「それでねぇ、最後には七人になっちゃったんだよぉ」
「ほほう。それはまたずいぶんと大人数だな」
夕食の席で、佳乃ちゃんがお昼に起きた種々の出来事を聖さんにお話していた。今晩のメニューは佳乃ちゃんの希望通り、聖さんお手製のカレーになった。聖さんはそれに加えて、かぼちゃのサラダを付け合せた。カレーを作った時は必ず出てくる、聖さんの定番メニューだ。
「ふむ。整理してみると、佳乃はまず岡崎君と出会った」
「次に出会ったのは、藤林さん姉妹だねぇ」
「二人が立ち去った後に出てきたのは、春原さんのところの妹さんか」
「その後すぐにさいかちゃんが出てきちゃって、ぼく達でお家まで連れて行ってあげたんだよぉ」
「そして商店街に戻ると岡崎君と別れ、次に相沢君と合流」
「商店街からあゆちゃんが猛ダッシュしてきてねぇ、そのまま喫茶店へ入っちゃったんだよぉ」
「そこにいたのが坂上さん」
「全員でたい焼き屋さんまで行って、あゆちゃんは水瀬さんから逃げてたってことが分かって……」
「最後に、水瀬さんが落とした月宮さんの財布を持って、七瀬さんが現れたわけか」
「うんうん。人のつながりって、本当にすごいんだねぇ」
佳乃ちゃんがうんうんと頷きながら、感心したようにつぶやいた。二人が整理した内容を思い返してみると、確かに半端なくすごいことになってしまっている。この海沿いの町が狭い割にはたくさんの人が住んでいることを考えても、ちょっとしたエピソードになりそうな出来事だ。
「しかし、志野さんの言っていたという『うさぎさん』については謎が残るな……」
「そうなんだよぉ。この辺りでうさぎさんなんて飼ってる人、だぁれもいなかったよねぇ」
「ああ。私の知っている限りでは、皆犬か猫か、せいぜいカラスぐらいだな」
「カラスは観鈴ちゃんだねぇ。そう言えば、観鈴ちゃんには出会わなかったよぉ」
言われてみると、確かに観鈴ちゃんには会っていない。昨日二回も出会ったから、今日はお休みなのかもしれない。
「ポテトも一日ご愁傷様だったねぇ」
「ぴこ?」
「それを言うなら、お疲れ様だぞ、佳乃」
「あんまり変わらないよぉ」
お昼にも言ったけど、「ご愁傷様」と「お疲れ様」じゃ、大変な違いだ。
「そう言えば佳乃。今日、夏風邪を引いたという患者さんから聞いた話なんだが……」
「ほへっ? 何かなぁ?」
聖さんが明確に口調を変えて、佳乃ちゃんに話を切り出した。どうやら、少し改まってお話しする必要のあることみたいだ。
「町外れにあるものみの丘の近くに、小さな洞穴があることは知っているな?」
「知ってるよぉ。昔住んでた人をお祭りしてて、お札がぺたぺた貼ってある場所だよねぇ」
聖さんの言葉で、僕もそれがどこにあって、どんな場所なのかを思い出した。
町外れにあるものみの丘――その名のとおり、この街を一望できる高い丘だ。ここからの眺望は神社からのとは全然違っていて、これもまた格別のものがある――の近くに、ごつごつとした岩を削って作ったような、人が三人入れるか入れないかという程度の小さな洞穴がある。そこにはまるでお祓いでも済ませた後のように、所狭しとお札が貼り付けられている。普段は立ち入り禁止の場所で、聞くところによると文化財に指定されているらしい。
「そうだ。今日の患者さんはその近くに住んでいて、時折、そこを見て回るそうだ」
「うんうん。そこまでは分かったよぉ」
「うむ。それで、ここからが問題だ。佳乃、最近あそこへ近づいたりはしていないな?」
「行ってないよぉ。お家からものみの丘まで、歩いたらすっごくかかっちゃうからねぇ」
「それなら構わないのだが……実は最近、あそこへ無断で入り込んだ者がいるらしい」
「えぇ~っ?! それ、どういうことぉ?」
