「まさか、そんな事情があったなんてね……」
「私が買い出しに行っている間に、そんな大騒動があったとは……」
「ちょっと端折ってるけど、まあ大体こんなところよ」
「そういえば、七夜先輩にはまだお伝えしてませんでしたね」
「ああ、今ここで初めて聞かされた。正直、驚いているぞ……私は……」
藤林さんとみさおちゃんから話を聞いた二人は、揃って驚きと困惑を足して二で割ったみたいな表情をした。そりゃあ、無理もないことだろう。今ここに折原君や佳乃ちゃんがここにいる理由を冷静になって考えてみたら、偶然や常識外れの出来事でしか構成されていないからだ。
冷静になって考えて欲しい。佳乃ちゃんたちは「たまたま」藤林さんと真琴ちゃんに出会って、「なんとなく」神社へ行くことになって、そこで「偶然」みゅーを埋めようとしていた繭ちゃんと遭遇した。その後繭ちゃんは「気まぐれ」で真琴ちゃんを追いかけて、「都合悪く」入り込んできた繭ちゃんに対応できるだけの人がいなかったから、「あの時一緒にいたからという理由だけで」真琴ちゃんに呼ばれた――一連の騒動の中で必然的に起こったことは、何もないのだ。
「で、それで終わりだと思ったら……」
「……今日も朝から真琴に呼ばれたってわけ。昨日以上の大騒動だったわ……」
「あぅ……藤林のお姉ちゃん達がいなかったら、もうダメだと思ったのよぅ……」
「捕まえたのはいいんだけど、その後また逃げられちゃって……」
「そして、商店街で私と七瀬に出会った……というわけか」
「アタシと留美の髪の毛を引っ張った理由は分からないけどね……どうしてかしら?」
七瀬さんが口にした疑問に、折原君が答える。
「多分だが……あれじゃないか? お前と七夜の髪を、みゅーと勘違いしてるとか」
「……ありえない話じゃないわね。引っ張ってる時、妙に嬉しそうだったし」
「ということは……繭は私と七瀬の髪に、みゅーの面影をみているというわけか……」
「フェレットって、そんなに体の長い生き物だったっけ?」
「いやまあ、雰囲気が似てれば何でもいいんじゃないか、多分」
折原君の答えには、僕も賛成だった。僕が見たみゅーは結構体が長かったし、繭ちゃんの性格から考えても妥当なところだろうと思った。七瀬さんと七夜さんにしてみれば、いきなり髪を引っ張られちゃって、災難以外の何者でもなかったとは思うけど……
「まあ、それはともかく……お母さん……華穂さんだっけ? なんか複雑そうじゃない」
「複雑そうっていうか、あれは複雑以外の何者でもないだろ……」
「浩平は……やっぱり、繭ちゃんと華穂さんは普通の親子じゃない、って思ってるのかな?」
「少なくとも、今の段階じゃな……佳乃、お前はどうだ?」
「ぼくも同じかなぁ。きっと、何か訳ありだと思うよぉ」
「だよな……」
一連の出来事を思い返してみれば、繭ちゃんと華穂さんの関係が普通の「母」と「子」ではないことは明らかだ。ほとんど答えは出ているようなものだったけれども、折原君も佳乃ちゃんも、まだ二人の関係をはっきりと断定することは避けている。それは多分……華穂さんを思ってのことだろう。
「じゃあ、保育所で繭ちゃんが言ったことは……」
「……そのままの意味だと思うぞ」
「何だ? 保育所でも何かあったのか?」
「そうね……単刀直入に言うなら、華穂さんの目の前で『「椎名」じゃない』って言ったのよ」
「……『椎名』じゃ……」
「……ない、か……」
藤林さんの重たい調子の言葉に、七瀬さんと七夜さんが顔を向け合う――どうでもいいけど、この二人は本当に仲が悪いのか、僕にはちょっと自信が持てなくなってきた。だって、さっきから何か在るたびに互いに顔を合わせてるし、むしろ本当は気が合うんじゃないか、とも思うのだ。
「……こりゃまた随分と重い話になってきたわね」
「何、七瀬ならこれくらい余裕だろ。なんたって、七瀬の上には七瀬が百人乗っても大丈夫だからな」
「大丈夫なわけないでしょっ! アホかっ!」
「そもそもお前を百人用意するという時点で、相当骨の折れる作業になるな」
「んなことできるかっ!」
七夜さんはああ見えて天然なんだ……と、僕はこれで確信した。
「……藤林のお姉ちゃん。七瀬さんと七夜さんって、いっつもあんな感じなの?」
