〜第十四話:「触覚&どろり濃厚」〜

586

「とりあえず、学校行くか」

「うん。そうだね」

朝からいろいろあったが(主にみちるがジャムの生贄になられたこと等)、俺たちはとりあえず学校へ行くことにした。今日は木曜日。明日一日学校に行けば、土日は休みである。

「それにしても、妙な出来事だったな……」

「うん。わたし、今でも信じられないよ」

「昨日まであの体に真琴が入ってたんだろ? それで、朝起きたらちゃんとみちるに戻ってた」

「う〜ん……なんでこんなことになっちゃったんだろうね? 理由が分からないのって、なんだか嫌だよ」

「……だよなぁ。原因が分からないってのは、こんなにもやもやとした気分になるものなんだな……」

真琴とみちるの身に起きた出来事を振り返り、改めてその非日常ぶりにため息を吐く。前々から何度も思案しているが、やはり理由が分からない。よりにもよって、どうして真琴とみちるなのだろうか。それが分からない。

「何かきっかけがあるのは間違いないんだ。ただ、そのきっかけが分からない」

「真琴とみちるちゃんには何の関係もないし、昨日まではお互いに全然知らなかったぐらいだし」

「だから、二人が直接何かしたんじゃなくて、間に何かが入ったんだと思う」

「その『何か』っていうのは、多分、わたしたちが想像も出来ないようなものだと思うよ」

推理漫画の後半、登場人物たちが事件の概要に気付いて皆でガンガン推理を進めていくように、お互いにすらすらと意見を述べていく俺と名雪。そこはかとなくかっこいいぜ。俺と名雪。

と、そこへ。

「よっす。相沢に水瀬さん」

北川が現れた。

「お、北川か。今日も早いな」

「何言ってんだよ。俺今日ちょっと遅刻気味なんだぞ」

「わ、北川君。元気になったんだね〜」

「まぁな。昨日は心配かけて悪かったな」

それは、いつもの元気そうな北川だった。

「それより、遅刻気味ってのは本当か?」

「ああ。急いだ方がいいぜ。予鈴まであと十分だ」

「わ、ちょっと急がないとダメだね」

「それじゃ、走るか」

「おうっ」

俺と名雪と北川が、一斉に走り出す。冬の冷たい大気と春の暖かな風が混じりあった、どこか落ち着かない空気に身を預け、俺たちは走った。

 

「そろそろ歩いても大丈夫じゃないか?」

「そうだな。疲れたし、歩くか」

「うん」

ある程度走って距離を稼ぐと、北川の提案で残りの距離は歩くことにした。さすがに、学校までの全力疾走は緊急事態(主に名雪が盛大に寝坊した時)限定にしたいところだ。

「それにしても……」

「ん?」

「昨日のお前、ホントに元気なかったよな……あんなお前見たの、初めてだったぞ」

隣にいた北川に、何気なく昨日のことを尋ねてみる。別段気になったわけでもない。ただの時間つぶしの雑談のつもりだった。

「あぁ、あれね」

北川もそれが分かっているのか、ごく自然に答える。

「一昨日にちょっと憂鬱なことがあってさ……昨日で解決したんだけど、それで一日悩んでた、ってわけ。俺らしくないよな」

「まぁな。解決したんならそれでいいけどよ」

「ああ、ばっちり解決したぞ。今のところはな」

「……今のところは?」

「今度また、同じ目に遭うかも知れない、ってことさ」

「そ、そうなのか……」

なんだか思いの外大変なことに巻き込まれているらしい。ちょっと同情する。

「ま、大したことじゃないから、そんなに気にしないでくれよ」

「あ、ああ……」

北川は笑って言うが、同じ災難に二度三度も遭うかも知れないというのは、なかなかに嫌なものだと思う。それがどんな「災難」なのかは分からないにしろ、である。

と、その時だった。

「あ、水瀬さんに祐一さんに北川さん。おはよう」

「わ、神尾さん! おはようだよ〜」

「よっす。今日は早いな」

「何言ってるんだよ。神尾さんはいつも早く学校に来て、黒板消しとかを綺麗にしてくれてるんだぞ」

「……そ、そうだったのか?!」

「ああ。俺も見習わなきゃな」

「にははっ。北川さん、ありがとう」

意外な人間の意外な一面を見た気がした。観鈴って案外、マメな性格なのな。ちょっと驚いた。

そして、それをしっかり見ている北川にも驚かされる。ひょっとしてこいつは、他人の知らない他人の一面をいろいろと知っているのかもしれない。俺にもそんなのがあるのだろうか。

「水瀬さん、昨日は大変だったみたいだね。往人さんから聞いたよ」

「うん。なんだかよく分からないぐらい大変だったよ」

「相沢、お前、昨日何かあったのか?」

「ああ。とんでもなく奇妙な出来事だ」

「気になるな……良かったら、聞かせてくれないか?」

「別にいいが……ちょっと長いから、教室についてからじっくり話してやろう」

「楽しみにしてるぜ」

そう言って、観鈴も加えた四人で学校への道を行く。そう言えば、昨日は観鈴と北川じゃなくて、香里と栞だったな。今日は昨日よりも少しばかり遅くなったから、あいつらは先に学校へ行ってしまったのだろう。仕方ないか。

「……………………」

しかし、俺と名雪はともかくとして、北川に観鈴ってのは意外な組み合わせだ。同じクラスにいるのは間違いないが、この二人、というのは珍しい。朝のみちるといい、今日は妙な取り合わせが多いな。

