内の客の顔が皆そろって幸せそうだったのも納得のいく味だった。
紫色のコラッタもマラサダが好きだろうか、とハジメはふと考える。そしてそのことにハジメ自身驚いて、慌てて大きくかぶりを振った。いやいやいや。あのコラッタの群れはもういなくなっちゃったじゃないか。仮にまた会えたとして僕はあのコラッタに嫌われてしまっている。何を考えているんだろう、僕は。
だがそんなことを考えていたからこそ、ハジメは視界の端に映ったコラッタのしっぽに反応できたのだろう。もしそうでなかったら、草むらの陰でわずかな時間ちらついただけの渦巻きしっぽなど見落として、ハジメは真っ直ぐリリィタウンに帰り、普通にポケモンをもらって、皆と同じように島巡りを始めることになっただろう。
「コラッタ……?」
ちょうどマラサダを食べ終えた頃、ハウオリシティを抜けて一番道路の中ほどを歩いていた時だった。ほんの少しだけ見えたしっぽが紫色だったかどうかは分からない。どこにでもいる普通の黒いコラッタが草むらを歩いていただけかもしれない。けれどもハジメはそう考えるよりも先に、マラサダの包みをぎゅむとズボンのポケットに押し込むと、草むらの揺れた辺りがもっとよく見える場所へ向かって走りだしていた。
きょろきょろと探すがコラッタの姿はない。見失ったか、と思った直後、ギャアと甲高い獣の声が響き渡った。急いで声の聞こえた方に行くと、草むらの中で二匹のヤングースと十匹ほどのコラッタがにらみあっていた。コラッタたちの色はほとんど黒だったが、その中に一匹だけ、紫色のがいた。心臓からどきんと送られた熱い血液がハジメの全身を駆け巡る。
(あいつだ!)
数に反して優勢なのはヤングースだった。じり、じり、とコラッタたちに近づいて、再びキャアッと鋭く鳴く。すると最後尾にいたコラッタが怖じ気づいて逃げだした。それを契機に、他のコラッタたちも一匹また一匹と逃げ散った。ただ一匹、紫色のコラッタを除いて。
紫色のコラッタは前歯をむいてヤングースを威嚇している。よく見ればコラッタの体はすでに傷だらけで、ぶるぶる小刻みに震えていた。ヤングースは勝ちを確信してさらに距離をつめ、コラッタが仲間の逃げた方向をちらりと見た瞬間、うなり声を上げて襲いかかった。
「やめろ!」
ハジメの叫びとコラッタの悲鳴が重なった。ヤングースはいきなり草むらをかきわけて突進してきた人間に驚き、慌てて逃げだした。
ハジメは肩で息をしながらヤングースが本当に戻ってこないか見つめていた。胸の中心で誰かが大太鼓をバクバク演奏していて、その振動で震える両脚は草むらに深く埋もれている。ポケモントレーナーになるまでは入るなと、強く戒められていた草むらに。初めて踏み倒した植物の群生はひんやりとやわらかく、ちくちく肌を刺した。
ヤングースは帰ってこなかった。それでハジメはかがみこんで、コラッタの様子を見た。
紫色のコラッタはぐったりと倒れていた。ハジメの制止は間に合わなかったようだ。
「コラッタ」
息はある。だが、ハジメがそうっと体に触れても反応しなかった。
「おい、大丈夫か、コラッタ」
もう少し大きく体をなでてみる。コラッタの毛並みは戦闘で乱れていてもなお絹のようになめらかで、ちょっと温かかった。初めて触る野生ポケモンにハジメが感動した時、その手触りがべちょりと濡れた。コラッタの後ろ足から血が出ていた。
「うわ、わわわ」
ハジメは思わず手を引っこめてズボンで血をぬぐうと、当てもないのに周辺を見渡した。どうしよう、どうしよう。きっとヤングースに噛まれたんだ。こういう時どうすればいいんだっけ。何かないか、何か何か、とそこまで考えてハジメは自分が背負っているリュックのことを思い出した。そうだよ、ここには一人前のポケモントレーナーが持っているものが何でも入っているじゃないか! と傷薬を取り出したはいいものの、使い方が分からない。スプレー式のようだから、とにかく開封しようとノズルを覆っている薄いプラスチックを外そうとするが、初めて扱うものだからどこが開封口かも知らない。焦ってますます手は滑り、傷薬は開けることもできないままハジメの手から転げ落ちてコラッタの頭にこつんと当たった。紫色のコラッタが、チィと弱々しいうめき声をあげた。
そこでハジメは我に返った。
一つ大きく息を吸い込み、吐き出す。
馬鹿ハジメ。こういう時は、ポケモンセンターだろ!
