「それじゃあ行ってくるから、留守番頼んだぞ」
「うん。分かったよ〜」
今日は日曜日。祐一はどこかに出掛けるみたいで、わたしとお母さんは家でお留守番。
「気を付けてね〜」
わたしは祐一を送り出すと、することもないから、テレビでも見ようと思って、リビングに歩いて行った。
すると、入れ違いにお母さんが出てきて、わたしに声をかけてきた。
「あら名雪。祐一さん、出掛けたの?」
「うん。ちょっと遊びに行くんだって」
「そう……それなら、悪いけど後でちょっとおつかいに行ってきてくれない?」
「うん。いいよっ。何を買えばいいのかな?」
「そうね……後でメモに書いておくから、それを見てちょうだい」
「うん。分かったよ〜」
お母さんはそう言うと、台所にとてとてと歩いていった。わたしはお母さんと入れ違いにリビングに入って、とりあえずテレビを付けた。
そしたら……
「あっ、ねこさんだ〜」
テレビを付けたら、ちょうどねこさんの番組をやってたんだよ。こんなの滅多にないから、すごくびっくりだよ。間違いない。今日はきっといい日。
「ねこーねこー」
ねこさんはホントにかわいいよね。どうしてうちでねこさんを飼っちゃいけないんだろう? う〜。わたしもねこさんに囲まれてもふもふ(擬音語)したいよ〜。う〜、ねこーねこー。
「あっ、終わっちゃった……」
わたしがうーうー言ってる間に、ねこさんの番組が終わって、全然違う別の番組になっちゃってた。あ〜あ、もっとたくさんねこさんを見たかったのに、ちょっと残念……
「……しょうがないから、今からおつかいに行ってこよう」
わたしはそう思って、テレビを消した。
「それじゃあ、行って来るね〜」
「気を付けてね。特に車には気を付けるのよ」
「うん。分かってるよ〜」
わたしは買い物かばんを持って家を出た。外はまだ雪が残ってて、ちょっと寒い。
「えーっと……にんじんと長ネギと……あとは、卵だね」
お母さんの書いたメモを見ながら、買わなきゃいけないものを整理する。ひょっとしたら、今日は鍋物なのかも知れない。う〜ん。卵は、ちょっと分からないけど。
「うん。これだったら、すぐに買って帰れるね」
わたしは一人でそう言って、商店街の方へ歩いて行った。
しばらく歩くと、学校帰りにいつも通る商店街までたどり着いた。今日は日曜日で、今はちょうどお昼時だから、いつもよりも人通りが多い。
と、そこへ。
「あっ、水瀬さん」
「わ、観鈴ちゃん」
わたしのクラスメートの観鈴ちゃんとばったり出会っちゃった。ずっと前からクラスにいたらしいだけど、つい最近友達になったばっかり。
「水瀬さん、買い物?」
「うん。そうだよ〜。もしかして、観鈴ちゃんも?」
「にはは。うん。昨日お母さんが酔って冷蔵庫の中身を全部食べちゃったから、補充しに来たの」
「……え?」
さらりととんでもないことをいう観鈴ちゃん。観鈴ちゃんはすごくいい子なんだけど、時々こんな風に信じられないことをさらりというから油断できない。
「そ、そうなんだ……」
「お母さん、時々ものすごいことをするんだよ。この前はバイクに逆立ちしながら乗って、生死の境を彷徨ってた」
「……観鈴ちゃんも大変だね」
「にはは。気にしない」
しかも、それをまったく気にしている様子じゃないのがすごい。もしわたしのお母さんが酔って冷蔵庫の中身を全部食べちゃったリとか、バイクに逆立ちしながら乗ったりして生死の境を彷徨ったりしたら、わたし、今度こそ確実に笑えなくなる自信がある。
「あっ、そうだ。水瀬さん、今日お隣さんから、みかんをいっぱいもらったんだよ」
「わ、そうなんだ。冬にみかんはいいよね」
「にはは。ものすごくいっぱいもらったから、水瀬さんにもおすそ分けするよ。後で水瀬さんの家に行ってもいいかな?」
「うん、いいよ〜」
わたしと観鈴ちゃんはそう言って別れて、別々の方向に向かって歩き出した。
「さて、買い物買い物〜」
わたしはメモを片手に、必要なものを買いに行くことにした。
