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第三十六話「I cannot afford to waste my time to making money.」

「むむむ~。結構人がいるねぇ」

「ああ。この時間は一番にぎわう時間帯だからな」

「負けられませんねっ」

夕飯の材料を買うためにスーパーへとやってきた僕たち。スーパーは結構な人でにぎわっていて、スピーカーを通して聞こえてくるノイズ交じりの軽快なBGMと、わいわいがやがやという人々の声であふれ返っている。

「とりあえず、皆何を買う必要があるか聞きたい。私は野菜と肉だけで十分だ」

「えっと……私もですねっ。お米とカレールーは家にあります」

「ぼくはルーも追加で買わなきゃいけないよぉ」

「よし。状況は把握した。とりあえず順路に沿って、野菜から見に行くことにしよう」

坂上さんが率先して順番を決め、みんなを手際よく引っ張っていく。僕の思ったとおり、坂上さんは誰かをまとめるのに向いた性格みたいだ。こういう人が一人いると、本当に頼りになる。僕もあんな性格になりたかったなあ。

そんなことを考えながら、三人の後ろへ付いていく。

 

四角い店内を外周沿いに回っていってまず差し掛かるのは、野菜のコーナーだ。今日はこれといって目を引くような値引き商品がないのか、他と比べて人影はまばらだ。それは逆に言えば、じっくりといいものを選べるということでもある。むしろ、好都合だろう。

「お二人さんっ。突然ですが、おいしいにんじんの選び方、ご存知ですかっ?」

にんじんのコーナーまで来ると、芽衣ちゃんが不意に二人へ問いかけた。

「もちろん知っているぞ。色が鮮やかで、さらに濃いものが新鮮なものだ」

「それでねぇ、茎の付け根が黒くなっているものは、収穫してから日にちが経っちゃってるから、選んじゃダメなんだよぉ」

「さすがですねっ。その通りです」

芽衣ちゃんはこくこくと頷いて、二人の言葉に感心している様子だ。

「そうなると……うむ。これは条件に合っているな」

「じゃあ、ぼくはこれかなぁ」

「私はこれにしますっ」

各々必要な分だけ取ると、佳乃ちゃんが提げている籠へとまとめて放り込んだ。

「これでよし……っとぉ!」

お次に差し掛かったのは、たまねぎのある一角。

「次はたまねぎだな。これは分かるか?」

「もちろんだよぉ。表面に傷が付いてなくて、つやつやさんなのが一番だよぉ」

「あと、持ったときにずっしり来るものを選ぶと最高ですねっ」

「さすがだな。二人とも、よく勉強しているぞ」

坂上さんがにっこり笑って、必要な分のたまねぎをまとめて籠へ入れた。

「霧島さんって、意外と家庭的なんですねっ」

「ああ。私もさっきから驚かされっぱなしだ。よくそこまで知っているな」

「えっとねぇ、お姉ちゃんに教えてもらったんだよぉ。やっぱり、料理くらいはできないとねぇ」

「そうか……いい心がけだぞ」

心なしか笑みを浮かべて、坂上さんが言った。何となくだけど、佳乃ちゃんを見る坂上さんの目が、僕が見るたびごとにどんどん優しいものへ変わってきているような気がする。最初からずいぶんと印象は良かったみたいだけど、それがさらによくなって行った様な……そんな感じだ。

「……………………」

そしてその間にいる芽衣ちゃんは、坂上さんの様子をじーっと観察している。腰に手を当てて上目遣いで様子を見るその姿は、どことなくかわいらしい。いいなあ。やっぱり、僕にも妹か弟がいればよかった。お昼にもそう考えたけど、やっぱり、そう思わずにはいられない。

「さて、次はじゃがいも……」

そう言って、今度はじゃがいものコーナーへと進もうとした坂上さんだったけれど、目線をそちらへ向けたとき、すぐに動きが止まった。

「どうしたんですかっ?」

「……二人とも。あれを見てみてほしい」

「……………………?」

坂上さんの指さす先には……端的に行って、ものすごい人だかりがあった。人々が押し合いへし合い、狭いコーナーへと殺到している。

「どうやら、じゃがいもは例外だったようだな」

「これは難関ですねっ。心してかからないと……」

「そうだねぇ。でも、あれだけたくさん人が集まってるってことは、きっとそれだけ買う価値のあるものに違いないよぉ」

「うむ。霧島の言うとおりだ。行こう」

坂上さんの合図で、全員が歩き出した。もちろん、僕もその後ろへ付いて……

 

