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カウントダウン



もう二十年以上前になります。七歳か八歳の頃、父の会社が提供している社宅に家族で住んでいた時期がありました。大阪市の某区になります。

そこには小さな子供部屋がひとつあり、私は妹とそこを半分ずつ使う形になっていました。

夏になると暑く、冬になると寒い部屋だったので、せっかくの子供部屋なのにあまり居着かず普段はリビングにいたのですが。

 

そんな私を自室に居たくさせるようなあるものを、両親が買ってくれたのです。

それはテレビでした。14型という当時の基準でもネコの額レベルで小さなものでしたが、自分と妹の部屋にテレビが置かれたのです。大変喜びました。

テレビが設置されてからはすっかり部屋に居着くようになって、両親が別の番組を観ている裏でアニメを見るのが楽しみになっていました。

 

友人を家に呼んだ時も気兼ねせず自室でゲームが楽しめるのもありがたかったです。当時はカセットの貸し借りが盛んで、いろいろ遊んだ記憶があります。

それとは別にもう一つ、私には新しい楽しみができました。リビングのテレビが観られないような時間帯に、こっそりテレビを楽しむのです。

朝早くに目が覚めた時や、夜更かしして家族が寝静まるような時間にテレビの電源を入れて、普段は観られないような番組を観たりしていました。

 

当時はアナログ放送だったので、放送していない時間帯にチャンネルを合わせるとカラーバーが表示されたりしてたのを覚えています。

あれは確か、七月の終わり頃だったと思います。夏休みに入ってテンションが上がっていたせいかその日も寝付けず、遅くまで部屋でゲームをしていました。

寝ぼけた目で時計を見ると午前二時、普段は間違いなく眠っている時間です。もう一度寝ようとしますが、どうにも寝心地が悪くて寝付けません。

 

そうしていると「この時間にはどんなテレビ番組を放送しているのだろう?」と好奇心が湧きました。

妹は両親と共に和室で寝ていて今部屋にいるのは自分だけ、絶好のチャンスです。

思い立ってすぐに暗闇の中でリモコンを探し出し、電源ボタンを押します。真っ暗な部屋の中でテレビが点き、辺りがぼうっと明るくなります。

 

アナログテレビは今の液晶テレビとは違ってだんだん画面が明るくなっていくのですが、その時は妙に時間がかかったように思います。

光が外に漏れないか部屋のドアをちゃんと閉めたことを確かめて、テレビの方へ振り返ると、そこには。

 

「5」

 

と、赤地・白抜きの大きな文字が表示されていました。他には時刻表示やテロップなども一切なく、ただ「5」とだけ出ているのです。

何が「5」なのか、どんな番組なのか、なぜこんなものをテレビで放送しているのか。テレビの前で思わず目を見開き、まじまじと見つめていました。

3分ほど見つめていたでしょうか、変わり映えのしない「5」の画面に少し飽き始めて、また寝ようかと思ったその時でした。

 

「4」

 

同じく赤地白抜きの大文字で「4」と表示されました。5から4、カウントがひとつ減ったのです。

私は思いました。これ「0」になると何かが見えるのではないかと。 となると、最後までカウントされた後に何が出てくるのか見たくなってきました。

また3分くらいして、静止していたテレビの映像に動きがありました。

 

「3」

 

やはりカウントがひとつ減りました。色合いは赤い背景に白抜き文字で変わりありません。音もなく、ただ唐突に数字が減っていくだけです。

これから何が始まるのか気になった私はテレビに目が釘付けになっていましたが、ふと、こんな遅い時間に何を放送するのだろうという疑問を抱きました。

テレビ番組というのは多くの人に見てもらって初めて成り立つものという認識を幼いながらに持っていたので、両親すら寝静まっているこんな時間に何を流すのだろう?と。

 

「2」

 

また数字がひとつ減ります。相変わらず無音、無言で、これから何が始まるのかのアナウンスもありません。

赤と白の二色だけで、テレビいっぱいに映し出された「2」の字。普段見ているテレビ番組とはまったく違う、殺風景でどこか不気味な画面です。

一度不気味という感覚を抱いてしまうと瞬く間に全身へそれが広がって、窓の外が漆黒の闇に包まれていることもあって急に不安になってきました。

 

「1」

 

いよいよカウントダウンは「1」になりました。この後何が待っているのか? 何がテレビに映るのか?

額から冷たい汗が流れ落ちるのが分かりました。夏の寝苦しい夜に流す汗とは違う、氷のように冷たい汗です。テレビはただ「1」を映し出し続けています。

 

ほとんど無意識のうちに私はリモコンを手にして、「電源」ボタンを押していました。

いつも通りテレビは消えて、部屋は真っ暗になりました。けれど私は、この時の暗さ程に安堵を覚えたことはありませんでした。

眠れないことを承知で布団に入り、さっきまでテレビに映し出されていたあの映像はなんだったのか、まとまらない考えを巡らせ続けました。

 

その後、あのカウントダウンをテレビで見ることはありませんでした。成人してから同じ時間にテレビを点けていることも増えましたが、やはり見かけません。

あれはそもそもテレビ局が意図した番組だったのか、それさえも疑問です。

もし、カウントが「0」になっていたらどうなっていたのか? 「0」になってから何が出てきたのか?

 

……今となっては、知る由もありません。