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第一話「Prologue of Puddle」

「それじゃあ、行ってきまーす!」

「ああ。くれぐれも気をつけてな」

僕は二人のやり取りを聞きながら、玄関で佳乃ちゃんが来るのを待っていた。佳乃ちゃんはぱたぱたと走ってきて、サンダルをぱぱっと履いた。

手首には、黄色いバンダナが巻かれている。

「お待たせだよぉ」

「ぴこぴこっ」

「それじゃあ、でっぱつしんこう~」

「ぴこぴこー」

軽く返事をしてから、僕は佳乃ちゃんが開けたドアから外へ出た。

 

僕はポテト。この診療所に住んでいる、元野良犬だ。今は佳乃ちゃんとそのお姉さんの聖先生に拾われて、そこで一緒に暮らしている。主に僕の面倒を見てくれるのは佳乃ちゃんの方で、聖先生は時々僕のことを観察するぐらい。時々、その視線に寒いものを感じるんだけど、どうしてだろう?

僕から見た佳乃ちゃんは、よく面倒を見てくれるいい飼い主さんだ。しゃべり方がちょっとヘンなのは気になるけど、僕のことをよく抱きしめてくれるし、こう見えてご飯とかもちゃんとくれる。髪の色は青くて、お姉さんの聖先生と同じだ。あと……

手首に、黄色いバンダナが巻かれている。

よくは分からないけれど、それはぼくが触れてはダメなことのような気がした。

 

僕の住んでいる診療所は、この海沿いの街の商店街のど真ん中に建っている。聖先生が言ってたことによると、この診療所はこの街で唯一の診療所なんだって。だから、病気の人も怪我の人もみーんなまとめてここに運ばれてくるって言ってた。へぇー、すごいなー、と思っていたんだけど、僕が見ている限り、この診療所に他の人が来る気配は全然ない。

そんな調子で、僕はこの診療所に住んで、今こうして佳乃ちゃんと一緒に外に出ることになったのだ。

 

「今日は餌やり当番の日だよぉ」

「ぴっこり」

佳乃ちゃんは学校で飼育委員をしていて、今日はその当番に当たっているみたいだ。僕が診療所に住み始めてから、佳乃ちゃんのことは結構良く知るようになった。

「ピョンタもモコモコもお腹を空かせちゃってるよねぇ」

「ぴこぴこ」

ピョンタはカエルで、モコモコはうさぎだ。このニックネームは佳乃ちゃんが付けた名前で、気がつくとその呼び名が定着してたんだって。確かに、単純で覚えやすい。

「ふー……今日もあっついねぇ」

「ぴこ」

強い日差しが容赦なく照りつけて、地上を焼いている。僕は僕の体が暑さでダメにならないように、なるべく日陰を選んで歩く。

……でも。

「やっぱり夏はこうじゃなきゃねぇ」

佳乃ちゃんはうれしそうに、日向を歩いていく。心なしか、スキップ気味だ。

「……………………」

夏なのに元気だなぁ、佳乃ちゃんは。

 

「とうつき~」

「ぴっこり」

しばらく歩いていくと、佳乃ちゃんの通う高校にたどり着いた。今は夏休みだから、人影は少ない。

「元気にしてるかなぁ」

「ぴこぴこ」

佳乃ちゃんが進路を変えて、学校の中へ入った。それに僕も遅れないようについていく。

フェンス沿いにグラウンドの中を歩いていくと、小さくて古びた飼育小屋が見えてきた。

「むむむ~。大丈夫そうだねぇ。じゃあポテト、今からちょっとお仕事をしてくるから、ここで待っててねぇ」

「ぴっこぴこ」

僕は頷いて、佳乃ちゃんを見送った。

佳乃ちゃんは飼育小屋のほうに駆けて行って、ぼろぼろになった網状のドアを開けた。

………………

…………

……

 

「お待たせぇ。ちゃんと終わらせてきたよぉ」

「ぴっこり」

「明日は来れないから、いつもよりもたっくさん用意してきたからねぇ。これでピョンタもモコモコも安心だよぉ」

佳乃ちゃんがにこにこしながら帰ってきた。前に来たときよりもちょっと時間がかかってたのは、明日の分のご飯も用意してたからかな。

「むむむ~。まだ時間はいっぱいあるねぇ。ポテト、お散歩に行かない?」

「ぴっこぴこ」

もちろん、僕は賛成だ。散歩は大好きだからね。

「決まりだねぇ。それじゃあ、今からポテトをお散歩部隊二号さんに任命するよぉ。ちなみに、一号さんは……」

佳乃ちゃんがいつものように、こう言いかけたときのことだった。

「霧島? お前こんなところで何してるんだ?」

「あーっ! 北川君! おはようさんだよぉ」

金色の髪の男の子が、佳乃ちゃんに声をかけた。佳乃ちゃんのお友達みたいだ。

「おはようさん。あ、もしかして飼育委員のあれか?」

「そうだよぉ。今日はぼくが当番の日だからねぇ」

「そうか……」

「北川君は、どうして学校に来たのかなぁ?」

「俺か? 俺は講習だぞ。それも明日で終わりだけどな」

「へぇー」

二人は楽しそうに話している。僕はそれを、横から眺めている。

「……しかしだ」

「ふぇ?」

「前々から言いたかったし、実際前々から言ってることなんだが……」

「何々? 何かなぁ?」

「お前ってさ……その、言いにくいんだけどな……」

 

 

「……妙に……『女の子』っぽいよな……」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。