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「若林っていたよな?」

大学時代から付き合いのある友人が三人います。現在は住んでいる場所も別々ですが、お盆か年末のどちらかに一度は全員で会うようにしています。

それ自体に何かおかしなことがあるわけではないんですが、集まると決まって話題にする奇妙な出来事があります。

皆さんにも同じような経験がないか訊いてみたくなったので、起きたことを洗いざらい書こうと思います。

 

最初に認識したのは大学三年生頃のことでした。来年に就職活動を控えて、ちょっと周りの空気が変わってきたな、と感じたのを覚えています。

まあそう感じただけで、私たちはそれまで通り誰かの家へ集まって遊んだりしていました。どうせなんとかなるだろう、的なノリで。

確か夜中に集まってゴロゴロしていた時だったと思います。友人のひとりである長谷川が、不意にこんなことを言い出しました。

 

「去年の冬にカラオケ行ったときさ、『若林』ってやついなかった?」

 

長谷川がそう切り出したとき、全員何とも言えない顔をしたのを覚えています。「誰だそれ」という反応とはまた違っていました。

というのも、私自身も「言われてみればなんかそんなやつがいたような気がする」という妙な感覚に襲われたからです。

他の二人に聞いてみても「思い出してみるともう一人いたような」「そいつの名前は若林だった気がする」といった反応でした。

 

当然ですが、私たち四人の中に若林はいません。普段あまり他の学生とつるむこともなく、たまに遊ぶ知り合いにも若林という名前の人はいません。

それにも関わらず、去年冬に行ったカラオケに「若林」という誰かがいた……という記憶だけがあるのです。それも全員に。

ただ、誰もその日のことについて日記や写真などの記録に残していなかったので、自分たち以外の誰かがいたのかを証明することはできませんでした。

 

記憶をすり合わせてみると、とりあえず私たちの中の若林の人物像はだいたい一致しました。

経済学部にいる三年生、遠方から大学へ通うために出て来た、カラオケでは歌わずに盛り上げ役をしていた、顔立ちは妻夫木聡にちょっと似ている……など。

しかし改めてそんな人物が周りにいるか確かめてみても、まったく思い当たる節がありません。当日いきなり飛び入りという線も考えられませんでした。

 

そもそもの話しなのですが、自分たちの年次に若林なる苗字の人物はいた記憶がありません。顔と名前を覚えるのは得意な方なので、いたらピンと来るはず。

じゃあ他の大学のやつ? なんてことも考えましたが、ますますあり得ません。この辺りには私たちの通っていた大学しかなかったので。

結局在学中に若林が誰だったのかは分からずじまいでしたが、その後も「あれはなんだったんだろうな」と私たちの間で時折話題にはなっていました。

 

就職してから五年ほど経ったある時、大学の同窓会が開かれることになりました。仕事の都合も付いたので参加することを決めました。

で、移動中にふと若林のことを思い出し、他の同級生に知っている人がいないか訊ねてみようと考えたんです。

同窓会の場で何人かに「若林ってやついた?」と訊ねてみると「いたような気がする」「酒飲んだりしたような」という話を聞けました。

 

ところが幹事に話を持っていくと、今度は「いや、若林なんて人はいないよ」とあっさり否定されてしまいました。

念のため名簿も見せてもらいましたが、確かにどこにも若林の名前はありません。学籍番号も切れ目なく連番になっています。

結局同窓会でも若林の実在を確かめることはできず、むしろ「やっぱり記憶違いか……」と思うようになりはじめました。

 

しかし、さらに不可解な出来事が起きたんです。それからさらに二年ほどが経った後、今度は高校時代の知り合いからラインで連絡がありました。

久しぶり、とか、元気にしてる? といったやり取りの後、その友人はこんなメッセージを送ってきました。

 

「今度『若林』も誘って三人で飲もうぜ」

 

慌てて高校時代の卒業アルバムを引っ張り出してきて調べましたが、そこに「若林」という性の人物は誰一人として存在しませんでした。

そのことを指摘すると、友人も「確かにいないな」と返してきて「でも一緒だったような記憶があるんだよ」と付け加えます。

そう言われているうちに自分も若林が近くにいたような記憶がよみがえってくる気がして、言い知れぬ不気味さを覚えました。

 

今に至るまで「若林」が実在したのかどうか、なぜ記憶に突然その姿が浮かんでくるのかは分かりません。私以外にも「若林」を思い出す人がいる理由も不明です。

……このまま行くと、そのうち中学校や小学校、幼稚園の頃の記憶にまで「若林」がいたことになってしまう。そんな日が来るかもしれないです。