「今日はもう寄っていかないのか?」
「うん。昨日祐一におごってもらったからね」
「それはありがたい」
隣に名雪を連れて、家路を行く。どーやら今日はおごらされずに済みそうな感じだ。そりゃあ、毎日毎日おごらされてたら、その内俺が「イチゴ破産」という非常に笑えない事態になってしまうからな。うん。
「それでね……」
「ん? どうした?」
「……祐一、今日の北川君、なんかヘンじゃなかった?」
「……やっぱり、お前もそう思うか?」
「うん。中学の時からずっと一緒だけど、あんな風になってたの、始めて見たよ」
やはり、名雪も同じ考えを持っていたようだった。名雪よりずっと付き合いの短い俺ですらそう思ったのだから、北川と長い付き合いになる名雪がそう思わないはずはなかったのだ。
「体調不良じゃないのか?」
「うーん……わたしも最初はそう思ったよ。でも、中学の時は風邪引いてても無理して笑ってるような性格だったから、多分違うと思うんだよ」
「あいつらしいな……何か悩み事でもあんのかな?」
悩み事をする北川。机の上で憂鬱な表情をして、心の中で必死に考えを巡らす北川。何か大きな心の問題と必死に戦っている北川……
………………
…………
……
「……駄目だ。全然想像付かねぇ……」
まったく想像できなかった。
「でも、もしかしたらわたしたちが想像も付かないような悩み事を抱えてるかも知れないよ」
「想像も付かないような?」
「う〜ん……例えば、お父さんとお母さんが入れ替わっちゃうとか」
「……はぁ?」
「だから、お父さんだった人がお母さんになって、お母さんになった人がお父さんになっちゃうんだよ」
「……お前、そんな事言うキャラだったか?」
「う〜。真琴の部屋で読んだ漫画の中に、そんな話があったんだよ〜」
「漫画の受け売りかよっ」
俺は思わず突っ込んでしまっていた。そりゃあ、確かに俺だってそんな状況に置かれたらマジで悩むと思うが、そもそもそんな状況に置かれてしまう状況そのものが想像できない。あまりにも突拍子がなさ過ぎる。
「いくらなんでも、そりゃないだろ」
「う〜ん……わたしも言った後、『言わなかったら良かった』って思ったよ」
「だろうな……」
名雪らしくもない頓珍漢な話が出てしまったせいで、これ以上北川について話す事にあまり意味を感じなくなってしまった。
「ま、二、三日もすれば元に戻るだろ。あいつはそんなヤツだ」
「うん。きっとそうだよね」
俺も名雪もそう納得することにして、この話題は終わった。
俺たちが商店街に差し掛かったとき、
「あーっ、水瀬さんだぁ」
「わ、佳乃ちゃん!」
昨日とほぼ同じタイミングで、顔見知りと出会った。
「今から帰るの?」
「そうだよぉ。でも、探し物が終わってからだけどねぇ。お姉ちゃんも一緒だよぉ」
こいつは佳乃……「霧島佳乃」。俺たちの隣のクラスに在籍している女の子だ。背が周りのヤツより一回りぐらい小さいから、たまに中学生と間違えられることがある。真正面を見たとき一番目を引くのは、右腕に巻かれた黄色いバンダナだ。なんでも、姉と何か約束事をして、それで何をするときもずっと巻いたままにしているらしい。
「探し物? 佳乃ちゃん、何か探してるの?」
「えっとねぇ、実は遠野さんに頼まれて、遠野さんの妹を探してるんだよぉ」
「……遠野の妹っていうと……あ、ひょっとして、みちるってヤツのことか?」
「そうだよぉ。よく知ってたねぇ」
なんでも佳乃の話によると、姉と一緒に遠野に頼まれて、遠野の妹を探して歩いているらしい。他人の妹を探す手伝いをしてやるなんて、普通にいい奴だと思った。
……なので。
「なあ名雪。どうせだったら、俺たちも探す手伝いをしないか?」
「わ、祐一から言ってくれたよ〜。うん。わたしもそう思ってたところなんだよ」
「ええっ?! かのりん、びっくりだよぉ。本当に手伝ってくれるんだねぇ」
「ああ。どうせ時間もあるしな」
「それじゃあ……今から、祐一君と水瀬さんをみちるちゃん捜索部隊隊員四号さんと五号さんに任命するよぉ。ちなみに一号さんはかのりんで二号さんはお姉ちゃん、三号さんは遠野さんだよぉ」
佳乃はそう言って、俺たちを「みちるちゃん捜索部隊隊員」の四号さんと五号さんに任命した……佳乃は常にこんなヤツなので、別段驚かない。
「佳乃ちゃん、もしみちるちゃんを見つけたら、どうすればいいかな?」
