〜第七話:「あうーのちるちる」〜

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「……お、お前……なんで俺の名前を知ってるんだ?」

「知ってて当たり前よぅ! あたしは真琴よぅ!」

目の前の「みちる」が、真琴口調で自分は「真琴」だと主張している。

「……………………」

俺は改めて、その言葉の主の姿を眺めてみる。

「……………………」

……どこからどう見ても、名雪から聞かされた「みちる」という子のイメージそのままの姿だった。まかり間違っても、俺の知っている真琴ではない。断じて、真琴ではない。

これは真琴ではない。きっと誰かがこいつに指示を出して、真琴に成りすまして俺をからかっているのだ。そうだ。そうに違いないっ。それしか考えられないっ。

「……何で釣られたんだ?」

「違うって言ってるでしょぅ! ホントに真琴よぅ!」

「誰に頼まれたんだ?」

「あぅーっ……ホントにホントよぅ!」

「いくらでやってるんだ?」

「違うわよぅ!」

「お菓子か? おもちゃか? それともここでは言えないような何かか?」

「あうーっ!!」

ぐぬぬっ。これでも吐かないか……

いや……待てよ。ひょっとすると、こいつはそれこそ本物の「真琴」に頼まれて、俺をからかうよう言われているのかも知れない。そして本物の「真琴」が、俺がこの「真琴」にからかわれているのを見て、ニヤニヤ笑っているに違いない。そうだ。きっとそうなんだっ。

それなら、直接呼ぶまでだ。

「真琴ーっ! 隠れてないで出て来ーいっ!」

「ここにいるわよぅ!」

小さいのが何か言っているが、無視だ。無視無視。

「今回のはいくらなんでも悪質だぞーっ! 秋子さんに言いつけるぞーっ!」

「だから、真琴はここにいるってばぁ!」

違うっ。これは真琴じゃないっ。本物は今頃どこかでくすくす笑っているんだっ。

「今出てこないと、もう肉まん買ってやらないぞーっ!」

「あうーっ!!」

……頼む。出てきてくれ……これが嘘だと言ってくれ……

「いくらなんでも、そりゃないだろ……」

「だぁかぁらぁ、真琴は本物の真琴なのよぅ!」

……くっ。こうなったら、最後の手段だ。こいつに真琴にしか分からないような質問をたくさん重ねて、ボロを出させてやるっ。今に見てろよっ。お前のいたずらも、ここまでだっ。

「よーし分かった。それじゃあ俺が今から質問をするから、それに答えるんだ」

「ふんふん」

「答え次第では、お前を本物の真琴と認めてやるぞ」

「いいわよぅ。なんでも来なさいっ」

こうなりゃ……あいつにしか分からないことをバンバン聞いてやるぜっ。

「本名は?」

「前は沢渡真琴だったけど、今は水瀬真琴よぅ」

「家族構成は?」

「あたしと名雪おねーちゃんと秋子さんと、あとゆーいち」

「趣味は?」

「漫画を読むことと、漫画を読んでもらうことよぅ」

「好きな食べ物は?」

「肉まん!」

「秋子さんのジャムは絶品か?」

「あうーっ……思い出すのも怖いわよぅ」

「親友の名前は?」

「みしお!」

「こんにゃく、豆腐、殺虫剤、ハサミ、味噌汁、焼きそば、ネズミ花火。これらの共通点は?」

「あたしがゆーいちにした復讐よぅ」

「スリーサイズは?」

「上から……って、それは関係ないでしょっ!」

「ぐああ……どう考えてもモノホンの真琴だ……」

「当たり前よぅ! さっきからずっと言ってるじゃないっ」

「トホホ……」

俺は思わず頭を抱えて、そのままその場にしゃがみこんだ。俺はこのちんちくりんの子供を、あの真琴と認めざるを得なくなっていた。質問への答えが完璧すぎる。

……正直、どうしようかと思った。

 

「分かった。お前は本当に、あの真琴なんだな?」

「そうよっ! 何回言えば分かるのよっ!」

「……だってお前、その姿で言われても……なぁ……」

「あぅーっ……真琴だってなんでこんなことになってるのか、さっぱり分かんないわよぅ……」

俺と「真琴」は顔を突き合わせたまま、自分達の置かれた状況のあまりの意味不明さに、どこから考えればいいのかすら分からなくなりつつあった。

「とりあえずだ……真琴。できるだけ細かく事情を説明してくれないか? お前が最後に『真琴』だった時のことから、今こうしてここで話をしている状態まで、できるだけ詳しく」

