接収したロムカートリッジ#99983は、カントー地方ヤマブキシティ第七支局の中異常性取得物にある耐火性の金庫に保管します。これまでに12本のロムカートリッジ#99983を収容しており、いずれも同一の異常特性を示すことが確かめられています。金庫へのアクセスコードの払い出しを求める場合は、書式F-99983に必要な事項を記入してワークフローを回付してください。アクセスコードは申請ごとに都度変更される運用になっています。
ロムカートリッジ#99983の元となったビデオゲームの特性上、一般的なエミュレータ上での動作は異常特性を引き起こさないことが確認されています。しかしながら、ロムイメージを何らかの方法を用いて実機にて稼働させた場合はオリジナルのロムカートリッジ#99983と同様に事象#99983が発生するため、発見されたロムイメージは速やかにアクセス遮断の手続きを取るべきです。アクセス遮断については当局の定める標準的な手続きが利用できます。
案件#99983は、異常な性質を持つNINTENDO64用ゲームソフト「ピカチュウげんきでちゅう」のロムカートリッジ(ロムカートリッジ#99983)と、ロムカートリッジ#99983によって引き起こされる事象(事象#99983)、及びそれらに掛かる一連の案件です。
本案件が立ち上げられたきっかけは、2000年4月になされた「友人の言動がおかしくなった」という児童からの通報を受けてのものです。局員が通報者の元へ向かいヒアリングを行ったところ、通報者の友人である10歳の少年が数日前から携帯獣である「ピカチュウ」の鳴き声のような発声を繰り返し、会話がまったく成り立たなくなっているとのことでした。その後少年の両親にヒアリングを実施し、数日前から明らかに異常な言動を繰り返していることが判明、少年は当局の定める病院へ保護入院の措置が取られ、異常をもたらした原因について調査が行われました。
少年宅への家宅捜索の結果、自室からNINTENDO64に挿入されたままの状態の「ピカチュウげんきでちゅう」のカートリッジが発見されました。少年の症状から何らかの関連性が疑われ、両親の許可を得てカートリッジが接収されました。この他数本のNINTENDO64向けカートリッジが見つかりましたが、それらはいずれもピカチュウが一切登場しないものであり、また少年に異常が見られる前後に起動された形跡が無いことから、本件との関係は無いものと判断されています。
接収したカートリッジをNINTENDO64実機へ挿入して起動したところ、通常表示されるタイトルスクリーンではなく、帽子を目深に被った少年(目撃した局員の証言では、これはビデオゲーム「ポケットモンスター」シリーズの主人公であるポケモントレーナーに酷似した姿とのことです)が表示されました。明確に異常な挙動を示したことが確認されたため、実験担当者は即座にNINTENDO64本体の電源を切り、実験を強制的に終了しました。担当者は案件立ち上げの申請を行うと共に、通報者及び両親にさらなるヒアリングを行うことを決定しました。
このヒアリングの実施に前後して、カントー地方のみで計6件のほぼ同一の通報が成され、それぞれでカートリッジの接収とプレイヤーの保護入院措置が取られました。各事案の関係者からヒアリングを実施し、一連の事案について多くの情報を得ることに成功しました。以下はすべての情報を総合した、当局による事案#99983の詳解です。
ロムカートリッジ#99983は、外見上異常性の無い製品と同様に見える「ピカチュウげんきでちゅう」のカートリッジです。このオブジェクトの異常な性質は、対応機種であるNINENDO64に挿入され、電源が投入された際に発生します。実験担当者が目撃した通り、通常表示されるタイトルスクリーンの代わりに由来不明の未知の少年(キャラクター#99983)が出現し、プレイヤーと相対する形になります。キャラクター#99983は赤い帽子を目深に被っており、表情を読み取ることができません。プレイヤーがコントローラを手にすると、画面に表示されたキャラクター#99983が動作を開始します。
キャラクター#99983はプレイヤーに対し「ピカチュウ、元気にしていたかい?」と抑揚の無い機械音声で訊ねます。プレイヤーがNINTENDO64本体に装着したNINTENDO64 VRS(音声認識システムを実現するNINTENDO64向け周辺機器。「ピカチュウげんきでちゅう」のほぼすべての機能はこの周辺機器を介さなければアクセスできません)を通して何らかの反応を返すと、反応の種類に拠らず次段で述べる事象#99983が開始されます。
