対象は現在までのところ、アナログ/紙媒体の広告にのみ出現しています。各地の支局に在籍している副担当者は、新聞の折り込み広告やポストに投函されるフライヤーを日々確認してください。不審な勧誘の広告を発見した副担当者は速やかに案件担当者へ連絡を取り、広告の実物を郵送してください。案件の主担当者及び副担当者として選ばれるのは、かつて少なくとも半年以上ポケモントレーナーとして各地を旅行した経験のある局員に限定されます。
成人しており、かつレポート提出履歴が一年に満たないポケモントレーナーについて、各地のポケモンセンターから月次で統計情報が送付されます。副担当者は主担当者の主導の下、対象となるトレーナーへの接触を試みてください。トレーナーへの接触に成功した場合、彼らが旅行を始めた動機について、同意を得た上で確認を取ってください。ヒアリングを実施する局員には、本案件の主担当者及び副担当者と同様の要件が求められます。要件を満たさない局員は決してヒアリングに参加してはいけません。
旅行を始めたポケモントレーナーをかつて所属していたコミュニティへ戻すための方法はまだ見つかっていません。対象には家族や友人に定期的に連絡を取り、また目的を終えれば速やかに元の場所へ戻るよう繰り返し伝えていますが、どの程度の効果があるのかは未だ検証待ちの段階です。
案件#111900は、ある特定の条件を満たす人間に対して強い暗示の効果を持った不審な広告と、それに掛かる一連の案件です。
事象が観測され始めたのは2004年中旬頃からで、各地の警察機関に「配偶者や親類、友人が突然姿を消した」という形で顕在化しました。初期は一般的な失踪事件または誘拐事件と考えられ、警察当局が通常の捜査を展開していましたが、その過程で異常性のあるオブジェクトが事件に関与していることが判明し、当局への引き渡しが行われました。当局では対象を案件#111900と定義し、改めて調査を実施しました。
この事象のトリガーになるのは、新聞の折り込み広告やポストへ投函されるフライヤーという形で配布される「留守番をしていた貴方へ」という出所不明の広告です。広告は一般的な方法によって制作及び印刷されたもので、紙質や印刷品質は通常の広告と何ら変わりありません。特定の条件を満たさない者は、広告を視認しても一切の影響が現れません。広告は通常、以下のようなキャッチコピーを伴っています:
留守番をしていた貴方へ! 安定した家庭、安定した仕事、安定した人生……貴方の人生は「安定」に縛られていませんか? 貴方の心は、家で留守番をしていたあの時のままではありませんか? 他のみんなみたいに外の世界を見てみたかった――その思いを眠らせていませんか? 大丈夫!私たちにお任せください! もう貴方は「安定」に縛られなくていいんです!今すぐ憧れのポケモントレーナーになりましょう! 私たちが、貴方の心のトビラを開けるお手伝いをいたします。 心躍る冒険の旅へ、ご連絡は今すぐ 0210-XXX-XXXX まで!
広告の制作元・制作者は表記されておらず、どのような個人あるいは団体が広告を制作しているのかは不明です。広告には連絡先として、配布の都度変更されるフリーダイヤルの番号が記載されています。当局の案件担当者による連絡の試みは、これまでのところすべての番号で未使用状態である旨のメッセージが流れるのみで、失敗に終わっています。
上記サンプルの文面より、この広告が想定している顧客のターゲットは「かつてトレーナーになりたいという考えを持っていたが、何らかの理由、特に経済的な理由や両親の教育方針により断念せざるを得なかった成人」と推定されます。これは、広告を視認したことにより起きる事象の発生条件とも完全に合致します。現時点では、広告がターゲットとしている顧客の条件がそのまま事象の発生条件であるとほぼ確定しています。
条件を満たした個人が広告を視認すると、個人がそれまでにどのような社会的地位、あるいは金銭的な財産を得ているかに関わらず、それらを投げ打ってでも「ポケモントレーナーになりたい」という強烈な欲求を抱くことになります(事象#111900)。対象はほぼ間を置かずに広告に記載されている電話番号へ連絡を入れ、そのまま行方を眩ませます。この段階で、対象は失踪者とみなされます(失踪者#111900)。失踪者#111900が再度発見されるまでの期間は多少の幅がありますが、概ね三週間から四週間後になります。
