「祐一君っ! そんなところで何してるのぉ?」
「あぁ、霧島か。こんなところで会うとはな」
佳乃ちゃんの前に立っていたのは、朝にも出会った佳乃ちゃんの友達・祐一君だった。商店街のど真ん中で立っていたから、佳乃ちゃんが見つけるのも自然な話だった。
「こんにちはっ」
間髪入れずに芽衣ちゃんが挨拶をする。挨拶された側の祐一君の方が逆にちょっと戸惑いながら、それでも、挨拶はちゃんと返す。
「こんにちは……って、なあ霧島、この子誰だ?」
「春原君の妹さんだよぉ。ぼくの買い物部隊隊員一号さんなんだよぉ」
「春原の妹? なんでまた霧島が春原の妹と一緒にいるんだ?」
「いろいろと訳ありなんだよぉ」
「そうか……」
確かに、今までのことを全部説明するにはちょっと時間が足りない。祐一君も佳乃ちゃんの言葉である程度の納得がいったのか、それ以上突き詰めて話をするつもりはないみたいだ。
「初めましてっ。春原芽衣と言います。お名前、何て言うんですか?」
「相沢祐一」
「相沢さんですねっ。これからも兄をよろしくお願いしますっ」
「あ、はい。こちらこそ」
はきはきとしゃべる芽衣ちゃんの姿に、祐一君はちょっと驚いたような表情を見せた。予想もしていなかった、というのが正直なところなのだろう。年下の女の子にいきなり話しかけられて、少なからず戸惑っている部分もあるに違いない。
「これがホントにあの春原の妹なのか……?」
「そうなんだよぉ。びっくりさんだよねぇ」
「……ああ。びっくりだ」
心境を言い表す的確な言葉が見つからないのか、お茶を濁したような感想を口にする祐一君。それにしても、「あの」だとか「びっくり」だとかで言われている「春原君」というのは、一体どんな人なんだろう? 少なくとも、芽衣ちゃんに似た性格ではないことは分かるけど。
「相沢さんはここで何をされてたんですかっ?」
「俺か? 俺は……」
祐一君が話を始めようとした途端、声を止めて視線を佳乃ちゃんや芽衣ちゃんの向こうへやった。
「……………………」
「どうしたのぉ? 向こうから機関車でも走ってきたのぉ?」
「……霧島、芽衣ちゃん。悪いが、体を少し左にずらしてくれ」
「左ぃ? 分かったよぉ」
祐一君に言われるがまま、佳乃ちゃんと芽衣ちゃんが体を左へとずらす。
「これくらいでおっけぇかなぁ」
「これぐらいですかっ?」
「ああ、それくらいでいいぞ」
その後祐一君が二人の後ろに立って、ちょうど、商店街の真ん中を空ける格好になった。僕はさらにその後ろに立っている。それにしても、一体どういうつもりなんだろう?
「えっと……相沢さん、どうしたんですか?」
「祐一君、何かあったのぉ?」
「ああ。これからその『何か』が来るから、心して待つんだ」
二人に言い聞かせるように言って、祐一君が商店街の奥へ目を凝らした。僕も祐一君の見ているであろう方向に顔を向けて、そこから一体何が来るというのか、この目で見てやろうと思った。
「……来た来た」
「何々? 何かなぁ?」
「誰か、走ってきますっ」
「ぴこぴこっ」
寸分だけ間を置いて、それは徐々に姿を見せ始めた。
「どいて~っ! そこのひとっ、どいて~っ!」
それは元気な……というか、ちょっと切羽詰った声を上げながら、商店街を爆走していく。道ゆく人がことごとく振り返って、その姿を目に焼き付ける。
小さな腕の中には、茶色い紙袋がしっかりと抱かれている。
「むむむ! 祐一君っ、あれ、あゆちゃんだよねぇ?」
「ああ。正解だ。間違いなく、あゆだ」
「えっと……お知り合いの方ですかっ?」
「同じ学校に通ってるんだよぉ。仲良しさんなんだよぉ」
商店街の奥から疾走してきたのは、昨日佳乃ちゃんに背負われて診療所に運ばれた女の子・あゆちゃんだ。あの様子だと、足の怪我はもうすっかり完治してしまったらしい。それはいいことだけど、ちょっと様子が変だ。
「どいてっ! どいてっ! どいて~っ!」
あゆちゃんは「どいて」「どいて」と連呼しながら、商店街のちょうど中央をひた走っていく。祐一君や佳乃ちゃんのいるところまでは、あと少しだ。
「よし。二人とも、絶対に前に出ちゃダメだぞ」
「うん。何となく理解できたよぉ」
「わたしも、何となくですが分かりましたっ」
祐一君が最後におまけの念押しをして、向こう側から走ってくるバトルランナーあゆちゃんを沿道から見守る体勢に入った。
「どいてっ! どいてっ! ど~いて~っ!」
あゆちゃんは大きな声を上げながら、佳乃ちゃんたちの横を見事に素通りしていった……
「行っちゃうねぇ」
「だろ? ここにいれば安全なんだ」
「さすがですっ」
……かに見えたのだけど。
「どいてっ! どいてっ! どいうぐぅっ!?」
(ぺち!)
