かぐや姫に告ぐ
概要
あらすじ
凛花の相方である結衣は、家庭の都合で月へ移住することになった。宇宙へ出ることのできない凛花は、結衣の旅立ちを見送るために少しずつ心の整理を試みる。月へ行けば地球へ戻ってこられるとは思えない、自分が伝えるべき言葉は何なのか、凛花は時間をかけて理解する。そして結衣が月へ発つ前の最後の夜、凛花は彼女へ告げる。自分の思いを、きっとこれが最後になる言葉を――。
登場人物
- 坂上凛花
- 高校二年生の少女。中学で知り合った結衣といつもつるんでいる。適当を装っているが根は一途。ゲームが好き。
- 竹原結衣
- 凛花の同級生。おっとりした雰囲気をまとっているが、凛花の前ではしばしば茶目っ気を見せる。たけのこの里派。
ちょっと立ち読み
「月、行くことになったんだ」
ざわつく教室の音が、ほんの一瞬すべて消えて。
喉の奥から「えっ」って声が出た。たぶん顔も「えっ」って感じのやつになってる。「えっ」って感じの顔ってどんな顔だよ、自分で思って自分で突っ込む、セルフボケセルフツッコミ。独りで全部自己完結するひとりコメディアン。コメダ行きたいな、シロノワール食べたい。
そういうんじゃないんだよ、今の話は。そういうのじゃないの。
「月? マジで?」
「マジだよ、マジ」
「結衣がマジとか言うの合わない」
「えー」
「合わない」
「わたしだって言うよー、それくらい」
言うのか、今まで聞いたことない気がするけど言うんだ、結衣も「マジ」とかって。
椅子の背もたれに身を預けてぐーっと伸びをしてみる。なんだろ、現実味がないな。結衣から言われた言葉に。結衣はウソなんて付かないからホントのことなのに、冗談か何かじゃないかってしか思えない。けど、冗談で言ってる感じじゃない。マジだって言ってたし。似合わない「マジ」って言葉まで使ってたし。
だから……アレだ。結衣の言ったことは、どうやら事実ってヤツみたいだ。
「月、かぁ」
「うん、月」
「アレだよね?」
「あれって?」
「ほらほらアレアレ、最近テレビとかで言ってるやつ」
「あ、分かった。イミグレ?」
「それそれ。イミグレなんだ、結衣」
「そういうこと。最初のグループに当たったってお父さんが言ってたから」
「あのさあのさ、イミグレってさ」
「うん」
「イメトレっぽくない?」
「最初と最後しか合ってないよ」
「それ同じだったら実質一緒じゃん」
「ちょっと雑過ぎない?」
「これくらいでいいっていいって」
お喋りのノリ、いつも通り。見てくれもきっと普段と変わらない。
けど、中身まで昨日までと、或いは一時間前までと同じかって言われたら、違う、って返すしか無くて。
「そっかぁ、結衣がなぁ。月行っちゃうんだ」
「ちゃんと言わなきゃって思って」
「結衣はキッチリしてるね、うちだったら言うのズルズル伸ばしちゃいそう」
「言うなら早い方がいいしね。昨日お父さんから『友達に言ってもいい』って言われたし」
「なるほどねー。いつ行くの?」
「うーんと、来月の終わり頃。向こうの学校に通うから」
「一ヶ月くらいかぁ。できれば一緒に卒業したかったなー。あと一年だったんだけど」
あと一ヶ月で結衣は月へ行く。旅行とかじゃなくてイミグレ、移民として月へ行く。地球を離れて月で暮らすってこと。
「マジでさ」
「マジで?」
「マジでかぐや姫になっちゃったね、結衣」
「マジでかぐや姫だね」
「マジでさ、やっぱり結衣が『マジで』って言うの似合わない」
「マジで、くらいわたしも言うってば」
「マジで似合わない、全然噛み合ってないって」
「マジでマジで言い過ぎだよ」
「マジでお互いさまじゃん、どっこいどっこい」
言い換えれば、この地球から結衣が居なくなる。
ウチが結衣に言われたことを別の言葉で言い表すなら、そういうことでもあるんだ。
一つのケージにネコは一匹しかいられない、虫かごに百匹の虫を入れることはできない、水槽で千匹の魚は飼えない。どんな住処にだって、そこにいられる生き物の数には限度がある。
それは地球だって変わらない、同じこと。
総人口が八十億人を突破したのはいつだったっけ、なんかもう割と前のことだった気がする。八十億人ってやばくない? やばいと思う。一人からたった一円ずつ集めただけでも八十億円になるし。八十億だよ? 何でも買えるじゃん。ヤマダ電機行ってさ、お店の隅から隅までぜーんぶください、って言っても余裕で余るっしょ。想像できなくない? ウチは想像できない。
まあそんだけ居たらさ、地球だっていっぱいいっぱいになるよね。天気とかも訳分かんないことになってきてる。今年はまだマシだけど去年の冬はめちゃくちゃあったかかったし、かと思うと真夏にいきなり雪が降ったりして。夏の雪、やばいよね。まだ陸上やってたらくっそ寒い中練習する羽目になっちゃってただろうし。見てる分にはさ、結構お洒落じゃんとか余裕かましてられるんだけど。
定員オーバーしたエレベータは上にも下にも行けない、荷物を積み過ぎの車は前にも後ろにも走れない。細かいことは分かんないよ、環境がどうなってるだとか、資源がどうなってるかとか、そういうことまでは知らない。でも、一つ言えることはあるんだ。
我らが地球、もう限界っぽいっていうか、オワコンっぽいみたい。