発見された失踪者#111900は健康状態こそ良好で、これまでの記憶も保持していますが、ヒアリングの際は必ず「ポケモントレーナーとして旅行を満喫している」といったニュアンスの回答に終始します。失踪者#111900を従来の生活へ戻す試みは、失踪者#111900がそれに一切の興味を示さないという結果に終わり、すべての事案で失敗しています。
以下は当局が失踪者#111900-653と認定したトレーナーに実施したヒアリングを、担当者の許可を得て一部をテキストに書き起こしたものです:
---------- 記録開始 ---------- 局員A: 恐れ入りますが、[失踪者#111900-653の本名]さんには6歳の息子さんがいると伺っています。 失踪者#111900-653: ええ。それは知ってるわ。今は母が面倒を見てくれているはずよ。 局員B: 当人が貴女に面会したいと言っています。一度ご自宅へ戻られてはいかがでしょうか? 失踪者#111900-653: それもいいかも知れないわ。でも……やっぱり冒険の方が大事よ。新しい場所と出会いが私を待ってるの。外の世界がこんなに素敵だなんて思わなかった。 局員B: ですが……質問を変えましょう。貴女が旅行を始めた経緯を教えてください。 失踪者#111900-653: チラシを見たの。「留守番をしていた貴方へ」って題名の。それを見てすぐにピンと来たわ、これは私のことだって。 局員A: [失踪者#111900-653の本名]さんは、どうしてそのようにお思いに? 失踪者#111900-653: 私が子供の頃だったわ。父と母は私にちゃんとした仕事に就いてほしいって、そんなことばかり言って。家と学校と学習塾をただただ往復する毎日だったの。とても狭い世界で生きていたわ。 局員A: ご両親は、貴女にトレーナーにはなって欲しくなかったということでしょうか。 失踪者#111900-653: そうね。どっちも親がトレーナーで苦労したって言ってたから、私には同じ轍を踏んでほしくなかったに違いないわ。 局員B: トレーナーとして成功できなかった方が、成人されて生活に苦労する事例は多数あります。恐らくご両親もそのような経験をされたのでしょう。 失踪者#111900-653: そうかもね。でもだからって、私の人生を縛る権利なんてどこにも無い、そうでしょう? 局員B: 貴女の仰りたいことは理解できます。しかしながら―― 失踪者#111900-653: 私は私の思うように生きたいだけ。みんながポケモンを追いかけて洞窟を探検している間に、真っ白なノートを相手に留守番をしてるのは、もう耐えられないの。 局員A: [失踪者#111900-653の本名]さんは、それでトレーナーになりたいと? 失踪者#111900-653: ええ、間違いないわ。 局員A及び局員B: (沈黙) 失踪者#111900-653: オタチは身を守ることの大切さを教えてくれた。マグマッグは火の有難さと怖さを教えてくれた。ソーナンスはやられたらやり返さなきゃいけないことを教えてくれた。レディバは仲間を作ることの意味を教えてくれた。ポケモンが教えてくれたものは数えきれないほどあるわ。 局員A及び局員B: (沈黙) 失踪者#111900-653: 塾のテキストは、何も教えてはくれなかったわ。 ---------- 記録終了 ----------
当局では、失踪者#111900を元の生活に復帰させるための試みを現在も続けています。
案件対応に際して、対象の誤認は避けなければならないことは周知の事実です。しかしながら、本案件はその性質上、対応がかなり難しいこともまた承知しています。以下は先日、イッシュ地方ライモンシティ第三支局で発生した誤認事案です。参考資料として、案件に携わる局員に展開します。
直近の統計情報の中に、案件報告書に記載された条件を満たすイッシュ地方ライモンシティを訪れた直後の女性トレーナーがいることが分かりました。対象の女性はこれまでに失踪者として登録されていないトレーナーであり、新たな失踪者である可能性があったため、局員がヒアリングに乗り出しました。
対象の女性は、捕獲した直後のように見受けられるスバメのみを連れていました。携帯獣を一体のみ、或いは少数しか同行させないのは、事象#111900が発生した対象の顕著な特徴の一つです。そのため当初局員は女性を失踪者であると判断していましたが、後に女性は家族(男性一名/ペリッパーと同行、男児一名/ウインディと同行、女児二名/一名はアチャモと同行・一名は携帯獣の帯同無し)と共にイッシュ地方各地を旅行中であったことが判明しました。また、失踪者#111900の特徴も観測されませんでした。局員は女性と家族に謝罪し、本件は誤認事案として記録されました。
本案件に付帯するアイテムはありません。