「あーっ! だめだよー。こんなところにいちゃー」

 

……行こうとした時、誰かにひょいと抱き上げられてしまった。

「ぴこ?」

「ごめんねー。ここねー、犬さんは入っちゃだめなんだよー」

僕を抱き上げたのは……ちょっと色黒で、真っ白い髪をした、赤い瞳の女の子だった。白い髪に彩りを添えるように、小さな紫色のリボンが顔をのぞかせている。身長は芽衣ちゃんとみちるちゃんの間ぐらいで、はっきり言って、低い方だ。

「……………………」

僕は最初、買い物についてきた子供かなと思った。というよりも、それ以外の可能性は考えられなかった。

「……ぴこ?」

けれど……よく見てみると。

「……………………」

女の子は、お店の制服を身に付けていた。ということは、ここの店員さんに他ならない。店員さんであることを示す名札も、きちんと付いている。あいにく角度が悪くて正確には読めないけれど、「廣」という字だけは存在を確認できた。ずいぶん左にあったから、きっと苗字に「廣」が入っているのだろう。

「店長さんにおこられちゃうから、外にいこうね」

それにしても、この子はいくらなんでも若すぎるというか、どう見ても子供――それも、芽衣ちゃんと同じか、下手をするとそれよりも下――にしか見えなかった。ここの雇用基準は一体どうなっているのだろうと、考えても仕方ないことを考えてしまった。法律に触れたりしないのか、ちょっと心配だった。

「だれかといっしょに来たの?」

「ぴこっ」

「そうなんだー。それじゃあね、お買い物が終わるまで、外で待っててね」

僕は女の子に抱かれたまま、お店の外へと連れて行かれることになってしまった。優しく抱いてくれるのはいいけれど、佳乃ちゃんたちと離れてしまうのが気がかりだった。僕のことで、いらない心配をしなきゃいいんだけど……

「ふわふわさんだね」

「ぴっこり」

「お姉ちゃんの使ってる絵筆みたいだよっ」

「ぴこ?」

「えっとね、お姉ちゃん、絵を描くんだよ。すっごく上手なんだよ」

「ぴこぴこっ」

「昔ね、賞を取ったこともあるんだって。すごいよねっ」

道すがら、そんなことを話し掛けられた。

 

「……………………」

そのまま外へと連れ出されて、無情にもドアは閉まってしまった。僕は仕方なく、佳乃ちゃんたちが買い物を終えて出てくるまで外で待つことにした。それでも、後はじゃがいもとお肉を買うだけで済むから、そんなに時間はかからないだろう。僕は入り口の邪魔にならないところで丸くなって、佳乃ちゃんたちが清算を終えて出てくるのを待った。

……そんな折のこと。

「美崎さん、聞きました? 川幡さんのとこ、またやられちゃったんですって」

「あらあら……災難続きですね……なんだか、気の毒だわ」

「これでもう六回目だそうですよ。いい加減、捕まってもいい頃だと思うんですけどねえ……」

買い物を終えた女の人二人が、何やら噂話をしながらお店から出てきた。表情を見る限り、あまりいい話では無さそうだ。

「何でも、今度はハードカバーがやられたんだとか……」

「ええ。確か以前は、雑誌が標的になったらしいですね」

「不気味ですね……あんなことして、一体何になるっていうんでしょう?」

「まったく、分からないものですね……」

二人は口々に不安を言い合いながら、ゆっくりとその場を後にした。

「……………………」

僕はそのまま丸くなって、佳乃ちゃんたちが出てくるのを待った。

 

