胡蝶の夢
概要
あらすじ
蟲の特徴をもつ人型生命「蟲人」が生きている世界にて。アゲハチョウ科の少女「蓼子」は、自分があともう少しで「大人になる」という現実を受け入れられずにいた。そんな彼女には「繭」という想い人がいた。繭の大人びた風貌や仕草を好ましく思う蓼子だったが、繭には「大人になれない」という、蓼子とは対極の現実が立ちはだかっていて――。
ちょっと立ち読み
むかし、人と蟲はハッキリ分かれた生き物だったらしい。蓼子はときどき、そのことについて考える。
自分たち「蟲人」と大まかにはそっくりだが、触覚や中脚などがないどこか味気ない風貌をした「ニンゲン」は、きっと自分のように思い悩むことなどきっとなかったのだろう。もちろん別の悩みはあったかもしれない。将来は何で食べていくか、伴侶はどんな相手が望ましいか、なるべく長生きするにはどうすればよいか。生きていて悩みは尽きることがない。生きることはすなわち悩むことだ。誰かがこういう格言を残していてもおかしくない。
けれど、そんなことは自分たちも同じように悩んでいる。だからごく純粋に、ニンゲンというのは私たちよりも悩みの数自体が少ない生き物だったに違いない。蓼子はいつもその結論に行き着いた。展開の分かり切っている映画を何回も見るように、蓼子は同じことを同じカタチで、同じ時間をかけて考えるのだった。
(考えても考えても、結局いつも同じ答えになっちゃう)
一応聴覚は教壇に立つ先生に向けながら、ふと蓼子は前の席を見た。テントウムシの子が座っている。頭には触覚があって、更衣室で服を脱ぐと背中にいくつも黒い斑点があるのを知っている。大きなほくろのようだと思ったけれど、その子は特に気にしていないみたいだった。生まれつきでそもそも気にしていないか、あるいは気にしているけど「表に出したってしょうがない」と諦観しているか。できれば後者であってほしいな、と蓼子は願望をもった。
なぜ? 答えは単純。蓼子は自分の生まれ付き持っているものに、どうにも納得がいっていなかったから。
生まれつき持っていて捨てられないものに納得いかないのは、自分だけでなければいい、仲間が欲しいと思っていた。むかしのニンゲンも何かと仲間を欲しがったらしい。狩りをするときも、畑を耕すときも、鉄砲で殺し合いをするときも、SNSに写真をアップするときも。仲間というのは多ければ多いほどいい、そこについては蓼子も同じ意見だった。
今度は隣の席を見る。こっちはカマキリの子だ。両腕が鎌になってて、普段は上からケースを被せて他人や物を傷付けないようにしてる。書き取りは口にボールペンを咥えて、器用にすらすら書いていく。自分よりずっと綺麗な字だった。蓼子も子供の頃真似してみたけど、とりあえず字を書くのが精いっぱいだった。だけど隣の子は以前、他の友達に「ネイルをいじれないのがつまんない」と言っていたのを聞いた。
ああ、あの子もやっぱり生まれつき持ってるものに納得してないんだ。蓼子は自分の考えが補強された思いで、少しだけ嬉しくなった。あくまで少しだけ、ほんの少しだけ。
(生まれつき持ってるものは、交換もできないし、捨てることもできない)
むかし、人は「肌の色」で住処などを決めていたらしい。蓼子はときおり、そのことについて考える。
分からないような、分かるような。頭はひとつ、腕と足は二本、触覚や翅はナシ。カタチが型抜きクッキーみたいにほとんど決まり切っていて、最後の風味付けがチョコ味かバニラ味かくらいの違いしかない、なのにわざわざ別々の場所で暮らすのはいかにも効率が悪いじゃないか。そう思う気持ちと、カラダの特徴に基づく大きな決め事があるのは今も昔も変わらない、結局百パーセントニンゲンだった頃から根本は同じなのだ。そう思う気持ち。半分半分、ココロがチョコとバニラのクッキーのようになっている。
