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第二十話「StarChaser - Vega -」

「わわわ~っ! ずいぶんたくさん来たねぇ」

佳乃ちゃんが声を上げてぶんぶんと手を振ると、夜の暗がりの中にいた人たちも、一様に揃って手を振って返事を返した。

六人の人影はそのまま距離を詰めてきて、すっかり顔が見えるぐらいのところまでやってきた。

「岡崎君、こんばんはぁ」

「おう霧島。今日も相変わらず女の子っぽいな」

「あーっ! いきなりそんなこと言うーっ! 言わないでって言ったよぉ?!」

「いやぁ、口調とか仕草とか見てたら、反射的に」

「もぉ……」

まず最初に姿を現したのは、佳乃ちゃんと同い年ぐらいの男の子だった。佳乃ちゃんとはもちろん違って、いかにも「男の子らしい」男の子だ。佳乃ちゃんの言葉から、その男の子が「岡崎」君という名前だと言うことが分かった。

「駄目ですよ岡崎先輩。例え心に思ったことがどれほど事実に近いことであったとしても、口にすべきこととすべきでないことがあります」

その横から姿を現したのは、女の子だった。さっき現れた上月さんよりも少し身長が高くて、言葉遣いがとても上品だった。岡崎君のことを「先輩」と呼んでいたから、きっと、下級生の子だ。

「すまん。つい口を突いて出たんだ」

「それなら仕方ありません。私自身、岡崎先輩の意見を否定しきれない部分があります」

「……それって天野さんも、岡崎君と同意見だってことなんじゃないかなぁ……?」

「申し訳ありませんが、そういうことになります」

「うーっ……ひどいよぉ~!」

佳乃ちゃんが地団駄を踏んで、女の子……天野さんにじたばたと反論した。天野さんはちょっと申し訳無さそうにしていたけれど、口元はちょっとだけ微笑んでいた。

「遠野さん、こんばんは」

「……おはこんばんちは。古河さんも、来てくださったのですね……」

「はい。落ち着いて星を見る機会なんて、きっと、滅多にありませんから」

「にゃはは。学校の屋上から見る星は格別なんだぞー」

「はい。私も今から楽しみです」

佳乃ちゃんと二人のやり取りを横において、女の子……古河さんが遠野さんに挨拶をした。三人の中では、一番まともな登場だったと思う。

挨拶はまだまだ続く。新たに現れた人影を見たみちるちゃんが、大きな声を上げた。

「にょわ! そこにいるのはまこぴー! まこぴーかー?!」

「誰がまこぴーよぅ! 真琴は真琴っていうちゃんとした名前があるんだからねっ」

「にゃはは。まこぴーまこぴー」

「あぅーっ! まこぴーって呼ばないでよぅ!」

「まこぴーまこぴー」

「こらーっ! まこぴーをまこぴーって呼んじゃだめーっ!」

「にゃはは。ひっかかったひっかかったー」

「……って、あうーっ! まこぴーは真琴なんかじゃ……って、あうううううう!」

女の子……真琴ちゃんはみちるちゃんに「まこぴー」(きっとみちるちゃんがつけたニックネームだろう)を連呼されて、必死に否定したはずがつい口を滑らせて自分から「まこぴー」と言ってしまった。頭を抱えて悶絶する真琴ちゃん。どう考えても真琴ちゃんのほうが年上なのに、思いっきり手玉に取られてるのがすごい。

「なんやなんや。えらい騒ぎやなー」

不意に、関西弁が耳に飛び込んできた。

「……!」

僕は思わず身構えて、近くにいた岡崎君の足元に隠れて、その小さな隙間から声の主の姿を見てみた。

「あーっ! 観鈴ちゃんのお母さん!」

それは、予想通りの人物で、一番会いたくないと言うか、一番怖い人物だった。というか、なんでこんなところにいるのか、僕には皆目見当もつかない人物だった。

「おーっ。霧島さんとこの子も来とったか! こんばんはやでー」

「こんばんはだよぉ。観鈴ちゃんはいっしょに来なかったのぉ?」

「せやねん……一緒に行きたい言うとったんやけどなぁ、明日の宿題せなあかんっちゅうて、今日はお休みや」

「そうなんだぁ。ちょっと残念だねぇ」

「……ちょっと残念賞……」

佳乃ちゃんと遠野さんが、そろって残念そうな顔をした。佳乃ちゃんが残念そうな顔をするのは分かったけど、遠野さんが同じような表情をしているのは何故だろう? と、僕は思った。もしかしたら観鈴ちゃんと遠野さんは、僕の知らないところでは仲のいい友達同士なのかもしれない。

