帰宅した瑞穂は台所へ歩いて行って、買ってきたものを手際よく収納していく。野菜は冷蔵庫の野菜室、魚はチルドルーム、おやつのムーンライトは戸棚へ。最後にマママートで買ったコロッケの包みをテーブルの上へ置いて、バッグは綺麗に空っぽになった。折り畳んで袋へ詰めてから、棚の上へ戻しておく。沙絵が帰ってきたらすぐご飯だね、そう言う瑞穂に、シラセが小さく頷いて応える。
トントン、と戸を叩く音が聞こえてきたのは、一息ついた直後のことで。
「玄関? こんな時間に誰か来たのかな」
こんな時間に訪れるような人はまずおらず、そもそもここ上月家を訪れる人そのものが少なかった。首を傾げる瑞穂に、シラセも同じく首をひねる他なく。不思議そうな顔をしつつ、瑞穂が椅子を立って玄関へ向かう。念のためと言うべきか、シラセも隣に随伴する。
取っ手に手をかけて、瑞穂がゆっくり引き戸を開く。
「……あ」
戸口に立っていたのは見知らぬ少女。少なくとも瑞穂にとっては、今この瞬間初めて目にする姿。瑞穂にとっては、という但し書きを付けなければならないが。
お昼に船着場で会った子だ、シラセはすぐにそれを思い出すことができた。船で榁までやってきた、小さな包みを抱えた少女。それは変わらず今も持ったままで、胸の中にしまいこむように強く抱きかかえている。その子がどうしてここへ、シラセはただ疑問符を浮かべることしかできなかった。少女もまた同じで、あの時のアブソルがなぜここに、という顔をしている。
「こんにちは。うーん、そろそろこんばんは、の時間かな。どうかしたのかな?」
瑞穂から声を掛けられて、少女が顔をはね上げる。抱えた包みはそのままに、瑞穂の顔をジッと見つめて。
「……えっと、瑞穂さん、で合ってますか」
「私? そうだよ、上月瑞穂。あなたは?」
「うちは……ハルっていいます」
少女、もといハルは一拍置いて、こう続ける。
「上月ハル、それがうちの名前です」
「コウヅキ……? 上に月って書いて、上月?」
「そうです」
上月瑞穂と、上月ハル。決して多いとは言えまい上月という名字をいただく、お互いに面識のないふたり。瑞穂は目をまん丸くして、ハルはまっすぐ視線を投げかけて、お互いの姿を瞳いっぱいに映し出している。
「あの、えらい急なこと言うて、悪いんですけど」
「うち――お骨を持ってきました」
ハルと名乗った少女は、抱きかかえた包みを取り落とさぬようにと、腕に目一杯力を込めている。それは確かに大切な物で、落としてはならないという気持ちは理解できた。
だが、なぜハルはそんなものを持ってここにいるのか。瑞穂もシラセも、皆目見当が付かずにいて。
「瑞穂さんと、沙絵さんの……それから、うちのお母さんの」
「お骨を、持ってきました」
たどたどしい口調で、瑞穂の前に立つハルは、確かに言った。
母親の遺骨を持ってきた、と。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。