ハウオリシティのはずれにポケモンセンターがあったはずだ。ハジメはぐっと下半身に力をこめると、両手でコラッタを抱き上げた。思ったよりもずっと軽い。
「大丈夫だよコラッタ。すぐにポケモンセンターに連れてってやるからな」
紫色のコラッタは答えなかったが、嫌がって暴れることもしなかった。ハジメはコラッタを抱え、急いでポケモンセンターに向かった。
コラッタの命に別状はない。ポケモンセンター受付の女医にそう告げられて、ハジメはほっと胸をなでおろした。
「この子、あなたのポケモン?」
「いえ、野生のポケモンです。草むらでヤングースに襲われているのを見つけて、それで」
「まあ、そうでしたか……。とても勇敢でしたね。ありがとう」
女医に褒められ、ハジメはちょっと照れて頭をかいた。
コラッタの治療を待っている間、電話を借りて家に連絡した。こういう事情なので、今日はポケモンセンターに泊まり翌朝帰ると。女医は、治療が終わり次第センターで野生に返しておくので帰宅しても大丈夫だと言ってくれたのだが、コラッタが元気になるのを見届けたいとハジメのほうが申し出た。それで、ポケモントレーナー向けの簡易寝所を一つ貸してもらえることになった。ついでに服も貸してもらって、血のついたシャツとズボンを洗濯機に放り込んだ。
コラッタが回復したと伝えられたのは、すっかり日も暮れた後だった。とはいえ大事を取り、コラッタも一晩泊まっていった方が良いだろうとは、女医さんのアドバイス。
旅のトレーナーたちの行き来もずいぶんゆっくりになったポケモンセンターのロビーで、ハジメは紫色のコラッタを抱え、椅子に座った。コラッタは大人しくハジメの膝に乗っていた。
「良かったね、コラッタ。元気になって」
そっとコラッタの頭をなでてハジメは話しかける。コラッタは赤い瞳でじっとハジメを見つめていたが、その色は以前会った時のように鋭く尖ってはいなかった。
「僕のこと覚えてるかい。リリィタウンで何回か会っただろ」
チュウ、とコラッタが鳴いた。それがイエスなのかノーなのか、そもそもこちらの言うことを理解しているのか、ハジメには分からなかった。
「ねえ、君はどうして他のコラッタと違って、紫色をしているの?」
こうして近くで観察してみると、このコラッタは色だけでなく、腹の模様やひげの長さも普通のコラッタと異なるようだ。長いなあと思いながらひげの先っぽを親指と人差し指でつまむと、そこに触られるのはお気に召さないようでコラッタはぷるぷると頭を振った。
コラッタは野生のポケモンだから、傷が治ったらすぐにポケモンセンターを飛び出して去ってしまうかと思っていた。ところがコラッタはハジメの膝の上が気に入ったのか、いつまでもなでられるまま離れようとしなかった。ハジメも、出会った時からずっと気になっていたあの特別なコラッタが手の中にいるのが嬉しくて、君は群れのリーダーなのとか、皆を逃がすために一人でヤングースに立ち向かったのとか、コラッタに話しかけ続けていた。もちろん答えは返ってこなかったから、そのうちハジメは質問するのにも飽きて自分のことを話し始めた。リリィタウンで暮らしていること。もうすぐ始まる島巡りのこと。初めてもらうポケモンを誰にするかまだ決めていないこと。
「……ねえ、コラッタ」
ハジメはコラッタの上で動かしていた手を止める。ヤングースに襲われていた時よりも、ずっとなめらかでつややかな紫色の絹毛に手のひらを埋めて、ハジメはその体温を感じていた。
「僕と一緒に島巡りをしないか」
コラッタはじっとハジメを見上げていた。ハジメはリュックの中をまさぐると、買い物の時におまけしてもらったモンスターボールを取り出した。普通のモンスターボールは赤と白の二色だが、これは全面真っ白の特別なボールだ。それをコラッタの前へ遠慮がちに差し出してみた。
コラッタはもう一度ハジメを見上げ、それから鼻の頭でちょんとボールをつついた。ぱかっとボールが二つに割れ、虹のような光がコラッタを包む。そのままコラッタは光と共にボールの中に吸い込まれ、ボールの割れ目が閉じ、カチッと何かが繋がった音がした。ハジメの手の中に残った白いボール。それは紫色のコラッタがハジメの思いを受け入れた証だった。
「コラッタ!」
ハジメが思わず上げた大声が、ポケモンセンター中に響いた。けれども肝心のボールの中にいる相棒には届かなかっただろう。ハジメは島キングがポケモンを扱う時の様子を思い出して、見よう見まねでコラッタの入ったボールを宙に放り投げた。ポンとボールが弾ける音と共に光があふれて、現れた紫色のコラッタが床の上に立ってハジメを見上げていた。
「コラッタ! ありがとう!」
ハジメが広げた両腕の中にコラッタが飛び込み、二人は頬をすり寄せて笑いあった。
島巡りの儀式の日。村人たちが見守る中で、ハジメはポケモンの受け取りを辞退した。どよめく群衆には構わず、ハジメは島キングに白いボールを差し出して見せた。
「僕はこいつと一緒に島巡りを始めたいんです」
両親からの理解はコラッタを連れて帰った日にすでに得ていた。気色ばんだ様子で何があったかを説明するハジメの言葉はきっと聞き取りづらかっただろうが、両親はきちんと最後まで聞いて、納得してくれた。父さんは息子が自分と同じポケモンを選ぶかどうか楽しみにしていたみたいで、ちょっぴり残念そうだったけど。
島キングはハジメのボールを手に取ると、中をのぞくように太陽にかざしながら低くうなった。紫色のコラッタなんて、島キングも初めて見るのかな? 珍しいから保護しますなんて言われたらどうしよう。ハジメが緊張した面持ちで島キングの答えを待っていると、彼はにっこりと微笑み、ボールをハジメの手に返してしっかりと握らせた。
「君たちの島巡りに、幸多からんことを」
ハジメは胸の内からあふれる笑顔をこぼし、はい! と元気よくうなずいた。
まさかトレーナーになる前にポケモンをゲットするなんてとか、あの三匹をもらわずに島巡りに行くのってこれが初めて? とかいうささやきが村人たちの間から聞こえてきて、ハジメはとても幸福だった。そうさ、島キングの孫でさえ旅立ちの時は普通にポケモンをもらっただけだった。僕は誰とも同じ道を行かない、特別なポケモントレーナーだ!
