「にょ、にょわあああああっ! み、みちるが目の前にいるううううううっ!?」
「あ、あううううううううううっ! 真琴が二人いるうううううううううっ!?」
……出会ってはいけない者同士が、一番出会ってはいけないタイミングで出会ってしまった。
(ぐああ……あのバカ、なんで出てきたんだっ)
俺は思わず頭を抱えた。あのまま待合室で待っててくれればどうにでもなったのに、真琴のヤツ、待ちきれなかったのかそれとも偶然かは知らないが、診察室の中に入ってきてあの「真琴」とご対面なされてしまった。しかも、お互いに事情が分かってないと来てる。最悪にも程がある。
「……? 君は遠野さんのところの子じゃないか? 確か、みちるちゃんと言ったか……」
「そうだぞ。みちる、お前、こんなところで何やってんだ?」
「あぅーっ……違うわよぅ! あたしは真琴よぅっ!」
「みちるちゃん、違うよ。真琴はそこにいる子だよ〜」
「にょわーっ! 違うぞーっ! みちるはみちるって言うんだぞーっ!」
「……ちょっと待ってくれ。なぁ聖、こいつは間違いなく、この二人の妹なんだよな?」
「ああ。それは間違いない。以前、私が診察したことがあるからな」
「しかし……この話し方、どう聞いてもみちるだぞ?」
「わー、わたし、なんだかよく分からないよ〜」
名雪・真琴・みちる・国崎・聖が入り乱れて会話を始める。全員、状況がまったく理解できていない状態だった。というか、訳が分からなかった。うん。俺も何一つ分からない。
「ゆーいちぃ! なんとか説明しなさいよぅ!」
「祐一、わたしにも分かるように説明してよ〜」
「ちょっと待て。何故俺が説明役になってるんだ」
「いいから何とかしなさいよぅ!」
名雪と真琴に説明を要求されるが、正直なところ俺が誰かに説明して欲しいぐらいだ。が、このままだとえいえんに二人から言われ続けそうなので、とりあえずは話を始めることにする。
「よーし分かった。とりあえず皆落ち着こう。状況整理から入るんだ」
わーわー言いまくっている一同をとりあえず鎮めて(こういうのは得意だ)から、改めて話しに入る。
「それじゃあ、全員に質問するぞ。自分の名前を言ってみてくれ。まず名雪」
「え? わたしも?」
「そうだぞ。ひょっとしたら、お前も名雪に見せかけて秋子さんかも知れないじゃないか。あるいはけろぴーとか」
「わー、わたしはわたしだよ〜。水瀬名雪だよ〜」
「よし。それじゃあ次」
「うむ。私は霧島聖。間違いない」
「オッケー。それじゃ次」
「俺は国崎住人。心も体も往人さんだ」
「意味が分からんっ。で、そこの二人」
「あたしは真琴よぅ! 見た目はこんなのだけど、ちゃんと真琴なんだから!」
「んにー。みちるはみちるだぞーっ。朝起きたらこんな格好になってたんだーっ」
「……オッケー。話を始めよう」
はっきりと「みちる=真琴」「真琴=みちる」の方程式が成立した時点で、本題に入ることにした。
「これは俺の推測なんだが、きっぱり言うぞ」
「うん。きっぱり言ってね」
「真琴とみちるは入れ替わってる」
俺はきっぱりと言い切った。
「わ、すごくきっぱりだよ」
「にょわーっ! それ、どういうことだーっ!?」
「あうーっ……分かるように説明してよぅ」
「簡単に言うと、お前ら二人は……その、理由は分からないが、とりあえず心と体が何かの拍子に入れ替わったんだ。だから、お前は見た目がみちるなのに中身は真琴だし、もう片方はその逆になってるんだ」
「そうか……だから、俺はお前を知らなかったのに、お前は俺を知ってた、って訳か。中身はみちるだからな」
「ふむ。確かにそうかも知れないが……いくらなんでも非科学的に過ぎるぞ」
「俺だって、こんなことが目の前で起きたなんて信じられないぞ」
みちる(真琴)と真琴(みちる)を交互に見比べながら、ため息混じりにつぶやく俺。そりゃそうだ。こんなファンタジックな出来事、真琴が水瀬家にやってきた時以来だ……いや、そーいうのを既に一回体験してる時点で、一般人とは受け止め方が相当違うのは分かってるけど。
