「それじゃあ、行ってきまーす!」
「ああ。くれぐれも気をつけてな」
僕は二人のやり取りを聞きながら、玄関で佳乃ちゃんが来るのを待っていた。佳乃ちゃんはぱたぱたと走ってきて、サンダルをぱぱっと履いた。
手首には、黄色いバンダナが巻かれている。
「お待たせだよぉ」
「ぴこぴこっ」
「それじゃあ、でっぱつしんこう~」
「ぴこぴこー」
軽く返事をしてから、僕は佳乃ちゃんが開けたドアから外へ出た。
僕はポテト。この診療所に住んでいる、元野良犬だ。今は佳乃ちゃんとそのお姉さんの聖先生に拾われて、そこで一緒に暮らしている。主に僕の面倒を見てくれるのは佳乃ちゃんの方で、聖先生は時々僕のことを観察するぐらい。時々、その視線に寒いものを感じるんだけど、どうしてだろう?
僕から見た佳乃ちゃんは、よく面倒を見てくれるいい飼い主さんだ。しゃべり方がちょっとヘンなのは気になるけど、僕のことをよく抱きしめてくれるし、こう見えてご飯とかもちゃんとくれる。髪の色は青くて、お姉さんの聖先生と同じだ。あと……
手首に、黄色いバンダナが巻かれている。
よくは分からないけれど、それはぼくが触れてはダメなことのような気がした。
僕の住んでいる診療所は、この海沿いの街の商店街のど真ん中に建っている。聖先生が言ってたことによると、この診療所はこの街で唯一の診療所なんだって。だから、病気の人も怪我の人もみーんなまとめてここに運ばれてくるって言ってた。へぇー、すごいなー、と思っていたんだけど、僕が見ている限り、この診療所に他の人が来る気配は全然ない。
そんな調子で、僕はこの診療所に住んで、今こうして佳乃ちゃんと一緒に外に出ることになったのだ。
「今日は餌やり当番の日だよぉ」
「ぴっこり」
佳乃ちゃんは学校で飼育委員をしていて、今日はその当番に当たっているみたいだ。僕が診療所に住み始めてから、佳乃ちゃんのことは結構良く知るようになった。
「ピョンタもモコモコもお腹を空かせちゃってるよねぇ」
「ぴこぴこ」
ピョンタはカエルで、モコモコはうさぎだ。このニックネームは佳乃ちゃんが付けた名前で、気がつくとその呼び名が定着してたんだって。確かに、単純で覚えやすい。
「ふー……今日もあっついねぇ」
「ぴこ」
強い日差しが容赦なく照りつけて、地上を焼いている。僕は僕の体が暑さでダメにならないように、なるべく日陰を選んで歩く。
……でも。
「やっぱり夏はこうじゃなきゃねぇ」
佳乃ちゃんはうれしそうに、日向を歩いていく。心なしか、スキップ気味だ。
「……………………」
夏なのに元気だなぁ、佳乃ちゃんは。
「とうつき~」
「ぴっこり」
しばらく歩いていくと、佳乃ちゃんの通う高校にたどり着いた。今は夏休みだから、人影は少ない。
「元気にしてるかなぁ」
「ぴこぴこ」
佳乃ちゃんが進路を変えて、学校の中へ入った。それに僕も遅れないようについていく。
フェンス沿いにグラウンドの中を歩いていくと、小さくて古びた飼育小屋が見えてきた。
「むむむ~。大丈夫そうだねぇ。じゃあポテト、今からちょっとお仕事をしてくるから、ここで待っててねぇ」
「ぴっこぴこ」
僕は頷いて、佳乃ちゃんを見送った。
佳乃ちゃんは飼育小屋のほうに駆けて行って、ぼろぼろになった網状のドアを開けた。
………………
…………
……
「お待たせぇ。ちゃんと終わらせてきたよぉ」
「ぴっこり」
「明日は来れないから、いつもよりもたっくさん用意してきたからねぇ。これでピョンタもモコモコも安心だよぉ」
佳乃ちゃんがにこにこしながら帰ってきた。前に来たときよりもちょっと時間がかかってたのは、明日の分のご飯も用意してたからかな。
「むむむ~。まだ時間はいっぱいあるねぇ。ポテト、お散歩に行かない?」
「ぴっこぴこ」
もちろん、僕は賛成だ。散歩は大好きだからね。
「決まりだねぇ。それじゃあ、今からポテトをお散歩部隊二号さんに任命するよぉ。ちなみに、一号さんは……」
佳乃ちゃんがいつものように、こう言いかけたときのことだった。
「霧島? お前こんなところで何してるんだ?」
「あーっ! 北川君! おはようさんだよぉ」
金色の髪の男の子が、佳乃ちゃんに声をかけた。佳乃ちゃんのお友達みたいだ。
「おはようさん。あ、もしかして飼育委員のあれか?」
「そうだよぉ。今日はぼくが当番の日だからねぇ」
「そうか……」
「北川君は、どうして学校に来たのかなぁ?」
「俺か? 俺は講習だぞ。それも明日で終わりだけどな」
「へぇー」
二人は楽しそうに話している。僕はそれを、横から眺めている。
「……しかしだ」
「ふぇ?」
「前々から言いたかったし、実際前々から言ってることなんだが……」
「何々? 何かなぁ?」
「お前ってさ……その、言いにくいんだけどな……」
「……妙に……『女の子』っぽいよな……」
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。