ハジメはコラッタをエースと名付けた。
「僕のハジメっていう名前はね、『一』って意味なんだ。エースも『一』って意味だよ。それに、これから旅の途中でたくさんの仲間ができたとき、君が皆を引っ張っていくようにって意味も込めてるからね」
儀式の翌日、旅立ちの朝。ハジメは太陽よりも早く目を覚ました。エースをボールから出しながら十秒で着替えを済ませ「行こうエース!」と家を飛び出る。といっても両親への挨拶と朝食抜きで島巡りに出発しようと思ったわけではない。ハジメは村の出口ではなく、島の守り神の遺跡がある最奥の方角に走った。
「君に見せたいものがあるんだ!」
まだ夜に沈んだままの薄暗い村の中をハジメとコラッタは駆けていく。活動の早いポケモンの声が遠くかすかに響いている他は、自分たちが走って息をする音しか聞こえなかった。
リリィタウンから遺跡に続く山道をずっと上っていくと、途中、守り神と言われているポケモンをかたどった像が三体向き合っている所があった。うち北側の一体の背後に生えているつたを払うと、山肌かと思われた場所にぽっかり穴が開いている。穴を抜けると崖に囲まれた狭い空間に出るが、太い枝が何本も伸びている大きな木があるので、それを登り伝って崖の上まで行けた。
「すごいだろ。一番仲良しの友達同士しか知らない、秘密の場所だよ」
ハジメは木登りしながら、時々後ろを振り返ってはエースがついて来ていることを確認した。もしかしたらいったんボールに戻すか抱きかかえるかしたほうがいいかな? ところがエースはハジメに遅れまいと、樹皮に爪を引っかけて一生懸命に木を登っていた。ハジメは少し微笑んで、エースが最後の一枝に辿りついた時には支えるように引っ張り上げてやった。
崖の上は小さな丘になっていて、メレメレ島全体が見渡せるほどの高さだった。遺跡の祭壇に続く吊り橋が足元に小さく見える。ハウオリシティに整然と並ぶ四角い建物も、島の南にそびえるテンカラットヒルも越えて、全てを包みこむ海の彼方の水平線が、この向こうを覗いてごらんと四方から呼んでいた。
「いい眺めだろう。おいでエース」
ハジメは腰かけ、エースを膝に乗せた。しばらく待っていると、赤く燃える東の空の、海と接する線が一か所きらっと黄金色に輝いた。夜明けだ。
「この景色を君と見たかったんだよ」
エースはまぶしそうに目を細めていた。ハジメはエースの絹毛に優しく手をすべらせながら、二人の壮大な冒険の始まりを感じていた。それから、よしと思いついて立ち上がる。傍らのエースの顔を見て、熱を帯び始めた空気の中で光る金色の球を見て、すうっと息を吸いこんだ。
「僕はこの朝日に誓う! 絶対負けない! 僕はエースと一緒に、誰よりも一番すごい島巡りの旅をしてみせるぞ!」
ハジメの言葉を追いかけるように、エースも高らかな鳴き声を上げた。二人の声はどこまでも響き、アローラの空と海に溶けていった。
エースと一緒ならハジメはどこにだって行けた。ポケモンが棲む草むらも恐くない。今まで行けなかった場所をどんどん切り開けるのが嬉しくて、ハジメはあちこち探検して回った。草むらの先に生えていた実のなる木からもいだ果物の味。大人しい鳥ポケモンだと思っていたツツケラが戦う時にあげる大きな鳴き声。相棒と砂浜を駆け回って汗をかいた後に浴びる潮風の心地よさ。どれもこれも、エースがいなければ知らないままだった。
ハウオリシティに着いたらやりたいことがあった。エースをボールから出して、町中一緒に歩くのだ。もしかしたらエースはたくさんの人とポケモンの群れに怯えてしまうかもしれないと思ったが、実際出してみたら案外平気で、きょろきょろ辺りを見回していたものの、落ち着いた様子でハジメの側から離れなかった。それでハジメは安心して、あちこちにエースを連れていった。ブティックではエースにポケモン用の帽子やメガネを試着させて笑い転げ、マラサダショップではエースと一緒に同じテーブルを囲んだ。エースはクリームのたっぷり入ったとびきり甘いマラサダがお気に入りだった。観光案内所では、常備のパンフレットや土産コーナーをのぞいて、アローラの島々や住んでいるポケモンについてエースに教えてやった。あまり冷やかしが過ぎると職員に注意を受けるのだが、その日はなぜか誰も何も言ってこなかった。
エースはバトルも得意だった。ハジメの指示を忠実に聞いて、飛び出してきた野生ポケモンとのバトルにはびくともしない。目を合わせれば挨拶がわりに始まる他のトレーナーとのポケモンバトルも、すでに何度もこなしていた。
「へえ、君、島巡りトレーナーなんだ」
「はい。ハジメっていいます。こいつは相棒のエース!」
そう言ってハジメが繰り出したコラッタを見て、大抵の相手は少し意外そうな顔をした。それはそうだ。普通コラッタは黒いもの。紫色のコラッタを見たら誰だってびっくりするに決まっている。エースを出した瞬間の相手の表情を見るたび、ハジメはちょっぴり得意だった。
ただ一つ気になることは、ほとんどの人がエースを見た瞬間驚いた反応をするものの、その後「紫色のコラッタ? 珍しいね!」とか「そのポケモンどこで捕まえたの?」とかいった言葉を口にすることはなかったということだ。それは些末な引っ掛かりであり、どうでもいいといえばどうでもいいようなことなのだが、そこはまだまだ自分のポケモンを自慢したい盛りの駆け出しトレーナー。ちょっと寂しいなあ、どうして誰もエースについてもっと色々聞いてくれないんだろうとハジメが思っていた頃、その答えは突然にして明瞭に訪れた。
島巡りを始めて幾日かが過ぎていた。エースと一緒のハウオリシティを十分に満喫し、一番道路でのポケモンバトルにもそろそろ退屈してきたハジメは、島の北側を探検しようと二番道路に出たところだった。