「うん。これで全部だよね」
わたしはかばんの中を確認して、家に帰ることにした。そんなにたくさんは無かったから、買い物かばんも重たくない。
「ふぁ〜あ……うにゅ……帰ったらお昼寝しようかな……」
小さなあくびを一つして、家への道を歩く。祐一もしばらく帰ってこないだろうし、帰ったらちょっとお昼寝しよう。観鈴ちゃんが来るまでは待ってなきゃいけないけど、その後だったらいつでも寝ていいよね。
わたしはちょっと眠たくなりながらだけど、ちゃんと家までたどり着いた。
「ただいふぁ〜……」
「お帰り名雪。あらあら。ちょっと眠たいみたいね。お昼寝する?」
「うん……あ、ひょっとして、お母さんも?」
よく見ると、お母さんもちょっと眠たそうだ。そうだよね。お母さん、みんなの中で一番最初に起きてるし、一番忙しいもんね。眠たくなるのは、普通だよね。
「ええ……ちょっと眠たくなっちゃって。名雪、一緒にお昼寝しましょう」
「うん。そうだね」
わたしは靴を脱いで家に上がって、リビングに入った。お母さんは最初からわたしが眠たくなって帰ってくるのが分かってたみたいに、ちゃんと毛布を二つ敷いてある。お母さんはやっぱりすごい。
「それじゃ、お休み〜」
「はい。お休みなさい」
わたしとお母さんはさっそく毛布を被って、そのまま……
それから、どれぐらい時間が経っただろう。
「……うにゅ。おはようございまふぁ〜……」
わたしはあくび混じりに、朝の挨拶をした。もちろん、答える人はいない。お母さんも、まだ寝ているはずだからだ。
「……うにゅ……なんだか動きにくいんだおー……」
起きたときから、なんだかヘンな感覚があった。なんかこう、体が動かないというか、むしろ動けないというか、何かに……
……何かに、巻かれてるというか、抱かれてるような感じが……
「……………………」
わたしが顔を横に向けてみると、そこに……
「……うにゅ」
「おおおおおおおおお母さん?!」
わたしをしっかり抱いて、全然離す気配のないお母さんの姿があった。
ちなみに、今の状況を説明すると、
お母さんが、私のことをしっかり抱きしめて、そのまま寝てる。傍から見ると、どう見てもそっち系。
わ、これって普通にまずいよ〜! わたしに抱きついてるのが祐一だったらともかく、お母さんだよ? 他の人が見たらどんな風に思うかなんて、考えなくても分かるよ〜!
「うにゅ……もう離さないからね……」
「わわわ〜! お母さん、ヘンなこと言ってるよ〜」
しかも、お母さんの様子がちょっと変だ。顔がいつもよりほんのり赤い。ひょっとして、お母さん、ヘンな夢を見てるんじゃ……
「うにゅ……わたし、祐一のことが大好きだから……」
「わわわ〜! わたしは祐一じゃないよ〜!」
これはどう見ても、お母さんがわたしになりきっている夢だ。しかも、あたしが祐一役。それはいいんだけど、他の人が見たら、やっぱりそっち系な光景だ。お母さんと私は親子だから、余計にすごい光景。
「お母さん、起きてよ。ねえ、お母さんったら」
「うにゅ……今夜は眠らせないんだおー」
「寝てるのはお母さんだよ〜」
お母さんを揺すってみるけど、全然起きそうにない。ゆさゆさゆさゆさ。駄目、全然起きないよ。
あ、わたしのお母さんだから、こんなので起きるはずないよね。うん。納得だよ〜。
……………………
……納得してる場合じゃなかった。
「お母さん、ねえ、お母さんったら」
「うにゅ……今日は一段と激しいんだおー」
「……お母さん、このSSの対象年齢を大幅に引き上げるようなこと言わないでよ〜」
とんでもないことを言うお母さん。一体どんな夢を見てるのか、ちょっと気にな……な、ならないよ! そんなの気にならないからね!
興味津違うよっ! わたしそんなのじゃないよっ! わたしはいわゆる清純派だよっ!
お母さんがうらや違うよっ! わたしはそんなのじゃないよっ! もっと「うにゅ」とか「だおー」でみんなに印象を残すタイプだお! だおだおだおー!
