天文学的なふたり
概要
あらすじ
宇宙船「しらさぎ」に乗って地球を飛び出した二人の少女・チセとリコ。何十年という単位で時が経とうと、星ひとつない漆黒の闇に包まれようと、ふたりの絆はなんら変わることはなく。宇宙を旅する二人の他愛ないやり取りを集めた掌編集。
ちょっと立ち読み
「おはよー」
「はよー」
チセが来た。いつも通りに挨拶、うん、いつも通りだ。何も変わってない。変わってる方がビックリするからいいか、変わらないのはいいことだ。
「今日は寝坊しなかったね」
「それ、うちがねぼすけみたいじゃん」
「実際ねぼすけだし、リコ」
「えー、違うしそれ」
うちはリコ、向かって立ってるのはチセ。見た目は……うーんなんだろ、いちいち説明するの面倒くさいし、なんか好きに想像してくれればそれでおっけー。うちがリコで相手がチセ、それだけ分かってればいいかなって感じだし。どんな見た目してるかなんて、言葉だけでちゃんと伝えるなんてできっこないしね。まー、うちみたいに最初から「知ーらない」って放り投げちゃうのもよくないけど。
なんとなーく時計を見てみる、近くに置いてるデジタル時計。七時五十六分、もうちょっとで八時になる。時間が分かると、日付もちょっと気になる。チセに訊いてみよう、それが一番早いから。
「今日何日だっけ? 何月何日」
「んー、あ、あったあった。九月十四日だって」
「ほえー。いつの?」
「2986年、って書いてる」
「ジャスト三十年かー」
2986年、ここ「しらさぎ」の壁に取り付けられたカレンダーは、間違いなくその数字を現してる。2986年、何回見ても同じ。目をこすったり瞬きしたりしてみても、やっぱり2986年のまま。や、そんなことで一年増えたり減ったりしたら逆に怖い、怖いって。
しらさぎ。宇宙船に鳥の名前付けるのって流行ってたのかな、空を飛ぶしその辺にあやかったのかも。外装も白だったし。けどそれは関係ないか、スペースシャトルとかって大体全部白いし。なんでだろうなー、黒い宇宙船とかあってもいいのになー。うちは黒の方が好きだし。あーでも、宇宙出たら黒だと目立たないか。お互いぶつかって事故っちゃうとかあるかも知れない。
わりといい宇宙船らしい、前にチセが言ってたから多分そう。細かいことは分かんないけど、広いし快適だしいいとこなのは間違いない。いいとこっていうか、他と比較できるようなところがないから感覚になっちゃうけど。比較する機会あるかな、ないような気もする。今いるところがいるところだし。
真っ暗、見渡す限りずーっと。地球から空を見た時は星とかちょこちょこ見えて、宇宙に出てみたら辺り一面キラキラしてるのかなとか思ってたけど、そんなことなかった。ホントに何も見えない、星のひとつさえ。前も後ろも右も左も全部真っ暗な中にいて、うちらが前に進んでるのかどうかも微妙だ。進んでるんだと思うけど、進んでるって感覚はあんま無い。どこまで行っても変わり映えしないなー、外見てても退屈だ。
「んじゃ、いつもの人員点呼」
「やるの?」
「一応やっとこうよ一応」
「やるかぁ」
「いちばーん、山田リコ」
「二番、坂口チセ。いじょー」
「乗組員、二人しかいないからすぐだね」
「やっぱやる意味なくない?」
「こーいうのはカタチが大事なんだってば」
宇宙船「しらさぎ」の乗組員はうちとチセ、だけ。他には誰も乗ってない。途中で降りたとかじゃなくて、出発する時からずっとそう。最初からチセと二人きりで旅してる。ハッキリここに行きたいってのがあるわけじゃないし、正直旅してるっていうより流されてるって言った方がいい気もするけど、まあ旅してるんだと思う。
こういう風にどこかへ行きたいって、うちもチセも考えてたのは間違いないから。
「よく眠れた?」
「寝た寝た、ぐっすり。たぶん夢も見てない」
「あー、夢見てたらなんか寝てた感じ薄いもんね」
「はちゃめちゃな夢だと特に」
「風邪引いて寝込んでる時とか」
「あるある。スケールだけでっかくて全然意味分かんない夢」
「そーいう賑やかな夢だとさぁ、寝てるはずなのに疲れちゃうんだよねー」
賑やかな夢、しばらく見てないな。見たいわけじゃないけど、ただ見てないってだけ。今の現実に何か不満とか心配とかがあるわけじゃないから、夢がどんなのでも気にしないんだけど。
「うちらさー」
「うん」
「ここで寝るの、三十回目くらい?」
「んー、たぶんそう。だいたい三十回目だと思う」
「じゃああれかぁ、出発して一ヶ月経ったくらいかな」
「えーっとぉ」
チセが持ってたスマホを見る。この「しらさぎ」の中にあったやつだ。地球から持ってきたのもあるけど、カバンの中に入れっぱなしだった気がする。ここじゃスマホで暇つぶしとかしなくていいし、そうなると全然触らなくなっちゃうっていうか。前はしょっちゅう触ってたのにな、主にチセとLINEするために。LINEより直に声掛けた方が早いからちっとも使わなくなっちゃった。