一人の若い男性観光客がハジメに勝負を挑んできた。曰く、島巡りトレーナーの冒険の一部になれるなんて思い出深い貴重な体験だと。アローラ地方以外の人には島巡りが珍しい慣習に見えるのだろう。ハジメは表向き愛想笑いを浮かべて「お手柔らかにお願いしますね」などと言いつつも、心の中では紫色のコラッタを見せてびっくりさせてやる、エースでこてんぱんだ! と血気盛んだった。対戦場の狙った地点に相棒を着地させるボールの投げ方もすっかり板についてきていた。ハジメは今日も自信たっぷりに大きく腕を振りかぶる。観光客の男もハジメと同時にボールを投げ、ポンと一瞬光が満ちた後ポケモンたちが現れた。
紫色のコラッタ二匹が。
「えっ!?」
ハジメと観光客は同じタイミングで声を上げた。
「アローラのポケモンじゃないの?」
先に言葉を続けたのは観光客だった。
「エースは、このコラッタはアローラで捕まえたポケモンです」
「おかしいなあ……ガイドブックに書いてあるのと違うぞ。見て、ほら」
彼は一冊の本を開きながら、ハジメを手招く。コラッタたちもバトル中断の気配を感じ取ったのか、二人の足元に寄ってきた。見せてもらったページには、アローラ固有のポケモンを紹介する記事が載っていた。そこにはハジメのよく見知った黒いコラッタもいた。
「アローラのコラッタはさ、リージョンフォームっていってね、ここにいる普通のコラッタと違って黒くて大きいんだって。僕、コラッタならそれを見てみたかったんだけど」
他にポケモン持ってないの? と彼が尋ねるので、ハジメは今はまだこいつだけです、と答えるしかなかった。
「そっかー。島巡りの子って、草か水か炎のポケモンを持っているものだとばかり思ってたよ。じゃあアローラのポケモンをゲットしたらまた相手してね。それじゃ!」
そう言って彼は自分のコラッタをモンスターボールに戻し、行ってしまった。
「リージョンフォーム……」
観光客の背中を見送り、ハジメはしばらくその場にぼうっとしていた。
「普通のコラッタ……」
エースが心配してか、先を急かしてか、鼻面でハジメの足を突っついた。それでハジメはかがみこんでエースに目線を合わせると、そっと頭をなでてやった。
「エース、君、普通のコラッタなの……?」
エースは心地よさそうに目を細めていた。ハジメの質問の意味はたぶん分からなかっただろう。
その日は島巡りを進める気になれなくて、ハジメはハウオリシティのポケモンセンターに引き返すと、早めに就寝した。
翌日。ハジメは新しいポケモンを捕まえようと決めた。別にあの観光客とどうしてもバトルをしたかったわけではない。ただ今後の島巡りのことを考えると、この辺りでそろそろ仲間を増やしておくのが妥当だろうと思ったのだ。それだけのことだ。
野生のポケモンを捕まえるためには、バトルでこちらの力を見せ、モンスターボールを投げれば良い。旅立つ前、父や島キングからそう教わった。
「そういうわけでよろしく頼んだぞ、エース!」
エースは元気よく鳴いてハジメに答えた。手持ちポケモンの気合十分。モンスターボールの数もばっちり。ハジメは勇んで草むらに飛びこんだ。
ところが最初に出てきたスリープは、エースが気合いを入れすぎたのか一撃かみついただけで戦意を喪失し草むらの深みに逃げてしまった。
続いて出会ったケーシィは、エースが戦闘態勢を取ったとたんに瞬間移動でこつ然と姿を消した。
それから出てきたのはヤングース。エースはヤングースに会うといまだにぴりっと緊張してひげを立てるのだが、ハジメが「行けるか、エース」と声をかけるとぶるりと体を震わせていつもの調子を取り戻した。
「いいぞ。電光石火だ!」
狙いも外すことなく、順調にその力を相手に見せつけている。今だ! とハジメはモンスターボールを取り出し、ヤングースに向かって投げつけた。ところが、それは目標を大きくそれた弧を描き、弾けることなく遠くの草むらに落下した。
「あ、あれ……?」
初めてのポケモンゲットを目前にして少し焦ってしまったようだ。ハジメは気を取り直して、新しいボールを握りしめた。よく狙って、もう一度! その瞬間ヤングースが素早く動いて、ボールはかすりもせずに彼方に消えた。
ハジメからの指示が途絶え、エースが不安そうな様子を見せている。これはまずいと、ハジメはいったんエースをボールに戻して逃げることにした。
「はあ、はあ……大丈夫? エース」
草むらを抜けて再びエースをボールから出し、砂ぼこりをはらって傷の具合を確認する。幸いにもそれほど大きなダメージではなかったが、念のため傷薬を使ってやった。今ではもうそれをどうやって開封し使えばいいのか、ハジメは十分に理解していた。瀕死のエースに傷薬を使おうとしていた日のことを、ハジメは思い出す。
「ヤングースはゲットしないでおこう。苦手なポケモンと無理して仲良くなるの辛いもんな、エース」
ところが、次に出会ったガーディにも上手くモンスターボールを当てることができず捕獲を断念した。その次のアブリーは四個目のボールが運よく命中したが、ボールに収納されたかのように見えたアブリーはすぐに飛び出してしまって、捕獲に至らなかった。
そんなことを繰り返しているうち、だんだん手持ちのモンスターボールは減ってきて、エースにも疲れが出てきたので、今日は野生ポケモンの捕獲を諦めることにした。
ハウオリシティからはずいぶん離れてしまっていたが、近くにポケモンセンターがあり、そこに世話になることにした。エースを預けて、ハジメはセンターの椅子にゆっくりと座り込む。
センターに併設されているカフェに、若い女性の観光客が二人座ってパイルジュースを飲んでいた。搾りたてのアローラの味を楽しみながら、明日はどこを観光しようかとガイドブックを広げて相談している。「黄色い花でいっぱいの花園とかどう」「私、このポケモン見に行きたいな。アローラでしか見られないポケモンだって!」
アローラのコラッタは普通のコラッタと違って、黒くて大きいんだって。