「お母さん! 起きてよっ!」
「うにゅだおー」
「意味が分からないよっ!」
お母さんはわたしをしっかり抱きしめたまま、「うにゅ」「だおー」を繰り返し言ってる。お母さんがこんなこと言うの、初めて見たよ〜……
あ、わたしのお母さんだから、別に言ってても不自然じゃないよね。うん。納得だよ〜。
……………………
……納得してる場合じゃなかった。
「お母さん! お母さんったら!」
「うにゅ……そうそう。その調子だおー」
だめだよ〜。お母さん、完全に寝ちゃってるよ〜。しかも、気がついたらさっきよりも顔と顔の距離が近くなってるし、他の人が見たらホントに誤解
「ただいま〜。名雪ー、帰ったぞー」
……うそおおおおおおおおっ?! なんで今のタイミングで祐一が帰ってくるのおおおおおおおっ?! 祐一、「夜まで戻らない」って言ってたじゃない! ううっ、祐一のうそつき……
……しかも。
「お邪魔します。名雪ー、いるんでしょ?」
あははーっ。香里の声だー。私の友達の香里の声ー。
……ええええええええっ?! なんで香里まで来てるのおおおおおおおおおおおおおおおっ?! ちょ、ちょっとこの状況ホントにやばいよ! もし見られたら絶対に誤解されるお!
……ついでに。
「俺も上がらせてもらおうかな。水瀬さん、部屋にいるのか?」
あははーっ。北川君の声だー。祐一の友達の北川君の声ー。
……うきょおおおおおおおおおおっ! この状況を祐一と香里と北川君に同時に目撃されたら、わたしもう二度と金輪際えいえんに笑えないよ! それだけは、それだけはやばいお!
……それなのに。
「名雪さん、秋子さん、こんにちはーっ」
「あうーっ……どうしたんだろ? 出掛けてるのかな?」
「でも、鍵は開いてましたよ? きっと、忙しくて手が離せないんです」
あははーっ。あゆちゃんと真琴と栞ちゃんだー。きっとあゆちゃんは途中で出会って、真琴は今ちょうどバイトから帰ってきて、栞ちゃんは香里にくっついて来たんだねー。うん。納得だよ〜。
……はきゃああああああああああっ! どどどどどうすればいいんだお! これで祐一と香里と北川君だけじゃ済まなくなっちゃったお! よりにもよって六人がかりで誤解されるなんて、嫌がらせにも程があるお!
「お母さん、お母さん、このままだとわたしヒロインの座を下ろされちゃうよ。だから起きてよ」
「うにゅ……祐一、大好き、だよ」
「お母さん、お母さん、このままだとわたし本当に笑えなくなっちゃうよ」
わたしはお母さんを必死に揺さぶってみるけど、お母さんはちっとも起きる気配がない。しかも……
「うにゅ……祐一、ちょっと早いおー」
「お母さん、このSSは一応全年齢対象のつもりなんだよ……」
訳の分からないことを言ってるよ〜……とにかく、早くお母さんを起こして
(ガチャ)
「名雪ー……なんだ、こんなところに……」
刻が停まったおー。
そして刻は動き出す!
「おーい、どうしたんだ相……沢……?!」
「こんなところで固まってどうし…………な、名雪?!」
「名雪お姉ちゃん、秋子さん、一体どうしたの……よ……ぅ……」
「あれ? みんなどうしてこんなところで固まっ……て…………」
「お姉ちゃん、どうし……たん……」
みんなの動きが一斉に止まるのが見えた。
みんなの視線の先には、真昼間から熱く愛し合っている(ようにしか見えない)わたしとお母さんの禁断の空間が
「……………………」
そして。
「ち、違うよっ! こ、これにはわけが……」
「そんな……名雪と秋子さんにそんな趣味があったなんて」
「名雪……ああ、名雪……私、あなたのこと信じてたのに……」
「そんな趣味って! ち、違うんだよ! これはお母さんとわたしが一緒に寝てたら」
「うそ……水瀬さんと水瀬さんのお母さんが、そんな関係だったなんて……」
「栞ちゃん! それは大いなる誤解だよっ!」
あわわわわ……この調子だと、みんなに誤解されちゃうよ〜。何とかして、本当のことを説明しなきゃいけないお!
