第九十三話「Grave Digger」

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「……………………」

少女は手を止めてすっくと立ち上がると、自分の周りを取り囲む佳乃ちゃんたちの姿を、光を宿していない曇った瞳で見回した。何か言い出すでもなく、何か変わった素振りを見せるでもなく、少女は惚けた表情のまま一同に一通り目をやると、先程まで続けていた作業に戻った。

丈の短いシャツに袖を通して、地面にぺたんと足を付いて作業を続けている。背格好は……ちょうど、小学生と中学生の間くらいといったところだろうか。茜色の髪は短く切りそろえられていて、背丈も合ってか、とにかく幼い印象が強くあった。

「……………………」

穴を掘るための道具を何も持っていないようで、少女は手で穴を掘り進めていた。手の汚れと周囲に積まれた土の高さを天秤にかけてみると、いささか掘り進むのが遅いように思われた。爪に土が食い込み、服の裾にも泥が跳ねている。首筋には汗がじっとりと浮かんでいて、作業の進行は決して順調そうとはいえなかった。

「なぁ……何してるんだ?」

少女が手で穴を掘っているその横に、折原君がすっと回りこむ。音量を絞った穏やかな声で、少女にその行動の理由を問うた。

「……………………」

折原君の問いかけに、少女は再びすっくと立ち上がり、佳乃ちゃんたちからは死角になっていた木の裏を真っ直ぐに指差す。すると、そこには……

 

「……フェレット……か……?」

 

タオルにくるまれて横たわる、一匹のフェレットの亡骸があった。その体はまだ生前の姿を留めており、この世を去ってからまだそれほど時間が経っていないように思われた。なるほど、どうやら少女は、この子のためのお墓を作っている最中らしい。

「そっかぁ……この子……死んじゃったんだね……」

「あぅ……それで、お墓を……」

「だから……ここで穴を掘ってたわけね……」

長森さんがそっとフェレットに手を掛けると、その体を慈しむ様に撫ぜた。真琴ちゃんと藤林さんは神妙な面持ちで、長森さんの姿を静かに見守っている。どことなく、悲しい顔をしているようにも見えた。

「……………………」

心なしか……フェレットを撫でる長森さんの手が、小さく震えているように見えた。

「……ぼく、手伝うよぉ」

「あ……私も手伝います」

佳乃ちゃんとみさおちゃんが前に出て、少女と一緒に穴を掘り始めた。少女はそれを拒むわけでもなく、ただ、自分の周りの土をどけることだけに集中しているようだった。二人は屈みこみ、少女の作業の邪魔をしないように気を配りながら、その手で墓穴を大きくしていった。

「ぴこ……」

僕はだんだんと大きくなっていく墓穴を見つめながら、黒くどんよりとした塊が胃の中でゆっくりと流れていくような、どうにも言いようの無い感覚にとらわれた。

 

「……これくらいでいいですよね」

「うん……もう、いいと思うよぉ」

佳乃ちゃんとみさおちゃんが穴を掘るのをやめて、お互いに顔を見合わせた。少女もそれは同じなのか、泥だらけになった手を止めて、静かに墓穴を見つめている。佳乃ちゃんとみさおちゃんは立ち上がって、墓穴から少し離れた場所へと退いた。

「それじゃあ……最後のお別れ、してあげてね」

「……………………」

長森さんが、そっとフェレットの亡骸を差し出す。少女はそれを無言のうちに受け取り、しばしその腕の中に抱いていたけれども、やがて決心が付いたのか、その身を静かに穴の中へと横たえた。

「……………………」

「……じゃあ、こいつを土に還してやろうな」

少女は穴の中で横たわった亡骸に一瞥をくれた後、周囲にうずたかく積まれていた土をその手に取り、少しずつ亡骸の上に被せていく。すぐ近くで立っていた折原君も手伝って、だんだんとその姿を土の中に消していく。