去年に比べればマシだけど、コートいらないよなー、ってくらいの寒いとは言えない外気に包まれながら歩く。空は灰色、白っぽい灰色。雲が出てるからだろうけど、完全に空を覆ってる。セカイの終わりっぽい、滅ぶときってこうやってゆっくり緩やかに滅んでいくんだろうな。世界終末紀行、続き読みたいな。今度買いに行こうかな。
「で、月へ行くってワケ」
不幸中の幸いっていうかなんていうか、対策は打ってる。地球がヤバいなら他の場所に住めばいいじゃないって感じの。地球の他に行けるところは結構あった。偉い人、頭のいい人、でっかい企業、すごい研究所、その辺がわらわら集まって、こんな日のためにいろいろ準備してたらしい。
そのひとつが、月、だった。
さっき結衣と話してたイミグレってあるでしょ。辞書引いてみたら「移民」って書いてあった。結衣は月への移民第一グループに入って、宇宙船で月へ行くことになった。呼んでる人、追い付いた? これが今のウチと結衣の有様ってやつ。
ああごめん、まだ一個話してないことがあった。結衣のことはコレで全部だけど、ウチのことがまだ足りてない。
「ウチは出られないんだよね、宇宙に」
空を見上げて吐いた息は、今の空模様みたいな色をしていた。
人間を宇宙へ出しましょうって話は前々から出てて、去年くらいから本格的に仕込みが始まったって感じ。そのひとつに、簡単に言うと「宇宙に出ても大丈夫か」を確かめる身体検査みたいなのを全国で一斉にやることになった。こういうの一斉にやるんじゃなくてちょっとずつずらせばいいのに、なんでか分かんないけどみーんな一緒にやろうとするんだよね。どーいう理屈なんだろ。
もちろんウチもそれを受けた。学校の体育館に仕切り作って、なんかこう聴診器みたいなのを当ててチェックする感じ。一人二分くらいだったかな、自分の番が回ってくるまで思ったよりも待った気がする。どーせみんなと変わらない、あの時はたぶんそう思ってた。
けど違った。ちょっとだけ……いや、かなり違ったんだ、ウチの結果は。
「坂上さんは、宇宙線に弱い体質ですね」
検査が終わったその場でおばちゃんのセンセーから言われた時は、ふーん、あっそう、って感じで終わった。宇宙になんて行くつもりちっともなかったし、地球の方が居心地いいじゃんってナチュラルに思ってたから。
読んで字のごとく、うちのカラダは宇宙線にちょっと弱くて、少なくとも今の技術じゃ宇宙に出るのは良くない、っていうかヤバい、らしい。なんかこう、千人に一人くらいはそういう人がいるそうだ。千人に一人かぁ、割とレアかもしれない。こういうのじゃなくてもっとこう、コンビニのくじでお菓子の無料券当てるとか、そういう方向でレア引きを発揮したかったんだけど。
地球で暮らす分には全然問題ない。病気とかじゃないし、運動とかもご自由にって感じ。センセーからは、ウチと同じ体質でプロのアスリートやってる人もいるって聞いた、なんかこう慰めっぽい感じのトーンで。別の理由で運動はしないんだけどな、ウチは。そう思いながら聞いてたっけ。
宇宙には出られません、ってことで、ウチは地球で生きてくってことになる。地球はオワコンって言ったけど、それは今のままぼーっとしてればの話。人の数を減らしてあれこれ手を入れれば、まあなんとかなるっしょとは言われてる。人を減らすには外に出しましょうってわけで、月とかに移動するのが始まったって流れ。ホントにどーにかなんのかな、あんまりそんな気しないんだけど。
なんでだろうな、未来が曇り空に見えてるのは。
「月かぁ、遠いなぁ。新宿より遠い」
わざわざ言うまでもなく地球から月までは遠い。家からぼんやり見えるスカイツリーまでもすっごい遠いのに、月ってもっと小さいじゃん、ここから見たら。それはイコール滅茶苦茶遠いって事。ちょっとお出かけ、って感じのノリじゃ到底行けない場所にある。新宿とかに出るのも結構大変なのに、そんなんとは比べ物にならないんだもん、ちょっと想像つかない。
半端なく遠いってことは、だ。半端なく遠い場所に行くための乗り物に乗ってかなきゃいけないわけで、そういうのは動かすのが大変って相場が決まってる。スパッと言うと、いっぺん月へ行ったらそう簡単には戻ってこられないってわけ。ウチもウチで、もっと宇宙船が宇宙線に強くなるまで待たなきゃいけないから、たぶん向こう二十年くらいは宇宙になんか行けない。そんだけ遠いってことは通信とかも大変で、まだ簡単にはできないとかテレビで言ってた。気が遠くなるくらい遠くで、連絡もろくすっぽ付かなくて、ウチには足も踏み出せない場所。
そこへ行っちゃうんだ、結衣は。
ちくりと足が痛んだ。寒いからかな、古傷が疼くってきっとこういう感覚なんだ、って自覚する鈍い痛み。なんだろな、寒いからかな、今冬だし。でもコート要らないくらいだし、刺すような冷たさって言うには頼りないレベルに過ぎない。うん、ホントは分かってる、分かってるんだ。
痛みの大元は、ココロにあるんだ、って。
※立ち読み版はここまでとなります。続きはイベントにて頒布します本編にてお楽しみください。
頒布物情報
- 配布形式
- 書籍(紙媒体)
- 配布物概要
- 一次創作/短編小説/36P
- レーティング
- 全年齢対象(制限なし)
- 頒布価格
- ¥200