「でも、晴子さんは来てくれたんだねぇ。誰から聞いたのぉ?」

「あっこで頭抱えてるうちの後輩からや。その隣で笑うてるちっこい子が今日うちの職場まで来てやな、うちの後輩をこれに誘った。そういうこっちゃ」

「あぅあぅあぅあぅ……」

真琴ちゃんは奇妙なうめき声をあげながら、頭を抱えてうねうねと体をよじっている。傍から見ると、本心からの意見として、ちょっとかわいそうな人みたいに見えちゃう。

そしてここまでで、まだ一度も言葉を発していない人が一人残っていた。

「……………………」

「……………………」

青色のリボンをくくりつけた女の子が、対照的な真っ赤なリボンをくくりつけた上月さんの前に仁王立ちして、そのまま何も言わずに黙っていた。上月さんは佳乃ちゃんにも負けないぐらいのにこにこ笑顔を浮かべて、恐らく同級生であろう青色リボンの子が何か言い出すを今か今かと待ちわびている。

……そして。

「こんにちはっ」

第一声は、ごく普通の挨拶だった。

『こんばんはなの』

対する返事は、ある意味、ツッコミだった。

「……こんばんは。風子は風子と言います」

『風子ちゃんなの。澪は澪って言うの』

「はい。同じ一年生同士、仲良くできたらと思います。大人の関係を築きあいましょう」

『仲良しさんなの』

「それでです。お近づきのしるしに、風子からのプレゼントがあります」

青色の子……風子ちゃんは、さりげなく手に提げていたかばんをごそごそと探って、何かしっかりとした固さのある、少し大きなものとを取り出そうとしていた。かばんが中側から圧迫されて、そこだけ膨らんでいる。

「こちらです」

風子ちゃんが取り出したのは、木彫りの星だった。ちょっと形はいびつだけど、それは紛れも無く、星そのものだった。

『かわいいお星さまなの』

「いえ。これはお星さまではありません」

『違うの?』

……どう見ても星にしか見えないんだけども、どうやら風子ちゃん的にはアレはお星さまではないらしい。じゃあ、一体何なんだろう?

「これは、実はヒトデだったりします」

『ヒトデさんなの』

「はい。とってもかわいいかわいい……」

風子ちゃんがヒトデという言葉を口にすると、突然言葉が途切れて、風子ちゃんの顔つきが変わった。表現するのは難しいけれど……あえて言うのなら、とっても楽しい夢を見て、どこか別の世界へとトリップしちゃってるような、近づきにくい表情だった。

『風子ちゃん、風子ちゃん』

「……………………」

上月さんが体をゆさゆさと揺さぶってみても、風子ちゃんはまったく帰ってくる気配が無い。ヒトデの彫り物を抱きしめて、向こう側の世界へ意識が飛んじゃっている。

『風子ちゃん、風子ちゃん』

「……………………」

スケッチブックの端でぺしぺしと叩いてみても、風子ちゃんは戻ってこない。

「……………………」

「……………………」

そのまましばらく、お互いに何も言わずに黙っていたのだけれど、不意に上月さんがこちらを向いて、

「……………………」

「……ぴこ?」

僕が抱き上げられた、上月さんはそのまま風子ちゃんのところまで歩いていって、

「……………………」

「……………………」

風子ちゃんの抱いている彫り物をどかしてスペースを空けると、そこへ僕を代わりに置いた。僕は結局、風子ちゃんに抱かれる形になったわけだ。

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「……はっ! 風子、少しの間意識不明になってたみたいです」