ひとまず。今では教科書の中くらいでしか「人」と「蟲」は分かれていない。身近にいる人も、テレビで見る人も、ネットで見る人も、「人」であって「蟲」でもある。カラダのどこかに腕と脚以外の何かがあるか、腕や足が多かったりカタチが違ってたりする。「ただの人」はだいぶ前にいなくなったらしい。あいまいな伝聞形が「そんなことどうでもいいじゃん」という感じがするな、と蓼子は思った。大昔、ずっとずっと前の時代に、人と蟲は交じり合う道を選んだそうだ。
カレールウを水に入れて加熱するとカレーができる。カレーは確かにルウと水からできてるけど、カレーからルウと水に分解することはできない。ひょっとすると超高性能なマシーンとかを使えばできるかも知れないけど、まあ普通にはできっこないしやる意味もない。今の自分たちはカレーで、むかしのニンゲンはルウだったのだろう。カレーはルウの味がする、けれど水分なしじゃ料理には使えない。リードしてるのは水の方だ。今の自分たちも水を飲まなきゃ死ぬのは変わらないし、全身の七十パーセントが水分でできてるのも変わらない。やっぱり主役は水なのだ、それが蓼子の結論だ。
(わたしは……食べる側? 食べられる側?)
むかし、蟲はお互いに食って食われてをしていたらしい。蓼子はときたま、そのことについて考える。
今でも動物がやっているけれど、それはそれは絵に描いたような弱肉強食だったそうな。でもニンゲンとひとつになって「蟲人」へ変化していく過程で「他のもの食べた方がいいじゃん」と気が付いたらしい。カマキリよりもから揚げ、チョウチョよりも白いご飯、コオロギよりもいちごの載ったショートケーキ。もっとおいしいものが楽に手に入ることに気が付いて「自分たちはなんで食い合ってたんだろう?」と我に返ったのだろう。蓼子はそう考えている。
そんなワイルドな生きざまだったからとにかくたくさん子供を産んで、できるだけ生き残れる確率を高くしたりもしたらしい。今の自分たちからすると……ちょっとは見習えって言われそうな気がすると蓼子は思う。人間も子供が少なくなったことに悩んだけど、今の自分たちも年々生まれる子供が減っていっているのが問題だと言われている。かと言って、今さら昔みたいに何百も子作りするわけにはいかない。ニンゲンとして生きてくからには、同じ問題に直面するのは当たり前ではある。蓼子は小さくため息をついた。
もうすぐ蓼子も「大人」になる。それは精神的な意味でも、身体的な意味でも。
蓼子は「アゲハチョウ科」の蟲人だ。蓼子はまだぎりぎり幼蟲だが、もうすぐ成蟲になるための準備が始まる。それは心構え的なことでもあるし、サイズの合う服を買うことでもある。でも何よりも大事なのは、カラダのつくりが変わるということに他ならない。かつてのニンゲンが、大人になるにつれて声が低くなったり乳房がふくらんだりと変化していったのと同じように、蟲人である蓼子にも変化の時が着々と近付いてきている。
周囲には同じアゲハチョウ科の子が多くいて、彼ら彼女らもまた蓼子と同じくソワソワしていた。みんなほぼ一斉に成蟲になるから、プロセスがどこまで進んだかとか、どういう気持ちでいるかとかを話し合っている様をあちこちで見かける。蓼子はその輪の中に入れられることもあったけど、自分から入っていこうという気持ちには少しなれなかった。同族と仲が悪いとかではない。「オトナになる」というこれから先確実に起こる現実との向き合い方に迷っているのだ。
前斜め前、女子生徒の背中をじっと見つめる。彼女は「繭」。蓼子と同族のアゲハチョウ科の蟲人だ。背格好も大体同じで、繭の方が確か一センチメートルだけ背が高い。アゲハチョウ科ということはもう間もなく成蟲になる時期で、それゆえに起こる自分の変化についても向き合うことになるはずだ。そうに違いない、少し前まで蓼子はそう思っていた。
ほんの少し前、までは。
「はい、お弁当だよ」
「あんまりお腹すいてないんだよね」
