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第四話「Meeting Altair」

夢のような時間はあっという間に過ぎ去って、僕たちはその余韻の中を歩いていた。

「すごかったよねぇ」

「ぴっこり」

「本物の、魔法だったよねぇ」

佳乃ちゃんは瞳をキラキラと輝かせながら、しきりに僕に語りかけてくる。もちろん、僕も同じ気持ちだ。今まであんなものを見たことは、一度もなかったからね。

「あの人はどこから来たのかなぁ?」

「ぴこ?」

「見たことない人だったよねぇ」

「ぴこぴこっ」

あの人形を操っていた人は、どこの人だろう? 僕が知ってる中で、黒い服を着て白い髪の人はちょっと覚えがない。ましてや人形を操るとなると、てんで見当がつかない。

「百円でよかったのかなぁ?」

「ぴこ?」

「五百円玉にすればもっとよかったかもねぇ」

人形劇を見せてくれたあの人は、最後に小さな缶を出して、「ここにお金を入れると、魔法の人形のご利益が得られるよ」と言った。その言葉を聞いた途端、周りの子供たちが一斉に小銭を放り込み始めたんだっけ。あれは見ててすごかった。一生忘れられないぐらい、すごかった。

お金があちこちを舞って、あさっての方向に行っちゃうのもあったけど、それもみんな引き寄せられるようにして缶の中へ入って行っちゃった。それが面白かったみたいで、子供たちがまた小銭を出して、わざと滅茶苦茶な方向に放り投げる。それでも、それは缶の中へと吸い寄せられる。すごい光景だった。

「ぐぬぬ~。でも、今月お小遣いちょっとぴんちなんだよぉ」

「ぴこぴっこ」

「ホントはもっともっと見たかったんだけどねぇ」

佳乃ちゃんは心底残念そうにつぶやいた。

そう言えば僕は何も放り込まなかったんだけど、よかったのかな? 今持ってるのは……骨の欠片だけ。これでもいいから放り込めば良かったかな。

「あの人形遣いさん、男の人だったのかなぁ?」

「ぴこっ」

「うんうん。そうだよねぇ。黒い服着てたし、男の人だよねぇ」

僕は頷いたけど、顔は逆光になってて上手く見えなかったから、本当に男の人かどうかは分からない。けれど、聞こえてきた声は低かったし、背も高かったし、髪もそんなに長くなかったし、多分、男の人だろう。しゃべり方も、男の人のしゃべり方だったし。

「また会えるかなぁ」

「……………………」

「また、魔法を見せてくれるといいよねぇ」

「ぴこ!」

「うんうん。ポテトも見たいよねぇ。本物の魔法だもんねぇ」

人形が宙を舞う姿を頭に思い起こして、僕は間違いなくあれは「魔法」だと思った。あれがもう一度見られるなら、僕は今持っている骨の欠片をプレゼントしてあげてもいいと思った。喜んでくれるかは、ちょっと自信がないけど。

そんなことを考えながら、僕と佳乃ちゃんは歩き続けた。

気がつくと商店街は終わっていて、川のせせらぎの静かな音が、夏を謳歌する蝉の鳴く声に混じって聞こえ始めていた。

「もうすぐ川だよぉ」

「ぴこー」

「終着駅だねぇ」

スキップ混じりで歩く佳乃ちゃんに遅れまいと、僕も少し歩幅を広げて歩いた。

 

「……むむむ! あんなところに誰かはっけ~ん!」

川をまたぐ橋が見えてきた頃、突然佳乃ちゃんが立ち止まった。僕は急いで歩くことで頭がいっぱいだったから、上手く止まれずに二、三歩歩いてしまった。

「むむむ……?」

「……………………」

佳乃ちゃんが額に手を当てて、視線の先にいる人が誰か確かめている。僕も目を凝らして、そこに何があるのか確かめてみた。

人影は川べりに立っていて、一人しかいない。ぼやけてよくは見えないけど、背は結構高めだ。多分……女の人だろう。長い髪の毛が、夏の風に晒されてゆらゆらと揺れている。

佳乃ちゃんはしばらくの間、頑張って遠くからそれが誰かを見分けようとしていた。

「むー」

「……………………」

「ここからじゃよく分からないよぉ……」

けれど、やっぱりそれじゃ分からなかったみたいで、

「気になるねぇ。行ってみようかぁ」

「ぴこ!」

たっと駆け出した。もちろん僕も遅れないように、素早く足を動かす。

夏の暑い空気がさっと後ろに引いて、風を切る涼しさが身を包んだ。

 