ハジメは昨日の観光客との、成立しなかったバトルでのやり取りを思い出していた。
今までに戦ってきたトレーナーがどうして驚いた顔をしていたのか、ハジメにはようやく理解できた。あれは珍しい紫色のコラッタを見た表情ではなく、島巡りという人生一度の体験に、コラッタという普通のポケモンを相棒に選んだハジメに対する奇異の眼差しだったのだ。誰もエースについて質問なんてするわけない。紫色のコラッタは、一歩アローラを出ればどこにでもいるごく普通のポケモンなんだから。ただハジメだけがエースのことを特別なポケモンだと思い込んでいた。
ハジメは一匹もポケモンを捕まえられなかった今日の徒労が一気に肩にのしかかってきたような気がして、深いため息をついて椅子に沈んだ。
次の日もハジメは新しいポケモンの捕獲に出かけたが、結果はほとんど同じ、モンスターボール損のくたびれ儲けだった。次の日も。その次の日も上手くいかなかった。さすがのハジメも、自分のボールコントロールのなさを認めない訳にはいかなくなってきた頃、
「あれ、ハジメ!」
二番道路で偶然ハジメはナオキと鉢合わせた。
「わあ、ナオキか! アローラ!」
ナオキはハジメと同時に島巡りを始めた幼なじみの少年だ。リリィタウンではよく一緒に遊んだりアローラ相撲で勝負したりしていた。ハジメがエースを見つけた時、誰にも打ち明けられなかった紫色のコラッタの存在について唯一尋ねることができたのも彼だった。島巡りに出発するまでは毎日顔を合わせていた仲だから、なんだかずいぶん久しぶりにナオキと言葉を交わすような気がする。ナオキのほうも同じように思ってくれたようで、しばらくぶりだなー元気にしてた? と嬉しそうに歯を見せた。
「あっ、もしかしてポケモン捕まえてたのか? ハジメ」
ハジメの鞄からのぞいているモンスターボールにナオキは気がついたようだ。「ああ、うん、まあ……」とハジメは歯切れの悪い返答をする。
「どんなポケモン捕まえた?」
ナオキが重ねて尋ねるので、ハジメは観念して、まだ一匹も捕まえていないことを白状した。
「ポケモン探し始めたばっかりだからさ……」
言い訳がましく付け加えた言葉を最後まで聞かず、ナオキは「なんだあ、ハジメもかー」と止めていた息を吐き出すように言った。
「俺も全然ポケモン捕まえらんなくてさあ。ボールちっとも当たらなくね?」
悔しそうな困り果てたような口調のナオキに、ハジメはリリィタウンで一緒に遊んでいた時のような安堵を覚えた。「やっと当たったと思ったらすぐにボールから出ちゃうしよ」とナオキが続けたので、ハジメは「そうそう」と全面同意して首をぶんぶん縦に振った。
それからナオキはコラッタの様子を尋ねた。ハジメはコラッタにエースという名前をつけたこと、エースはバトルが得意で今はまあまあ調子がいいというようなことを答えた。
「最初はびっくりしたぜ。まさか島キングからポケモンをもらわないなんてさ。しかもこの辺じゃ見かけない姿のコラッタじゃん。俺も最近知ったんだけど、お前のコラッタ……エースってアローラの外出身のコラッタなんだってな。いいなー。ハジメいつの間にそんなポケモンゲットしてたんだよ」
面と向かってうらやましがられるとかえって気恥ずかしい感じがして、ハジメはへへっと照れた。
「まあちょっと縁があったんだよ……ナオキのニャビーは調子どう?」
ナオキが初めてのパートナーとして選んだのが、火猫ポケモンのニャビーだった。彼はハジメと違って、島巡りに出発するずいぶん前からニャビーを選ぶと話していた。
「なんでニャビーなの?」
旅立ちの前、ハジメが尋ねるとナオキは突然「俺の名前はナオキ」と自己紹介を始めた。
「意味は真っ直ぐな大木。だから俺、草タイプなんだ」
「へえ、なんだそりゃ」
「笑うなよー。一応真剣に考えたんだぜ」
「悪かった、悪かったよ。それで、草タイプのナオキがなんでニャビーを相棒にするの? 弱点じゃん」
「そうそれ! そこなんだよ。ニャビーは炎タイプだろ。炎タイプの弱点は水タイプだろ。そんで水タイプの弱点は草タイプ。だから俺、ニャビーを守ってやれるかなって。相棒がピンチになった時、絶対守りぬいてやりたいなって」
そう語ったナオキの顔をハジメはよく覚えている。そして今のナオキは、その時よりももっと自信にあふれた表情で、「それがさ、聞いてくれよハジメ!」と声を大にした。
「俺たち昨日、キャプテンの試練を達成したんだ!」
「えっ、試練を」
うん、とナオキは鼻の下をこする。
島巡りトレーナーは、各島首長の大試練に挑戦する前提として、何人か存在するキャプテンの与える試練を乗り越えなければならない。つまり試練の達成とは、島巡りの完遂に一歩近づいたことを意味していた。そうなんだ、とハジメはつぶやく。喉がやたら乾いて空気の張り付くような心地がしたが、無理やり生唾を押し込んで「すごいや、おめでとう!」と精一杯の賛辞を送った。
それからナオキはポケモンバトルをしようと申し出た。エースはバトルが得意だと言ってしまった手前ハジメは逃げるわけにもいかず、なんとか快諾を取り繕って対戦を開始したら、ナオキが繰り出したのはニャビーではなくツツケラだった。
「全然ポケモン捕まえられないって言ったじゃん!」
と思った言葉がハジメの顔に出たのかもしれない。ナオキは聞いてもいないのに、こいつは怪我してるの助けてやったらついてきてさ、と出会いを教えてくれた。ハジメにとってのエースと同じゲットの仕方だった。
エースはツツケラと互角の戦いをし、きわどい場面でのかみつく攻撃で下したものの、その後に控えていたニャビーの火の粉一撃であっさり倒れてしまった。数には勝てない。
いい勝負だったよ、ありがとうと、ナオキはハジメの手を取った。ハジメは半分引きつったように口角を上げ、ナオキの手をゆるく握り返した。