「ふむ。とにかく、水瀬さんの身体に遠野さんの記憶や考え方が、そして遠野さんの身体に水瀬さんの記憶や考え方が入ってしまった。これは間違い無さそうだな」
「ああ。さっき真琴……見た目はみちるだが、とりあえず真琴にいくつか質問をしてみたが、受け答えはしっかりしていた」
「う〜ん……なんだか大変なことになっちゃったね。どうすればいいんだろう?」
「そもそも、何でこんなことになったんだ? 相沢、この二人が出会うようなこと、何かあったか?」
「いや……真琴の話だと、今日の朝起きたらもうみちるになっていて、それまでの間にみちると出会うようなことは無かったと言っているぞ」
「じゃあ、頭をぶつけたとか、そういうお約束の展開じゃないんだね」
「多分な。この二人のどちらかが極度の夢遊病体質で、寝てる間に相手にダイビングヘッドバッドをかましに行ったとかなら考えられなくもないが」
多分、それはないと思った。みちるはどうだか知らないが、少なくとも真琴はそういうのではない。一度眠ったら……名雪ほどではないにしろ、起きるまで絶対に動き出さないほどよく眠るからだ。
あまりにも動かないから、前に一度「ひょっとして死んだのでは?」と思い、顔の上に白い布を置いて外に出掛けて、しばらくして帰ってきてみたら、名雪と秋子さんが完全に騙されてしくしく泣いてたことがあった。あれは後で事情を説明するのにすごく手間取ったなあ。
「やっぱ、白い布がよくなかったのかなぁ」
「祐一、どうしたの?」
「いやぁ、こっちの話」
「とにかくだ。聖、相沢、この二人の親に連絡して、状況をきっちり説明した方がよくないか?」
「あ、ああ……」
……あれ? この国崎ってやつ、思いの外まともじゃないか? 確かに、親に連絡した方がいいのはまったくその通りだし、それに……
「そうだよ祐一。お母さんなら、きっと何とかしてくれるよ」
「そうよゆーいち! 秋子さんならきっと一秒で『了承』してくれるわよぅ!」
「……! そうだよ! 秋子さんがいるじゃないかっ!」
とても簡単なことを忘れていた。そうだよ。俺たちには無敵のお母さん・秋子さんがいるんだった。秋子さんがいれば百人力、いや、千人力だ。きっと空に囚われた少女や霊体の少女だって一撃で解放してくれるに違いない。作品中に病名が出てこない重い病気だって、下がりそうで下がらない微熱だって、足の痺れから始まる一連の症状だって一発だ。
「先生、電話借りてもいいですか?」
「ああ。構わないぞ。私は遠野さんの母親に連絡しよう」
「そうしてくれると助かります」
やれやれ。これで上手く行きそうだ。何せ秋子さんだからな。秋子さんなら、きっとどうにかしてくれるだろう。
「……すぐ来てくれるってさ」
「良かったね。これで一件落着だよ」
家に連絡すると秋子さんが出て、「とりあえず話したいことがあるから、霧島診療所まで来てください」と言ったら、一秒足らずで「了承」という答えが返ってきた。電話越しじゃ事情も説明しづらいから、ちょうどいい。
「先生、遠野のほうはどうなりました?」
「ああ。すぐ来てくれるそうだ。近くだから、十分もすれば来るはずだろう」
「そうですか……」
これでどうにかなりそうだ。何でこんなことになったのかはさっぱり分からないが、とりあえず事態がこれ以上こんがらがることだけはなさそうだ。
「……………………」
ふと、寝台に目をやる。そこには……
「……………………」
「……………………」
……お互いを見詰め合う「真琴」と「みちる」の姿があった。自分の姿を他人の視点に立って見つめるなんてこと、そうそうできないからな……
「あぅー……こうやって見てみると……」
「んに?」
……真琴がみょーにうっとりとした表情で、自分自身を見つめている。みちるがそれに気付いて、視線を真琴の方に向ける。
「真琴って、こんなにかわいかったのねっ!」
「にょ、にょわーっ!?」
真琴はそう言うと、みちるに思いっきり抱きついた。
「あぅー……」
「にょわー!」
……先生、ここにアホな子が一人います。
「あぅーっ! もう離さないわよぅ!」
「やめろーっ! みちるの初めては美凪にあげるんだーっ!」
先生! もう一人もアホな子でした!
