ハルが瑞穂に骨壷を差し出す。瑞穂はどうすればいいのか分からず、困惑した面持ちでハルを見つめている。ハルも瑞穂の気持ちは理解しているようで、無理に押し付けたりするようなことはない。ただ瑞穂が骨壷を受け取るのをじっと待っている。それが自分の為すべきことと考えているように見えた。
「これ、ほんまは、瑞穂さんと沙絵さんが持っとくもんですから」
「うちがずっと持っとるんは、なんかちゃうと思う」
「せやからこれ、瑞穂さんに引き取ってほしいんです」
少し震えた声で、ハルが瑞穂に骨壷を受け取るよう促した。ここまで言われては受け取らないわけにも行かない、瑞穂は戸惑いを隠し切れないながらも、ハルから風呂敷ごと白い骨壷を受け取った。母の遺骨の入った小さな壷を、瑞穂はやや持て余すかのように、所在なげに持って立っている。
手の空いたハルが少し佇まいを直して、再び瑞穂の目を見つめる。
「お母さんは、ちょうど二週間前の七日に死んで」
「それからすぐお葬式して、骨壷にお骨を入れて」
ハルが胸を抑えて、少しだけを目を伏せて。
「榁に、うちの見たことのない姉が二人おる。その人らに自分のお骨を届けてほしい」
「お母さん、死ぬ前にそない言うてうちに頼んだんです」
「うちが知ってるんは、それだけです」
そこまで言うとハルは大きく息をついて、そしてがくんと肩を落とした。言うべきことは言った、するべきことはした。仕草からはそんな様子が見て取れる。瑞穂はハルから手渡された骨壷を抱いたまま、ただハルの言葉に耳を傾けている。
「すいません。急に来て、急にこんなこと言うて」
「うち、行きます。お騒がせしました」
瑞穂はハルが自分に背を向けて立ち去ろうとしているのを目にして、ぼんやり半開きになっていた目が大きく見開かれた。
「待って」
歩き出そうとするハルにそう声を掛けた。ハルが少し驚いた様子で足を止め、後ろにいる瑞穂に向かって再び向き直る。瑞穂はハルの目をまっすぐに見つめて、続けざまに訊ねた。
「ハルちゃん、これからどこか行くところあるの?」
「……無いです。知り合いもおらんし、どっかで野宿でもしよう思てました」
「ありゃま、やっぱりそうだったんだ」
一連の会話を横で聞いていたシラセにとっては、ハルの返答は予想通りのものだった。ハルは明らかに別の地方の言葉を話していて、榁に知己がいるとは思えなかった。行く宛なんて無い、かつての自分と同じように。シラセはそう考えて、ハルの隣にそっと寄り添う。シラセが近づいて来たのを見て、ハルがあっと小さく声を上げた。
「うーん、榁なら悪い人もいないし、野宿してもまあまあ安全だとは思うけど、でも、外で寝ると風邪引いちゃうよ」
「なんならさ、うちで夕飯でも食べてかない?」
「ちょうど今日ね、コロッケいつもより多めに買っちゃったから」
これから夕食を作るところだったから、ハルも食べていかないか、と瑞穂。ハルに行く宛がなくて、そのまま帰らせるには忍びない。けれど何の理由もなくハルを引き止めるのも、またハルがこれといった理由もなく家にいるというのもお互い気まずい。だから家にいる理由を作るために夕食に誘った、ハルも瑞穂も相手の考えは理解していて、だからこそ出た言葉だった。
「せやけど、うちがおったら」
「気にしないで。私の家、しょっちゅうトレーナーさん泊めてるし。さ、入って入って」
遠慮がちなハルに、瑞穂が中へ入るよう薦めた。足元ではシラセがハルにそっと体をすり寄せて、同じく家へ上がるようにと促している。やがてハルは少しばかり決心がついたのか、瑞穂の表情を伺いつつ、おっかなびっくり中へ入った。
瑞穂がハルを茶の間へ通してから、「麦茶入れてくるね」と言って台所へ引っ込む。シラセは瑞穂の後へ付いていくと、冷蔵庫からボトルを出して麦茶を注ぐ彼女の後ろ姿を見る。シラセが側にいることを知ってか知らずか、瑞穂がこんな独り言をこぼす。
「さすがにこれは、ちょっとビックリだね」
「妹がもう一人いたなんて、初めて知ったよ」
もう一人の妹。同じ母親から産まれて育てられた、見ず知らずの少女ハル。瑞穂は彼女との距離の取り方について思案しているのだ、シラセでなくとも分かることだった。
ハルに麦茶を出してから、瑞穂が夕飯の支度に取りかかる。ハルが出された麦茶をグラス半分ほど飲んだところで、ガララ、と玄関の戸が開かれる音が聞こえてきた。野菜を洗っていた瑞穂が水道を止めて、タオルで手を拭きながら玄関へ向かうのが見えた。ハルが顔を上げる。
「おかえり、沙絵」
「たっだいまー。あれ、誰か来てるの?」
「ちょっとね。お茶の間にいるから、挨拶してきてね」
瑞穂が言い終える前に、沙絵が茶の間に駆け込んできた。ハルと沙絵が鉢合わせする。大きく目を開くハルに対して、沙絵はいつも通りのあっけらかんとした様子で声を上げた。
「こんにちはー。トレーナーさん? 外から来たんだよね」
「えっと、うちは……」
何か言おうとしたハル、そこで瑞穂が割って入る。
「今日ね、榁に着いたんだって。せっかくだから、夕飯食べていって欲しいなって思ってさ」
「そっかー。ちょっとごちゃっとした家だけど、ゆっくりしてってね」
「こらこら、ごちゃっとしてるのは沙絵の部屋だけだよ」
「えへへ。じゃ、私ちょっとシャワー浴びてくる」
ひとしきり喋って浴室へ引っ込んでしまった沙絵に、ハルはやっぱりと言うか当然と言うか、ただ戸惑うばかりで。
「ま、沙絵もああ言ってるし、ゆっくりしてってね」
そんなハルの肩を抱いて、瑞穂が穏やかな声を掛けるのだった。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。