何故か三人と僕は完璧に避けたのにも関わらず、あゆちゃんはその場に思いっきり倒れこんだ。
「うぐぅ~……鼻が痛いよ~……祐一君、避けてくれないなんてひどいよ~……」
「俺はここにいるぞ」
「……あれ?」
自分の目の前に誰もいないことに気付いて、起き上がったあゆちゃんがきょろきょろと周囲を見回す。あゆちゃんの目の前には、商店街がずっと続いているだけで、人の姿はどこにも見当たらない。人がいるのは、自分の横だ。
「あゆちゃん、こんにちはぁ。もう足は治ったみたいだねぇ」
「あれ? 霧島君? どうしてこんなところに?」
「こんにちはっ。足、すっごく速いですねっ」
「あれ? キミは誰? 祐一君っ、霧島君っ、ボク、情報量が多すぎて理解できないよ~……」
「ちなみに、お前はあゆあゆだぞ」
「うぐぅっ! あゆあゆじゃないもんっ!」
あゆちゃんはそう言いながら立ち上がって、服に付いた砂埃をぱっぱっと払った。
「……あっ」
すると突然、何かを思い出したような顔つきになって、三人の顔を代わる代わる見つめた。
「えっと……」
「どうしたのぉ? 何かあるのかなぁ?」
「と、とにかく、説明は後っ!」
あゆちゃんはそう言うと、佳乃ちゃんの服を掴んでだっと走り出した。
「わわわ~! 服が伸びちゃうよぉ~!」
「待てあゆ! もしかして、またこのパターンなのか?!」
「パターンってことは、前にもあったんですかっ?!」
「とにかく、説明は後だよっ!」
佳乃ちゃんとあゆちゃんを追いかけるようにして、祐一君と芽衣ちゃんも走り出した。
「はぁっ……はぁっ……み、みんなっ! もっと急いでっ!」
「ちょ……あゆ! 何で俺たちがこんなに走る必要があるんだっ!」
「ぜぇ……ぜぇ……な、夏の空の下で走るのって、こんなにも大変だったんですね……っ」
「むー……あゆちゃん、ぼくの服、こんなに伸びちゃったよぉ……」
商店街を走り続けて、元いたところからかなり離れた場所までやってきた。僕もみんなと一緒に走ってきて、ずいぶん疲れた。あゆちゃんはどうして走り出したりなんかしたんだろう?
「うぐぅ……どうしよう……どうしよう……!」
あゆちゃんは不安そうな顔をしながら、それでも足を止めることなく走り続けている。
「弱ったな……これじゃ、元いた場所が分からないぞ……」
祐一君は別の理由で困ったような表情をして、あゆちゃんと一緒に走っている。
「今思ったんですけどっ、わたしっ、全然関係ない気がしますっ」
芽衣ちゃんはごくまっとうな状況説明をしながらも、足は動き続けている。みんな走っているから、自分だけ止まるというわけにはいかないのだ。
「お姉ちゃんに怒られないかなぁ」
そして佳乃ちゃんは、「服が伸びた」というあまりこの場には関係のないことを心配している。なんだか佳乃ちゃんらしくて、僕は佳乃ちゃんといつも一緒にいることがちょっと誇らしかった。
「でもあゆちゃん、どうしてこんなに走る必要があるのかなぁ?」
「そうだぞっ。事情を説明しろっ」
「えっとっ、わたし、あんまり関係ないような気がするんですけどっ」
「説明は後だよっ」
説明をどんどこ先送りにして、あゆちゃんはみんなを走らせる。
「……………………」
この様子だと、誰かに追われているようにしか見えない。そう言えば、腕の中に小さな茶色い紙袋を抱いていた。もしかするとあの中に、あゆちゃんを追いかけてでも取り戻さなきゃいけないような何か――いわゆる、危ない「ブツ」だ――が入っているのかもしれない。
僕が危機感を募らせていると、不意に、
「……ぴこ?」
あゆちゃんの方から、鼻をくすぐるような甘い香りが漂ってきたような気がした。それはほのかに香ばしさを帯びていて、ただ甘いだけじゃない、匂いだけで「おいしいものだ」と思わせるようなものだった。なんだかちょっと、おなかの空くような匂いだ。
と、ちょうどその時。
「あっ! みんなっ! ここの喫茶店に入ってっ」
あゆちゃんが指さして、全員でそこにあった喫茶店――看板を見ると、「百花屋」と書いてある――へ入るように指示した。三人ともすぐにそれに気付くと、立て続けにお店へ飛び込んだ。
「ここなら安全だよっ」
「とりあえず、事情を説明してもらえないか?」
「結局、成り行きでここまで来てしまいました……」
「あゆちゃん、どうしたのかなぁ?」
口々に言われて、あゆちゃんがゆっくりと口を開く。
「追われてるんだよ……」
「追われてる……?」
「ええっ?! それ、どういうことですかっ」
「むむむ~! 事件のにおいがするよぉ。きなくさいにおいだねぇ」
僕の予想通り、あゆちゃんは誰かに追いかけられていて、そこから逃げるために走っていたみたいだった。
「ボク、ホントに危ないところだったんだよ……」
「……………………」
「だから、あんなに急いでたんですね……」
「大変だよぉ。平和な日常が一瞬にしてがらがらと崩れて行っちゃうんだよぉ」
佳乃ちゃんと芽衣ちゃんはうんうんと頷いているけれども、祐一君は何故か押し黙ったままで、口を開こうとしない。
あゆちゃんの様子を見ている限り、あゆちゃんが何かとても大変な状況に置かれているのは分かる。けれども、如何せん情報が少なすぎて、動くに動けない。それに、そんなに危ない状況に芽衣ちゃんやあゆちゃんのような女の子が巻き込まれでもしたら、もっと大変なことになってしまうだろう。
「……ぴこ」
こんな時、誰か頼りになる人がいればなぁ……物事を何でも冷静に受け止められて、それに対して冷静に対処できるような、リーダーシップのある人……
……そんな人の到来を、心のどこかで願っていた時だった。
「それは聞き捨てならないな。私が力になろう」
後ろから、力強い声が聞こえてきた。
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。