それからナオキはエースを気遣いながらポケモンセンターまで連れ添うと、俺は先に行くからと、キャプテンの試練を終えた者だけが進むことを許される三番道路の方角へ去っていった。
エースの治療が終わってモンスターボールが手元に戻って来た時、ハジメは一つの決断をした。今は手持ちポケモンを増やすのを諦めよう。それよりも先にキャプテンの試練に挑戦して島巡りを進めるんだ。
「大丈夫さ。僕にはエースがついているんだから」
白いボールを両手に包み、額に当ててささやいた。それは大事な相棒に話しかけているというよりも、神に祈る姿のようだった。
試練の結果は惨敗だった。
試練サポーターに導かれキャプテンの所に案内してもらったハジメは、試練の内容は茂みの洞窟のぬしポケモンを倒すことだと説明を受けた。すぐに洞窟へ向かい、キャプテンの見守る中、ぬしポケモンとエースを対峙させたハジメだったが、力の差は歴然。ぬしポケモンの巨大な体に傷一つ付けることかなわず、その強烈な連撃を受けてエースは戦闘不能となった。
「もう一度やらせて下さい! エースをポケモンセンターで回復させたら、もう一度」
ハジメが申し出たが、キャプテンは首を振った。「今の君たちにこの試練を越えることはできないだろう」と。
「少し頭を冷やしなさい。それからなぜ勝てなかったのか考えること。一対一で戦うだけがポケモンバトルじゃないよ」
何も言い返せなかった。
ああ、やっぱりコラッタみたいな普通のポケモンじゃ駄目なんだと、それだけを感じていた。
試練サポーターがハウオリシティまで送ってくれた。「ここのセンターならカフェも広いし、少し足を伸ばせばマラサダ屋や、ショッピングセンターには食堂もある。今日はコラッタと一緒に美味しいもの食べて元気だしなよ」との思いやりだった。ハジメはありがとうございますと定型句を返したが、心の中では違うことを考えていた。なぜ負けたのか。なぜ試練を越えられなかったのか。
別のポケモンが相棒だったなら、と思った。もし紫色のコラッタを相棒にしていなければ。もし島キングからポケモンをもらっていれば。
今からでも島キングはポケモンをくれるだろうか、とハジメは思う。ただでは無理だろう。少なくとも、紫色のコラッタと共に島巡りに挑戦したいと言ったことを撤回しなければ。そうなればエースを手放さなければならないかもしれない。もしそうなったとしても、僕は――島巡りを続けたい。
甘く香るエネココアも、揚げたてふわふわのマラサダも、色とりどりに並べられた料理も、ハジメの心には響かなかった。ただ母が作ってくれる食事が無性に恋しかった。
ハジメはいったん、リリィタウンに帰ることにした。
リリィタウンの自宅に戻った時、家の中にいたのは母親で、最初ちょっと驚いた様子だったがすぐに嬉しそうな笑顔を見せた。
「まあ……ハジメ! おかえり!」
一通りハジメを労った後、母は父に連絡した。夕食の時間、食卓にハジメの好物が並んだ頃、父も仕事を早めに切り上げて帰ってきた。久しぶりに家族そろっての晩ご飯は、体中に染みわたる味がした。話をするのも惜しんでがつがつと母の手料理を口に入れる息子の姿を、両親は微笑ましく見守る。
「島巡りの調子はどうだ?」
ハジメの食欲が落ち着いた頃、覚悟はしていたことだったが、やはり話題はそうなった。ハジメは胸のつかえを食事ごと飲み込むと、あまり上手くいっていないことを打ち明けた。ポケモンを捕まえられないこと。最初の試練で大敗したこと。
「それで、島キングに改めてポケモンをもらえるようお願いしようと思って、戻ってきたんだ」
父は少し目を開いて、ハジメの腰についているボールホルダーを見やった。
「エースはどうするんだ」
「エースは……手持ちから外すことも考えてる……」
父はうなるようなため息をついた。怒られるだろうかとハジメは少しドキドキしたが、その後に続いた父の声はどちらかといえば穏やかだった。
「旅の途中で手持ちポケモンを交換することは、ポケモントレーナーにはよくあることだ。でも今の場合はあまり良案だとは思わない。判断するのが早すぎるんじゃないかな。エースとはまだひと月も一緒にいないだろう」
うなだれるハジメに、父はいったんエースを家に預けてよく考えなさいと提案した。
「離れれば見えてくるものもあるだろう。島キングに会いに行くのはその後でいい」
ハジメは素直に従うことにした。
翌日。白いモンスターボールを自室に置き去りにして、ハジメはハウオリシティまで散歩に出かけた。散歩といっても、行きは仕事の用事があるという父と一緒にライドポケモンのケンタロスに乗って行ったのだが。ケンタロスに揺られている間、ハジメはあまりおしゃべりをする気分ではなかったし、父も島巡りやコラッタについて何も尋ねなかった。ただハウオリシティに到着する直前、美味しいマラサダの注文の仕方を教えてくれた。
「出来立てのマラサダありますか、って聞くのさ。そしたらショーケースじゃなくてキッチンから出してもらえるから」
じゃあのんびりしておいでと、父はハジメをケンタロスから降ろし手を振った。ハジメも「ありがとう父さん」と手を振って見送った。
ハウオリシティは今日も変わらずにぎわっていた。ハジメはぶらぶらと海水浴場の波打ち際を歩いたり、ショッピングセンターの店舗を冷やかしたりする。すれ違うたくさんの人、人、ポケモン、人、ポケモン。うらやましいなあと思っていた時もあった。ついにポケモンを手に入れてその景色の一部になれたこともあった。そして今また、ハジメは一人で雑踏を眺めている。あの時と同じく、隣に置くポケモンを決められないまま。
もしも島キングからポケモンをもらえるなら、水タイプのアシマリを選べばナオキに勝てるだろうかと、ぼんやり思った。
