「祐一、お昼休みだよ」
「なにぃっ!? もうお昼休みだとうっ?!」
「そりゃあ、授業中あんなに気持ちよさそうに寝てたら、驚くのも無理ないわね……」
隣で香里が苦笑混じりに呟く。間違いのない事実なので、俺としても反論のしようがない。
「それで、今日は栞ちゃんのところに行くんだよね」
「そうだったな。北川、お前も行くか?」
「えっ?! わ……お、俺もか?!」
北川が素で驚いたような表情を浮かべて言った……やっぱりあいつらしくない。普段なら「ああ、俺も行くぜっ」とばかりに、元気よく立ち上がるものなんだが。大体、「わ」ってなんだ?
「どうした? ひょっとして、先約があるとかか?」
「い、いや……そういうわけじゃ……ないが……」
「それならいいわね。栞がお弁当をたくさん作りすぎちゃったのよ。それで、北川君も、って思って」
「……あ、ああ。分かった。行くよ……」
やはり様子のおかしい(一体どうしちまったんだ?)北川と、俺と名雪、そしていつもより少し饒舌な香里(まぁ、いつもと大差ないが)を連れて、俺たちは中庭へと向かった。
「あ、祐一さん、皆さん、こっちですー」
「よう。待たせたな」
中庭へと降りてみると、栞が既に弁当の支度を済ませて待っていた。最初から大人数で食べることを想定していたのか、きちんと紙皿と割り箸まで用意してある。手際が良すぎると思った。
「わ〜。本当にたくさん作ったんだね〜」
「そうですよー。たくさん食べてもらいたいですから」
名雪は本当に驚いたような表情で言った。そら無理もない。目の前には、重箱(大)が五つと、それよりもさらに一回り大きな箱が一つ。弁当は重箱の中に入っていて、残りの一つはすべてデザート(半分がフルーツで、もう半分がバニラアイスだ)用のスペースに割り当てられている。一体どれだけ作れば気が済むんだっ。栞っ。
「それにしても……栞。あたしが気付かない間に、こんなに作ってたなんて……」
「そうですよー。えへへー。栞は作るのも片付けるのも早いんですよ」
「それはありがたいんだけど……ねぇ。どう思う? 北川君」
「……ああ。お、俺もこれはちょっとばかり……」
北川が気まずそうに言う。そりゃそうだ。あいつこれ見るの初めてだろうからな……驚くのも無理はない。
……初めて? そう言えば……
「なあ香里。お前もこの栞の殺人クラスの弁当を見たことなかったんじゃないのか?」
栞と弁当を食べる時は、大概俺と栞が二人きりの時だった。というか、今までほとんど二人きりだったはずだが。
その質問に対して、香里は特に動じることもなく、あっさりとこう答えた。
「あたしをこの子の何と思ってるのよ。昔から経験済みよ」
「……だろうな。そりゃ、これだけのを作るって事を、一日二日でマスターできるはずはないな」
「でしょ?」
ああ。そう言えばそうだったな。栞がこんなことをしでかすのは、あいつの……あいつの「姉」である香里が一番よく知ってるはずだからな……
……ってことは、あれか。今までずーっと一緒に食べるのを拒んでたのは、こんな殺人クラスの大量の弁当のことを知ってたからか。そうなのか。できることなら教えて欲しかったわけだが。
「さ、皆さん揃ったところで、早速食べましょうー」
「わ〜。うさぎさんだ〜」
「こらこら。箸を使って食え、箸を」
めいめい腰掛け(ちなみに、しっかりとビニールシートまで敷いてある。用意周到にも程がある)、弁当に箸を付け始めた。
「遠慮なく食べてくださいねー」
「……………………」
うれしそうに言う栞。
こいつが求めてたものってのは、多分、こういう風景だったんだろうな……
……そんなことを考えながら、甘めに焼かれた玉子焼きを口に入れた。
「……なあ栞」
「はい。どうしたんですか?」
「これ、果物と見せかけてアイスだったんだな……」
「そうですよー。アイスは美味しいですから」
俺は……どう見てもみかんにしか見えなかったそれを口に含んだ途端、猛烈な勢いで襲い掛かってきた圧倒的なまでの冷たさと甘さに、そう呟く事しかできなかった。
「いちご〜いちご〜」
「わ、名雪さん、いちごを独占してますね」
「うん。いちごは大好きだからね」
名雪はいちごアイスを独占し、一人で貪り食っている。もっとも、今の段階でこれ以上何か食べたいと思っているようなヤツは誰もいないので、咎める者などいない。むしろ、どんどん食ってくれ、ばんばん食ってくれ、という空気が流れている。
「……なあ香里」
「どうしたの?」
「次から、お前も手伝ってやれよ。栞一人じゃ大変だろ」
「……ええ。考えておくわ」
「わ、手伝ってくれるんですね。それじゃあ、今度は二倍持って来れますね」
「いや、そーいう意味じゃない」
