*芽生*
ヘアゴムで止めた髪を力づくで引っ張られて、無理矢理顔を起こされる。
「死にたいって顔してるわね。また埋めたげるから」
枕へ顔を埋められて、息ができずにもがき苦しむ。頭が泡立つような感覚がして、死んじゃう、って気持ちになる。それが怖くて、恐ろしくて、けれど気持ちよくて、おかしくなりそうになる。
首筋を舐められて、あそこに指を突っ込まれて、その指を口へねじ込まれる。こんなことされたくない、どれだけそう思っていても声に出せなくて、うめき声一つ上げられなくて、仕草と息遣いで早苗ちゃんに分かってもらうしかない。言いたいことはたくさんあるのに、一つも口にできない。言葉にすることができない。
けれど、早苗ちゃんの目は欺けない。やめて、と仕草では示していても、心の中はしっかり見抜かれていて。
「興奮してるの? 芽生」
「この鼓動、芽生のだからね。あたしじゃない」
早苗ちゃんの言葉が、すべてだった。
わたしは胸を高鳴らせて、鼓動を早くして、早苗ちゃんにされることひとつひとつに興奮している。痛いのに、苦しいのに、辛いのに、躰がそれを求めてやまない。早苗ちゃんに甚振られて、嬲られて、犯されるたびに、体の芯が熱を帯びて、恥ずかしい場所から蜜がいっぱいあふれてくる。そのことを意識させられて、わたしは死にたくなるほど恥ずかしくなった。
「分かってるでしょ」
「あたしがもうとっくに死んでるってことくらい」
白く透き通った色をした、氷のように冷たい早苗ちゃんの手。首筋をつうっとなぞるように撫でられて、わたしは思わず身震いしたのだった。
ひたすらに嬲られるばかりの荒々しいセックスが終わって、ベッドの上で背中合わせになって横になる。近くに置いていたスマホに手を伸ばして、隣にいる早苗ちゃんにメッセージを送る。
『痛くしないで』
わたしのメッセージを読んだ早苗ちゃんがふんと鼻で笑って、後ろからこう言葉を投げつけてきて。
「痛くしないで、って。今更処女ってわけでもないのに」
「……っ!」
「口で何か言い返してみたら? いつでも聞いたげるから」
何もかも知っていて、早苗ちゃんはこともなげに言う。
わたしが――声を出せない、失声症だと分かっていて、そういう風に言うんだ。
*早苗*
芽生の寝顔をじっと見つめている。よく眠れているのだろうか。顔つきからは分からない。
セックスをしてシャワーも浴びずに寝たから、芽生は汗をいっぱいかいていた。全身がじっとりと濡れていて、仄かに汗の匂いがする。息を吸う度に芽生の匂いがして、股ぐらがじくじくと疼くのを感じる。いい匂い、ってわけじゃない。芽生の匂いだから、躰が反応して気持ちが昂ってくる。
(相手が、芽生だから)
体中汗だくになって、規則正しく寝息を立てている芽生。そのの顔を見ながら、なんとなく我が身を振り返ってみる。
髪は黒のロングで、背中に届くくらいある。今でも身体を綺麗にする習慣は残っているから、その中で髪も洗っている。人前に出ても訝しがられない程度には身なりは整えている。背丈は中くらいで、享年を考えると高くも低くもない。半年前まで十三歳の中学二年生で、今は十三歳のゾンビだ。学校には通ってなくて、家でぼんやりして過ごしている。何もせず、ただ家にやってくる芽生とだらだらセックスをするだけの毎日を送っている。
ゾンビになった経緯は単純で、近くにある橋から川に飛び込んで死んだ。溺れ死んだんだと思う。思うって曖昧な言い方をしてるのは、死んだ瞬間の記憶がないから。気付いたら川岸に打ち上げられてて、制服のままびしょ濡れになってること以外何も変わらなかったから、最初は死ぬのに失敗したのかと思った。だけど、横になってるときに聞こえる鼓動がちっとも聞こえなくて、止まってることに気が付いた。
ああ、やっぱり死んだんだ、くらいにしか思わなかった。
それからいろいろあって、面倒くさいことをたくさんやって、一人で暮らしている。家族とも縁を切って、あたしは完全に死んだってことになってる。それから一度も会ってないし、会いたいとも思わない。今の自分は、姿かたちは大体そのままだけど、中身は昔の自分じゃなくなった、それは事実だ。
っていうか、ゾンビって何、って顔してると思うから、簡単に話をする。一言で言うと「動いてる死体」で、死んでるんだけどぱっと見生きてるっていう、面倒くさい存在のことだ。ここ山辺市にしか現れなくて、よその地域では見たことも聞いたこともないって人がほとんどだとか。まあ、こんなのがあちこちにぞろぞろいたら、いろいろ困ると思うし。
映画とかゲームとかにもゾンビって出てくるけど、あれとは違う。ああいうのは大体見るからに死体で、全身がぐちゃぐちゃに腐ってて、あーとかうーとかしか言えなくて、食べることしか能がないって感じだけど、そういうのとは全然違う。ここにいるほとんどのゾンビは生きてた時の姿を綺麗に留めてて、傷一つ残っていない。意識もはっきりしてるし、見ての通り自分で考えて言葉だって話せる。知識や記憶もそのまま残っている。あと、食欲が増したりもしない。むしろ何か食べたいという気が起きないし、そもそも何か食べたってどうしようもなかったりする。消化できないから。
じゃあ、生きてる人間と何が違うんだってなると思う。分かりやすい違いは、瞳の様子と肌の色だ。瞳は常に瞳孔が開いていて、見る人が見ればおかしいっていうのが分かる。肌の色は誰も彼も透き通るように真っ白になって、生気がまったく感じられない。蝋みたいな色、と言えば伝わるだろうか。血が通っていないから体温が低くて、全身が冷たくなっている。動いてる死体っていうのが、やっぱり一番分かりやすいんじゃないかな。
人間っぽいけど人間じゃない、こういうのは何かと扱いが厄介だ。だから慣習的に、人とゾンビはそれぞれ違う場所で生活することになってる。ゾンビだけが住んでるマンションがあって、あたしもそこに入居している。お金とかは特にいらなくて、市がなんとかしてくれてるらしい。家具とかも最低限のものはあって、普通に暮らす分には差し支えない。あたしの場合暮らすって言っても、ずっとベッドで横になって、芽生が来たらセックスして、早苗が帰ったら下着とかシーツとかを洗って、それからまた寝るって感じだから、ほとんど何もしてないんだけど。
ゾンビは死ぬことも歳を取ることもない。メリハリってものが無いから、ほとんどの時間は空虚だ。芽生とセックスしてる時だけ、何かしてるって気持ちになる。
女の子同士でヤることなんて、気持ちいい以外の意味なんて無いとは分かっているけど。
※立ち読み版はここまでとなります。続きはイベントにて頒布します本編にてお楽しみください。