スマホをあちこち弄ってたチセが顔を上げてうちを見る。うちもチセを見た、目をまっすぐチセに向けて。
「あー、惜しい。ちょっと惜しい」
「二十九日、肉の日とか?」
「ううん。八百七十年と三十日だ」
「えーっ、それ全然惜しくなくない?」
「惜しくなくなくもない」
「どっちか分かんない」
「惜しいってこと」
「惜しいかなぁ」
「細かいことは言いっこなしで」
あー、そうだった。
この船、一回寝るとそれだけで三十年くらい経つんだったっけ。
「これってさ」
「うん」
「朝ごはんだよね?」
「朝ごはんだよ」
「けど外朝っぽくなくない?」
「朝っぽくはないね」
たまごサンドをほおばるリコに相槌を打って、自分もフレンチトーストをかじる。甘い味がじゅわっと口の中いっぱいに広がる。食べ慣れた味、って言ってもそろそろ間違いじゃない頃だと思う。朝ごはんはいつもフレンチトーストにしてるから。あ、でも今って「朝」なのかな。「しらさぎ」の中は明るいけど周りは相変わらず真っ暗だし、夜じゃんって言われたら夜だねって言うしかなくない気もする。
「朝っぽくないけど、うちらの中では朝だよ」
「そっか。うちらが朝とか昼とか決めちゃっていいんだ」
「神様にでもなった気分だ」
「おー、神様かー。地球の神様、こんなとこにいるうちらのことも見えてるのかな」
「地球の神様だし見えないっぽくない?」
「見えなさそう。他のとこ見るので手いっぱいとかで」
うちらこうやってたまごサンドとかフレンチトーストとか食べてるけど、どっちもうちらが作ったものじゃない。「しらさぎ」が作ってくれたやつ。部屋とか食堂とかにあるタブレットをぽちぽちして「あれ食べたい」って入れてちょっと待つと、こうやって出来立ての料理が出てくるわけ。味付けの細かいところまで注文聞いてくれて、その通りに作ってくれるからすっごい便利。うちにも欲しかったってくらい。
ただ、あれかなー。この間カレー食べたくなって注文して、食べて普通においしかったんだけど。おいしかったんだけど、自分ん家で食べてたのとはちょっと違う味だったなー、って。うちのやつローリエ入ってたのと、あと他にもお母さんが味付け変えてた気がする。そういうのまでは再現できないみたいだ。これ別に不満とかじゃなくて、そういうものかあって思うだけだけどね。
「これってさ、うちらが食べてるものってさ」
「うん」
「材料とかってどっから持ってきてるんだろうね」
「あー、材料かぁ」
「どっかにいっぱい貯めてあるんだと思うけど、何頼んでも出てくるし」
「コーヒーゼリーとかも出てきたもんね」
「里芋の煮っ転がしとかもそう」
「リコってああいうのも食べるんだって思った」
「ちょっと前にお母さん作ってたなあって思い出してさー」
コーヒーゼリーとか里芋の煮っ転がしとか、フツーの宇宙船には積んでないと思う。そういうのまでいっぱい積んでたら、他に大事なものが積めなくなっちゃうし。じゃあ、うちとリコが食べてるものはどこから来たのか、どういう風にして作られたのか。ちょっと気になるけど、ハッキリしたことは分かんない。ただ――。
「うちらの食べてるもの、材料とかもどっかで作ってる、って聞いた気がする」
「えっそれすごくない? 何にもないところから里芋とか出てくるんだよね」
「らしいよ。どうなってるのか全然分かんないけど、前に偉い人が言ってた」
「そっかぁ。いっつも思うけど、この宇宙船ヤバいよね」
「うん。うちもヤバいじゃんって思ってる」
「何がどうなったらこうなるのかちんぷんかんぷんな場所いっぱいあるし」
リコの言う通りだと思う。なんでこんなに上手いことできてるの? って首をかしげることもちょくちょくある。考えてみるけど、元から理科とか得意じゃなかったからすぐ行き詰っちゃう。で、今都合よく動いてるからいっか、で終わらせちゃうところがある。それでいいのかなー、とか思わなくもないけど、考えたって分かんないことは分かんないからどうしようもない。
うちは他のこと――リコのこと考えるので手いっぱいだし。手いっぱいっていうか、頭いっぱいっていうか。
「あ」
「何?」
「チセさ、昨日何食べたっけ?」
「昨日っていうか、三十年前だけどね」
「時間の感覚狂っちゃうよね」
「もう今がいつなのかとかさっぱりだし」
「で、食べたもの」
「思い出す必要ある?」
「昨日食べたもの思い出せなかったらボケ始めてるってテレビで言ってたし」
「それは聞いたことあるけど」
「あ」
「どうしたの」
「ピーマンの肉詰めと赤魚の煮付けだった」
「あれだよね、リコっておばあちゃん的な食べ物好きだよね」
「えー、うちおばあちゃんじゃないし」
「里芋とか赤魚とか。どっちもお醤油で煮てるし」
「気のせい」
「気のせいじゃないってば」