「あぅーっ!」
「にょわー!」
「あぅーっ!」
「にょわー!」
「あぅーっ!」
「にょわー!」
ぷちっ。俺の中で何かが切れた。
「アホか貴様らっ」
「止めろ馬鹿っ」
(がす)
(ごす)
俺と国崎が同時に真琴とみちるをどついた。正確には、俺が真琴(本体がみちる)をどつき、国崎がみちる(本体が真琴)をどついたわけだが。
「んに〜……何するんだーっ! 国崎往人ーっ!」
「俺が今どつかなかったらお前、本気で危なかっただろうがっ」
「あぅー……ゆーいちっ、何するのよぅ!」
「真琴……お前がそういうヘンタイな子だとは思わなかったぞっ」
「そーだっ! みちるの体でヘンなことするなーっ!」
「何よぅ。可愛いから抱きついただけじゃないっ」
「相手が悪すぎるわっ」
俺は吐き捨てるように言った。真琴はそういう漫画の読みすぎなんだっ。今度俺がもっと硬派な漫画(敵が指で突かれて「あべし!」「ひでぶ!」「たわば!」「うわらば!」と凄惨な断末魔を上げて四散するような漫画)を買い与えて、その曲がった根性を力づくで矯正する必要がありそうだ。
「んにー。じゃあ国崎住人ー、みちるの何が危なかったか言ってみろー」
「貞操」
「にょわーっ! こいつ、むちゃくちゃはっきり言ったぞーっ!」
「どうだ、驚いたか」
そりゃあ、誰でも分かる。というか、みちる(小四)が「貞操」の意味を知ってるほうがすごいと思う。
「ゆーいちっ、真琴のどこがヘンタイかを言ってみなさいよっ」
「女の子にいきなり抱きついてその後思いっきり抱きしめたこと」
「あぅーっ! ゆーいちっ、ストレートすぎるわよぅ!」
「もっと遠まわしに言えばいいのかよっ!」
駄目だ。真琴、完全にアホな子になってる。早くもとに戻さないと、大変なことになりそうだ。
「わ、なんだか楽しそうだね〜」
「ちっとも楽しくないぞ」
「あぅー……おねーちゃん、ゆーいちが真琴のこといじめるのよぅ……」
「祐一、駄目だよ。真琴のこといじめちゃ」
「むしろ真琴が先に厄介ごとを起こしたんだが」
真琴は今度はターゲットを名雪に変え、再び抱きつきを開始する。
「わ、真琴、ずいぶんちっちゃくなったね〜」
「あぅー」
それに応じて、名雪も真琴を抱きしめる。
「おねーちゃん……」
「真琴……」
ああ、今度こそ周囲に薔薇を描けるだけ描きたい。描き過ぎて処理落ちを起こして、最初に描いたやつがだんだん消えていくぐらいの状態になっても描き続けたい。
……先生、俺、この空気についていけません……
俺が半ば絶望しかかっていると、
「こんにちは」
「お邪魔します」
玄関の方から、声色の違う二つの声が聞こえてきた。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。
Thanks for reading.
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