「……まさか、前回より増えてるとは思ってなかったぞ、俺……」
「同じく……香里が手伝ったって聞いたから、てっきり減ってるものかとばかり……」
「わ〜……これはちょっとすごいよ〜」
中庭にて俺たちを待ち受けていたのは、総計六つの棺桶(注:弁当箱)と、恐らくアイスが満載されたであろう透明のタッパー。箱そのものが一つ増えている上に、箱のサイズが心なしか前回より大きくなっているような気がする。間違っても、学校に持ってこれる量ではないのは確かだ。
「でしょ? 五時起きして栞と一緒に作ったんだから」
「気合い入ってるなぁ。時間かかっただろ?」
「もちろんよ。今日は家を出るのが少し遅れたぐらいだから」
「お姉ちゃんと私の自信作なんですよ」
「せめて……その自信を別のベクトルに向けてくれればなぁ……」
俺は途方に暮れた。せっかく栞と、今回は香里も手伝って作ってきてくれたのだから、食べきらないわけには行かない。とりあえず、覚悟だけは決めておこう。あと、午後からは爆睡確定。誰がなんと言おうと寝る。寝て寝て寝まくって、「寝祐一」と呼ばれるぐらい寝る。俺の意志は今固まった。
「とりあえず、食べようか」
「そうだな。栞ちゃん、取り皿とかある?」
「もちろんですよー。はい、これ、ちょっと配ってあげてください」
「サンキュ」
北川が紙皿を、香里が割り箸を全員に配分する。栞がその隣で大きめの水筒を取り出し、用意した紙コップに熱いほうじ茶を注いで、入った分から名雪がそれを配っていく。で、俺は見てるだけ。おお、これぞ亭主関白というヤツか。
「祐一さん、それはもちろん、私が奥さんですよね?」
「……って、お前も読心術を?!」
突然の栞の爆弾発言。当然、周りが放っておかない。
「あら、相沢君、なかなか回りくどくて面白いプロポーズをするわね」
「違うっての」
「相沢、お前に照れ隠しは似合わないぞ」
「違うって言ってるだろ」
「でも、そういうところが相沢君らしいと思わない?」
「だな。普通じゃ考えられないプロポーズを平気でするタイプだろ」
「お前らなぁ……」
昼食の前に始まったこのどーでもいい痴話に、俺は頭が痛くなる。やれやれ。大体、隣に名雪がいるってのに、何でこんな誤解されるような危険な冗談を……
「……………………」
「……………………」
……などと俺が考えていると、北川と香里の視線はいつの間にか俺からは外されていて、名雪のほうにひたすらに注がれていた。
「……あれ? 香里に北川君、わたしの顔に何かついてるかな?」
「……名雪、一つ言ってもいいかしら?」
「うん。いいよ〜」
「……怒ってないの?」
「えっ?」
「ほら、いつもの水瀬さんだったら、相沢のヤツがこんなことを言ったら、相沢の腕をつねったりとか、紅しょうがのフルコースを約束したりするよなぁ、って思って」
「えっ?! えっ?! えっ?!」
し、しまった……これはあの二人の作戦だったのかっ。確かにもし中身がモノホンの名雪だったら、今の会話なんか聞けば確実に紅しょうがかつねりが待ってただろう。秋子さんはそんな名雪の行動パターンを知らないから、普通に黙ってたんだ……
「ひょっとして、もう相沢君への気持ちは冷めちゃったとか?」
「わ、お姉ちゃん、さりげなくシリアスなこと聞いてます。ドラマみたいでちょっとかっこいいです」
「そ、そうじゃないよ〜。ち、違うんだよ〜」
「じゃあ、ひょっとして……今日の水瀬さん、実は……」
「……………………!」
北川が二の句を継ごうとした……
……まさに、まさにその時だった。
「わ、神尾さんっ。もう止めようよ〜」
「何言うとんねんっ。こっからがええとこやないかっ」
「わわわ〜。修羅場だねぇ。かのりん、びっくりだよぉ」
「わわ、霧島さん、声が大きいよっ」
……中庭の茂みの一角から、三つぐらいの声が聞こえてきた。
「……………………」
「……………………」
一同、会話を中断し、その方向を見やる。
「わわわ、ダメだよっ。気付かれちゃったよっ」
「ここまで来て逃げだせって言うんかいっ。うちはそんなん認めへんでっ」
「わわわ〜。二人とも、喧嘩しちゃダメだよぉ」
そして、北川と俺の目が合う。
「……どうする?」
「……どうしようか……」
北川と俺の目が離れ、今度は俺と香里の目が合う。
「……なぁ、どうする?」
「……どうしましょうね……」
香里から目を離し、俺は汲んでもらったお茶をこぼさないよう、穏やかに立ち上がった。
「わたしは最初からこんなことしない方がいいって思ってたんだよっ」
「アホなこと言いな! 最初に『中庭でちょっと面白そうなことになってる』って言うたん、あんたやんかっ」
「でも、その後『よっしゃ! こりゃ覗くしか無いわーっ!』って言って走っていったのは、神尾さんだよぉ?」
「そうだよっ。神尾さんが走っていくから、わたし達も走ってきたんだよっ」
「なんや! うちのせい言うんか! しゃーないやん! 気になってんから!」
「わわ、神尾さん、声が大きいよっ」
「……お前ら、何やってんだ」
俺が茂みを分け開いて中を覗くと、よく見知った顔の三人組がなにやらわちゃわちゃとあーでもないこーでもないとお互いに責任をなすり付け合っていた……正確には、一人は状況説明をしてて、残り二人で醜い友情を見せ付けてくれてたわけなんだが。
「バレバレにも程があるぞ」
「わわわ〜、見つかっちゃったよぉ。かのりんと観鈴ちんとみずみずは、今未曾有の大ぴんちな状況だよぉ」
「……ったく。今日の観鈴はともかくとして、長森……お前まで何やってるんだよ……」
茂みの中で犯罪行為(覗きとかそういう方向で)をしていた面子は、佳乃に観鈴に長森――本名は「長森瑞佳」。茜色の髪と黄色のリボンが目を引く俺たちのクラスメートの一人――だった。
「ごめん……そういうつもりじゃなかったんだよ」
「……だろうな。話聞いてると、どーも観鈴が一人で暴走したっぽいし」
「しゃーないやん。森永が『おもろい話がある』って言うからやなぁ……」
「私は長森だよっ。森永じゃないよっ。でも牛乳は森永ブランドが一番好きだよ」
「お前らなぁ……」
と、俺が頭を抱えていると、横からとことこ誰かが歩いてくる気配。誰だ?