フレンドリィショップでモンスターボールを補充した後、マラサダを買いに行った。今回はボールのおまけはなかったので、当初の予定の数だけ買おう。父さんと母さんと自分の分。マラサダのずらりと並んだショーケースから両親が好きそうな味を想像して選んでいると、
(あっ……あれ、エースが好きなやつだ)
エースと一緒にマラサダを食べたことを思い出して、気がついたらもう一つ追加していた。
帰りはライドポケモンもおらず歩きなので、早めにハウオリシティを出た。日が沈む前には家に帰れるだろう。
町はずれを過ぎ、一番道路に出る頃には人の姿もポケモンの声もずいぶん遠くなっていた。さえぎる情報の少なくなった思考は自然、抱えている問いの答えを探し始める。
一人でハウオリシティに来て、一つ分かったことがあった。ハジメは島巡りを続けたい。小さい頃から島キングの姿に憧れ、旅立つ年長の子を見送り、いつか自分もとずっと楽しみにしていた。ハジメはトレーナーとしてポケモンと一緒に町を歩き、時々ちょっと買い食いしたりバトルしたりして、色んなことを見聞きしたい。
それはたぶん、ハジメの年頃の子にとっては普通の願いだった。少なくともリリィタウンでは。ポケモンと共に暮らし、島巡りでトレーナーになり、ポケモンと人が生きることを深く知って大人になる。そりゃあ中には島キングの孫のように特別な人もいて、多くの期待と称賛を受けながら普通ではない将来に向かって進む者もいるだろう。しかし残念ながらハジメはどう頑張ってもその類ではない。ハジメはノーマルタイプだった。特別なポケモンを求めたって結局ハジメが知らなかっただけで普通のポケモンだったし、野生のポケモンを捕まえるのだって下手だ。だから分相応に、他の誰もと同じように島キングからポケモンをもらって、ノーマルな島巡りを始めるべきだったんだ。
今ならまだ、やり直せるかもしれない。
そう思い至ったところで、ハジメは家に到着した。
「ただいまー」
「ハジメ!」
飛び込んできたのは、ひどく慌てた様子の母親の顔だった。
「エースちゃんがいなくなっちゃったわ!」
驚いて事情を聞いたところ、ずっとモンスターボールの中では退屈だろうと、母がエースをボールから出したらしい。しばらくは大人しく母と遊んでいたエースだったが、洗濯物を取りこむため少し目を離した隙に、姿を消してしまったという。
「家の中を探してもいないから、たぶん、外に出ちゃったんじゃないかしら……」
「……分かった。僕、探してくるよ」
「お母さんも探すわ」
「いや、いいよ。きっとそう遠くまでは行ってないだろうし、大丈夫」
これお土産、とマラサダの紙袋を母に渡し、ハジメはきびすを返した。
涼しい口調で協力を辞退したものの、実際それは母親ではなく自身を落ち着かせるためだった。大丈夫、大丈夫。エースはすぐに見つかるよ。だってエースが勝手にどこかに行ったりするわけないもの。エースは僕のポケモンなんだから。エースは僕が大好きなんだから。僕が呼べばきっとすぐに出てくるはずだ。
「エース! エース!」
ハジメの声が、夕暮れのリリィタウンに虚しく響いた。
エースは僕が大好き? 本当にそうなんだろうか。ハジメはポケモンバトルで何度もエースを戦闘できない状態にした。手持ちから外そうとしていたことも気配で感じ取っていたかもしれない。エースは僕が嫌いになって、それで出て行ってしまったんじゃないだろうか。リリィタウンにはエースが率いていたコラッタの群れもある。いつもしんがりで皆を守っていたエースがいなくなって、群れは困っていたんじゃないだろうか。エースはコラッタたちに呼ばれて、仲間を選んだんじゃないだろうか。
エースを呼ぶハジメの声はだんだん小さくなっていった。代わりに心臓の音がぎりぎりと、耳障りなほどにきしんでハジメを締めつけた。
「やあ、ハジメ! 帰ってたのか!」
不意に話しかけてきたのは近所に住んでいるおじさんだった。ハジメの顔色には気づいていないようで、島巡りの調子はどうだいと親しげに尋ねてくる。
「もう試練の一つや二つは終えたか? お前が最初に連れて行ったポケモンは……ああそうそう! コラッタだったな、他の地方の姿の。そうか、さっき見かけたのハジメのコラッタだったか。あれどうやって捕まえたんだよ。身内にカントーの人間でもいたのかい?」
「いえ……野生にいたのをゲットしたんです」
ほほう、と彼はあごに手をやった。それじゃ観光客の捨てコラッタか、と一人で合点している。
「いるんだよな、たまに。扱いきれなくて旅先で捨ててく奴がさ。観光のガイドブックにお勧めのポケモンとしてコラッタが載ってることがあるみたいなんだが、コラッタは特に忠誠心の高いポケモンでもないからな。可哀想に、こんな所に置いていかれてもヤングースに襲われるか、運良くアローラコラッタの群れに入れたとしても仲間はずれにされて群れの一番後ろをついていくだけなのになあ」
お前のコラッタはお前と会えて幸運だったなと、にかにか笑う彼の顔をハジメは見てはいなかった。ただその話の内容だけが、真水の入ったコップに落ちた一滴の海水のようにじわりとハジメの中に広がり、塩辛くてかゆかった。
「あの、エース……僕のコラッタ、どっちに行きましたか」
なんだ一緒に遊んでたんじゃなかったのかい? などと言いながら、彼は村の最奥、島の守り神をまつっている遺跡の方角を教えてくれた。ハジメはほとんど礼とも言えないぐらい浅く頭を下げると、すぐに駆けだした。
「エース! エースどこだ!」
リリィタウンから遺跡に続く山道には、あちこちにポケモンが隠れられそうな茂みや岩陰がある。そこにエースがいるのではないかと、ハジメはエースの名を呼びながらあっちにふらふらこっちにふらふら走り回った。だからうっかり野生ポケモンの縄張りである草むらに足を踏み入れてしまったことにもすぐには気づかなかったのだ。
「キャアアッ!」