「ちゃんと食べなきゃ、午後からもたないよ」
「お母さんみたいなこと言うじゃん。いつものことだけどさ」
お昼休み。蓼子と繭は屋上に出て昼食をとっていた。ここへつながるドアには「立ち入り禁止」の札が掛かっているけれど、肝心かなめの鍵が閉まっていないので出入りし放題だ。ふたりはそれを知っていて、ここをほぼ自分たちのプライベートスペースとして使っていた。
蓼子にとって繭とは何か。幼馴染と言うのが手っ取り早い関係だった。蓼子は繭を唯一無二の親友だと思っているけれど、それをもって繭の方が自分のことを「親友」だと思っているかは、蓼子には分からなかった。他に交友関係があるという話は聞いたことがないし、繭も学校にいるときは蓼子としかつるまない。それでも蓼子は繭の気持ちは繭のもので、自分が決めていい物じゃないと思っている。だから、繭が自分を親友だと認識しているかは留保していた。
もしかすると、親友という枠に収まっていない。そっちかも知れなかったから。
「わたし繭のお母さんじゃないよ。繭の方が大人っぽいし」
「またそう言う。蓼子のいじわる」
「違うよ、悪気があるわけじゃないってば」
「あたしが『いじわる』って思ったらそれはいじわる。分かるよね? そういうこと」
自分よりずっと大人っぽい。蓼子は繭と出会ってからずっとそう思っていたし、今も考えは変わっていない。蓼子は親の言うことに反抗した記憶がひとつもなかった。そもそも蓼子の親が「蓼子がしたいようにすればいい」というちょっとドライなスタンスだったから、そもそも反抗する必要がなかったというのはさておくとしてもだ。繭は気に入らないことがあると絶対納得せずに歯向かって、親との関係はそれほど良くは見えない。
「まあでも食べるよ、ちょうだい。今日の具って何?」
「いつものツナサンドだよ。きゅうりを混ぜてる」
「ふぅん。ま、悪くはないね」
だけど「お母さんみたいだ」と言う蓼子の言うことには、わりとすんなり従っている。ラップに包まれた大きなサンドイッチを受け取った繭は、さっきの「お腹が空いていない」という言葉を忘れたように思いっきりかぶりついていた。悪くない、繭は食べるたびにそう言う。繭の中ではかなりの誉め言葉で、蓼子もそれは十分理解している。まっすぐ「おいしい」なんて褒めないところも、蓼子にとっては繭が大人っぽく見えるポイントだった。
蓼子より早くサンドイッチを平らげてしまうと、繭が持っていた小さなカバンへ手を突っ込む。しばらくガサゴソやって、やがて「ちっ」と小さく舌打ちして探るのやめた。
「昨日で切らしてたんだった」
「タバコ?」
「そ。ま、今お昼休みだし、吸わない方がいっか」
繭に感じる大人ポイントは他にもある。喫煙者なのだ。蓼子自身は法的にも身体的にも未成年で、もちろんタバコは吸っていない。あまり吸いたいという気持ちもない。けれど繭はそんなのお構いなしで、蓼子の前でしばしばタバコをふかして見せた。ライターでサッと火を点けて吸い、口から紫煙をくゆらす姿は、蓼子から見ればどこからどう見ても「大人」だった。タバコへの憧れはないけど、タバコを吸う繭には憧れる。
蓼子は自分の家へ繭を招き入れることがしばしばあった。そういう時、繭は缶入りのチューハイやらをいくつか持ち込むのが常だった。そうして蓼子の部屋で静かに飲んで、ほんのり顔を赤らめる。蓼子はこの繭の振る舞いにも「大人っぽさ」を敏感に感じていた。本当に大人らしいかはさておき、蓼子がそう感じた以上これは「大人っぽい」のだ。繭も「自分が『いじわる』だと思ったらそれはいじわる」だと言っている。お互いさまだと蓼子は思っている。
喫煙と飲酒。どっちも大人の嗜みだと蓼子は考えている。だからそれらを愉しんでいるように見える繭は、蓼子にとって「大人」だった。年相応、あるいはそれより少し幼いかも知れない「マジメ」な振る舞いに終始する自分が、繭にはどう見えているだろう。蓼子はときどき不安になった。繭が自分を疎んじるならそれは仕方がない、繭が嫌がるくらいなら自分から去っていく方がマシだと思っている。幸いにして、繭がそんなそぶりを見せる様子はないけれど。