「ぴこっ」

「って、ヒトデがふわふわもこもこに変わっちゃってますっ」

抱いているものがヒトデから僕に変わって結構時間が経ってから、風子ちゃんはさらにワンテンポ遅れてようやく事態に気付いた。とりあえず、ヒトデが好きで好きでたまらないことは理解した。

「……はいはい。それでは皆さん、集合してください……」

遠野さんがぱんぱんと手を叩いて、わいわいがやがやと思い思いに話をしている面々の注意を一斉に自分にひきつけた。

「……そんなに見つめられると、照れてしまいます……ぽ」

いろいろな意味で、謎な人だった。

「遠野さん、星見るのはええけど、屋上開いてるんか? 鍵とかかかってるんと違うん?」

「……ばっちりです。あらかじめ、鍵を借りておきました」

「さすがにその辺りは抜け目が無いな」

「同感です。私もあのような抜け目のなさを身に付けたいと思います」

遠野さんはちゃりんと鍵を取り出すと、全員に見える高さまで上げた。

「……それでは、参りましょう」

その声と共に、全員が移動を始めた。

 

「これはここでいいですか?」

「……はい。あと、これは向こうに……」

「それはうちがやるわ。これで終わりかいな?」

「こっちはセットできたぞ。渚、お前は向こうの年少組を手伝ってやってくれ」

「あ、はい」

屋上に着くと、皆が慌しく準備を始めた。遠野さんが持ってきた天体望遠鏡(どうやったのかは分からないけど、何故か三つもあった。一つでも大変な大きさなのに)をセットするためだ。僕にできることはないから、屋上の端でおとなしく座っていることにした。

「上月さん、これぐらいの角度でいいでしょうか?」

『ばっちりなの。この角度なら、一番綺麗に見えるはずなの』

「助かります。何分、このようなことは経験が無くて……」

『誰でも最初は初めてなの』

「あぅー……みしお、真っ暗で何も見えないわよぅ」

「まだですよ、真琴。これから、いろいろと調整をしなければいけませんから」

「この天体望遠鏡には、お金を入れる口はないんでしょうか」

準備は、着々と整っていく。

「これ、もうちょい高めにした方がよう見えへんか?」

「いや、これでも十分高い方だぞ。何なら、遠野に見てもらうか?」

「それがええわ。呼んで来よ」

僕はただ、見てるだけだ。確かにすごく楽だけど、なんだかみんな楽しそうに準備してるから、ちょっと寂しい。

「んにー。みなぎー、夜なのに雲が見えるー」

「……夜でも、空は空ですから、光さえ当たれば、雲は見えます」

「にゃはは。そうなのか。一個勉強になったぞー」

「そうなんだぁ。ぼくも夜になると雲は消えちゃうものだと思ってたよぉ」

「……二人とも、お勉強が足りません。これからはなぎー先生が、みっちりぱっつり教えてあげます……びしばし」

「わわわ~! 遠野さんがスパルタ教師さんに変身しちゃったよぉ」

「……みちると霧島さんをびしばし……ぽ」

ああ、平和な風景だなぁ。

僕は夜空を見上げながら、そんなことを考えた。

 

「遠野先輩、此方は準備が整いました」

「こっちも準備できました」

「ぼく達のところもばっちりさんだよぉ」

「……皆さん、準備は完了したようですね……覚悟完了、ですか?」

「完了済みや」

「はいっ。覚悟はできています」

『できてるの』

「風子は大人の女性ですから、どんな時でも覚悟はできています」

「何をどう覚悟するのかは分からないんだが、とりあえずそういうことにしておくか」

「にゃはは。完了完了」

「みんなに同じだよぉ」

「あ、あうー……で、できてるわよぅ」

「真琴、そんなに怖がらなくても、ただ星を見るだけですから大丈夫です」

「ぴっこりぴこぴこっ」

 

「それではこれより、天文部主催による、天体観測会を実施いたします……皆様、どうぞごゆるりとお楽しみください……」

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。