「あのー、もしよかったら、皆さんも一緒にどうですか? お弁当、たくさんあるんですよ」
栞だった。どうやら、一緒に弁当を食べてはどうかと提案しているらしい。まぁ、確かにこいつらはみんな俺のクラスメートだし(佳乃は違うが、似たようなものだ)、気心も知れてるからちょうどいいだろう。覗き犯を昼食に誘うのはどうかと思ったが。
「わ、栞ちゃんだねぇ。祐一君から話は聞いてるよぉ。真冬の猛吹雪の中で、冷たいバニラアイスを二十個も食べたんだよねぇ。すごいよぉ。ギネスブックに申請しようよぉ」
「えっ?」
「そうなの? 私が祐一君から聞かされたのは、真冬の猛吹雪の中で冷たい雪見だいふくを三十個食べたって話だったよ」
「……祐一さんっ、このお二人さんに、一体何を話したんですかっ」
「いやぁ、ほんの冗談のつもりだったんだよ」
半分ぐらいは事実だけどな。
「えうーっ……ひどいです祐一さんっ。嘘もいいところですっ。私だって傷つきますっ」
「悪かった。確かに、嘘はよくないよな」
「本当ですよっ。アイスは二十八個で、雪見だいふくは四十六個ですっ。間違えないでくださいっ」
「!!」
「!!」
「!!」
……佳乃と長森と俺の顔が、アイスでもぶちまけられたみたいに硬直してたのは言うまでも無いと思う。
「……で、結局その三人も一緒に食べることになった、ってわけか」
「そういうことですよー。やっぱり、たくさんの人と一緒に食べた方が美味しいですから」
「それにしても、ここまで増えるとはな……」
この場にいたのは俺・名雪・香里・栞・北川・観鈴・佳乃・長森の総計八人。八人対六つの重箱である。これなら、実にちょうどいい量だ。安心して味わって食べられる。
「ごめんねみんな。なんか、すごく悪いよ」
「気にしないでいいのよ。こんなにたくさんあるんだし、美味しく食べてもらった方が、弁当だって本望よ」
「しかし、これホンマにようできとるなぁ……これ、みな栞ちゃんが作ったんか?」
「えーっと……お姉ちゃんと私で、半分ずつぐらいです」
「わ、この玉子焼き、中に海苔が入ってる」
「それは私が作ったんですよー。綺麗に巻くのが大変だったです」
「このから揚げは……美坂、お前が作ったのか?」
「あら、よく分かったわね。正解よ」
「だろうな。前のとはちょっと味付けが違ったから」
「ぐぬぬ〜。かのりんもかおりんみたいに料理上手になりたいよぉ」
「佳乃ちゃん……かおりんはやめてよ……」
「名前の響きはそっくりだよな。香里と佳乃って」
いつもの約二倍の人数で、気持ちよく整理されてゆく弁当。和気藹々とした空気。なんだかんだで美味い弁当。よっしゃ! この分なら、この昼食会は楽しいまま終われ
「あっ、皆さん聞いてください。実は、デザートも用意してあるんです」
「わ、そうなんだ。どんなのかな?」
「これですよー。私の特製アイスです」
「!!」
「!!」
「!!」
「!!」
「!!」
「!!」
……そうになかった。「アイス」という単語が飛び出した瞬間、香里と栞を除いた全員の表情が石像のように硬直した。当然、その中に俺も含まれている。ちなみに、香里はすでにあきらめの境地に達した表情だ。そりゃあ、最初から栞がソレを持ってくることを知ってたんだから、仕方ないといえば仕方ないが……
(おいおい、ちょっと待ってくれよ……)
ちなみに、今は二月初め。思いっきり、真冬である。正直今こうやって外で弁当を食べている時も、肌寒さを感じずにはいられない。その状況下でアイスである。これを拷問と言わずして何というのだろうか。ごめん。俺にはちょっと思いつかない。
(ゆ、祐一さんっ。亭主として何か言ってあげてくださいよっ)
(そ、そんなこと言ったって、俺にもどうしようもないですよっ)
(美坂っ、栞ちゃんを止められないのかっ)
(止められたら朝の時点で止めてるわよっ)
(ほ、本当にアイスを食べるんだっ。わたし、びっくりだよっ)
(あ、あの子化け物と違うんかっ。うち、今めっちゃ寒いで?!)
(こ、このままだとかのりん、凍死しちゃうよぉ。お姉ちゃんに怒られちゃうよぉ)
全員のささやき声も、栞の耳には届かない。
「それじゃあ皆さんに配りますから、いっぱい食べてくださいねー」
死刑宣告が、聞こえた気がした。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。
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