「これさ、もう三百回は言ってるけど」
何度でも繰り返す。蓼子にとって繭は「大人」だと、「大人の女性」なのだと。
「――あたしってさ、なれないんだよね。大人に」
けれど、繭自身は言う。「自分は大人になれない」、と。小さくため息をついて物憂げな顔をする繭にどんな言葉を掛ければいいか分からず、蓼子はただ側に寄り添うことしかできない。けれど繭にとってはそれが一番の正解で、求めるもので。自分に肌を寄せてくれた蓼子の腕に縋りついて、指先を捕まえるように絡め合った。
繭は……病気などではない。体力は同じくらいあるし、薬を決まった時間に決まった量飲んでいるというわけでもない。何か寿命が決まっていて、大人になるまでに死ぬことが宣告されているというわけでもない。生きるだけなら、繭は蓼子と同じくらいの長さは生きられると分かっている。そういう意味で「大人になれない」わけではない。
けれど、繭が「大人になれない」というのもまた揺るがない事実ではあった。
「今何時?」
「ええっと、十一時……四十七分」
「んじゃ、まだちょっと時間あるね」
自分に体を預けてくる繭。蓼子は胸が高鳴るのを感じて、緊張する躰で繭を受け入れる。
蓼子が大人の嗜みだと思っているもの。タバコを吸うこと、お酒を飲むこと。それともうひとつ、彼女にとって一番「大人っぽい」と思うものがある。
「する?」
「する。いいよね?」
「……うん」
それは――いつも決まって、繭のちょっと強引で一方的な口づけから始まるものだった。
口内に繭の舌が入り込んでくる。口づけまでは勢いがあるのに、舌遣いはどこか遠慮がちで繊細だった。繭らしいな、蓼子は率直にそう思った。外見は突っ張ってて、親とか学校とか法律とか、いろいろな枠組みに反発してる。だけど中身は一途で淑やかで、自分と相通じるものがある。それを知っているのはわたしだけ、蓼子は胸の奥底で小さな優越感を抱く。口をぴったり付け合って、外からはどんな遣り取りがされているのか分からない。繭の舌遣い、繭の本質を知っているのは、世界で自分ただひとり。
カラダの心地よさとココロの気持ちよさが蓼子を溶かして、現実と妄想、自分と繭、いろんな境界がことごとくあいまいになっていく。繭に飲み込まれているような思いもするし、繭を包み込んでいる感覚も同時に味わっている。抱き合って交わっると、何もかもがあやふやになって一つになる。蓼子はこれがたまらなく好きだった。繭に求められてされるがまま、入り方はそう見える。けれど本質はどうだろう。蓼子が内心で求めているのを大人の繭が察して気を利かせてくれているのかも知れない。これもまた境目のない、どちらとも取れるもののひとつだった。
「ん……」
「声出てるよ、蓼子」
繭は蓼子と触れ合うのが好きだった。繭が触らない場所なんてひとつもない。蓼子のすべてを触り違って、自分のすべてで触れたがる。例外なんてない、禁忌なんてありっこない。繭は無遠慮で丁寧な手つきで、蓼子のそこかしこに触れていく。蓼子は少しも抵抗しなかった。心地よいことを我慢する必要なんてない、そう繭に教えてもらったから。繭の手で自分自身が溶かされていく、あるいは自分が繭を飲み込んで融かしていく。二人の間に境界を感じるのは、布の擦れ合う音を聞くときだけ。
蓼子は繭を抱きしめるばかりで、まるで彼女へ懸命にしがみついているかのよう。でも見ようによっては、じゃれてくる繭を抱擁しているようでもある。母親と赤子の関係に近しい。どっちが母親で、どっちが赤子か。教会の不安定さを楽しむ蓼子と繭にとっては、しごくどうでもいい疑問だった。蓼子は繭で、繭は蓼子。それが唯一絶対の答えだ。自分たちが唯一になるのが答えだ。物事が交わると、いかなる形であれひとつになる瞬間がある。その瞬間を共に求めているだけなのだから。