「……………………」

何度目かの盛り土の後、フェレットの姿は完全に土に埋もれた。その様子を、少女は膝をついてしゃがみ込み、まるで魂が抜けてしまったかのような色のない表情で見つめていた。すっと目線を落とし、折原君が少女の顔を覗き込む。

「ここが分かるように……何か、目印になるものでも持ってこようか?」

「……………………」

「そうすれば、いつでもあいつに――」

折原君がそう言葉を続けようとした……

……まさに、その時だった。

 

(ざざっ)

 

「………………っ!!」

「お、おいっ! どうしたんだ?!」

少女は何を思ったか、突然、亡骸を埋めた土を掘り返し始めた。両手で遮二無二土を掘り返し、まるで癇癪を起こしたかのごとく、声にならない声を上げながら、亡骸に被せられた土をただただどけていく。滅茶苦茶に両手を振るい、亡骸の姿を探し求めて無我夢中で地面を掘り返す。折原君の声は、まったく届いていないようだった。

「……………………」

僕はその姿を見ながら、ただならぬ感覚が背中を駆け抜けるのを感じていた。それは寒気にも似ていて、全身に震えを催す、ぞっとするような感覚だった。恐怖や驚愕といったありきたりな言葉では形容できない、ただ、ぞっとするような感覚。呼吸の感覚が早まり、脈が乱れていくのを、この身でありありと感じた。

「…………〜〜っ!!」

少女が両手をぼろぼろにしながら土を掘り返し……そこに埋められていた小さな亡骸が、再びその姿を現した……

……その時。

 

「みゅーーーーーーーっ!!! みゅーーーーっ……!!!」

 

少女の慟哭が、神社の境内に木霊した。

 

「みゅ〜〜……っ!! っ……みゅぅぅぅぅ……っ!!」

沈黙の中に響き渡った、少女の悲痛な叫び声。恐らくはその亡骸に付けられていたのであろう名を呼びながら、少女は泣き続けた。瞳を真っ赤にして酷くしゃくり上げ、ぽろぽろと珠のような涙を零していく。涙が亡骸にこぼれ落ちて、小さな小さな跡を残す。

「うぐっ……みゅ〜っ……ひっく……みゅー……うぅっ……」

糸が切れたように、少女はただ泣き続ける。今まで抑えていたものが一度に押し寄せてきたのか、泣きやむ気配を一向に見せない。母親を失った雛鳥のように、ただ大きな声を上げ、少女は激しく泣いた。

「みゅ〜〜……みゅうぅぅ……みゅーーーーっ……!!」

生き返るのを望むかのように、少女は亡骸の名を呼び続けた。顔をくしゃくしゃにしながら、声を枯らしながら、それでも少女は泣くのを止めない。抑えがたい気持ちが心の中で暴れ狂っている様子が、その姿から容易に見て取れた。

「ううぅぅ〜っ……みゅー……ひっ……くふっ……!」

それは、火山の噴火のようだった。ため込まれていた「悲しみ」という名前のマグマが、堰を切ったようにあふれ出す。抑えようにも抑えられない、ただ、感情にまかせて泣き続けるしかない。泣くことでした、心を慰められないのだ。

「みゅーーっ……ぐすっ……みゅぅぅぅぅぅっ……!」

「……………………」

……どう思えば、一番よかったのだろうか。僕は泣き叫ぶ少女の姿を見ながら、ただ「悲しい」という感情しかわき起こってこないこと……それ自体が悲しかった。「悲しい」としか感じられない僕の心が、悲しくて仕方なかった。どうにもならない二重の悲しさ――少女の姿そのものと、そこから「悲しい」という感情しか生み出せなかった僕の心――に挟まれて、僕は静かにうなだれるしかなかった。

「ひぐっ……みゅー……みゅ〜……みゅーーーっ!!」

泣き続ける少女。亡骸を抱きしめ、独り慟哭する少女。何人も寄せ付けないその姿は、あまりにも痛々しくて……まるで、それは……

 