「違うよっ! これは成り行きで」
「真琴……なぁ、俺を助けてくれ。俺、今何も信じられないんだ」
「大丈夫、大丈夫だからね。真琴はいつだって祐一の味方なんだからね」
「北川君……私、もう駄目かも知れない……」
「香里……駄目だよ。お前は俺みたいな頼りない男に頼っちゃいけないんだ」
「あゆさん……私、最後まで笑ってられませんでした……」
「栞ちゃん、それでいいんだよ……泣きたいときには、ちゃんと泣かないとダメだよ……?」
……って、全然聞いてくれてないよっ! このままだとわたし、一生勘違いされたままだよっ。
しかも、その時。
「うにゅ……今日は一段と激しいおー」
「おおおおおおおおおお母さん?!」
この言葉を聞いたみんなの視線が、わたしとお母さんに集まって、
「真琴……ダメだ。もう、俺……お前しか……」
「大丈夫、大丈夫だよ。これはきっと悪い夢だから、すぐに覚めるよ。だから、大丈夫だよ。祐一」
「北川君……私、あなたしか頼れる人がいないの……だから……」
「……香里……そうか。こんな頼りない俺だけど、頼りにしたかったら、いつでも頼りにしてくれ……」
「あゆさん……あゆさんの胸の中、あったかいです……」
「栞ちゃん、大丈夫だよ……これはきっと悪い夢だよ。目が覚めたら、きっとみんな元通りになるから……ね?」
事態がより一層深刻になってしまったおー。
「ああ、まさか名雪と秋子さんがこんな親子だったなんて」
「名雪……お母さんと、そういう関係だったのね……」
「水瀬さん……私、どういうことを言えばいいのか分かりません……」
「俺……名雪のこと……何にも分かってなかったみたいだな……」
「ぐすっ……名雪……私、名雪のこと、ちっとも知らなかったってわけなのね……」
「ひっく……私、もう何も信じられなくなりそうです……」
ああ……もう完全に誤解されちゃったよ……わたし……もう笑えないよ……
と、その時。
「あ、ドア開いてるよ往人さん」
「いるみたいだな。入るか」
あははーっ。もう二名追加ですー。
……うにゅううううううううううううっ! しまったああああああああああっ! 観鈴ちゃんが後で来るんだったああああああああああああっ! みかんを持ってくるとかでえええええええええっ!
「水瀬さん、どこにいるのかな」
「おい観鈴。向こうからすすり泣くような声が聞こえてくるぞ。行ってみよう」
わわわーっ! 来なくていいよーっ! 今来たらお母さんのジャムがあゆちゃんの料理で佳乃ちゃんの仕上げなんだおーっ!(意味不明)
(ガチャ)
運命のドアが開いたおー。
「水瀬さん、どうし……?!」
「おい、何があっ……?!」
ごろごろごろ。観鈴ちゃんの手からこぼれ落ちるみかん。
その観鈴ちゃんと往人さんの目の前には、真昼間から熱く愛し合っている(ようにしか見えない)わたしとお母さんの禁断の空間が
再び沈黙。
「……………………」
そして刻は動き出す。
「……往人さん、わたし、もう笑えないよ……」
「観鈴、しっかりするんだっ。観鈴っ」
「往人さん、わたし、強い子なんかじゃないよ……」
「観鈴……ああ、観鈴。お前は俺の傍にいて、笑っていてくれるだけでいいんだ……」
「真琴……お前だけが俺の支えだ……」
「大丈夫だよ。これはね、悪い夢だからね。起きたら、きっと全部忘れられるから」
「北川君……私、泣いてもいいかな……?」
「……バカ。お前に涙は似合わねぇよ……お前には……笑顔が一番似合ってる……」
「あゆさん……あゆさんのこと、お姉ちゃん、って呼んでもいいですか……?」
「うん……いいよ。ボク、ずっと栞ちゃんの傍にいるからねっ……!」
ああ、取り返しがつかない状況って、きっとこの状況のことを言うんだね。うん。納得だよ〜。
……って、納得してる場合じゃないおおおおおおおっ!
「ち、違うんだおおおおおおおおおおっ!」
「水瀬さん、観鈴ちん、水瀬さんのこれからを応援してるよ。ふぁいとっ、だよ……」
「観鈴……なあ水瀬。観鈴はお前のこと、精一杯応援しようとしているんだ。俺も、応援してるぞ……」
「名雪……秋子さんと幸せにな……」
「お姉ちゃん……これからも、お姉ちゃんは真琴のお姉ちゃんだからね……」
「名雪……今まで、ありがとう……」
「水瀬さん。俺はあんたのこと、応援してるぜ……だから……」
「上手く言えませんけど……水瀬さん、どんな苦労も、二人で乗り越えていってくださいね……」
「名雪さん、ボク、名雪さんと秋子さんのこと、応援してるからね……」
そして、みんなが声をそろえて、最後にこう言った。
『二人とも、幸せに……!』
「うにゅ。了承だおー」
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。
Thanks for reading.
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