「黄アバ討伐 求H/B/N 22:00まで」
まるでルーチンワークをこなすかのように、コスモス平原にある大樹の下に旗を立てて、仲間が訪れるのを待つ。かつては人が多く集まっていた場所だけれど、今は実に閑散としている。人通り自体が少なく、通りがかる人も足早にどこかへ去っていくばかり。私の元に来る気配は少しもない。慣れてしまった光景ではある、けれど慣れてしまったこと、それ自体に侘しさと寂しさを感じずには居られない。
もうログインする人もだいぶ少なくなったらしい。掲示板に貼られていた同時接続数のグラフは見事な右肩下がりだったし、こうして世界の中にいると数字以上に人がいなくなったことを感じてしまう。運営はログインボーナスで熱砂のルビーを配ったりしているようだけれど、今となっては多くの人を惹きつけるようなものではないのだろう。黄アバターを即座にポップさせられるから、私はありがたく頂戴しているけれど。
でも、この日課もいつまで続くか分からない。できれば最後までいたいと思う反面、この場所が消えて無くなる瞬間を見るのは辛いという思いもある。もしかすると、現実の世界よりも思い入れのある場所かも知れないから。
「――サービス終了、か」
口から零れた言葉を彩るのは、青年男子の声色で。
ソード・アンド・スペル・オンライン(S.A.S.O.)。今から五年前にサービスインした仮想現実(バーチャル・リアリティ)型のロールプレイングゲームだ。良くも悪くも昔ながらのオンラインRPGの作りをしていて、今となってはちょっと古くさいところも目に付く。でも、私はそれも含めてこのゲームとこの世界が好きで、始まった直後から月額課金を欠かしたことは一度もない。
見ての通り、私は男のキャラクターでプレイしている。スクリーンネームは「xCecilx」、職業はウォーロード、得意武器は大斧だ。レベルはシステム上の限界、簡単に言うとカンストまで上がっていて、戦闘で必要なスキルも上げきった状態になっている。その分、生産に関わるスキルはからっきしだ。ゲームを始めて以来、ずっと戦闘一筋でやってきた。見る人が見ればすぐに分かる。心無い人から脳筋と揶揄されたりもしたけれど、気にするようなことはなかった。結局誰かが戦いに勝って戦利品を獲て来なきゃ、経済だって動かないんだから。
わざわざこんなことを書いたから、私がどんな「中の人」なのかは想像が付くと思う。普段は制服に身を包んでスカートを履いて、取り立てて目立つこともない「高校生の女子」の一人を演じている。それが退屈で窮屈で、仮想現実の世界では現実とはまったく違う自分で居たい、そういう思いがあった。だから精悍な男性キャラを選んで、武器もそれらしい、とにかく強そうなものを選んだ。大斧で敵の攻撃をいなして強烈な一撃を叩き込む瞬間、私は「自分」を感じられる、そんな気がした。
だから、ショックだった。S.A.S.O.がサービスを終了すると聞いた時は。初めはアンチや引退したプレイヤーの煽りやデマの類だと思ったくらいだ。それから間もなく公式サイトでアナウンスがされて、サービス終了が事実だと知った。ゲームの世界でも張り紙と言う形で彼方此方に掲示されている。プレイ中に知った人間も少なくない。ここまでハッキリ終了が示されてしまっては、本当だと信じるほかなかった。ここ一年あたりプレイヤーが右肩下がりで減っていて、バージョンアップもめっきり少なくなっていたから、予感はあった。予感はあったけれど、現実を突きつけられるとやっぱりショックは大きかった。
この世界は消える定めにある。最近、やっとそれを自覚できるようになった。
「……来ないなぁ、誰も」
旗を立ててかれこれ二十分。以前なら数分と経たずにパーティメンバーが集まっていたのが、今となっては待てど暮らせど来ないことの方が多い。純粋に人が減ったことに加え、サービス終了間際ということで運営が強力な装備やレアアイテムを大放出していて、ソロでも楽にプレイができるようになったのが大きい。パーティが組めない人のためにコンピュータ操作のアシストキャラクターも付けられるようになったから、尚更人とパーティを組む理由がなくなってしまった。