「……まあ、あんな感じね」
「結構、仲いいんじゃないかな?」
「多分、根っこは同じなんだと思うよ」
みんなも概ね同じ意見だったようだ。
「それじゃあ真琴。疲れてると思うけど、お仕事頑張ってね〜」
「うんっ! じゃあ、また夕方にねっ!」
保育所の前までやってきて、ここで真琴ちゃんと別れることに。手短に挨拶を済ませ、真琴ちゃんは保育所の中へと駆けて行った。
「へぇ……あの子、保育所で働いてるのね」
「うん。職業体験の時に、藤林さんと一緒にお世話になったんだよ」
「ああ見えて、保育所じゃ結構しっかり者なのよ、あの子」
長森さんと藤林さんの説明に、七瀬さんも納得したみたいだった。二人とも真琴ちゃんには結構な信頼を置いているみたいで、その口ぶりには確かなものがあった。
「そういえば、七瀬先輩はどうして学校に?」
「文化祭の話し合い。ここんとこ最近毎日なのよ。今年はみんな気合いの入り方が違うわね」
「やっぱり……棗先輩が今年で卒業しちゃうことと、何か関係あるのかな?」
「ないってことはまず無いわね。あの人、一年生の時から注目浴びまくりだったみたいだし」
二年生の時にはみんなを引き連れて後夜祭をやっちゃった恭介さんだけど、やっぱり一年生の時にも何かやらかしちゃったらしい。そんなにしょっちゅうしょっちゅう大騒ぎばかり起こして先生や生徒会に目を付けられないのか、会ったことも無いのに心配しちゃう。
「ま、それに夏祭りも重なってることだし、盛り上がるのも無理は無いわね」
「そうだねぇ。そういえば、今年はあれ、誰がやるのかなぁ?」
「去年はそのものずばりの人が三人もいたから、ある意味っていうか普通に奇跡だったわね……」
「あれはもう二度とないだろ。三人とも名前が同じなんて、偶然にしちゃ出来過ぎだったぞ」
「だが、件のことは実際に起きた出来事だ。私もこの目で見て、初めて自分の目というものを疑った」
「でも、毎年違う人がやらなきゃいけないなんて、結構面倒なことだよね」
「そうだよね……同じ人がやってもいいなら、今年もあの人たちの出番だと思うんだけど……」
夏祭りの話みたいだ。あいにく僕は行かなかったからよくは分からないけど、毎年何か必ずやることがあるらしい。今年は僕も見にいけたらいいな。
「んじゃ、あたし達も戻りましょっか」
「そうだねぇ。ではでは、学校に向かって、でっぱつしんこう〜」
佳乃ちゃんの間延びした掛け声に合わせて、一同は揃って歩き始めた。
「それじゃ、アタシはこっちだから。夕方になったら、校門で待ってることにするわ」
「うん。じゃあ、また後でね」
下足室で七瀬さんと別れて、一路演劇部の部室へ向かう。
「やれやれ……真琴の電話で飛び出してきてから、二時間も経ってるな……」
「ま、とりあえずお昼までには戻ってこれたし、よしとしようじゃない」
「この時間なら、みんなまだいると思うよ」
取り止めも無い言葉を交わしあいながら、のんびりと階段を上っていく。今までずっと騒ぎの中にいたから、ここに来てようやく落ち着きを取り戻したような、そんな気がした。
「さっき裏庭で何か人が集まってたけど、なんだったんだろうね?」
「うぬぬ〜、なんだろうねぇ? みんな騒いでたみたいだけど、よく分からなかったよぉ」
「どうせ寮生の連中が、暇つぶしに何かやってるだけだって。大したことないだろ」
「ていうか、夏休みでも実家に帰らない寮生が半分以上いるって、絶対おかしいわよね……」
「えぇっ?! そんなにいるんですか?!」
「そうみたいよ。だから食堂も夏休み中は基本的に開いてるし、確か購買も開いてたんじゃなかったかしら?」
「うわぁ〜……食堂のおばさんとか、大変だね……」
「いや、そうでもないんじゃないか? 学校が夏休み中でも仕事があるから助かるって話も聞くしな」
「ふむ。そういう見方もできるか……」
これといって取り上げるところの無い会話を交わしているうち、気がつくと、僕らは部室の前まで戻ってきていた。
「戻ったぞー……」
「たっだいまーっ!」
折原君が扉を開け、続けてみんながぞろぞろと中へ入っていく。
「よう。遅かったな」
「まぁな。嫌って言うほど色々あったんだ。察してくれ」