突然飛び出してきたヤングースの体当たりに、ハジメは受け身を取る間もなかった。激しく地面に倒れこみ、何が起こったのか把握した時にはすでにヤングースは牙をむいて第二撃の体勢に入っていた。やられる。口の中で砂がじゃりと冷たく音を立てたその時だった。
一個の影がどこからか現れてヤングースに飛びかかり、二体一緒の塊になって転がった。それから数度鋭い叫び声が聞こえ、草むらががさがさと大きく揺れて土が飛び散り、やがてヤングースが逃げだした。残って草むらの中に立っていたのは、
「エース……」
紫色のコラッタだった。
エースはヤングースが本当に戻ってこないことを確認するとハジメのほうを振り返り、一目散にその腕の中に飛び込んだ。砂を吐き出し起き上がろうとしていたハジメはそれで再び尻もちをついてしまったが、エースがきゅうきゅうとやわらかな声を出し額をすりつけて甘えるので、思わず口元が緩んでしまった。震えるような吐息が、ハジメの口から長く長くこぼれる。
「エース……エースよくやったな。えらいぞ。まったく、心配させやがって」
くしゃくしゃとエースの頭をなでてやると、エースは幸せそうに目を細めた。
それからエースはするりとハジメの腕を抜け、少し先に立ってハジメを見た。ハジメがよっこらしょと起き上がり尻をはたいていると、待ちきれないように戻って来てハジメのズボンを引っ張る。それからまた先を歩いてハジメのほうを振り向いた。
「なに、どうしたんだよ、エース。ついて来いってこと……?」
山道をずっと上っていくと、途中、守り神と言われるポケモンをかたどった像が三体向き合っている所があった。うち北側の一体の背後に生えているつたを払うと、山肌かと思われた場所にぽっかり穴が開いている。穴を抜けると崖に囲まれた狭い空間に出るが、太い枝が何本も伸びている大きな木があるので、それを登り伝って崖の上まで行けた。
「エース……もしかして」
エースは時々後ろを振り返ってはハジメがついて来ていることを確認しながら、樹皮に爪をひっかけて木登りした。ハジメが最後の一枝を登る時には、励ますように声をかけてハジメの到着を待っていた。
辿り着いたのは、メレメレ島が一望できる小さな丘。一番仲良しの友達同士しか知らない秘密の場所だ。
「ここに来たかったのか……エース」
夕日が赤く輝いて、海に光の道を作っていた。遠くそびえるテンカラットヒルも、ハウオリシティの四角い建物も、西側をオレンジ色に染め、反対側には宵色の影を落として、今日という一日に別れを告げていた。
ハジメは腰を下ろしてエースを膝に乗せる。するとエースが物欲しげにこちらを見上げるので、ハジメはぽんぽんとその頭に優しく触れてやった。
久しぶりにエースの顔を見たと、ハジメは思った。いつからかハジメはエースのことを見ていなかった。たぶん、エースが普通のコラッタだと知った頃からだ。ぬしポケモンに立ち向かうエースの表情を、ハジメは思い出すことができなかった。
夕暮れの空は茜色に燃える太陽の火も、静かに眠る夜の闇も、両方とも受け入れる空だった。二つをつなぐのは深くつややかな紫紺色で、ちらちらと輝く小さな粒がいくつか見え始めている。エースはその景色から抜け出したような色をしたポケモンだった。青く光っているようにも見え、ハジメの心を不思議と捉えて離さない色をしたポケモンだった。
不意にエースがハジメの膝から降りた。エースはハジメの顔を見て、それから西の空に視線を定めるとすうっと息を吸いこみ、何かを宣言するかのように大きく吠えた。
偶然だったのか、エースが意図していたのかは分からない。ただその姿は確かに、朝日に向かって夢を誓ったあの日をハジメに思い起こさせた。
ハジメは特別でありたいと願っていた。誰も持っていないポケモンを連れて、誰よりも多くの仲間を捕まえ、誰からも驚かれるほど早く試練を達成したかった。それが特別な島巡りだと信じていた。
「エース……」
けれどもそんなものは、最初から必要なかったんだ。
今こそハジメは思い知った。
僕はちっとも特別じゃない普通のポケモントレーナーだ。
エースもどこにでもいる普通のポケモンだ。
「エース、君は」
けれども僕たちは
僕たちが出会ったことは
「また僕と一緒に島巡りしてくれるかい」
きっと誰にも真似できない特別なことだ。
エースが元気よく鳴いた。
ハジメはエースを抱きしめて、二人を照らす優しい夕日にひっそりと加護を願った。
次の日ハジメは、島キングに会うことなくリリィタウンを後にした。白いモンスターボールを丁寧にボールホルダーに収め「行ってきます」と家を出る。
「いつでも帰って来なさいね」
母はハジメの姿が見えなくなるまで玄関の前で見送ってくれた。
ケンタロスに乗った父の後ろにハジメはまたがった。今日もハウオリシティまで送ってくれるという。
ケンタロスのひづめがざくざく地面を踏みしだき、それに合わせて景色が揺れる。父と子は黙ってその時間を共有していた。
「決心、ついたんだな」
「うん」
父が話しかけたのは途中その一回だけだった。父の顔は見えなかったが、なんとなく誇らしげな様子に見えた。
「ねえ、父さんはさ。どんな島巡りをしたの?」
ハジメが尋ねると、父は「どんな、かあ……」と少し考え、まあ普通の島巡りだったよ、と答えた。
「普通の島巡りだったけど」
父が振り返ってハジメを見る。その顔はにっと笑っていて、十一歳の少年のようにも一瞬見えた。
「父さんだけの島巡りだったよ」
ハウオリシティに到着するとハジメはエースをボールから出した。「それじゃあ二人とも頑張れよ」と去る父を見送って、ハジメはエースに顔を向ける。エースもハジメを見上げていた。
「ねえエース。マラサダ食べに行こうか。父さんが美味しいマラサダの注文の仕方、教えてくれたんだ」
チュウと承知したエースの鳴き声を合図に「よし、行こう!」とハジメたちは歩きだした。アローラの大きな空の下、彼らだけの島巡りの物語へ向かって。