指先が、手のひらが、蓼子の全身をはい回る。ずっと繭が蓼子を先導して煽動しているようだけれど、蓼子にとって繭は大人で自分は子供。当然のことで、望ましいとさえ思った。大人の蓼子に切り拓かれることで、自分も一歩ずつ大人に近づいていく。そんな感覚さえあった。
「ねえ、蓼子。好きって言って。恋人だって言ってよ」
「あたしのこと、大人だって思わせてよ」
けれど、実態は不思議なもので。繭はこうしてまぐわっているとき、決まっていつも蓼子に「好きって言って」「大人だって言って」とせがむのだ。欲しいものを大人にねだる子供のよう、と言うのに相応しい光景だった。蓼子にとって繭は大人だけれど、繭は自分のことを大人だなんて思っちゃいない。大人に駄々をこねて欲しがれば、自分の求めるものがもらえると信じている子供だった。
あちこちに触れて、指先を濡らして。どう見たって繭が蓼子をむさぼっている。蓼子は繭にされるがまま、従属しているようにしか見えないはず。なのに、そんな繭の求めるものの決定権はいつだって蓼子が握っている。蓼子は与えることも与えないこともできる、なんなら繭から自分自身を取り上げて、情事を味気なく終わらせることさえできた。すべては蓼子の感情ひとつ。繭は蓼子にマウントを取っているようで、実はどんな時だって平伏している。
蓼子自身がその構図をどこまで自覚しているかは、この際さておくとしても。
「……繭」
「ずるいよ、蓼子。蓼子だけ大人ぶらないで」
そんなひねくれた難しい繭を、蓼子はいっそう力を込めてハグした。わがままを言う子供をたしなめる大人そのものだ。蓼子に全身を預けて任せて委ねているのに、口だけは「大人ぶらないで」と文句を言う。蓼子にとっては、それさえも愛しいものだった。
あたしも連れてって、大人にして。何度も繰り返す繭を見たしたかったのか、それとも黙らせるためなのか。今度は蓼子の方から口づけた。蓼子は自分がつたなくて子供っぽいと感じる舌遣いでもって、繭の口内を慈しむように蹂躙する。大人なのはどっちだろう、蓼子は繭だと思っている。繭は蓼子だと思っている。ガタガタの境界を反復横跳びして遊ぶふたりのナカで、これだけは明確な違いとしていつまでも残っていた。
「こんなんじゃ足りないよ、もっとちょうだい」
息継ぎをするように言葉を発した繭の求めに応えたくて、蓼子はまた口づけるのだけど。
「違うってば。そうじゃない」
「繭」
「欲しがるものを片っ端からあげてたら、ちゃんとした大人になんかなれないでしょ」
「でも、だって……」
「子供みたいなこと言わないで」
繭は肩をつかんで無理やり距離を開ける。二人の間にとろんと糸が引いて、そしてたちまち切れてしまって。
「あたしが欲しがっててもあげない、蓼子が欲しかったら取り上げる」
「大人になるってのはこういうことなんだよって、このカラダに教え込んで。刻み込んで」
「蓼子の手で――あたしのこと、躾けてよ」
欲しがっているのを見てあげれば拒絶する、だからと言って手を引くと無理やり引き寄せられる。ああ言えばこう言うわがままな繭を、蓼子はただただ愛しく思った。愛しさの中に感じる、ほとんど痛みのような切なさと向き合う。
繭が「大人」に固執するのには、理由があった。
※立ち読み版はここまでとなります。続きはイベントにて頒布します本編にてお楽しみください。
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- 書籍(紙媒体)
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- 一次創作/短編小説/28P
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