事象#99983は、キャラクター#99983と対話したプレイヤーが、自分自身を携帯獣の「ピカチュウ」であると認識してしまう強度の情報災害です。事象#99983が開始された直後から、プレイヤーは一般的な人間の発話が行えなくなります。代わりに、映像作品やビデオゲームにおけるデフォルメ的表現である「ピカ」「チュウ」といったピカチュウの鳴き声を表現するオノマトペのみを発声するようになります。この時、プレイヤーは自分の状態を異常であると認識していないように見えます。
ゲームに登場するキャラクター#99983は機械音声でプレイヤーと対話し、異常性の無い「ピカチュウげんきでちゅう」のプレイヤーが一般的にゲーム画面のピカチュウに対して行うコミュニケーションに類似した頼み事や命令を行います。プレイヤー#99983によるコミュニケーション中、画面構成が変化を見せることは無く、一貫してキャラクター#99983のみが映し出され続けます。これまでに確認されたキャラクター#99983のボイスパターンの抜粋は以下の通りです:
これらの音声を受けたプレイヤーは、異常性の無い「ピカチュウげんきでちゅう」に登場するピカチュウに酷似した反応を返します。このうち「でんきショックだ」「10まんボルトだ」は、プレイヤーが発電の能力を持たないため失敗します。このことから、事象#99983は対象をピカチュウであると認識させるに止まり、ピカチュウそのものに身体構造や能力を置き換える能力は持っていないことが分かります。
プレイヤーの情報災害の深度はプレイ時間が長期化する事に深くなっていき、ヒアリングではおよそ6時間のプレイで回復不能な認知障害を負うことが確認されました。深度が低い状態であれば、プレイヤー以外の人間がNINTENDO64本体の電源を落とすことで、事象#99983から回復させることが可能です。ただしその場合も、完全な回復に至るまでの時間はプレイ時間に比して相当に長いことが明らかになっています。
案件の立ち上げ後、量販店やゲームショップから可能な限りの「ピカチュウげんきでちゅう」が回収され、さらに製造元と連携し「重大な症状を引き起こす可能性がある」として既に販売された製品に付いても回収が行われました。回収された全カートリッジを検査し、さらに5本のカートリッジ#99983が発見されました。これにより、計12本のカートリッジ#99983が当局の管理下に置かれることになりました。これまでのところ、さらなるカートリッジ#99983が発見されたという報告はありません。
異常性の無い「ピカチュウげんきでちゅう」とカートリッジ#99983の関連性は不明です。両者のロムイメージをダンプして比較した結果は、事前の予想に反して完全一致しています。製造番号についても偏りは見られず、カートリッジ#99983が改造を受けた形跡も見当たりません。カートリッジ#99983の起源を辿る調査は、発売から2年近くの時間が経過していることもあって困難なものとなっています。
昨年発売された英語圏版「ピカチュウげんきでちゅう」(ローカライズタイトル:「Hey You, Pikachu!」)についても、これまでに3本のカートリッジ#99983が発見されています。製造工程や流通経路からは、異常性の無い製品との明確な差異を見出すことができていません。製品の回収が開始されました。
英語圏版のカートリッジ#99983の回収作業中、プレイヤーがキャラクター#99983に話しかけられ事象#99983が発声している最中の現場に局員が突入しました。その直後キャラクター#99983が「KILL THEM(あいつらを殺せ)」とプレイヤーに命じ、錯乱したプレイヤーが局員に襲いかかるという事案が発生しました。局員は自己の判断に基づき拳銃でNINTENDO64本体とカートリッジ#99983を破壊、プレイヤーに携帯式の鎮静剤を投与して事態を収拾しました。プレイヤーの回復を待って行われたヒアリングでは、プレイヤーから当時の記憶が完全に欠落していることが分かりました。
この事案での出来事から、カートリッジ#99983またはキャラクター#99983は画面の外での出来事を認識できる可能性が示されました。カートリッジ#99983の起動を無期限に禁止することが決定されました。
本案件に付帯するアイテムはありません。