「とうつき~」

「ぴこぴこ~」

僕たちは橋の反対側まで走って、そこで止まった。ここまで来れば、そこにいるのが誰かはすぐに分かるだろう。

「あーっ! 遠野さんだーっ!」

僕が誰かを確かめる前に、佳乃ちゃんがもう声をかけていた。

「霧島さん……」

目の前の女の子……遠野さんはくるりと振り向いて、ぺこりと頭を下げた。長い髪が揺れて、青色のリボンが顔を覗かせた。

遠野さんはベージュの服を着て、灰色のスカートを履いている。どことなく、大人っぽく見えた。少なくとも、佳乃ちゃんよりはずっと大人っぽい。

「遠野さぁん、おはこんばんちはだよぉ!」

「……おはこんばんちは。今日も元気でぐっどです……」

「うんうん。やっぱり元気が一番だよねぇ」

良く分からないけど、お互いに挨拶を交わした。それにしても、「おはこんばんちは」って何の挨拶なんだろう。朝? お昼? 夜? それとも……また違う挨拶?

そんな僕の疑問は捨て置かれて、二人の話は続く。

「こんなところで何してるのぉ?」

「……実は……」

遠野さんは頬に手を当てて、どこか夢を見ているような目つきで、佳乃ちゃんを見た。

「実はぁ?」

「……実は……」

「むむむ……」

「……………………」

そのまましばらく、ぼーっとしたような、けれどどこか隙のない表情を浮かべたまま、小さく口を開けた。

「……実は、恋について深く深く考えていました……」

……しれっと言った割には、ものすごく深遠なテーマだと思った。

「そうなんだぁ。遠野さんらしいねぇ」

佳乃ちゃんはあっけらかんとした表情で、からりと言ってのけた。僕には全然、「らしく」は見えなかったんだけど。

「……………………」

「……………………」

そのまま、お互い黙りこくる。というよりも、佳乃ちゃんが遠野さんの返事を待っているといったほうが正しい。にこにこ笑顔の佳乃ちゃんと、ちょっと憂い気味の表情の遠野さん。その取り合わせが、長々と続いた。

「……………………」

遠野さんは頬に手を当てたまま、かなり間を置いて、一言つぶやいた。

「……なんちって」

嘘だった。

「なあんだ。違うことだったんだねぇ。ぼく、ちょっとびっくりしちゃったよぉ」

「……なぎーのどっきり作戦、成功です……ぽ」

「むむむー。引っかかっちゃったんだねぇ。一本取られちゃいましたぁ!」

「……………………」

僕は何となく、この空気についていけないような気がした。

「……霧島さんも、よくここに来られるのですか……?」

「そうだよぉ。ぼくのお気に入りの場所だからねぇ」

「…………ぽ」

「どうして顔を赤らめるのかなぁ?」

「……それは、企業秘密です」

「むむむ~。それじゃあ、仕方ないねぇ。聞かなかったことにしておいてよぉ」

あっさり引き下がる佳乃ちゃん。遠野さんは曖昧な笑みを浮かべて、佳乃ちゃんから目を離そうとしない。

「……また、ここに来ますか……?」

「もちろんだよぉ。遠野さんもぉ?」

「はい。また……来ることになると思います」

「そうなんだぁ。それなら、今度もよろしくねぇ」

「……はい。首を洗って待っています……」

果し合いでもするつもりなのだろうか、遠野さんは。

「ぴこぉ……」

二人の会話が、一見すると噛み合ってないようで実は噛み合っていて、けれどその噛み合いは瞬間的なもので、よーく流れを追ってみてみると全然噛み合っていない……僕はそれを解釈するだけで、へとへとになってしまった。

「……それでは、私はこれで……」

「うん。またねぇ!」

最後にそう言葉を交わしてから、遠野さんはゆったりとした足取りで、どこかへと立ち去っていった。

「それじゃあポテト、ぼくたちも帰ろうねぇ」

「ぴっこり」

遠野さんが行くのに合わせて、僕たちも元来た道を引き返すことにした。

 

「……………………」

遠野さんが遠くから、僕たちが立ち去るのを見つめていた。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。