「うん……」

俺の問いかけに、「真琴」は伏し目がちにゆっくりと話を始めた。

「昨日の夜までは、間違いなく真琴は『真琴』だったのよぅ」

「ああ。俺もそこまでは確認してる」

「それで、朝起きたら……」

「……そんな姿になってた、ってわけか」

「うん。それで、気がついたら、知らないところにいたの」

「知らないところ?」

「えっと……ほら。真琴のこと探してる人の家にいたの」

「……遠野か!」

「そうそう! その人の家にいたのよぅ!」

何かがつかめてきたような気がする。真琴は朝起きたらこんな姿に変わっていて、しかも自分は遠野の家にいたと言う。これはもしかしてひょっとすると……

「それで、朝からどうしてたんだ?」

「とりあえずよく分からなかったから、ずーっと黙ってたのよぅ。ヘタにしゃべったら、きっといけない、って思って」

「……なるほど。遠野が言ってた『口数が極端に減った』ってのは、そのせいか」

「それで、どうしよう、って思って、朝からずっと考えてたのよぅ」

真琴は考え事をするとき、口癖のように「あぅー」とつぶやく。遠野にはこれがきっと唸り声のように聞こえたのだろう。実際俺にもそう聞こえる事だし。

「で、昼になって逃げ出して来たわけか……」

「うん。でも、こんなのじゃゆーいちやおねーちゃんにも信じてもらえそうになかったし……」

「……だな。普段のお前とのギャップがありすぎて……正直、今でも半信半疑だ」

「あぅーっ……真琴は本当に真琴よぅ」

真琴が涙目になって言う。

(そりゃあ、なぁ……)

真琴の立場になって考えてみれば、これは深刻なことだった。朝起きたら体が別人のものになっていて、周りは見知らぬ人だらけ。元々人見知りの激しい性格だ。きっと不安だったに違いない。真琴の心境を思うと、自然と同情してしまう。

「大丈夫だ。話の中で、お前が『真琴』だって分かったから」

「あぅー……本当?」

「本当だって。信じてくれよ」

そう言って、俺は真琴の頭を軽く撫でてやった。

「あぅ……」

最初は不安そうだった真琴の表情が、少しずつ、安心したような表情に変わっていく。朝からずっと不安だったはずだから、ようやく緊張から解放されたような感じだろう。されるがまま、ずっとおとなしくしている。

「どんな姿になっても、真琴は真琴だ」

「ゆーいちぃ……」

……俺はそのまましばらく、頭を撫でてやった。

 

それからしばらくして、真琴がようやく少し落ち着きを取り戻したところで、改めて話を切り出す。

「しかし……どうしたものかなぁ」

「あぅー……どうすればいいのよぅ」

「一体何が原因でこんなことになったのか、全然分からないからな……」

目の前で起きた出来事が……それこそ、真琴が水瀬家にやってきた時ぐらいのレベルで常識外れだったために、俺一人ではどうにもできそうになかった。

そこで、俺が考えた解決策。

「とりあえず、秋子さんに相談してみるか」

「うん。秋子さんなら、きっと何とかしてくれるわよぅ」

「ああ。秋子さんだからな」

「うん。秋子さんだもんね」

そう。水瀬家の主にして、困った時の相談役・秋子さんに助言を求めることにしたのだ。普通ならわけの分からないこの状況も、秋子さんの手にかかればきっと一瞬で解決するに違いない。

「それじゃあ、向こうで名雪が待ってるから、一緒に行くか」

「うん。でも、おねーちゃん、真琴のこと……」

「大丈夫だ。俺が事情を説明してやるよ。それにだ……」

「それに……?」

「名雪は秋子さんの実の娘だぞ。きっとすぐに分かってくれるさ」

何せ、真琴を連れてきたときも驚き一つせずに普通に受け入れたぐらいだ。時間はかかるだろうが、きっとすぐに馴染むだろう。

「それじゃ、行くか」

「うん!」

俺は真琴を連れて、元来た道を歩き出した。

 

「おーい! 名雪ー」

名雪はさっきの場所で、ずっと立っていた。

「あ、祐一〜。どこに行ってたの?」

「ああ。やっと見つけたんだ。こいつをな」

「あぅ……」

横からひょこっと顔を出す真琴。さて、事情を説明してやらないとな。

「あ、みちるちゃん! 祐一、すごいよ。よく見つけたね〜」

「いや、実はな……」

俺が「実はこいつは真琴なんだ」と言おうとした……

……まさにその時だった。

「あーっ! 水瀬さんに祐一君! ここにいたんだねぇ!」

「……佳乃か?」

「わ、佳乃ちゃん! そんなに急いでどうしたの?」

商店街の方から、佳乃が物凄いスピードで走ってきた。何かあったのだろうか? とりあえず、こっちでも大変なことがあって、その事情の説明をしなきゃいけないんだが……

「大変だよぉ! ものすごく大変なことが起きちゃったんだよぉ!」

「大変なこと?! 佳乃、どういうことだ?」

「えっとねぇ……」

佳乃は一瞬曇った表情をしてから……こう言った。

 

「お姉ちゃんのところに、水瀬さんの妹さんが担ぎこまれて来たんだよぉ!」

 

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。

Thanks for reading.

Written by 586