「いちご〜いちご〜」
香里は俺の言いたかったことを正確に汲んでくれたようだった。頼むから、あいつを監視しておいてくれ。そうじゃないと、その内十人でも食いきれないような量のブツを持ってきかねないから。マジで。
「……………………」
「……北川……お前、本気で大丈夫か?」
「……………………」
……北川は様子がおかしいままなのに加え、どうやら本気でヤバそうな状態だった……だろうな。無理してあんなに食うから……香里とか俺はさりげなく量を抑えてたのに、北川は全力投球してたからな。ある意味、可哀想だ。
「さ、どんどん食べてくださいねー」
栞はバニラアイスをちょこちょこと口に運びながら、俺たちにしきりにアイスを食うよう勧めてくる。香里は妹の手前どうにか食べているようだが、俺もう無理。素で無理。
一方。
「いちご〜いちご〜」
ある意味、一番食ってるやつがここに。
「……なあ名雪。お前、なんでそんなに食えるんだ」
「いちごは別の場所に入るからだよ」
「……いや、それは確かにいちご味だが……アイスだぞ?」
「アイスでもいちごはいちごだもん」
「そうなのか……」
というか……いくら暖かくなったとは言え、外はまだ肌寒い。なのに……
「祐一さん、食べないんですか?」
「いちご、おいしいよ。冷たくて」
……こいつら、化け物かっ。
「ところで相沢君、一ついいかしら?」
「なんだ?」
弁当をあらかた片付け終わった(どうにか片付けた、と言うべきか)俺たちがくつろいでいると、香里が声をかけてきた。
「最近相沢君の周りで、変わった事って何かなかった?」
「変わった事? 例えば、どんなことだ?」
「具体的に、って言われると難しいんだけど……そうね。突然、人の性格が変わっちゃったりとか」
「そうだな……」
香里に聞かれて、記憶を探ってみる。俺の周囲で変わったこと……
「……………………」
「……どうかしら?」
「……いや、特にはないぞ。あえて言うなら……」
「……………………」
俺は横でぶっ倒れている北川に眼をやり、ついで香里にも目配せをした。
「……でしょうね。そう言うと思ったわ」
「これぐらいだぞ。後はみんな、平凡なぐらいいつもどおりだ。名雪は見ての通りだしな」
「えっ? どうかしたの? わたしは特に何もないよ〜」
「それならいいのよ。ちょっと、気になっただけだから」
「気になった?」
「言葉通り、よ」
香里は最後にそう言って、一方的に会話を打ち切った。
(……どういう意味なんだ?)
俺は香里が何故この会話を仕掛けてきたのかまったく分からず、名雪に視線を移してみたが、
(……どういうことか、分かるか?)
(……ううん。わたしもよく分かんないよ……)
名雪も困ったような表情を浮かべるばかりで、どうにもならなかった。
それからしばらくして俺たちは教室に戻り、残りの授業を受けた。
六時間目の授業のノートを取り終えると、ちょうどチャイムが鳴って授業が終わった。六時間目は都合のいいことに石橋が授業を担当していたので、終礼は無しでそのまま帰っていいことになった。こういうところは、石橋の淡白さがありがたく感じる。
「祐一、放課後だよ」
「ああ、そうだな」
「わ、どうしたの祐一。熱でもあるの?」
「いや、香里に言われたことで少し性格を変えてみたんだ。これからはビッグバン祐一と呼んでくれ」
「祐一、よっぽど言いたいんだね」
「仕方ないだろ。作者の意向なんだ」
わけの分からない会話を交わしていると、横から香里が現れた。
「あ、香里〜。今日はこれからどうするの?」
「あたしはこれから部活に行ってくるわ。名雪は?」
「今日は顧問の先生が風邪を引いちゃったから、部活はお休みだよ」
「そう。それなら、相沢君と一緒に帰れるわね」
「なあ香里、俺をお前の部活に連れてってくれないか」
「祐一っ、それ、どういう意味だよっ」
「駄目よ。一応、ちゃんと手続きを踏まないと、部室にも入れちゃいけないってことになってるから」
「マジか」
驚いた。そんな規律正しい部活動がこの学校にあったなんて、それ自体驚きだ。
「それじゃ、あたしはそろそろ行ってくるわ。また明日」
「うん。頑張ってね〜」
「おう。じゃあな」
香里を見送ってしばらくしてから、
「それじゃ、俺たちも行くか」
「うん」
俺たちも教室を出た。
「……………………」
最後に、ちらりと後ろを振り向いた。
「……………………」
北川が何か物憂げな表情で、外をじっと見つめていた。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。
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