リコはいつもなんとかの煮付けとか何々の煮物とか食べてる。おばあちゃんっぽい感じがする、好みとか味覚とか。うちはそういうの食べないから分かんないけど、リコが好きって言うならそれでいい。リコが好きなものだって言うなら、きっと悪いものじゃないって思うから。リコが好き、っていうのが何よりの証拠になるし。
「今ってさ、今頃ってさ」
「うん」
「料理ってどうなってるのかな」
「めっちゃ進歩してるかも、超音波で料理したりして」
「電子レンジがそうじゃない?」
「超音波じゃないけどあれなんとか波だっけ」
「確かマイクロ波とかそーいうの」
「そっかぁー、どーだろね。料理って概念なくなってるかも」
こういうしょうもない話にもリコはちゃんと乗ってくれる。そうするといつの間にかしょうもなくなくなってて、意味のある話になってる。
この流れが、うちは好きで、好きで。
「うちらがやってたみたいなご飯の作り方、記録とかに残してたりして」
「学校で縄文時代にどういうもの食べてたかうちらが勉強したみたいに?」
「そーそー、あんな感じ」
「あー、ありそうな気がする。だってもう八百何年も前だし」
「だよねぇ、だよねぇ」
「昔の人はわざわざご飯食べてたのか、大変だなあとか言って」
「それじゃあどうやって栄養取ってるんだろ」
「あれだよ、食べ物イコール料理になってて、自分で調理しなくなってたりして」
「それとかさ、全部すり潰されておかゆみたいになってるとか」
「食べるのめんどくさいから、注射とか点滴みたいに栄養取ってたりするかも」
「味気ないなあ」
「ディストピアご飯だ」
「うちらの方が豊かな食生活してる可能性あるのかー」
「なくもないかも」
ほんと、どうなってるんだろうな。八百年、八百七十年ってすごい時間だから、その間に何があったのか全然見当も付かない。想像もできない。地球にいた頃は一週間後のことだって想像付かなかったのに、その何倍、何百倍も先なんだもん。考えようったって無理だ。
今こうやってこの場所で、うちとリコがふたりでいる。それが一番大事だし。
「てかさ」
「うん」
「宇宙人もご飯食べたりするのかな」
「あっ、それ気になるかも」
「気になるよね」
「それもそうだし、宇宙人ってなんか区別があいまいだよね」
「行ってみたらさ」
「うん」
「うちらも宇宙人だしね」
「宇宙にいるしね、こうやって」
「宇宙人だ」
そっかぁ、うちら宇宙人かぁ。実感湧かないけど、自覚してみるとちょっと不思議な気分だ。うちもリコも、宇宙人だからって何か変わるわけじゃないけどね。ただどの枠に入るかってだけで、中身はちっとも変わんない。
「うちらが宇宙人かどうかは置いといてさ、他の星にいる生き物が何食べてるのかは気になるよね」
「なるなる。何も食べずに生きてる、ってことはあり得ないと思うし。光合成とかはあり得なくもないけど」
「光合成で必要な栄養全部取れたら楽そうだよね」
「それならうちと違ってダイエットとかしなくてよさそう。うらやましいなぁ」
「リコってダイエットとかしてたっけ」
「言われてみれば得にしてない。ちょっと食べ過ぎないようにしてるだけ」
「ここだとなんでも好きなように食べられるから気を付けないとね」
「ホントにね。気を付けてるけど時々おせんべいとか頼んで食べちゃうし」
リコの味覚はやっぱりなんかおばあちゃんっぽい。おやつにおせんべい食べるのとかもう「まさにそれ」って感じだし。悪いとかじゃなくて、リコだなーって思うだけ。そういうところもひっくるめて、リコはリコだって理解してるつもりだから。
「宇宙人いるって前提で話してるけどさー」
「宇宙人」
「そもそもうちらの他に生き物いるの? ってところからだよね」
「今まで一回も会ってないもんね、よその人に」
「人もそうだし、人以外の生き物にも会ってないし」
「まあねー。でもさー」
「でも?」
「いたらいたで、どうしようってなりそうな気もするけどね」
「それもそうだ。たぶん言葉とか通じないよね」
「絶対通じないし。向こうはテレパシーとかで会話してるかも知れないし」
「うちら超能力ないからねー」
よその星の人、会ってみたい気もするし、別にいいかなって気持ちもある。どっちだっていいのは、本当に一緒にいたい人がすぐ近くにいるから。だからよその人のことは、正直どっちでもよくなる。
リコもこんな風に考えてたらいいな。
目を見つめながら、ふとそんなことを考えた。
※立ち読み版はここまでとなります。続きはイベントにて頒布します本編にてお楽しみください。
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- 書籍(紙媒体)
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- 一次創作/短編小説/28P
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