「えーっ?! それって、どういう意味ぃ?」
「言葉通りだぞ」
「全然分かんないよぉ」
金髪の男の子……北川君の「女の子っぽい」っていう言葉を聞いて、佳乃ちゃんが怒ったように反論している。北川君は腕を軽く組みながらそれを見て、うんうんと頷いている。
「やっぱり、女の子っぽいぞ」
「あーっ! また言ったぁ! ぼく怒るよぉ!?」
「んー……それもボクっ娘と来たか。マニアックだな」
「うぬぬ~」
佳乃ちゃんが口をへの字に曲げて、北川君のことを見つめている。右手に巻いた黄色いバンダナがゆらゆらと揺れて、僕の毛にちょっとだけこすれる。くすぐったい。
「ぼくはこう見えてもねぇ、ちゃんとした男の子なんだよぉ?!」
「いや、やっぱり女の子に見える」
「こーらー! そんなこと言わないでよぉ!」
「言えば言うほど余計にそう見えるんだがなぁ……」
「北川君、こんなところで何やってるの?」
横から女の人の声が聞こえた。綺麗な声だ。僕はずずいと顔を上げて、北川君の隣にやってきた女の人の顔を見た。
「あら、霧島君じゃない。おはようっ。何話してたの?」
「美坂さん、北川君ったらひどいんだからぁ! ぼくのことをねぇ、女の子みたいだーってねぇ、三回、三回も言ったんだよぉ! これはもう人権侵害モノだよぉ!」
「……というわけだ」
「なるほどね……」
美坂さんはさっきの北川君みたいに軽く腕を組んで、うんうんと頷いて見せた。
「残念だけど、あたしも同意見よ」
「えーっ?! どうしてぇ?!」
「言葉通りよ」
「それじゃ分かんないよぉ!」
「そうねぇ……口調とか、髪型とか、立ち振る舞いとか、その辺りを全部ひっくるめての評価ね」
「ぐぬぬ~……二人ともひどいよぉ……」
「……でも、それが霧島君のいいところじゃないかしら? 少なくともあたしはそう思うわよ」
「そうだぞ霧島。男らしいお前なんて、ちょっと想像付かない」
「むーっ……」
佳乃ちゃんはふくれっ面をして、地面に視線を投げかけた。二人に言い込められて、ぐぅの音も出ないみたいだ。
「あ、そろそろ時間だ。美坂、行くぞ」
「分かったわ。それじゃ霧島君、またね」
「……ぐぬぬー」
不満げな顔で手を振って、佳乃ちゃんが北川君と美坂さんを見送った。口はへの字に曲がったままだ。
北川君に「女の子っぽい」って三回も言われて、美坂さんにこてんぱんに言われたんだから、それも仕方ないかな。
と、僕が納得しかけていると、
「もうっ! ぼくだってちゃんとした男の子なんだよぉ?! ポテトは分かってくれるよねぇ?!」
「ぴ、ぴこ……」
佳乃ちゃんがものすごい形相で、僕の顔に急接近してきた。僕はあまりに突然すぎることにびっくりして、思わず二、三歩後ずさりしてしまった。
「ポテトぉ~?」
「ぴ、ぴっこ……」
「まさかとは思うけど……ポテトもぼくのこと、女の子って思ってたりしないよねぇ……?」
「ぴこ、ぴこぴこぴこ……」
「思ってたり……するのぉ?!」
佳乃ちゃんの目が「かっ」と見開いて、僕の目を捉えた――
――その時。
「おーいっ! そこの女の子っ! ボール、ボール飛んで行ったぞーっ!」
後ろから、声が聞こえた。
「……………………!」
すると、佳乃ちゃんはさっと顔を上げて、膝の上に載せていた手をばっと顔の前に出すと、
(ぱしんっ)
佳乃ちゃん目掛けて飛んできたサッカーボールを、両手でしっかりキャッチした。落すこともしていないし、キャッチし損ねて顔にぶつけることもなく、しっかりとボールを受け止めた。
「……………………」
佳乃ちゃんは無言のまま、ボールを持って立っている。そこはかとなく、近づきにくい雰囲気がある。
それから少しして、ボールをあさっての方向に蹴っ飛ばしちゃったサッカー部の男の子が走ってきた。
「悪い悪い。怪我とかない?」
「ないよぉ」
「そりゃよかった……お、みると結構かわいい顔してるねぇ。どこの子?」
「どこだって構わないよぉ」
「……へ?」
佳乃ちゃんはボールを地面に置くと、ゆっくりと息を吸い込んで、
「ちょっと見ててよぉ。これから二つ、大事なことを教えてあげるからねぇ」
「大事なこと? なんだそりゃ?」
「一つ目は、ボールの正しい蹴り方だよぉ」
「……???」
地面に置いたボールを見据えて、佳乃ちゃんが構えた。
「え? あっ、ちょっと!」
「もう一つはねぇ……」
そして……
「ぼくはねぇ……」
……その刹那。
(ばしーんっ!)