などと、俺が考えていると。

「確か、みちるちゃんが男の子になっちゃったんだよね」

「……はぁっ?!」

観鈴が突然意味不明なことを言い出した。ちょっと待てっ。そんな話、今初めて聞いたぞっ。一体どーいうことなんだっ。

「ちょっと待て観鈴、それ、どういう意味だ?!」

「あれ? 往人さん、言ってたよ。『みちるが真琴って言う男の子になっちゃった。ずいぶん女の子っぽい男の子だったけど』って」

「……まさか……あいつ……」

ひょっとしてあれなのだろうか。そうなのだろうか。

「観鈴、違うぞ。真琴はれっきとした女の子だぞ」

「えっ? そうなの? わたしもさっきまで男の子だと思ってた」

「国崎……あいつっ……」

……あのなぁ、名前の響きだけで性別を判断するなよっ!! あれはどっからどう見ても女の子だろ! っていうかスカート履いてただろっ! スカート履いた男の子なんて超稀少だぞっ。一部のファンにしか受けないぞっ。マニアックだぞっ。

「祐一、どうしたの? いきなり『マニアック』なんて言って……」

「やべ……口に出して言ってたか……」

「にははっ。祐一さん、ひょっとしてヘンなこと考えてる」

「相沢……お前、朝から元気だな。いろいろな意味でよ」

「……うぐぅ」

……あながち間違っているとも言えないので、なんとも言い返せない。情けないぜ……俺っ。

 

「どうにか間に合ったな」

「ああ。いつもこれぐらいがちょうどいいんだが」

学校に着くと、予鈴三分前。余裕があるとは言えないが、間違いなく遅刻ではない。ある意味、理想的な時間だ。

教室に入ると、香里がすでに席についていた。

「よっす、香里」

「おはよう香里〜」

「にははっ。おはようございます」

「おはようさんっす」

「あら、今日は揃って来たのね。おはよう」

軽く挨拶を交わし、それぞれ席へ。観鈴は俺たちとはずいぶん離れた席なので、ここで一端お別れになる。

さてと、一時間目はなんだっけかな……

……と、俺が机の中(全部教科書で埋まっているのは基本だ)をごそごそやっていると、

「……北川君」

「ん? どうした?」

「……昨日は助かったわ。ありがと」

「……気にすんなって」

……俺の目の前で、いきなり意味深な会話。

「……どうしたんだ? なんだか急激に意味深感が増したぞ」

「大したことじゃないさ。ホントに」

「そうよ。あたしと北川君にしか分からないことだから」

「……?」

俺は名雪に視線を向けてみるが(と言うか俺、困ったら名雪を見てる気がする)、

(……何のことか分かるか?)

(う〜ん……全然分かんないよ〜)

……この二人の付き合いは俺より確実に数倍は長い名雪が分からないのだ。俺に分かるはずが無かった。

「それより相沢、さっきの話、いつ聞かせてくれるんだ?」

「ん? あぁ、あれか。一時間目が終わったら話してやるよ」

「それじゃ、一時間目は何を話してくれるか想像して過ごすことにすっか」

「大したこと……でもあるかな。ある意味」

「相沢、お前上手い言い方するな」

「まぁな。言葉遊びは任せてくれ」

「相沢君らしいわね」

「うん。祐一らしいよ」

いつもどおりの会話。いつもどおりの風景。いつもどおりの俺たち。

日常は、完全に戻ってきたかのように思えた。

 

……その矢先。

 

「おーい、相沢ー、ちょっといいか?」

「斉藤……? おう。どうしたんだ?」

クラスメートの斉藤が俺に声をかけてきた。普段はたまに会話する程度で、特に仲が悪かったりするわけでもないんだが……どうしたんだろうか。何かあったのか?

「さっきさー、あのドアの近くで立ってる先輩の人にお前を呼んでくれって頼まれたんだけど……見覚えある?」

「……………………」

斉藤に言われ、ドアのほうを注視する。

「……香里、あれ、川澄先輩じゃないか?」

「そうだわ……聞いたことあるわよ。間違いないわ」

「わ、もしかして、あの川澄さん?」

「…………舞?」

そこにいたのは……俺の先輩にあたる舞――本名は「川澄舞」――だった。

「ああ。悪い。ちょっと行ってくる」

「おう」

斉藤にそう言ってから、入り口の方へ。

 

「……どうしたんだ? 何かあったのか?」

とりあえず、そう声をかけてみた。舞は佐祐理さん――本名は「倉田佐祐理」。舞の大親友だ――と違って、よほどのことがない限り自分からここへ足を運ぶようなことはない。つまり……

……よほどのことがあったと見ていい。

「……祐一……」

そう言った舞の表情は、やはりとても深刻だった。あのいつも見せているどこか冷たさを帯びた無表情とは、明らかに違う、憂いと戸惑いを帯びた、ある意味活き活きとした表情。

「……祐一、佐祐理が……」

「……! 佐祐理さんが?! どうしたんだ?!」

問題は佐祐理さんがらみのようだ。ひょっとして、またあの生徒会の連中が絡んできたのか? それで佐祐理さんが困っているのか?

「もしかして、あの久瀬とかいうヤツがまた佐祐理さんに……」

「……………………」

……いや、どうやら違うようだ。ふるふると首を横に振る舞。

「……じゃあ、どうしたんだ?」

「……佐祐理が……」

 

「……佐祐理が、なんだかヘンになった……」

 

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。

Thanks for reading.

Written by 586