「えっとねぇ、見つかったら、かのりんの家の前で待っててくれればいいよぉ」
「お前の家って言うと……ああ、あの診療所か」
「そうだよぉ」
佳乃の家はこの町で唯一の診療所「霧島診療所」だ。経営しているのは姉で、佳乃は時々それを手伝っていると聞いた。過去には真琴が風邪をこじらせて、何回か世話になったこともある。
……ただ、真琴いわく。
「あぅー……もう冷たいのは嫌よぅ」
……冷たいのって、何のことなのだろうか……
「それじゃあ、頑張って探そうねぇ」
「うん。ふぁいとっ、だよ」
そう言って、佳乃はぱたぱたと駆けて行った。ちなみに、佳乃はああ見えて走るのがものすごく速い。佳乃と初めて出会ったとき、名雪は思わずこう漏らしたと言う。
「……佳乃ちゃん、欲しいよ〜」
……何もかもが省略されすぎていて、聞きようによっては大変危ないセリフになっていた……(実際にはきっと「……佳乃ちゃん(は走るのが速いから)、(陸上部の部員に入って)欲しいよ〜」だと思う)
「それじゃ、探しに出掛けるか。お前、顔知ってるんだよな?」
「うん。任せてよ」
名雪と一緒に、佳乃とは別の方向に向かって歩き始めた。
「しかし……」
「どうしたの?」
「確かさ、昨日も遠野の母親と出会って、みちるの話題になったよな?」
「あ、そう言えばそうだったね。すっかり忘れてたよ」
名雪が本当に今思い出したかのように言う。仕方ないかな。印象に残らない話題だったし。
「ところでさ、みちるってどんなヤツなんだ? なんか……分かりやすい特徴とかあるか?」
「えっと……あっ、うん。すごく分かりやすい特徴があるんだよ」
「そりゃ助かる。どんなのだ?」
「ツインテールで、赤紫色の髪の毛をしてたよ。それで、身長はこれぐらいかな」
そう言い、自分の胸元より少し下まで腕を持ってくる名雪。身長はそれほど高くないようだ。
「それだったら、すぐに見つかりそうだな」
「うん。早く見つけてあげないとね」
俺たちは二人で商店街を見回しながら、ツインテールの子供を捜し始めた。ここはそう広くはないし、佳乃や佳乃の姉、それに遠野も探しているのだから、そう時間をかけずに見つけることができるだろう。
俺はそう考えていた。
……のだが。
「……意外と見つからないもんだな」
「うん……本当にこの近くにいるのかな?」
俺と名雪がみちるを探し始めてそろそろ三十分が経つ。その間佳乃に何度か出会ったが、佳乃もみちるを見つけられていないようだった。
その内再び佳乃と出会ったが、お互いに目的の人間を見つけていないことを知り、がっくりと肩を落しあった。
「困ったな……」
「困ったよ〜」
「困ったねぇ」
三人顔を突きあわせてみるが、答えは一向に出なかった。
「なあ佳乃、遠野はなんでみちるを探してるんだ? ほっといたら、その内勝手に家に帰ってくるんじゃないのか?」
「うん。かのりんもそう言ったんだけどねぇ、遠野さんが『みちるちゃんの様子がおかしかった』って言って、ひょっとしたら帰ってこないんじゃないか、って言ってたんだよぉ」
「様子がおかしい? どんな風におかしいかは聞いてないか?」
「えっとねぇ、確か『何か唸ってるみたいだった』とか、『口数が極端に減った』とか言ってたよぉ」
「……なんか不穏だな、それ……」
唸ってる、っていうのはよく分からないからともかく、口数が減った、というのは少し気になる。ひょっとすると……
「……ひょっとすると、家出したんじゃないか?」
「わ、祐一、それ、ストレートだよ」
「わわわ〜、もしそうだとしたら、大変だよぉ。地球が大ぴんちだよぉ」
「地球がぴんちかどうかはともかく、出来るだけ早く見つけてやろうぜ。遠野が心配してるって言えば、すぐに帰るだろ」
「そうだねぇ。早く見つけてあげようねぇ」
佳乃はそう言うと、またどこかへぱたぱたと駆けて行った。
「もう少し範囲を広げて探してみるか」
「うん。遠野さん、きっと心配してるよ」
佳乃が去ってしばらくしてから、俺たちも歩き出した。
「……………………」
それを見つめる、小さな影があった。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。
Thanks for reading.
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