システム開発という仕事柄、外部の方と一緒にプロジェクトに当たることがしばしばあります。
その中でかなりいろいろな人と出会ってきましたが、ある方から聞かされた話が今も強く印象に残っています。
正直なところどこまで事実かは分かりませんが、普段から冗談を言う人ではなかったのは確かです。聞いていただければと思います。
その方を仮にAさんとします。Aさんは真面目な方で、仕事で進捗遅延やトラブルを起こすようなことは皆無の頼れる方でした。
Aさんにはお兄さんがいるそうで、Aさんとは対照的に学生時代は悪友と夜遊びを繰り返す典型的な非行少年だったとのこと。以下Bさんとします。
AさんはBさんの仕草を見て「ああはなりたくない」と感じ、反動で真面目になったと語っていました。
ところがそのBさんですが、現在は普通に定職について働いているそうです。それは正直、Aさんから見てもかなり急な変化だったとのこと。
Aさんは何があったのか気になり、お盆休みで帰省したときに同じく帰ってきていたBさんへ直接訊ねてみました。
Bさんはだいぶ話すのを渋ったそうですが、最終的にすべて話してくれたそうです。ここから先はBさんによる話になります。
まだ悪友たちとつるんでいた頃、知り合いのひとりが「町外れにある工場の廃墟に幽霊が出るらしい」という話をしました。
あっという間に肝試しに行こうということになり、Bさんも乗り気だったようです。それぞれ単車に乗って向かいました。
肝試しに参加したメンバーの中にCさんという方がいて、よく一緒に遊びに出かけたりしていたようでした。
夜中に廃工場まで行って中を探検してみたようですが、そう都合よく幽霊などが出てくるわけもなく。
肝試しなのに弛緩した空気が流れ始めて、たばこを吸ったりお酒を飲んだりと友人お家でだらけているような雰囲気になり始めました。
手近にあった窓を割ってみたり、放置されていたイスを蹴飛ばしてみたりと、まあやりたい放題だったようです。
これといって見るところもなく、大人数で押しかけたので恐怖もへったくれもないという状況にBさんは飽き始めていたようです。
そんなときにCさんが「ちょっと向こう行ってくる」とBさんへ言い、なぜか入り口の方ではなく奥へ向かって進んでいきました。
Bさんが「そっちに何かあるのか?」と訊ねたところ、Cさんはこう答えました。
「非常口から外出てくるわ」
それから三十分ほどして「そろそろ帰ろうぜ」という空気になったのですが、Cさんは戻ってきていません。
ですが非常口から外に出ているだろう、下手をしたら先に帰っているかも知れない。そう思って大して気にしませんでした。
それぞれが乗ってきた単車に乗り込み、さっさと廃工場を後にしてしまったそうです。
ところがその次の日から、Cさんが一切姿を見せなくなりました。
最初はどこか別のところを遊び歩いているのだろうと思っていましたが、一週間が経っても誰も顔を合わせていません。
Bさんは気になって行きそうな場所を一通り見て回りましたが、Cさんの姿は影も形もありませんでした。
さらに三日ほどした後のこと。Bさんはふと気になって、あの日肝試しに訪れた廃工場へ向かってみました。
……そこには、あの日Cさんが乗ってきた単車が野ざらしでそのまま残されていて、一度も乗られた形跡がなかったとのこと。
恐怖を覚えたBさんはそのまま廃墟から立ち去ってしまい、それっきり不良仲間とも縁を切って働くようになったそうです。
Aさんは「兄はすっかり変わってしまいました。私たちにとってはいい方向でしたが……」と言って話を終えました。
あの時Cさんが向かった「非常口」というのは、ただ外へ出るための避難経路だったのでしょうか。
……その廃工場では「非常口」という言葉そのものに、何か別の意味があったとでもいうのでしょうか?