放送事故、ってあるじゃないですか。微笑ましいミスのものもあれば、茶の間に流してはいけないようなものもあるアレです。
その放送事故に関連して私が経験したかなり奇妙な話がひとつありまして、今も忘れられずにいます。
見間違いなのか寝ぼけていたのか、それともまた別の何かなのか。ひとつ聞いていただければと思います。
2014年の7月13日でした。日付までハッキリと覚えていて、これについては日記にも書いたので間違いありません。
その日私は少し早めの七時半頃に目を覚まして、テレビを点けてBGM代わりに流していました。まだなんとなくテレビを見る習慣があった頃です。
歯を磨きながらソファに座ってぼんやりしていると、そのまま八時を迎えて朝の報道番組が始まりました。
静かなのが苦手で音を出すためにテレビを付けている節があるので、中身についてはあまり覚えていません。
歯を磨き終えて洗面所へ行き、口をゆすいでからついでに顔も洗って戻ってきました。
この時点でもまだ意識はぼんやりしたままハッキリせず、コーヒーでも飲もうかな……とおぼろげながらに考えていた時でした。
喪服のような黒いスーツを着た細身で異常に背の高い男が、放送中のスタジオへ突然乗り込んできたのです。出演者が「なんだ」と声を上げました。
男は懐から包丁のような刃物を取り出すと、まず司会者の男性を刺突。逃げようとした女性のコメンテーターも掴んで刺し殺しました。
その後も同じ様に次々に出演者が襲われ、スタジオ全体が血まみれになる恐ろしい光景が繰り広げられました。
惨劇はそれだけに留まりません。最終的にすべての人を殺害すると、長身の男は動いたままのカメラに向かって異様な笑みを浮かべました。
昔「学校の怖い話」か何かで読んだ「口裂け女」を思わせる、耳元までザックリと切れた巨大な口が露わになったのです。
男はその口を顎が外れるほど開くと、動かなくなった出演者たちへ噛み付き、肉を囓り取って貪り食い始めました。
地上波どころかネットの配信でも絶対に流してはいけないような映像に、寝ぼけていた私の目は一瞬で覚めてしまいました。
恐怖のあまり即座にテレビを消し、自分に危害が及ぶわけでもないのに震え上がって寝室のベッドへ引き込もりました。
たぶん、三十分ほどそうやって震えていたと思います。ひとまず自分は安全そうだと感じて、恐る恐る布団から出たのを覚えています。
あれだけのことがあったのだから絶対にニュースになっているだろう、そう思ってテレビを点けたのですが、ごく普通に番組が続いていました。
そんな馬鹿な、と思ったのですが、先ほど殺されたはずの出演者たちが文字通り何事もなかったかのように話をしているのです。
チャンネルを別のものに変えてみても同じです。放送中に人が死んだはずなのに、どこもそんな話はしていません。
ネットで調べてみますが、あの事件を話題にしている人は皆無でした。ツイッターで検索してみても反応がまったくありません。
それどころか、私があの事件を目撃した時にも通常通り番組が続いていたとしか思えないやり取りが見つかりました。
お昼前までキーワードを変えたりして検索を続けたのですが、生放送中に人が殺されたという事実はない、という結論にしかなりませんでした。
あれは……私が見た夢か幻覚だったのでしょうか。というか、それ以外にないという状況になってしまっています。
間違いなく目を覚ましていて、恐怖のあまり布団へ潜り込んでからも一睡もできなかったので、私の中ではまったく辻褄が合いません。
こんなことを他人に話しても「変なヤツだ」と思われるのが関の山なので、ここに書くことくらいしかできませんでした。
ただ、あの番組についてどうしてもひとつだけ気になることがあるのです。
八時に放送が始まった直後、女性のコメンテーターは白い服を着ていた記憶があります。
しかし、私が目にした「事件」を挟んでからもう一度テレビの電源を入れた時、コメンテーターの方は黒い服を着ていました。
この微妙な差異に何の意味があるのかは、私にもよく分からないのですが……。