「何でも患者さんの話によると、洞穴を封鎖している鎖が切断されていて、中に誰かが入った形跡があるらしい。一応警察にも届けたそうだが、どうにも不安だ……ということだ」
聖さんはサラダを口へ運びながら、佳乃ちゃんに話を済ませた。
「む~……」
対する佳乃ちゃんはカレーを口へ運んで、やや唸ってからこう返した。
「悪い人がいるんだねぇ。朝もねぇ、夏祭りのポスターをばらばらにしちゃった人がいるって、早苗さんから聞いたんだよぉ」
「夏祭りのポスターを? また起きたのか?」
「ふぇ? 『また』ってことは、前にもあったのぉ?」
「ああ。一昨日街を歩いていたら、その時も古河さんがポスターを張り替えていたんだ」
「むむむ~! 繰り返される凶悪犯罪だよぉ。これは何だか嫌な予感がびしびしするねぇ」
「まったくだ。何もなければ、それに越したことは無いのだが……」
聖さんが苦々しい顔で露の吹いたコップを手にとって、よく冷えたお茶を喉へと流し込んだ。空になったコップをテーブルの上へ置くと、お茶の入ったプラスチックケースを持って、自分の分と佳乃ちゃんの分の両方のお茶を入れた。
「ありがとぉ」
「ああ。昼間はずいぶんと汗をかいたはずだからな。水分の補充は大切だぞ」
聖さんはにっこり笑って、ケースをテーブルへと置きなおした。
こうして、穏やかな夕食の時間が過ぎていく――
「ごちそうさまでしたぁ!」
「ああ。よく食べたな」
「お姉ちゃんの作ってくれたものだからねぇ。少しでも残しちゃったら、でっかい罰が当たっちゃうよぉ」
「ふふふ……うれしいことを言ってくれるな、佳乃は」
食器を片付けながら、聖さんが含み笑いを持たせて言った。佳乃ちゃんはしばらく、後片付けをする聖さんのことを見つめていたのだけれど、
「お姉ちゃぁん、今、何時かなぁ?」
「今は……ちょうど八時を回ったところだ。何かあるのか?」
「えっとねぇ、ちょっと、散歩に行って来てもいいかなぁ?」
佳乃ちゃんのこの言葉に、聖さんはちょっと驚いたような顔で佳乃ちゃんを見返した。佳乃ちゃんは聖さんをじーっと見つめて、いい返事を返してくれることを期待している。
「それは構わないが……佳乃、お昼もずっと散歩をしていたのに、疲れていないのか?」
「それがねぇ、全然へっちゃらさんなんだよぉ。どうしてか分かんないけどねぇ、体の中から元気がめらめらさんなんだよぉ」
「そうか……佳乃が元気なら、私もうれしいぞ。よし。行ってくるといい。ただし、くれぐれも遅くならないようにな」
「うん。行ってきまぁす!」
了承をもらった佳乃ちゃんがばっと立ち上がると、そのまま玄関へと駆けていった。当然、僕も付いていく。
「ポテト」
「ぴこ?」
佳乃ちゃんの後ろについて行こうとした時、聖さんが僕を呼び止めた。
「……佳乃の身にもし何かあったら、必ず、私のところまで言いに来るんだぞ」
「ぴっこり」
僕は大きく頷いて、聖さんに返事を返した。聖さんは穏やかな表情を浮かべて、
「では……佳乃のことは、お前に任せたぞ」
そのまま、台所の奥へと引っ込んだ。
「今日の夜は涼しいねぇ」
「ぴこー」
外に出た僕らは、外が思いのほか涼しいことに気付いた。涼しいといっても肌寒いほどでは当然無く、お散歩には最高のコンディションだった。
「お星さまは今日も綺麗だよぉ」
「ぴこぴこっ」
佳乃ちゃんに言われて見上げた空には、昨日の天体観測会の時見た星にも負けないくらいの綺麗な星が、宝石箱をひっくり返したかのように輝いていた。いつ見ても、本当に綺麗な空だ。
「どっちに行こうかなぁ?」
「ぴこぴこぴこー」
「うんうん。そうだねぇ。やっぱり、川に行こっかぁ」
佳乃ちゃんはにぱっと笑顔を浮かべると、川のある方角に向かって歩き出した。