それでも私は、中の人がいるキャラクターと一緒にパーティを組んで闘うのが好きだった。連携を取り合ってモンスターを仕留めたときの達成感は格別だった。スポーツはやらないけれど、団体競技はきっとこんな感じなんだろうなって思うことがしばしばある。もちろん上手くいかないこともある、嫌な気持ちになることだって少なくない。でもそれ以上の楽しさと気持ちよさがあったから、私は誰かとパーティを組みたかった。
サービス終了がアナウンスされた今となっては、ずいぶんと高嶺の花になってしまったけれども。
三十分が経った。やはり誰も来る気配がない。このまま待っていても時間を無駄にしてしまうだけだろう、この辺で切り上げてソロ狩りに出るしかないか、と諦めかけた時だった。
「よう」
「カインか」
レジェンダリー級のプラチナ系統装備に身を固めたナイト職の男。見慣れた風貌、すっかり見慣れた風貌。
カイン。スクリーンネームは「Kain078」。私と同じ時期からずっとゲームを続けている古参プレイヤーの一人だ。私とももちろん顔見知りだ。どうだろう、顔見知りと言うには関係が近すぎるかも知れない。ほとんど毎日のようにパーティを組んで狩りに出かけているのだから。以前はカインのほかにも固定の面子がいたのだけど、今となってはご覧の有様。私とカインしか残っていない。だから、と言うわけではないけれど、私とカインはお互いのことを知り尽くしているといっても過言ではない。
「またお前か」
「もう残ってるのは俺たちくらいだろ?」
「ま、それもそうだな」
「この間六人制限のダンジョンがとうとう自由開放になったからな。もう増えることはないって運営も思ってるんだろ」
言われてみると、確かにログイン時のメッセージにそんなことが書かれていた気がする。あのダンジョンは低レベル時代の壁と言われていて、ソロではまず突破できないにもかかわらず、メインクエストの進行にはクリアが必須になっていた。要はここでパーティの組み方を身に付けなさいという運営からのメッセージだ。実際、私もそこでパーティを組むためのイロハを学んだ。そんな名物ダンジョンすらも時流には逆らえずに、ソロでクリアできるように調整されてしまう。一抹の寂しさを感じてしまう。
カインと出会ったのは、ちょうど私がパーティを組み始めるようになった頃だった。
「ウィス高でいいか?」
「元からそのつもりだったんだろ。付き合うさ」
ウィス高というのは、ここから遠く離れた別の地方にある「ウィステリア高地」という高難度の屋外フィールドのこと。ウィステリア高地へ行く理由はただ一つ。奥にあるバトルフィールドでポップする「アバター・オブ・トパーズ」、通称黄アバを討伐して戦利品を獲ることだ。本来レア枠になっているアイテムが、サービス終了間際ということもあってドロップ率が跳ね上がっているとのこと。目的はそれだった。
今まで戦ってきたボスモンスターたちが集まる上級者向けバトルエリア。ウィステリア高地はそんな触れ込みで実装された。私もカインも新しいバトルエリアをいつも欲しがっていたから、これ自体は素晴らしいバージョンアップだと感じていた。ただ、その「全部出します」感が、この先に新しいものがもうないことを暗示しているような気がしていて、そしてその予感が当たってしまったことに、一抹の寂しさもあった。
「行くか」
「ああ」
ウィステリア高地には、麓の村から上がっていくルートが一番近い。カバンからスクロールを出して、テレポート先を指定する。
光に包まれる見慣れた演出を経て、私とカインはその場から消えた。
※立ち読み版はここまでとなります。続きはイベントにて頒布します本編にてお楽しみください。