……悲しみの糸で紡がれた、孤独な繭に包まれているかのようだった。

 

「……………………」

「……………………」

傍らに立っていた折原君とみさおちゃんは言葉を失った様子で、声を上げ続ける少女の姿を見つめていた。二人とも何かを言おうとして、口が微かに開いたり閉じたりしているのが見える。けれども、そこから言葉が発せられることはなかった。ただ僅かに空気が漏れるだけで……そこから、意味のある言葉が紡がれることはなかった。

……そんな時だった。

 

「大事な友達……だったんだね。ずっと……大切にしてあげてたんだね……」

「大丈夫……きっと、今までありがとうって言ってくれてるから……」

「こんなに泣いてもらって……きっと、この子も喜んでると思うわ。だから、ね……」

 

後ろに立っていた長森さんと真琴ちゃん、それから藤林さんが、泣いていた少女に優しく声をかけた。少女が少し顔を上げて、自分の周りを取り囲む三人の姿を目に映す。

「みゅー、っていう名前なのかな……?」

「……………………」

こくり、と頷く少女。どうやら僕の考えていたとおり、あれは名前を呼んでいたようだった。

「悲しいよね……ずっと、仲良くしてあげてたんだから……」

長森さんが子供をあやすように、その髪を優しく撫でてあげた。少女の茜色の髪が微かに揺れて、髪に付いていた乾いた土がぽろぽろとこぼれ落ちた。泥まみれの手で髪を触ったのだろう。長森さんは丁寧な手つきで、少女の髪を払ってやった。

「落ち着いた……かな……」

少女はしゃくり上げながらも、どうにか泣き止んでいた。藤林さんの声に頷くと、少女はどこか怯えた様子で、その姿を見つめていた。頬には流した涙の跡がくっきりと残っていて、痛々しいほどに少女の感情を物語っていた。

「……ほら、そんなに悲しい顔しちゃってたら、その子、安心して眠れないから……」

真琴ちゃんが声をかけると、少女は弱々しく頷いて、抱いていた「みゅー」の亡骸を土へと戻した。三人はそれを見守りながら、少女が自分の手で土を被せ終わるのを、静かに待ち続けた。

「……………………」

再びみゅーがその姿を隠してしまうと、少女は顔をくしゃくしゃにしたまま、そこにしゃがみ込んで動かなくなってしまった。

「……がんばったねぇ。えらいえらい……」

「……………………」

その後ろから、佳乃ちゃんがそっとその体を抱きしめた。少女は惚けた表情のまま、ただじっと、みゅーの埋められた地面に目をやり続けていた。けれども、気持ちは少し落ち着いたのか、もう土を掘り返す気配は感じられなかった。

「……少し、休憩しようねぇ……」

「……………………」

佳乃ちゃんは少女を支えるように、その小さな体を、ぎゅっと強く抱きしめた。

 

それから、幾ばくかの時間が経って。

「……また、私たちもここに来てあげるから……」

「いつまでも……忘れないでいてあげてね……」

「元気な姿を見せてあげたら……みゅーも、きっと喜んでくれるから……」

長森さんたちが最後にそう声をかけてあげて、ゆっくりとその場を離れていく。

「……みさお、俺たちも行こう……」

「……うん……」

それに続くようにして、折原君とみさおちゃんも去っていく。後ろ髪を引かれるように何度も何度も振り返りながら、少女の姿をその目に焼き付けているようだった。

「……ポテトぉ。ぼく達も行こうねぇ……」

「ぴこ……」

佳乃ちゃんは僕を抱き上げて、一番最後にここから歩き出した。時折少女の方を振り返りつつも、ゆっくりと、ゆっくりと歩いていく。

「……………………」

(ぎゅっ)

心なしか……僕を抱く佳乃ちゃんの腕に、いつもよりも強い力がこもっているような気がした。

 

いつもよりも……ずっと、ずっと強い力が……

 

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。

Thanks for reading.

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