佳乃ちゃんは散歩へ行く時、川のあるこのコースをよく選ぶ。時々、さっき聖さんの言っていた「ものみの丘」まで足を伸ばすこともあるけれど、川沿いに歩くコースを選ぶことがほとんどだ。
「……………………」
そう言えば、川沿いを歩いた先には、昨日みちるちゃんと行ったあの神社がある。佳乃ちゃんは時折そこまで足を伸ばして、お参りをしてから帰る。佳乃ちゃん曰く、あの神社は「お気に入りの場所」らしい。行くのは大変だけど、行ったら行ったでなかなかの達成感があって、僕も時々一人で行ったりしている。
「今日はどこまで行こうかなぁ」
「ぴっこぴこぴこ」
「そうだねぇ。今日は川沿いをずーっと歩いてみようねぇ」
散歩のコースが決まったみたいだ。今日は神社までは行かないらしい。
「また誰かに会ったりしてねぇ」
「ぴこぴっこ」
せせらぎの音色をバックに、川沿いをゆるりゆるりと歩いていく。辺りには誰もいない。
「気持ちいいよぉ」
「ぴっこり」
「夜のお散歩は格別だねぇ」
佳乃ちゃんは手を後ろへ回して、うれしそうな表情で歩いている。こんなに歩くことが好きな人は、僕は佳乃ちゃんぐらいしか知らない。僕も歩くのが大好きだから、佳乃ちゃんについていくのは苦にならない。
「……あれれぇ?」
「ぴこ?」
「あんなところに誰かさん発見だよぉ」
辺りに誰もいないと思ったら、佳乃ちゃんが少し先に人影を見つけたらしい。僕も目を凝らして、そこにいるのはどんな人か確かめてみた。
「ちょっと背の高い人だねぇ」
「ぴっこぴこ」
「何か持ってるよぉ」
「ぴこっ」
「こっちに歩いてくるねぇ」
その人はこっちに向かって歩いてきていて、向こうも佳乃ちゃんの存在に気付いているみたいだった。佳乃ちゃんはそのまま、川沿いを歩いていった。その人が誰か、はっきりと確認するためだろう。
……そして、二人の距離が幾分縮まったころ。
「……佳乃……?」
「舞ちゃんだぁ! こんばんはだよぉ!」
佳乃ちゃんの前にいた人――佳乃ちゃんによると、「舞」さんらしい――と、佳乃ちゃんの目がはっきりと合った。舞さんは無言でこくこくと頷いて、佳乃ちゃんに返事を返した。
「舞ちゃんもお散歩中だったのかなぁ?」
「……(こくこく)」
「……………………」
僕は舞さんを見た瞬間、思わず、目が釘付けになった。
その人は佳乃ちゃんよりも少し背が高くて、佳乃ちゃんよりもはるかに暗い青色の髪の毛をしていて、何故か学校の制服に身を包んでいた。けれど、それだけなら、僕の目が舞さんに釘付けになることは無い。
僕の目を強く強く引いたのは――
「やっぱり、その剣は大切なんだねぇ」
「……いつでも……戦えるように」
――舞さんが携えていた、鞘に収められた長い『剣』だ。今は鞘に入っているけれど、きっとあの剣は何でも切り裂いてしまうような、切れ味鋭い銘刀なんだろう。僕はなんとなく、そんな気がした。
それにしても、「戦う」ってどういう意味なんだろう? この街に舞さんと剣を手にして戦うような人が、誰か住んでいるというんだろうか。僕の知っている人の中に、剣を持って誰かと戦うような勇ましい人は誰もいない。
佳乃ちゃんもそれが気になったのか、疑問の色を顔に浮かべて、こう口にした。
「戦うぅ? ひょっとして、舞ちゃん……」
「……(こくり)」
佳乃ちゃんが言葉を続けようとしたとき、舞さんが先手を取って頷いてから……
……こう、言った。
「……魔物が……外をうろついてる」
※この物語はフィクションです。実在の人物・団体名・事件とは、一切関係ありません。
※でも、あなたがこの物語を読んで心に感じたもの、残ったものがあれば、それは紛れも無い、ノンフィクションなものです。