「ずいぶん早く終わりましたねっ」

「ああ。霧島が上手く立ち回ってくれたおかげだ。感謝するぞ」

「そんなことないよぉ。ぼくはぼくのできることをしただけだからねぇ」

しばらくもしないうちに、佳乃ちゃんたちがお店の中から出てきた。僕は立ち上がって、佳乃ちゃんに聞こえるように、一声鳴いてみた。

「ぴこぴこっ」

「あーっ! ポテトぉ! こんなところにいたんだねぇ!」

「そう言えば途中から姿を見てないと思ったら……外で待っていてくれたんだな」

「やっぱり、賢いですねっ」

佳乃ちゃんがすぐに僕に気付いてくれて、駆け寄ってきて抱き上げてくれた。

「心配したんだよぉ。間違ってお肉コーナーに並べられちゃったかと思ったよぉ」

「ぴこぴこっ」

僕の毛に黄色いバンダナが触れる感触がこそばゆくて、腕の中で小さく身震いをした。

「ポテトも見つかったことですし、そろそろ帰りましょうかっ」

「そうだな。もうとっぷり日も暮れている。早めに帰らないと、いろいろとうるさいからな」

「うんうん。そうだねぇ。帰ろ……あーっ!」

今まさに帰ろうとした佳乃ちゃんが突然口元に手を当てて、「しまった!」というような表情を浮かべて言った。坂上さんと芽衣ちゃんが驚いて、佳乃ちゃんのほうを見やった。

「どうかしましたかっ?」

「どうしたんだ?」

「えっと……ごめんねぇ。ぼく、カレールーを買い忘れて来ちゃったよぉ。すぐに買ってくるから、その間だけ、ポテトのことお願いしてもいいかなぁ?」

佳乃ちゃんのこの言葉に、二人は間を置かずに頷いた。

「ああ、構わないぞ。私と芽衣ちゃんで、しっかりと見守っておこう」

「気にしないで行ってきてくださいっ」

「ありがとぉ。すぐに戻ってくるからねぇ」

そう言うと、佳乃ちゃんはだっと走っていった。そのまま自動ドアをくぐって、店の中へと消えていく。

「ふふっ。そそっかしいところもあるんだな」

坂上さんはちょっと楽しそうに笑うと、芽衣ちゃんの隣へと立った。

「坂上さんは霧島さんのそういうところも含めて、好きだったりしますか?」

「そうだな……ああいうところがあっても……って、何を聞いているんだ?!」

「やっぱり、そうでしたかっ」

芽衣ちゃんは白い歯を見せてにっこり笑うと、驚いた表情を浮かべたままの坂上さんを上目遣いで見据えた。

「なんとなくでしたが、当たってたみたいですねっ」

「あ……当たってた……というと?」

「坂上さんの霧島さんへの気持ちですよっ」

遠慮なくずばずばと切り込んでいく芽衣ちゃんに、年上で、しかもどこか風格があるはずの坂上さんが、完全に押されていた。僕は面白くなって、二人の話に耳を傾けた。

「そ、それは……」

「素直になってくださいっ。その気持ち、私にも分かりますからっ」

「……やっぱり、分かられてしまったか……鋭いな。芽衣ちゃんは」

「ふふふっ」

坂上さんは苦笑いを浮かべて、微かに顔を紅潮させた。俯き加減の顔に沈みかけの夕日が映りこんで、より一層赤さを増して見せている。

「私は坂上さんを応援しますよっ」

「ありがとう……そう言ってくれると、私もうれしい」

「はいっ。お二人がもっと近しい仲になれるよう、私もお手伝いしたいと思いますっ」

芽衣ちゃんはにっこり笑って、坂上さんの前で腰に手を当てて立った。その姿は坂上さんとはどこか違う頼もしさがあり、また、可愛らしさがあった。坂上さんはそんな芽衣ちゃんを、苦笑いしながらも、微笑ましげに見つめていた。

それから、紙一重のところで。

「お待たせぇ! ごめんねぇ。ずいぶん待たせちゃったねぇ」

佳乃ちゃんが戻ってきた。

「いや、そんなことはないぞ。芽衣ちゃんといろいろと話ができて、あっという間に時間が経った」

「はいっ。坂上さんもとっても話し上手な方で、楽しかったですっ」

「それなら安心だよぉ。二人とも、もうすっかり仲良しさんだねぇ」

「ああ」

「はいっ」

二人は笑顔で頷くと、佳乃ちゃんを見つめて言った。

 

三つの影が長く伸びて、商店街を覆っていった。

 

※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。

※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。