「それくらい分かるって」
出迎えてくれたのは、朝古河さんと一緒に話をしていた岡崎君だった。折原君が適当に挨拶をして、ぐるりと周囲を見回す……
……と。
「……あれ? なんか随分メンバーが変わってないか?」
「ああ。かなり入れ替わってるぜ」
その言葉を聞いて、僕もその「入れ替わったメンバー」というのがどういう構成になっているのか、確かめてみる……
「あっ、帰ってきたみたいです」
「……お帰り……」
「お帰りなさい、なの」
『お帰りなさい、なの』
「わ、お二人さん、まったく同じことを言ったり書いたりしてます」
「わぁっ?! 一度にたくさん人が来たよっ!」
「まったく……そんなことにいちいち驚かなくてもいいだろ」
……本当に大きな入れ替えがあったみたいだった。とりあえずここで、メンバーを整理してみることにする。
「お前らが出て行ったのとちょうど入れ違いで、一気にどどっと来たんだぞ。おかげで、説明は楽だったけどな」
まずは、最初からいたメンバーから。岡崎君はそのままここに残っていて、後から来た人に説明をしてくれていたみたいだ。
「舞ちゃん、佐祐理ちゃん達はどうしたのかなぁ?」
「……佐祐理たちは、講習に行った……」
そして、今日の朝一緒に登校した舞さんもまた、部室に残っていたメンバーの一人だった。ちょこんと椅子に腰掛けている姿が、なんとも言えず可愛らしかった。佐祐理さんたちは夏期講習に出かけたらしい。
「ちょうど入れ違いになっちゃったみたいね、椋」
「うん。来てみたらお姉ちゃんがいなかったから、ちょっとびっくりしちゃった」
遅れて来ると言っていた椋さんの姿も、しっかりとここにあった。何か作業をしていたみたいで、机の上にはノートが広げられている。多分、演劇に関することだろう。
「おはよう澪ちゃんっ。一ノ瀬先輩も、おはようございますっ」
「おはようなの」
『おはようなの』
「あははっ。澪ちゃん、さっきも一ノ瀬先輩と同じこと書いてたね」
二日ぶりに姿を見せた一ノ瀬さんと、それにくっついている澪ちゃん。気づかなかったけど、この二人は割といい組み合わせかも知れない。口調、そっくりだし。
「霧島さん、おはようございます」
「おはようございますだよぉ! 今日も元気そうで何よりだねぇ」
「はいっ。今日も頑張りたいと思いますっ」
同じく二日ぶりに姿を見せた栞ちゃん。佳乃ちゃんの言うとおり、今日も元気そうだ。美坂さんの姿は見えないから……多分、今日は家で休んでいるのだろう。夏風邪が早く治ってくれればいいんだけども……
「おはよう霧島君っ。今日はボクと祐一君もいるよっ」
「あゆちゃぁん! 久しぶりだねぇ。元気にしてたかなぁ?」
「久しぶりっつっても、せいぜい二日か三日しか経ってないだろ」
「あははっ。それもそうだねぇ」
その隣から顔を覗かせたのは、あゆちゃんと祐一君のでこぼこコンビ。僕は昨日水瀬さんと一緒にいるところを往人さんと一緒に目撃したからそうは感じなかったけど、佳乃ちゃんにしてみれば二日ぶりに会うわけだ。佳乃ちゃん的感覚から言えば、「久しぶり」というのも間違ってはいないだろう。
「しっかし、随分入れ替わったな……」
「そうだね。ねえ岡崎君、古河さん達はどこに行っちゃったのかな?」
「確か……部長は出て行ったきり戻ってきてなくて、倉田先輩と川名先輩、それから渚は夏期講習に出かけたぞ」
「そうか……ん? あいつは? 川口はどうしたんだ?」
「茂美か? さっきまでここにいたんだが、携帯にメールが来て、それを見るなり慌てて後ろから飛び出して行ったぞ」
「相変わらず行動の読めないやつだな……」
それは言えると、僕も思った。
「とりあえず、どうする? もうすぐ昼だし、練習は昼からにするか?」
「ああ。今から初めても、中途半端なところまでしかできそうにないしな」
そう言い、折原君が椅子に腰掛ける。
こうして、僕らにはようやく、落ち着いた時間が与えられたのだった。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。
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