佳乃ちゃんのキックが、ボールの中心に突き刺さった。
「ちゃんとした男の子だってことだよぉっ!!」
「……ええええっ?!」
インパクトを捉えた、無駄のない、そして威力のある蹴りだった。男の子は呆然として、飛んでいったサッカーボールと佳乃ちゃんの顔を交互に見つめている。
「ほらぁっ、ボールが飛んでいったよぉっ?! こんなとこで突っ立ってないでねぇ、さっさと取りに行くんだよぉっ!」
「は、はいいっ!」
サッカー部の男の子は、飛んでっちゃったボールを追いかけるために、佳乃ちゃんからものすごい勢いで逃げるようにして走り去っていった。
「……………………」
佳乃ちゃんはそれをしばらくの間、難しい顔をして見送っていたけれど、
「ぼくがホントに女の子でも、あんなのとは付き合いたくなんかないよぉ」
「……………………」
くるりと方向を変えて、校門の方を向いた。
「それじゃあポテト、約束どおり、お散歩に行こうねぇ」
「ぴこぴこっ」
佳乃ちゃんはまたいつもの笑顔を浮かべて、僕と一緒に歩き出した。
「今日はどこがいいかなぁ?」
「ぴっこぴこ」
「うんうん。そうだよねぇ。川に行こうねぇ。やっぱり川が一番だよぉ」
「ぴっこり」
商店街の陰になってるところを歩きながら、ぼくと佳乃ちゃんはおしゃべりをした。
「ポテトはすごいねぇ。犬さんなのに、ぼくとおしゃべりできちゃうなんてねぇ。びっくりさんだよぉ」
「ぴこ?」
佳乃ちゃんはこう言うけど、僕はただ「ぴこ」と言っているだけだ。もちろん、それぞれにちゃんと意味はあるけど、それを聞き分けているのは佳乃ちゃんだ。だから本当にすごいのは僕じゃなくて、佳乃ちゃんの方だ。
「でも、まだお姉ちゃんとはおしゃべりできないんだよねぇ」
「ぴっこり」
「うんうん。心配しなくても大丈夫だよぉ。お姉ちゃんはすっごく賢いから、すぐにポテトとお話できるようになっちゃうよぉ」
僕は佳乃ちゃんに抱き上げられて、腕の中に抱きしめてもらった。こうしてもらっているときが、僕は一番幸せだ。なんとなく、すべてを預けたくなるような、そんな安心した気持ちになれるから。
……と、その時。
「えーっ?! マジかよそれ!」
「ホントだって! 俺がこの目で見たんだからな!」
「ほんとにほんとなの?!」
「間違いないよっ! もうね、わたしすっごくびっくりしちゃったもんっ!」
いろんな子供の声が、代わる代わる僕の耳に飛び込んできた。よくは分からないけど、何かすごいものがあったらしい。
「うぬぬ~……どうしたんだろうねぇ?」
「ぴこ?」
佳乃ちゃんもそれを聞いたみたいで、どうやらちょっと気になってるみたいだ。
「まだ時間はたっぷりあるよねぇ。ポテトぉ、ちょっと見に行ってみようよぉ」
「ぴっこり!」
僕は力いっぱい頷いて、佳乃ちゃんに賛成の気持ちを見せた。
「決まりだねぇ。それじゃぁ、進路を真っ直ぐに変更! 目指すはなんだかよく分からないけどすっごいもの!」
「ぴこぴこぴこーっ!」
「それでは、でっぱつしんこう~」
「ぴこー」
佳乃ちゃんは子供たちの後ろについて、たかたかと走り始めた。
「早く早くぅ!」
「急がないと、終わっちゃうよぉ!」
その最中にも、子供たちの声はひっきりなしに聞こえてくる。
「ホントにすごいんだから! ねぇ!」
「ああ! 絶対びっくりするって! だって……」
『指一本触れないで、人形を動かしてたんだから!』
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。